蒸散 役割 3つ 植物生理と農業の水分と温度の調節
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体温調節と冷却
気化熱を利用して葉の温度を下げ、高温障害を防ぐ重要な機能です。
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養水分のポンプ機能
根から水を吸い上げる原動力となり、同時に肥料成分を植物全体へ運びます。
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光合成と水分バランス
気孔の開閉を通じて、CO2の取り込みと水分の保持を巧みにコントロールします。
蒸散の役割3つ
植物が葉から水分を水蒸気として放出する「蒸散」は、単なる水の排出作業ではありません。農業生産において、作物の生育スピードや収量、そして品質を左右する極めて重要な生理現象です。
一般的に知られている「根から水を吸う」という行為も、実はこの蒸散が主な原動力となって引き起こされています。ポンプの役割を果たしているのは根ではなく、葉の裏側にある小さな穴、気孔(きこう)なのです。
ここでは、農業従事者が必ず押さえておくべき蒸散の3つの主要な役割と、それに関連する詳細なメカニズム、さらには現場で直面する生理障害との関係について解説します。
高温期の温度調節と冷却効果
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植物は人間のように汗をかいて体温を調節する機能を持っていませんが、蒸散はその代わりとなる極めて重要な役割を果たしています。これは「気化熱」を利用した冷却システムです。
水が液体から気体(水蒸気)に変わる際、周囲から熱を奪う性質があります。これを気化熱と呼びます。植物は葉の内部にある水分を気孔から蒸発させることで、葉の表面温度を下げ、真夏の強い日差しや高温環境下でも細胞が死滅するのを防いでいます。
- 冷却のメカニズム:直射日光を浴びた葉の温度は、外気温よりも高くなる傾向があります。しかし、正常に蒸散が行われている葉は、気化熱によって気温よりも数度低い温度(場合によっては5℃以上低いことも)を維持できます。
- 高温障害のリスク:もし蒸散がストップしてしまうと、葉の温度は急上昇し、光合成を行う酵素が失活したり、タンパク質が変性して細胞が壊死する「葉焼け」のような症状が発生します。
- サーモグラフィでの診断:最近のスマート農業では、サーモグラフィカメラを使って葉の温度を測定し、蒸散が正常に行われているかを判断する技術が普及しています。葉温が気温より高ければ、気孔が閉じている(蒸散していない)サインであり、水不足や根腐れなどのトラブルを早期に発見できます。
参考リンク:施設園芸における植物生体情報の計測と利用(葉温と蒸散の関係について詳細な解説があります)
根からの水分吸収とポンプ機能
植物が高い木の上まで水を運び上げることができるのはなぜでしょうか?これには「蒸散引力(蒸散プル)」と呼ばれる強力な物理的な力が働いています。
植物体内には、根から茎、葉へとつながる「道管」という水の通り道があります。葉の気孔から水分子が一つ外へ出ていくと、水分子同士の凝集力(互いに引き合う力)によって、次の水分子が引っ張り上げられます。これが鎖のように繋がり、最終的に根の細胞にある水を引っ張り上げる力となります。
- ストローの原理:わかりやすく言えば、長いストローでジュースを吸うようなものです。口(気孔)で吸う力(蒸散)がなければ、ストローの下(根)から液体は上がってきません。
- 根圧との違い:根自体も水を押し上げる力(根圧)を持っていますが、これは補助的なもので、特に背の高い植物や日中の活発な吸水においては、蒸散による引き上げ力がメインとなります。
- 土壌水分の移動:蒸散が活発になると、根周辺の土壌水分が急速に吸収されます。これにより、土壌内の水分勾配が生まれ、より遠くの水が根に向かって移動しやすくなります。適切な蒸散は、土壌全体の水分循環を促すエンジンの役割も果たしています。
参考リンク:植物生産環境と生理生態情報の見える化(蒸散速度と吸水の相関データが参考になります)
光合成のための気孔開閉と水分調節
蒸散の調整弁である「気孔」は、水分の出口であると同時に、光合成に必要な二酸化炭素(CO2)の入り口でもあります。ここに植物にとっての最大のジレンマがあります。
光合成をするためには気孔を大きく開いてCO2をたくさん取り込む必要がありますが、気孔を開けば開くほど、体内の貴重な水分が逃げてしまいます。植物はこの「炭素の獲得」と「水の節約」という相反する課題を、精妙なバランスでコントロールしています。
- 気孔開閉のメカニズム:気孔は「孔辺細胞」という2つの細胞で構成されています。
- 朝、光(特に青色光)を浴びると、孔辺細胞の細胞膜にあるポンプが動き出します。
- カリウムイオン(K+)が細胞内に取り込まれ、細胞内の濃度が高まります。
- 浸透圧の差により、水が孔辺細胞に流れ込みます。
- パンパンに膨らんだ孔辺細胞が弓なりに曲がり、中央の穴(気孔)が開きます。
- 乾燥ストレスへの反応:土壌が乾燥して根からの吸水が追いつかなくなると、植物ホルモンの一種であるアブシジン酸が合成されます。これが葉に届くと、気孔を強制的に閉じさせ、水分の流出を食い止めます。この時、光合成はストップしてしまうため、生育は停滞します。
- 飽差(VPD)の重要性:農業現場では「飽差(ほうさ)」という指標が重視されます。これは空気があとどれくらい水分を含むことができるかを示す値です。飽差が適切(一般的に3~6g/m³程度)でないと、気孔がうまく開かなかったり、逆に開きすぎて萎れたりします。
参考リンク:気孔の働きと開閉の仕組み(カリウムイオンによる開閉メカニズムの専門的な解説)
養分の運搬トラブルと生理障害
ここからは、多くの参考書では軽く扱われがちですが、農業の現場では死活問題となる「独自の視点」です。それは、蒸散がカルシウム(石灰)などの肥料成分の運搬に深く関わっているという事実です。
植物の必須栄養素である窒素、リン酸、カリウムなどは、植物体内で比較的自由に移動(転流)できます。しかし、カルシウムやホウ素は、一度沈着すると植物体内を再移動することがほとんどできません。これらは、蒸散流(水の流れ)に乗ってしか移動できないのです。
- カルシウム欠乏の正体:トマトの「尻腐れ果」やレタスの「チップバーン(縁腐れ)」、ハクサイの「芯腐れ」。これらは土壌にカルシウムが足りないから起きるのではなく、蒸散不足によってカルシウムが先端まで運ばれていないことが原因であるケースが大半です。
- 部位による格差:蒸散は、風通しが良く、光が当たる「外側の大きな葉」で最も活発に行われます。そのため、水とカルシウムは古い葉にばかり運ばれ、蒸散が少ない「新芽」や「果実の先端」、「結球した内側の葉」には届きにくくなります。これが、成長点付近でカルシウム欠乏症が多発する理由です。
- 対策のヒント:カルシウム剤を土に撒くだけでは解決しません。ハウス内の空気を循環扇で動かして蒸散を促したり、適切な湿度管理で飽差を整えたりすることが、実は最も効果的な肥料対策になるのです。
参考リンク:カルシウム欠乏と蒸散流の関係(再転流しにくい養分の挙動について詳しい解説)
農業現場の飽差管理と乾燥ストレス
最後に、現代農業において蒸散をコントロールするための指標となる「飽差(VPD)」の管理について深掘りします。
蒸散は「湿度」そのものではなく、「飽差(植物の葉の中と、外気の水蒸気量の差)」によって駆動されます。
- 飽差が低すぎる場合(高湿度すぎる):雨の日や密閉したハウス内では、空気がすでに水分で満たされているため、葉からの水分蒸発が進みません。蒸散が止まると、吸水もストップし、前述のカルシウム吸収阻害が起きます。除湿や加温によって湿度を下げ、蒸散を促す必要があります。
- 飽差が高すぎる場合(乾燥しすぎ):空気が乾燥しすぎていると、植物は体内から水分を奪われまいとして気孔を完全に閉じてしまいます。こうなると光合成も停止し、成長が止まります。この場合はミストや散水で加湿し、気孔を開かせてやる必要があります。
- 気孔蒸散とクチクラ蒸散:通常、蒸散の90%以上は気孔を通して行われます(気孔蒸散)。しかし、気孔が閉じている夜間や極度の乾燥時には、葉の表面のクチクラ層からわずかに水分が失われます(クチクラ蒸散)。農作物の鮮度保持や、接ぎ木養生(活着)の場面では、このわずかなクチクラ蒸散さえも抑えるために、湿度をほぼ100%に保つ管理が行われます。
参考リンク:飽差管理と作物生育の最適化(飽差の計算と具体的な管理数値の目安)
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