対策しないと収量30%減の損失が出ます。
土壌病害虫とは、土壌に生存する病原体や害虫が植物の根、地下茎、茎など土壌と接する部分から侵入して増殖し、作物に病気や生育障害を引き起こす現象のことです。病原体には主にカビ(糸状菌)、細菌、ウイルス、そしてセンチュウ類などの土壌害虫が含まれます。これらは土壌中に長期間生存可能な耐久体を形成し、条件が整うと活動を再開して作物に被害を与えます。
土壌病害虫の特徴は地上部の病害虫とは異なり、目に見えにくく被害の進行に気づきにくいことです。根の腐敗や変色、地上部の萎れや黄化といった症状が現れたときには、すでに土壌中で病原体が広範囲に蔓延していることが多くなります。また一度発生すると、病原菌や害虫が土壌中に残存し続けるため、防除が非常に困難になるという問題があります。
特に厄介なのは、同じ作物を同じ圃場で連続して栽培する「連作」によって、特定の病原体が爆発的に増加することです。元々土壌中にごくわずかに存在していた微生物が、連作により徐々に増加し、ある密度を超えると一気に被害が拡大します。つまり連作が続く産地ほど、土壌病害虫のリスクは高まるということですね。
水田でイネの長期連作が可能なのは、栽培期間中に水を張るという特殊な条件があるためです。多くの土壌病原菌であるカビは、湛水下の嫌気的条件では生育できないため、水田ではほとんど土壌病害が発生しません。この事実からも分かるように、土壌の環境条件が病害虫の発生を大きく左右します。
土壌病害の発生メカニズムについて詳しく解説している東京大学と東日本肥料の共同研究記事
土壌病害虫は大きく分けて土壌病害と土壌害虫の2つのカテゴリーに分類されます。土壌病害の代表的なものには、トマトやナスを襲う青枯病、萎凋病、半身萎凋病などがあり、これらは主に糸状菌や細菌が原因です。青枯病は細菌性の病気で、葉が青いまま急激にしおれて枯れるのが特徴です。萎凋病は維管束が褐変し、部分的に葉がしおれる症状を示します。
半身萎凋病は特に厄介で、株の片側だけの葉がしおれるという特異な症状を呈します。これはバーティシリウム菌が維管束の片側だけを塞ぐために起こる現象で、ナスやウドなどで深刻な被害をもたらします。根こぶ病はアブラナ科野菜特有の病害で、根に大小のこぶができて養分や水分の吸収が阻害され、生育不良や枯死につながります。
土壌害虫の代表格はセンチュウ類で、植物に寄生する農業上問題となる土壌センチュウには、ネコブセンチュウ、ネグサレセンチュウ、シストセンチュウの3グループがあります。ネコブセンチュウは根に寄生してコブを形成し、根の機能を低下させます。ネグサレセンチュウは根を腐らせ、シストセンチュウはジャガイモやダイズに特に被害を与え、土壌中でシスト(卵が入った袋)として長期間生存します。
センチュウ類が根に付けた食害痕から病原菌が侵入しやすくなり、青枯病などの土壌病害に二次感染することも多いのです。このため、センチュウ被害が確認されたら、できるだけ早期に防除することが重要になります。コガネムシ類幼虫、クシコメツキ類幼虫、ネキリムシなども土壌害虫に含まれ、根や地際部を食害して作物に甚大な被害をもたらします。
症状の見分け方としては、地上部の萎れや黄化が見られたら、まず根を掘り起こして確認することです。根に褐変、腐敗、コブ、食害痕などが見られれば、土壌病害虫の可能性が高いということですね。
土壌病害虫の最大の発生原因は連作です。同じ作物を同じ圃場で続けて栽培すると、その作物を好む病原菌や害虫の密度が土壌中で年々高まっていきます。最初の1〜2年は目立った被害がなくても、3年目、4年目と連作が続くにつれて、病原体の密度が発病閾値を超え、突然大きな被害が現れることがあります。
これが連作障害の典型的なパターンです。
連作により土壌養分のバランスも崩れます。特定の作物が特定の養分を多く吸収するため、その養分が不足する一方で、施肥により他の養分が過剰に蓄積します。過剰なリン酸などの土壌養分は、病原菌の栄養源となって活動を活発化させる要因になります。また未熟な有機質肥料を投入すると、その分解過程で土壌病原菌にエサを与えてしまうことにもなりかねません。
土壌の物理性の悪化も病害虫発生を助長します。大型機械での耕運を繰り返すと、作土層の下に硬い層(耕盤)ができて排水性が悪くなり、湿気を好む病原菌にとって好都合な環境が形成されます。排水不良は根の酸素不足を招き、作物の抵抗力を低下させて病害虫の侵入を容易にするのです。
土壌の生物性の変化も見逃せません。連作により善玉菌が減少し、逆に病原菌や害虫が増加すると、根の周りの微生物の多様性が低下します。微生物の多様性が保たれていれば、病原菌の異常増殖は他の微生物によって抑制されますが、バランスが崩れるとこの抑制機能が失われます。過剰施肥や土壌管理の不適切さが重なると、この悪循環はさらに加速するということですね。
土壌病害虫を放置した場合の経済的損失は想像以上に深刻です。日本植物防疫協会の調査によると、農薬を使用しない場合の平均減収率は、にんじん・さといも・たまねぎで30%にも達することが報告されています。これは収量が3割も減るということで、例えば10アールあたり3トン収穫できるはずの作物が、土壌病害虫の被害により2.1トンしか収穫できないという計算になります。
さらに深刻なケースでは、キャベツで67%、きゅうりで61%、りんごに至っては97%という極めて高い減収率が記録されています。キャベツの場合、10アールあたり5トン収穫予定が1.65トンにまで減少することになります。これは単なる収量減少だけでなく、品質の低下による出荷金額の大幅な減少も意味しており、収量減少率以上の経済的打撃を受けることになるのです。
土壌消毒などの初期対策を行わないと、定植段階で作物が病害虫に犯され、収穫まで至らないケースも報告されています。つまり投資した種苗費、肥料費、労働力がすべて無駄になるということです。1シーズンの収入がゼロになるだけでなく、翌年以降も土壌中に病原体が残存し続けるため、被害は複数年にわたって継続します。
具体的な金額で考えると分かりやすいでしょう。例えば年間売上300万円の農家が30%の減収を受けると、90万円の損失です。これは多くの農家にとって年間利益の大部分、あるいはそれ以上の金額になります。さらに品質低下による単価下落や、出荷できない規格外品の増加を考慮すると、実質的な損失はさらに大きくなります。対策費用をケチった結果、取り返しのつかない損失を被ることになるんですね。
土壌病害虫の最も基本的な防除法は輪作です。輪作とは、同じ圃場で異なる科の作物を順番に栽培することで、特定の病原体や害虫の密度上昇を防ぐ方法です。輪作年限は作物によって異なり、ホウレンソウ、コカブ、キャベツなどは1年、ハクサイ、ハナヤサイ、レタス、インゲンなどは2年、トマト、ナス、ソラマメ、サトイモなどは3〜4年が目安とされています。
重要なのは、見た目が違う野菜でも同じ「科」に属する植物は避けることです。例えばトマトとナスとピーマンはすべてナス科に属するため、トマトの後にナスを植えても連作障害が起きやすくなります。同様にキュウリ、カボチャ、スイカはウリ科、ダイコン、キャベツ、ハクサイはアブラナ科に属するため、科を意識した輪作計画が必要です。
栽培管理による予防も効果的です。土壌pHの調整により病原菌の活動を抑制できる場合があり、アブラナ科のネコブ病菌はpHが7.2以上の弱アルカリ性になると発病頻度が急激に低下します。また適切な排水管理により土壌の過湿を防ぎ、湿気を好む病原菌の活動を抑えることができます。抵抗性品種や接ぎ木苗の利用も有効な手段です。
圃場の衛生管理も忘れてはいけません。病害が発生した株は速やかに圃場外に持ち出して焼却処分し、使用した農機具や靴は必ず消毒することで、病原体の拡散を防ぎます。異なる圃場間での道具の使い回しは、病原体を広げる主要な原因の一つですから、注意が必要ですね。
太陽熱消毒は夏季の高温を利用した環境負荷の少ない防除法です。7〜8月の高温期に土壌表面を透明ビニルフィルムで被覆し、深さ10〜20cmの作土層を太陽熱によって35℃以上、できれば45℃以上に保つことで、土壌中の病原菌やセンチュウ、土壌昆虫を死滅させます。60℃程度の温度であれば、センチュウ類は数分間で死滅することが分かっています。
太陽熱消毒の最大のメリットはコストの低さです。化学的土壌消毒では7〜9万円/10aかかるのに対し、太陽熱処理なら2〜3万円/10aと格安で済みます。つまり10アールの圃場で約5万円のコスト削減が可能ということです。さらに農薬を使用しないため、有機JAS認証の規定から逸脱せず、環境にも作業者にも安全です。土壌の有用微生物相を完全には破壊しないため、土壌の生物性を保ちやすいという利点もあります。
土壌還元消毒は太陽熱消毒よりも低温で効果を示す消毒法です。米ぬか、フスマ、糖蜜などの易分解性有機物を土壌に混ぜ込み、十分な水分と地温30℃以上を与えることで、土壌微生物が有機物を急速に分解し、土壌中の酸素を消費して還元状態(酸欠状態)にします。この還元状態により病原菌や害虫を窒息死させるのです。
土壌還元消毒のメリットは、太陽熱消毒が難しい日照の少ない地域や時期でも実施可能なことです。また米ぬかなどの有機物は肥料としても機能するため、土壌改良効果と窒素供給という副次的メリットもあります。コストも安価で、資材費は米ぬかを使用する場合で2〜4万円/10a程度です。ただし資材が作土層(深さ25cm)までしか効果を発揮しないため、深層の病原菌には効果が限定的という点には注意が必要ですね。
実施手順としては、有機物を土壌に均一に混和した後、たっぷりと灌水して土壌を湿潤状態にし、透明またはシルバーのビニルフィルムで被覆して2〜3週間維持します。この期間中に微生物活動が最高潮に達し、土壌が還元状態になります。
近年、土壌病害虫対策は予防管理の時代に入っています。従来の発病後の対症療法から、発病前に土壌中の病原菌密度を測定し、発病リスクを予測して先手を打つ予防管理へとシフトしているのです。この予防管理を可能にしているのが、遺伝子診断技術とAIを活用した診断システムです。
遺伝子診断では、土壌サンプルから病原菌のDNAを検出し、その密度を定量的に測定します。LAMP法などの遺伝子増幅技術により、ごく微量の病原菌でも高感度に検出可能です。この技術により、症状が現れる前の段階で土壌中の病原菌密度を把握でき、「この圃場は来作で発病する可能性が高い」といった予測ができるようになりました。検査費用は病原体の種類にもよりますが、概ね7,000〜11,000円程度です。
AI診断システムはさらに一歩進んで、測定された病原菌密度、圃場の発病前歴、土質、気象データなどを総合的に分析し、「土壌病害の発病しやすさ」をレベル評価します。現在、アブラナ科野菜根こぶ病、バーティシリウム病など10種類の土壌病害でこのシステムが開発されています。発病リスクが高いと判定された圃場には、輪作、抵抗性品種の選択、土壌消毒などの具体的な対策が自動的に提案されます。
スマートフォンアプリを活用した病害虫診断も普及しています。作物の葉や茎をスマホで撮影すると、AIが画像を分析して該当する病害虫を診断し、有効な防除方法や農薬まで自動表示するシステムです。無料で利用できるアプリも多く、現場での迅速な判断をサポートしています。ただし土壌病害虫の場合は地下部の症状が主体なため、地上部の症状だけでは診断が難しいケースもあります。
予防管理のメリットは、発病後の対策に比べて圧倒的にコストと労力が少なくて済むことです。発病してから土壌消毒や防除を行うよりも、事前に病原菌密度をモニタリングして予防的に対策を講じる方が、経済的にも環境的にも合理的ですね。農研機構や各都道府県の農業試験場では、こうした診断サービスを提供している場合があるので、積極的に活用することをおすすめします。
土壌病害虫対策は農業経営の安定に直結する重要課題です。連作による発生リスクを理解し、輪作、土壌消毒、抵抗性品種の利用、予防診断など、複数の手段を組み合わせた総合的な防除を実践することで、持続可能な農業生産が実現できます。特に新規就農者や規模拡大を目指す農家は、土壌病害虫の基礎知識と最新の防除技術を習得しておくことが、長期的な成功の鍵となるでしょう。