農業経営を取り巻く環境の変化により、事業を一時的に停止する「休眠」を検討する法人が増えています。しかし、単に事業を止めるだけの「休眠」と、法的な手続きを経て会社が消滅に向かう「みなし解散」には明確な違いがあり、ここを混同すると取り返しのつかない事態に陥る可能性があります。
まず、「休眠」とは会社法上の定義ではありませんが、一般的に「事業活動を停止しているが、法人格は残っている状態」を指します。税務署や自治体へ届け出ることで、法人住民税の均等割が免除されるなどのメリットがありますが、会社そのものは存続しています。これに対し、「みなし解散」は、長期間にわたり登記の変更が行われていない会社に対し、国が「もう事業を行っていない」と判断し、職権で解散の手続きを進める制度です。
参考)牧野農業協同組合・農事組合法人による県への届出 - 群馬県ホ…
農業関係者が特に注意すべきなのは、この「期間」の違いです。
農事組合法人は株式会社に比べて、みなし解散の判定期間が圧倒的に短いのが特徴です。これは、実体のない組合が放置されることによる違法行為への利用を防ぐためですが、5年というのは役員の任期(通常3年)をうっかり1回飛ばしてしまうだけで到達しうる期間です。「うちは大丈夫」と思っていても、気づかないうちに「みなし解散」の通知が届くケースが後を絶ちません。
参考)農事組合法人等のみなし解散
参考リンク:法務省:令和6年度の休眠会社等の整理作業(みなし解散)について(通知から登記までの詳細な流れが解説されています)
会社を正式に休眠させるためには、単にシャッターを下ろすだけでなく、行政機関への適切な手続きが不可欠です。これを怠ると、事業を行っていないにもかかわらず税金の請求が来続けてしまいます。
最も重要なのが、所管の税務署への「異動届出書」の提出です。この書類は、法人の内容に変更があった場合に提出するものですが、休眠の場合もこれを使用します。「異動事項」の欄に「休業」と記入し、休業を開始した日付を明記します。この手続きに手数料などの費用はかかりません。
参考)休眠会社にかかる費用と休眠手続き(休業届け)及びメリット・デ…
さらに、税務署だけでなく、以下の機関への届出も忘れてはいけません。
これらの届出を行うことで、赤字でも発生する「法人住民税の均等割(年間約7万円〜)」が免除、または減額される自治体が多いです。ただし、自治体によっては休眠中であっても均等割の納税を求めるところがあるため、事前に確認が必要です。また、社会保険事務所(年金事務所)に対しても「健康保険・厚生年金保険適用事業所全喪届」を提出し、社会保険の加入を停止する手続きが必要です。従業員がいない場合でも、役員が加入しているケースがあるため確認しましょう。
参考)休眠会社の決算はどうする?必要な申告や手続きを解説
| 提出先 | 書類名 | 目的 |
|---|---|---|
| 税務署 | 異動届出書 | 国税(法人税など)の納税義務停止の連絡 |
| 都道府県税事務所 | 異動届出書 | 地方税(事業税・県民税)の免除・減額申請 |
| 市区町村役場 | 異動届出書 | 地方税(市町村民税)の免除・減額申請 |
| 年金事務所 | 適用事業所全喪届 | 社会保険料の支払停止 |
農事組合法人が休眠状態に入り、必要な登記手続きを放置してしまった場合、普通法人以上に深刻な「解散リスク」に直面します。前述の通り、最後の登記から5年が経過すると、法務大臣による官報公告が行われ、管轄の登記所から通知書が発送されます。
この通知が届いてから2ヶ月以内に、「まだ事業を廃止していない」旨の届出をするか、役員変更などの必要な登記を申請しない限り、その期間満了をもって「解散したものとみなされ」ます。これが「みなし解散」の決定的な瞬間です。一度解散とみなされると、取締役などの役員は退任した扱いとなり、代わって「清算人」が登記されます(通常は従前の理事が清算人になります)。
参考)みなし解散の通知が届いた!法人登記の継続や清算の手続きとは?…
放置することのリスクは、単に会社がなくなるだけではありません。
特に農業法人の場合、地域コミュニティとの結びつきが強いため、「あの法人は潰れたらしい」という噂が立つことは、将来的な再起や個人の信用にも関わる重大な問題です。
参考リンク:群馬県:牧野農業協同組合・農事組合法人による県への届出(みなし解散の具体的なフローと注意点が記載されています)
検索上位の記事ではあまり触れられていませんが、農業関係者にとって最大の「休眠の落とし穴」は、農地法と補助金の問題です。ここを理解せずに手続きを進めると、法人の存続どころか、個人の財産にまで被害が及ぶ可能性があります。
農事組合法人が農地(田畑)を所有している場合、その法人は「農地所有適格法人(旧:農業生産法人)」であるはずです。しかし、休眠して事業を停止したり、みなし解散となったりした場合、「常時従事する構成員がいること」や「売上高の過半が農業であること」といった適格要件を満たせなくなります。
参考)https://www.pref.tochigi.lg.jp/g03/work/nougyou/keiei-gijyutsu/documents/1seido.pdf
要件を欠いた場合、農地法に基づき、県や市町村の農業委員会から「農地の権利移動(売却や譲渡)」を命令されることがあります。つまり、「会社は休ませておくが、土地は法人の持ち物のままにしておく」ということが許されないのです。農地を個人(元の持ち主)に戻すには、改めて農業委員会の許可(農地法3条許可)が必要となり、司法書士費用や登録免許税などのコストが発生します。
過去に「強い農業づくり交付金」や「経営継続補助金」などを利用して、トラクターや乾燥機、ビニールハウスなどの設備を導入している場合はさらに危険です。補助金で購入した資産には「処分制限期間(耐用年数に応じた期間)」が設定されています。
この期間内に事業を休止(休眠)したり解散したりすると、「目的外使用」や「事業中止」とみなされ、受け取った補助金の一部、あるいは全額の返還を求められる義務が生じます。返還額には年利10.95%の加算金が上乗せされるケースもあり、休眠によって節約できる税金など吹き飛ぶほどの請求額になることも珍しくありません。「休眠だから廃業ではない」という理屈は、補助金の運用ルールでは通用しないことが多いのです。
参考)補助金の「返還」が必要な場合は?返還義務が生じるケースと事例…
参考リンク:補助金バンク:補助金の「返還」が必要な場合は?(事業中止や廃業時の返還ルールと罰則について解説されています)
一度「休眠」や「みなし解散」になった状態から、事業を再開(復活)させることは可能でしょうか? 結論から言えば可能ですが、タイムリミットと費用がかかります。
税務署に異動届出書を出して休眠していただけであれば、再度、税務署などに「事業再開」の異動届出書を提出するだけで復活できます。これに費用はかかりません。ただし、青色申告の承認が取り消されている場合があるため、再申請が必要か確認しましょう。
参考)休業会社を復活させて再稼働させる。 - 東京 会社設立パート…
みなし解散の登記がされてしまった場合でも、3年以内であれば復活が可能です。これを「会社継続(かいしゃけいぞく)」といいます。
参考)みなし解散された会社が継続をすることができる期間は3年
ただし、農事組合法人の場合も会社法の規定(第473条)を準用する形になるため、この「3年ルール」が適用されると考えられますが、定款や組合の規定により異なる場合があるため、必ず専門家に確認してください。
復活のためには以下の手続きと費用が必要です。
これにかかる登録免許税などの実費は以下の通りです。司法書士に依頼する場合は、さらに報酬(5万〜10万円程度)が加算されます。
| 項目 | 費用の目安(実費のみ) | 備考 |
|---|---|---|
| 会社継続の登記 | 30,000円 | 必須 |
| 役員変更の登記 | 10,000円 | 資本金1億円以下の場合 |
| 清算人の登記 | 9,000円 | 一度清算人が選任された形になるため必要になることが多い |
| 合計 | 約50,000円〜 | 司法書士報酬は別途 |
3年を過ぎてしまうと、法人格を復活させる方法は法的に閉ざされ、完全に清算(消滅)するしかなくなります。休眠中の法人であっても、ポストに届く郵便物、特に法務局からの通知だけは絶対に無視しないようにしましょう。