農業において「良い土」を作るためには、土壌1グラム中に数億から数十億個存在すると言われる土壌微生物の正体を理解することが第一歩です。これらは単に「菌」と一括りにされがちですが、大きく分けて細菌(バクテリア)、糸状菌(カビ)、放線菌の3つの主要なグループに分類され、それぞれが全く異なる役割と分解能力を持っています。これらを適切に使い分けることで、作物の生育スピードや品質をコントロールすることが可能になります。
まず、細菌(バクテリア)は土壌微生物の中で最も数が多く、増殖スピードが非常に速いのが特徴です。単細胞生物であり、水分の多い環境を好みます。彼らの最大の役割は、糖類やタンパク質など、分解しやすい有機物を素早く無機化することです。これにより、作物が即座に利用できるアンモニア態窒素や硝酸態窒素が生成されます。
特に重要な細菌には以下のものがあります。
次に、糸状菌(カビ)です。彼らは「菌糸」と呼ばれる長い糸を伸ばして生活しています。細菌が苦手とする、セルロース(植物の繊維)やリグニン(木質成分)といった硬くて分解しにくい有機物を分解するスペシャリストです。堆肥を作る際、初期段階で発熱しながらワラや落ち葉をボロボロにするのは主に彼らの仕事です。
また、糸状菌の菌糸は土壌粒子同士を物理的に結びつける「糊」の役割も果たし、後述する団粒構造の形成に大きく貢献します。ただし、フザリウム菌やリゾクトニア菌など、農業における深刻な病原菌の多くもこの糸状菌のグループに属しているため、管理には注意が必要です。
最後に、放線菌です。細菌と糸状菌の中間のような性質を持ち、放射状に菌糸を伸ばすことからこの名がつきました。森の土の香ばしい匂い(ゲオスミン)は放線菌が出しているものです。
放線菌の最大の特徴は、カニの殻などに含まれる「キチン質」を分解する能力に長けていることです。多くの植物病原菌(糸状菌)やセンチュウの卵の殻はキチン質でできているため、放線菌が豊富な土壌では、これら病害虫の増殖が抑制される傾向があります。また、抗生物質(ストレプトマイシンなど)を生成する種も多く、土壌の「天然の農薬」としての役割も果たします。
| 微生物の種類 | 主な特徴 | 得意なエサ(分解対象) | 農業でのメリット |
|---|---|---|---|
| 細菌 (バクテリア) |
増殖が速い、水が好き | 糖、アミノ酸、タンパク質 (柔らかいもの) |
初期生育の促進 肥料効果の発現が早い |
| 糸状菌 (カビ) |
菌糸を伸ばす、乾燥に強い | セルロース、リグニン (硬い繊維質) |
堆肥化の促進 団粒構造の骨格形成 |
| 放線菌 | 土の匂いの元、成長は遅め | キチン質、難分解性有機物 | 病害虫(センチュウ等)の抑制 抗生物質の生成 |
農林水産省の以下のページでは、土壌微生物の機能と土づくりに関する基礎的な指針が詳しく解説されています。
農林水産省:地力増進基本指針における土壌微生物の役割について
「良い土」とは、特定の強力な善玉菌だけがいる土ではありません。実は、多種多様な土壌微生物がひしめき合い、互いに牽制し合っている「バランスの取れた状態」こそが最強の土壌環境です。農業現場では便宜上「善玉菌」「悪玉菌」と呼びますが、土壌中にはどちらにも属さない、あるいは環境によって態度を変える「日和見菌(ひよりみきん)」が圧倒的多数を占めています。
土壌微生物の世界は、まさに陣取り合戦です。特定の病原菌(悪玉菌)が増殖して作物が病気になるのは、その菌が強すぎるからではなく、対抗する他の菌が少なくなってしまった「空白地帯」ができた時に起こります。これを「一般静菌作用」と呼びます。
連作障害もこのメカニズムで説明がつきます。同じ作物を植え続けると、その作物の根から出る特定の分泌物を好む特定の微生物だけが増え、バランスが崩壊します。結果として、特定の病原菌が爆発的に増える隙を与えてしまうのです。
バランス管理の指標として、近年注目されているのが「土壌微生物多様性・活性値」という概念です。
理想的なバランスを保つためには、以下の対策が有効です。
環境省の資料では、土壌汚染対策の文脈ですが、微生物の分解作用とそのバランスについての科学的な知見が整理されています。
環境省:微生物による浄化作用と土壌環境の相互作用に関する技術資料
農業従事者が最も欲する土の状態、それが「団粒構造(だんりゅうこうぞう)」です。水はけが良いのに水持ちも良い、作物の根がスルスルと伸びるふかふかの土。この構造を作り出している真の主役こそが、土壌微生物たちです。物理的に耕すだけでは、一時的に柔らかくなってもすぐに固まってしまいますが、微生物が作った団粒構造は雨が降っても壊れにくいという特徴があります。
団粒構造が形成されるメカニズムは非常に精巧です。
まず、糸状菌が物理的に土の粒子を抱き込みます。そして、細菌たちが有機物を分解する過程で、粘着性のある多糖類(バイオフィルムや粘液)を分泌します。これが天然の「糊」となり、砂や粘土の微粒子を接着させます。
さらに、近年注目されているのが、アーバスキュラー菌根菌などが生成する「グロマリン」という糖タンパク質です。この物質は非常に強力な接着作用を持ち、しかも分解されにくいため、長期間にわたって安定した団粒構造を維持するのに貢献しています。
有機物分解のプロセスと団粒化はセットで進みます。
逆に、化学肥料や農薬の過剰投入によって土壌微生物が激減した土(単粒構造の土)では、雨が降ると土の粒子が泥状になって隙間を埋め、乾燥するとカチカチに固まります。これを防ぐには、「微生物のエサ」となる有機物を定期的に補給し続けるしかありません。土づくりとは、すなわち「微生物の住居とエサづくり」に他ならないのです。
土壌微生物を増やすために、高価な微生物資材(バイオ資材)を投入する農家さんも多いですが、実はそれだけでは効果は限定的です。なぜなら、投入した菌がその土地の環境に馴染んで定着できるとは限らないからです。最も確実でコストパフォーマンスが高いのは、「土着菌(元々その畑にいる菌)」を活性化させ、爆発的に増やすというアプローチです。
微生物を活性化させるための3つの要素は、「エサ」「水分」「空気」です。
1. エサの選び方(資材の選定)
微生物の種類によって好むエサが異なります。狙った効果に合わせて資材を選びましょう。
2. 水分コントロール
土壌微生物も生き物なので、水が必要です。カラカラに乾いた土では活動を停止し、休眠状態(胞子など)になります。逆に、水没状態では酸欠になり、多くの有用菌が死滅し、代わりに腐敗菌(嫌気性菌)が増えて根腐れの原因になります。
活性化に最適な水分量は、手で土を握ると団子ができ、指で押すとほろっと崩れる程度(pF値1.5〜2.0程度)です。
3. カルスの活用と耕し方
市販の複合微生物資材(カルスNC-Rなど)を使用する場合でも、生の有機物(残渣や米ぬか)と一緒にすき込むことが必須です。微生物資材は「種火」、有機物は「薪」です。両方が揃って初めて燃え上がります。
また、耕しすぎは禁物です。特に糸状菌はせっかく伸ばした菌糸ネットワークを寸断されるのを嫌います。菌が増えてきたら、耕起の頻度を減らすか、浅く耕す(不耕起栽培や省耕起)へ移行することも、微生物叢を安定させるテクニックの一つです。
国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)の研究成果では、有機物施用が土壌微生物バイオマスに与える影響について、詳細なデータが公開されています。
農研機構:有機物連用による土壌微生物バイオマスの変動と窒素無機化
これは一般的な「土作り」の解説ではあまり触れられませんが、最先端の農業技術において、肥料の効率を劇的に高める鍵として注目されているのが「アーバスキュラー菌根菌(AM菌)」と「バイオスティミュラント」の活用です。これらは従来の「分解者」としての微生物とは一線を画す、独自の機能を持っています。
アーバスキュラー菌根菌(AM菌)の凄さ
AM菌は、地球上の陸上植物の約80%と共生関係にあるカビの一種です。この菌は植物の根の中に侵入して共生し、根からさらに細い菌糸を土壌中に張り巡らせます。
AM菌を増やすには、過剰なリン酸施肥を控える(リン酸が多いと植物が菌を必要とせず、共生関係が成立しない)ことと、殺菌剤の使用を最小限に抑えることが重要です。また、ヒマワリやマメ科などの緑肥作物を栽培することで、土着のAM菌密度を高めることができます。
バイオスティミュラント(生物刺激資材)との相乗効果
バイオスティミュラントとは、肥料でも農薬でもなく、植物や土壌微生物の生理学的プロセスを刺激して活性化させる資材のことです。例えば、海藻エキス、フミン酸、アミノ酸などが該当します。
これらは直接的な栄養にはなりませんが、土壌微生物に対して「シグナル」として働きます。
これからの農業は、単に「堆肥を入れて菌を増やす」という段階から、特定の機能を持つ微生物(AM菌など)をターゲットに、バイオスティミュラントを使って「微生物の機能をデザインする」段階へと進化しています。土壌分析で化学性(NPK)だけでなく、生物性(微生物の活性)を診断し、これらの新しい知見を取り入れることが、収量アップとコスト削減の両立につながります。
日本土壌肥料学会では、こうした最新の微生物資材や菌根菌に関する学術的な知見を発信しています。
日本土壌肥料学会:土壌微生物と植物の共生に関する最新研究動向