法人税の税率の推移は、日本の経済政策と密接に関係しており、特に農業経営者が法人化を検討する上で避けては通れない重要なテーマです。かつて日本の法人税率は、1980年代には基本税率が43.3%という高水準にありました 。しかし、バブル崩壊後の経済停滞やグローバル化の波を受け、企業の国際競争力を維持するために段階的な引き下げが行われてきました。
参考)【税理士監修】法人税率の変動:各国との比較を交えた推移につい…
2010年代に入ると、「アベノミクス」による成長戦略の一環として、法人税改革が加速しました。具体的には、2015年(平成27年)には25.5%から23.9%へ、さらに2016年(平成28年)には23.4%へと引き下げられ、2018年(平成30年)以降は現在の23.2%という水準に落ち着いています 。この劇的な低下は、企業が手元に残せる利益を増やし、再投資や賃上げを促すことを目的としています。
参考)法人税率は現在何パーセント?税制改正による推移についても解説…
農業従事者にとって、この「法人税率の低下」は単なるニュースではありません。個人事業主として農業を営む場合、所得税は累進課税制度をとっているため、所得が増えれば増えるほど税率が上がり、最大で45%(住民税を合わせると55%)にも達します 。一方で、法人税は比例税率(固定税率)に近く、さらに中小企業(資本金1億円以下)には年800万円以下の所得に対して15%(本則19%からの特例)という軽減税率が適用されます 。
参考)No.5759 法人税の税率|国税庁
つまり、法人税率が歴史的に低い水準にある現在、農業経営が軌道に乗り、一定の利益が出るようになった段階での「法人化」は、税負担を劇的に下げる強力な選択肢となり得るのです。以下の表は、近年の法人税率の変遷をまとめたものです。
| 年代 | 基本税率 | 備考 |
|---|---|---|
| 昭和56年~平成元年 | 43.3% | 過去最高水準 |
| 平成11年(1999) | 30.0% | 30%台へ低下 |
| 平成24年(2012) | 25.5% | 復興特別法人税などが別途あり |
| 平成27年(2015) | 23.9% | アベノミクスによる改革 |
| 平成30年(2018)~現在 | 23.2% | 2025年時点でも維持 |
このように、国は政策として「法人の方が税制面で有利になるような環境」を整えてきたと言えます。農業経営においても、この「法人税 税率 推移」の流れを正しく理解し、自社の利益規模と照らし合わせることで、最適な経営形態を選択することが可能になります。特に、インボイス制度の導入や資材高騰など、農業を取り巻く環境が厳しさを増す中、税金という「確実なコスト」をコントロールする知識は、生き残るための武器となります。
また、法人税の実効税率(国税と地方税を合わせた実質的な負担率)についても見ていく必要があります。表面上の税率が23.2%であっても、地方法人税や法人住民税、法人事業税などを加味した実効税率は約29.74%となります 。それでも、かつての37%台や40%台と比較すれば、負担は大幅に軽減されています。この「下がり続けてきた」というトレンド自体が、今後の農業経営の規模拡大を後押しする追い風となっていることは間違いありません。
参考)https://www.cao.go.jp/zei-cho/content/6ebpm2kai1.pdf
法人税の税率の推移を見ると、農業法人を設立することによる節税メリットがいかに大きくなっているかが分かります。前述の通り、個人の所得税は「稼げば稼ぐほど税率が高くなる」仕組みですが、法人は「稼いでも税率が一定(または軽減される)」仕組みです。
具体的に、農業経営における節税メリットを深掘りしてみましょう。最大のポイントは、「経費の範囲の拡大」と「役員報酬による所得分散」です 。
参考)【第8回】法人化で何が変わる?税制面でのメリット・注意点|マ…
個人事業主の場合、自分自身への給与は経費になりません。利益はすべて「事業所得」として課税対象になります。しかし、法人化すれば、自分や家族従業員への給与を「役員報酬」として経費に計上できます。これにより、法人の利益を圧縮して法人税を抑えつつ、個人の側でも「給与所得控除」という強力な節税枠を利用できるため、所得税・住民税のトータルでの負担を下げることが可能です。
さらに、現在の法人税率の推移を考慮すると、中小法人向けの軽減税率(所得800万円以下は15%)の恩恵は絶大です。例えば、利益が600万円出た場合、個人事業主(所得税+住民税+事業税)よりも、法人税(15%+地方税等)の方が、手元に残るキャッシュが多くなるケースがほとんどです。
農業特有の制度として、「農業経営基盤強化準備金制度」なども、法人の方が活用しやすい側面があります 。これは、将来の農地取得や機械購入のために積み立てたお金を経費扱いにできる制度で、利益が出た年の税金を合法的に先送りし、投資のタイミングで取り崩すことができる強力なツールです。
参考)https://www.freee.co.jp/kb/kb-launch/agricultural-corporation/
ただし、これらのメリットは「黒字であること」が前提となる場合が多いですが、法人税には「均等割」という、赤字でも支払わなければならない地方税(年間約7万円〜)が存在します。この固定費が発生する点は、個人事業主にはないデメリットと言えるでしょう。しかし、近年の法人税率の低下トレンドは、この固定費を補って余りある節税効果を、一定規模以上の農家にもたらしています。
日本の法人税の税率の推移を理解するためには、世界との比較が欠かせません。「日本は税金が高い」というイメージが根強いですが、近年の改革によりその差は縮まっています。
世界各国も、企業の誘致や経済活性化のために法人税率を引き下げる競争を繰り広げてきました。これを「底辺への競争(Race to the Bottom)」と呼ぶこともあります。
主要国の法人税率(国税・地方税を合わせた実効税率に近いものを含む)の状況を見てみましょう 。
参考)日本は29.7%…法人税率の国際比較をさぐる(2023年公開…
このように見ると、日本の現在の法人税実効税率(29.74%)は、決して「世界で突出して高い」わけではなく、先進国の中では「標準的、あるいはやや高め」といった位置付けにあります 。かつての40%超え時代に比べれば、国際的な遜色はなくなってきています。
農業経営の視点から見ると、これは何を意味するのでしょうか?
日本の農業法人が海外へ進出したり、逆に海外の農業企業が日本に参入してきたりするハードルが、税制面では下がっていることを意味します。また、日本の農産物を輸出する際、国内で支払う税コストが以前より抑えられているため、価格競争力を維持しやすくなっているとも言えます。
しかし、注意すべきは「見かけの税率」だけでなく、社会保険料の事業主負担を含めた「トータルの労働コスト」です。日本は法人税率こそ下がりましたが、社会保険料(厚生年金・健康保険)の負担は年々上昇傾向にあります。国際比較をする際は、単に「法人税率」の数字だけを見るのではなく、雇用に伴う付帯コストも含めて判断する必要があります。
それでも、世界的な「法人税減税」の流れに日本も追随している事実は、大規模化を目指す農業法人にとっては、長期的な投資計画を立てやすい環境であると言えるでしょう。
「法人税の税率の推移」を語る上で、対比として欠かせないのが「個人事業主の税負担」の推移です。法人の税率が下がり続けている一方で、個人の税負担はどう変化してきたのでしょうか。ここに、多くの農家が法人化に踏み切る決定的な理由があります。
個人の所得税は、戦後長らく最高税率が高い水準にありましたが、所得税自体も何度か改正されています。しかし、構造として変わらないのは「超過累進課税」という仕組みです。所得が上がれば上がるほど、その増えた部分に対する税率が階段状に跳ね上がります。
現在(2025年時点)の所得税の税率は以下の通りです。
これに一律10%の住民税が加わります。つまり、所得が900万円を超えた部分には、所得税33%+住民税10%=43%もの税金がかかります。さらに、個人事業税(農業は第1種事業で5%、ただし290万円の控除あり)も発生します。
一方で、法人税はどうでしょうか。推移を見てきた通り、現在は基本税率が23.2%、中小企業の年800万円以下の部分は約15%です。
単純比較でも、「所得が600〜900万円を超えてくるライン」で、個人事業主の税率(20%〜33%+住民税10%)が、法人の実効税率(約20%〜30%)を上回り始めます。これが、いわゆる「法人化の壁」と呼ばれるものです 。
さらに重要なのは、近年の税制改正のトレンドが「給与所得控除の縮小」や「基礎控除の引き上げ」など、個人の高所得者に対してやや厳しい方向へ(あるいは複雑に)変化している点です。対照的に、法人税は一貫して「引き下げ」のトレンドにあります。
農業は天候リスクがあるため、豊作で利益が大きく出た年に、個人事業主のままだと最高税率に近い税金を支払わなければなりません。しかし法人であれば、税率は一定で、かつ「経営セーフティ共済」などの節税商品をフル活用して、利益を翌年以降に繰り越す(簿外資産を作る)テクニックも使えます。
個人事業主としての農業経営は、記帳が簡単で自由度が高いというメリットがありますが、「税率の推移」というマクロな視点で見ると、国は明らかに「事業の法人化」を優遇するメッセージを出し続けています。特に、後継者がいる場合や、売上が数千万円規模に達している農家にとって、個人事業のまま高税率の所得税を払い続けることは、資産形成の観点から大きな損失となっている可能性があります。
最後に、検索上位の記事にはあまり詳しく書かれていない、しかし農業経営者にとって極めて現実的かつ痛い出費となる「社会保険」の観点から、法人税率の推移を独自に読み解いてみます。
「法人税が下がったから法人化しよう!」と安易に飛びつくと、痛い目を見るのがこの「社会保険の壁」です。
法人化すると、社長一人であっても社会保険(健康保険・厚生年金)への加入が強制されます。個人事業主の農家(常時雇用5人未満)であれば、国民健康保険と国民年金で済んでいたものが、法人化によって厚生年金・健康保険に切り替わり、その保険料は会社と個人の折半となります。
問題は、この保険料の負担額です。
法人税率は23.2%まで下がりましたが、社会保険料率は年々上昇し、現在は給与(標準報酬月額)に対して約30%(労使合計)もの負担になります。つまり、法人税の税率低下分を、上昇し続ける社会保険料が相殺、あるいは上回ってしまうという現象が起きています。
例えば、役員報酬を年間500万円に設定した場合、会社と個人で負担する社会保険料の合計は年間約150万円にもなります。
「法人税が数%下がった」ことによる節税額よりも、「社会保険料の新たな負担」の方が重くなるケースは、小規模な農業法人では頻繁に起こります。
しかし、これを単なる「コスト増」と捉えるか、「保障の手厚さ」と捉えるかで経営判断は変わります。
法人税の税率の推移だけを見れば「法人化一択」に見えますが、裏にある「社会保険料という第2の税金」の推移もセットで考える必要があります。
真の「メリット」が出るのは、この社会保険料負担を吸収できるだけの「粗利益」を稼げるようになった時です。
「税金は安くなったが、会社のお金は社会保険料で消えていく」という本末転倒な事態を避けるためにも、シミュレーションは税理士任せにせず、自分自身で「法人税+社会保険料」のトータルコストを計算してみることが、賢い農業経営者の条件と言えるでしょう。