陸上植物の祖先は緑藻?シャジクモ類と菌類の共生が鍵か

陸上植物の祖先は誰か?緑藻類からシャジクモ類、そして菌類との共生を経て上陸した進化のドラマ。農作物のルーツを知ることで見えてくる、乾燥やストレスへの適応戦略とは?

陸上植物の祖先と進化の歴史

植物上陸の3つの重要ステップ
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淡水からの離脱

海水ではなく淡水の緑藻類が、干上がるリスクのある浅瀬で乾燥耐性遺伝子を獲得し始めた。

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菌類との協定

根を持たない初期植物は、すでに陸にいた菌類と共生し、栄養と水を確保するネットワークを作った。

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維管束の発明

重力に逆らって立ち上がり胞子を遠くへ飛ばすため、水を運ぶパイプラインと堅牢な体を獲得した。

今からおよそ4億7000万年前、地球の陸地は荒涼とした岩場と砂漠が広がるだけの場所でした。生命の揺りかごであった海や淡水域から、植物たちが未知の乾燥地帯である「陸」へと最初の一歩を踏み出したこの出来事は、地球環境を劇的に変える「生物史上最大の革命」の一つと言われています。私たちが普段畑で育てている野菜や果樹、穀物といった農作物のすべてのルーツは、このときに上陸を果たしたわずかな種類の藻類にさかのぼります。

 

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9630106/

しかし、水中で生活していた植物にとって、陸上はあまりにも過酷な環境でした。強烈な紫外線、容赦ない重力、そして何よりも細胞を死滅させる「乾燥」という恐怖が待ち受けていたからです。これらのハードルを乗り越えるために、植物の祖先たちは数千万年という途方もない時間をかけて、遺伝子レベルでの改造を繰り返してきました。驚くべきことに、最新のゲノム解析の研究によって、これまで「陸上植物独自の発明」だと思われていた乾燥耐性や植物ホルモンの仕組みの多くが、実は上陸前の藻類の段階ですでに準備されていたことが明らかになってきています。

 

参考)RESEARCH

農業従事者にとって、この進化の歴史を知ることは単なる教養以上の意味を持ちます。なぜなら、作物が干ばつに耐える仕組みや、土壌中の微生物と相互作用するメカニズムの基礎は、すべてこの「上陸作戦」の過程で作り上げられたものだからです。私たちが日々扱っている作物の生理機能、特に根の働きやストレス反応は、数億年前の祖先たちが獲得したサバイバルツールの結晶なのです。

 

参考)藻類から陸上植物への進化をつなぐ車軸藻植物のゲノム配列を解読…

陸上植物の祖先とされるシャジクモ類の正体

 

長年の間、陸上植物の直接の祖先については議論が続いてきましたが、近年の分子系統解析やゲノム解読の結果、アオサやクロレラのような一般的な緑藻類ではなく、「シャジクモ類(車軸藻類)」と呼ばれるグループが最も近縁であることが確定しています。シャジクモ類は、その名の通り茎から輪生する枝が車輪の軸のように見える独特の形態を持つ藻類で、現在も淡水の池や沼に生息しています。

 

参考)陸上への道 @ 藻類の進化

なぜ他の緑藻ではなくシャジクモ類が選ばれたのでしょうか。決定的な違いは、細胞分裂の仕方にあります。陸上植物は細胞分裂の際、「隔膜形成体(フラグモプラスト)」という特殊な構造を作りますが、シャジクモ類もこれと全く同じ仕組みを持っています。さらに、精子の微細構造や、卵細胞を保護する組織の類似性など、有性生殖の基本的なメカニズムにおいても、シャジクモ類は陸上植物と驚くほど共通した特徴を備えています。これは、彼らが分岐する以前の共通祖先の段階で、すでに複雑な多細胞体制への準備が進んでいたことを示唆しています。

 

参考)植物の陸上進出と成長相転換

参考リンク:基礎生物学研究所 - 陸上植物に一番近い緑藻類はシャジクモ類や接合藻類であるという系統解析の解説
また、シャジクモ類の一部は、水底の泥に仮根(かこん)を伸ばして体を固定しています。これは、将来的に陸上で「根」として機能するための原型とも言える構造です。水中生活において、水流に流されずに定着することは生存に有利ですが、この性質が偶然にも陸上進出後の「体を支える」「土壌から水を吸う」という機能への転用を可能にしました。進化において、ある目的のために発達した器官が、後に全く別の用途で役に立つことを「前適応」と呼びますが、シャジクモ類はまさに陸上生活への前適応を済ませたエリート集団だったのです。

 

参考)【第10回】陸上化した植物たちがたどった道 < 一般向け情報…

乾燥に適応したクレブソルミディウムの驚異

シャジクモ類の中でも、特に「クレブソルミディウム(Klebsormidium)」という原始的な藻類が、近年農学や植物生理学の分野で熱い注目を浴びています。この藻類は、水中だけでなく、湿った岩やコンクリート壁といった、水没していない陸上の環境でも生きることができる気生藻類(きせいそうるい)です。クレブソルミディウムは、見た目は単純な糸状の藻類ですが、そのゲノムの中には、陸上植物が乾燥に耐えるために使う「植物ホルモン」のシステムがすでに存在していることが判明しました。

 

参考)https://matsuri.chitose-bio.com/blogs/column/modia-algaecollection_15

具体的には、乾燥ストレスを感じたときに植物の成長を止めたり気孔を閉じさせたりするホルモン「アブシシン酸(ABA)」のシグナル伝達経路の原型を、クレブソルミディウムは持っています。本来、アブシシン酸は種子の休眠や乾燥耐性に関わるホルモンとして知られていますが、完全に水中で暮らす藻類には不要なはずのものです。なぜ彼らがこのシステムを持っていたのか、それは彼らが生息していた場所が、水位の変動が激しい浅瀬や、一時的に干上がる可能性のある水際だったからだと推測されています。

 

参考)KAKEN — 研究課題をさがす

さらに、成長を促進するホルモンである「オーキシン」の仕組みも、クレブソルミディウムの段階ですでに基礎ができあがっていました。オーキシンは植物が光の方向へ曲がったり、根が重力に従って伸びたりするのに不可欠なホルモンです。この発見は、植物が陸に上がるはるか以前から、環境の変化を感知し、自分の成長を制御するための高度な通信システムを細胞内に構築していたことを意味します。農家が作物の生育調整剤として利用している植物ホルモンの起源が、実はこれほど原始的な藻類にあるというのは驚くべき事実です。彼らの持つ「乾燥しても死なない」「環境に合わせて成長を変える」という能力こそが、植物が陸上という新天地を征服できた最大の勝因なのです。

 

参考)藻類から解き明かす陸上植物のオーキシン応答の起源 藻類に陸上…

菌類との共生が植物の上陸を助けた可能性

教科書的な説明では、植物が単独で陸上に進出し、根を発達させていったように描かれることが多いですが、近年の研究では「菌類(カビやキノコの仲間)」の存在なしには植物の上陸は不可能だったという説が有力になっています。実は、植物が上陸するよりも数億年も前から、菌類はすでに陸上に進出し、岩石を分解して土壌を作り始めていました。当時の陸地は、植物の楽園ではなく、巨大な菌類が支配する「菌の王国」だったのです。

 

参考)陸上に植物が進出する前に大地は「菌の王国」だった可能性がある…

最初期の陸上植物には、現在の作物のような立派な「根」はありませんでした。あったのは体を固定するためのわずかな仮根だけで、これでは乾燥した大地から十分な水分やミネラル(特にリン酸)を吸収することは不可能です。そこで植物の祖先たちは、土壌中に広く菌糸を張り巡らせていた菌類と「契約」を結びました。植物は光合成で作った糖分を菌類に与え、その見返りとして菌類が集めた水やリン酸を受け取るという、相利共生の関係です。これが現在でも多くの農作物の生育を助けている「アーバスキュラー菌根菌」との共生の始まりです。

 

参考)アーバスキュラー菌根菌とは?リン酸供給の働きと籾殻による活用…

参考リンク:環境保全研究所 - アーバスキュラー菌根菌の役割と4億年前からの共生の歴史
化石記録からも、最古の陸上植物の組織内にはすでに菌根菌のような構造が入り込んでいたことが確認されています。つまり、植物が「根」という器官を自前で進化させるよりも前に、菌類という「外注の根」を利用するシステムが完成していたのです。現代の農業において、化学肥料を減らして地力(ちりょく)を活用する農法が注目されていますが、これは4億年以上前に植物と菌類が交わした原初のパートナーシップを再評価し、活用していることに他なりません。土壌中の微生物環境を整えることが作物の健全な生育につながるという経験則は、進化の歴史によって裏付けられた真理なのです。

 

参考)歴史の長い草原の大切さ−菌根菌に着目した視点から−

最古の化石クックソニアに見る維管束の進化

藻類のような姿から、私たちが「植物」として認識できる姿への変貌を遂げた象徴的な存在が、シルル紀中期(約4億2500万年前)の地層から発見された最古の陸上植物化石「クックソニア(Cooksonia)」です。クックソニアは高さ数センチメートルほどの非常に小さな植物で、葉も根もなく、二股に分かれた茎の先端に胞子嚢(ほうしのう)がついているだけのシンプルな構造をしていました。しかし、この単純な体には、陸上で生き抜くための画期的な発明が隠されていました。それが「維管束(いかんそく)」の原型です。

 

参考)磁石ナビ

陸上で体を上に伸ばすためには、重力に耐えて体を支える強度と、吸い上げた水を末端まで運ぶ通導組織が必要です。クックソニアの茎の中心には、水を運ぶための管の痕跡が見つかっており、これが後の維管束へと進化していったと考えられています。維管束の壁には「リグニン」という硬い物質が沈着することで、植物は強固な骨格を手に入れ、重力に逆らって立ち上がることが可能になりました。これにより、植物は地面を這うだけの生活から脱却し、より高い位置から風に乗せて胞子を遠くへ飛ばすことができるようになったのです。

 

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3310499/

また、クックソニアの表面には、乾燥を防ぐためのワックス層である「クチクラ」や、ガス交換を行うための「気孔」も備わっていたと考えられています。これらは水分の蒸発を最小限に抑えつつ、光合成に必要な二酸化炭素を取り込むための必須装備です。葉を持たないクックソニアは、茎そのもので光合成を行っていたと推測されます。現代の作物で言えば、アスパラガスやネギのように茎や偽茎で光合成を行う植物に近いイメージかもしれません。クックソニアの登場は、植物が水辺を離れ、より乾燥した内陸部へと生息域を広げていくための「完全陸上化」への決定的なマイルストーンでした。

農作物のストレス耐性と進化の深い関係

ここまで見てきた植物の進化の歴史は、現代の農業現場における課題解決のヒントに満ちています。私たちが日々直面する「乾燥」「塩害」「病気」といった作物のストレスは、植物の祖先たちが上陸の過程で戦ってきた敵そのものだからです。

 

例えば、イネやトウモロコシなどの作物が乾燥したときに根を深く伸ばしたり、葉を丸めて蒸散を防いだりする反応は、クレブソルミディウムのような藻類の時代に獲得された遺伝子ネットワークが基礎になっています。近年の品種改良では、こうした太古の遺伝子のスイッチをより効率的にオンにすることで、極端な気象条件にも耐えられる「スーパー作物」を作り出そうという研究が進んでいます。また、植物ホルモンであるストリゴラクトンが、枝分かれの抑制だけでなく、根圏の菌類との通信に使われているという発見も、植物が進化の過程で「誰と手を組み、どう生き残るか」を模索してきた名残と言えます。

 

参考)[プレスリリース]種子植物の進化の謎を解明—CYP722Aが…

さらに、化学肥料の多用によって弱ってしまった現代の農地の「菌根菌ネットワーク」を再生させようという試みは、植物が上陸した当初の「菌類との共生関係」を取り戻すことに他なりません。植物が本来持っている「菌類を呼び寄せる力」を最大限に引き出すことができれば、リン酸肥料の使用量を減らしつつ、作物の免疫力を高めることが可能になります。

 

参考)https://edu.jaxa.jp/contents/other/himawari/pdf/4_role_2.pdf

結局のところ、農業とは「植物が4億年かけて培ってきた生存戦略」を人間が理解し、手助けする行為だと言えるでしょう。祖先たちが藻類から進化する過程で手に入れた「乾燥に耐える遺伝子」「重力に抗う維管束」「微生物と会話する能力」。これらの機能を最大限に発揮できる環境を整えてやることこそが、農家ができる最高の栽培管理なのかもしれません。畑で土に触れるとき、その土の中で太古の昔から続く植物と微生物の対話が行われていることを想像してみてください。それは、私たちの食卓を支える壮大な生命の歴史そのものなのです。

 

 


コケのふしぎ なぜコンクリートの隙間や塀に生えるの?原始的な陸上植物といわれるワケは? (サイエンス・アイ新書)