品種改良と遺伝子組み換えの違いは?ゲノム編集や安全性も解説

品種改良と遺伝子組み換えの違い、正しく理解していますか?実は多くの人が誤解している技術的な差や、ゲノム編集との関係、そして食卓に届くまでの安全性やコストの秘密を徹底解説します。意外な真実とは?

品種改良と遺伝子組み換えの違い

記事のポイント
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技術的な違い

従来の品種改良は偶然の掛け合わせですが、遺伝子組み換えは狙った遺伝子を直接操作する精密な技術です。

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コストと時間

遺伝子組み換えは開発スピードが速い反面、安全性審査に莫大なコストと時間がかかります。

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意外な共通点

「自然な」品種改良とされるものの中には、放射線を使って突然変異を起こさせたものも多く含まれています。

従来の品種改良と遺伝子組み換えの技術的な違い

 

私たちが普段口にしている野菜や穀物のほとんどは、長い歴史の中で「品種改良」を繰り返されてきたものです。しかし、スーパーの食品表示でよく見かける「遺伝子組み換えでない」という表記が気になり、従来の品種改良と一体何が違うのか疑問に思ったことはないでしょうか。農業の現場においても、この二つの技術的な境界線と定義を正確に理解することは非常に重要です。

 

従来の品種改良、特に「交配(交雑育種法)」と呼ばれる手法は、異なる性質を持つ親同士を掛け合わせ、両親の良いところを受け継いだ子孫を選抜していく方法です。例えば、味は良いが病気に弱い品種と、味は劣るが病気に強い品種を交配し、「味が良く病気にも強い」個体が生まれるのを待ちます。このプロセスは、両親の遺伝子がランダムに混ざり合うため、目的の性質以外にも予期せぬ性質が遺伝してしまう可能性があります。そのため、理想的な個体を選び出すためには、膨大な数の個体を育て、何世代にもわたって選抜を繰り返す必要があります。

 

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9441798/

一方、「遺伝子組み換え技術(GM技術)」は、全く異なるアプローチをとります。これは、ある生物が持つ特定の有用な遺伝子(例えば、特定の害虫に対する毒素を作る遺伝子や、除草剤に耐える遺伝子など)をピンポイントで取り出し、改良したい作物の細胞に直接組み込む技術です。最大の特徴は「種の壁」を越えられる点にあります。従来の交配では、トマトとトマト、あるいは非常に近い種の間でしか遺伝子のやり取りができませんでしたが、遺伝子組み換えでは、土壌細菌の遺伝子をトウモロコシに組み込むといった、自然界の交配では絶対に起こり得ない組み合わせが可能になります。

 

参考)よくある質問|遺伝子組み換えはこれまでの品種改良とどのような…

また、技術的な手法としても、アグロバクテリウムという土壌細菌の感染力を利用して植物に遺伝子を運び込ませる方法や、パーティクルガン(遺伝子銃)と呼ばれる装置を使って微細な金属粒子に付着させた遺伝子を細胞に撃ち込む方法など、バイオテクノロジーを駆使した高度な手法が用いられます。これにより、従来の品種改良では実現不可能だった特性(例えば、青いバラのような本来その植物が持っていない色素の生成など)を持たせることができるのです。つまり、従来の品種改良が「数打ちゃ当たる」的な偶然性に依存した宝探しであるのに対し、遺伝子組み換えは「狙った場所に狙った機能を追加する」外科手術のような精密さを持っていると言えるでしょう。

 

参考)https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fgeed.2021.817279/pdf

農作物の開発における時間とコストの比較

品種改良と遺伝子組み換えを比較する際、ビジネス的な視点で見落とせないのが「開発にかかる時間とコスト」です。一般的に、新しい品種を市場に送り出すまでには、どちらの手法をとっても長い年月が必要ですが、その内訳と性質は大きく異なります。

 

従来の交配による品種改良の場合、開発期間の大部分は「育成と選抜」に費やされます。一度交配を行って種を採り、それを蒔いて育て、実をつけさせて性質を確認するだけで、作物によっては1年近くかかります。さらに、その子供同士を掛け合わせたり、親の系統に戻し交配を行ったりして形質を固定化するまでに、早くて数年、果樹などでは10年〜20年以上の歳月を要することも珍しくありません。コストの面では、広大な試験圃場の維持管理費や、長期間にわたる人件費が主なウェイトを占めますが、特殊な実験設備や高額な規制対応費用はそれほどかかりません。比較的小規模な種苗会社や地域の農業試験場でも新品種開発が可能なのは、このためです。

 

参考)https://www.mdpi.com/2073-4409/11/23/3928/pdf?version=1670231424

対照的に、遺伝子組み換え作物の開発は、最初の「遺伝子の特定と組み込み」自体は実験室レベルで比較的短期間に行うことが可能です。しかし、そこから市場に出るまでには、従来の品種改良とは比べものにならないほどの莫大なコストと時間がかかります。その最大の理由は、各国の厳しい規制に対応するための「安全性審査」です。

 

参考)「遺伝子組換え技術」は誰がため?食品表示の裏側とメリット・デ…

遺伝子組み換え作物は、「自然界にない遺伝子の組み合わせ」を作り出すため、環境への影響や食品としての安全性について、膨大なデータを揃えて国の審査を受ける必要があります。アレルギー誘発性がないか、毒性物質が生成されていないか、組み込んだ遺伝子が周辺の雑草に移ってしまわないかなど、多岐にわたる試験を行う必要があり、これに数年から10年近くの時間と、数億円から数十億円規模の費用がかかると言われています。このため、遺伝子組み換え作物の開発は、資金力のある巨大な多国籍アグリバイオ企業でなければ参入が難しく、開発される作物も、投資回収が見込めるトウモロコシや大豆、綿花といった世界的な主要作物に限られる傾向があります。つまり、技術的には開発スピードを早めるポテンシャルがありながら、社会的な規制コストによって、実際の実用化のハードルは非常に高くなっているのが現状です。

 

参考)遺伝子組換のメリットとデメリットとは。

遺伝子組み換えとゲノム編集の安全性と表示

近年、農業分野で注目を集めている新しい技術に「ゲノム編集」があります。これもバイオテクノロジーを用いた品種改良の一種ですが、遺伝子組み換えとは明確な違いがあり、それが安全性審査や食品表示のルールにも反映されています。

 

「ゲノム編集」は、CRISPR-Cas9(クリスパー・キャスナイン)などの酵素を使って、その生物が元々持っているDNAの特定の場所を切断し、遺伝子の機能を止めたり変化させたりする技術です。遺伝子組み換えが「外部から別の生物の遺伝子を入れ込む(足し算)」技術であるのに対し、ゲノム編集の多くは「元々ある遺伝子の一部を壊して性質を変える(引き算)」技術と言えます。例えば、トマトのGABA(ギャバ)を分解する酵素の遺伝子を壊すことで、GABAを蓄積しやすくした高GABAトマトなどが実用化されています。

 

参考)【専門家が解説】ゲノム編集とは? 遺伝子組み換えとの違いは?…

安全性や規制の観点では、日本ではこの違いが重要視されています。外部から遺伝子を導入する「遺伝子組み換え」は、食品衛生法に基づく安全性審査が義務付けられており、表示義務もあります(対象品目や混入率の基準あり)。しかし、「ゲノム編集」によって作られた作物のうち、外部からの遺伝子が残っていないタイプ(SDN-1など)については、従来の品種改良(自然な突然変異)と科学的に区別がつかないため、安全性審査ではなく「届出」で済み、食品としての表示義務も課されていません。

 

参考)https://www.mhlw.go.jp/topics/idenshi/qa/qa.html

消費者庁の方針として、ゲノム編集食品の表示は「義務」ではなく「任意(推奨)」とされています。これは、科学的には従来の品種改良と同等と見なされるためですが、消費者心理としては「何か手を加えられたもの」を知りたいというニーズも根強くあります。現在流通しているゲノム編集食品の多くは、開発企業や販売者が自主的に情報を公開し、トレーサビリティを確保する形をとっています。

 

参考)ゲノム編集技術応用食品の表示の在り方について ~消費者庁、表…

農業関係者としては、これらが「グレーゾーンの技術」ではなく、明確な科学的根拠と法的ルールに基づいて区分されていることを理解しておく必要があります。遺伝子組み換え食品の安全性については、長年の摂取経験や多数の研究により、既存の食品と同等の安全性が確認されたものだけが流通していますが、「不自然さ」に対する懸念は依然として存在します。一方、ゲノム編集は、自然界でも起こりうる変異を人工的に加速させたものと解釈されており、規制のハードルが低いため、今後、中小規模の種苗会社や大学発のベンチャーなどから、多種多様な作物が登場してくる可能性が高い技術分野です。

 

参考)https://www.semanticscholar.org/paper/698d307d7391964320aa95f9d67aecdee90fe94d

品種改良のメリットとデメリットを再評価する

どのような技術にも光と影があり、品種改良も例外ではありません。従来の育種であれ、最新のバイオテクノロジーであれ、それぞれのメリットとデメリットを冷静に比較し、再評価する必要があります。

 

まず、品種改良全体の最大のメリットは、食料の安定供給と品質向上への貢献です。病気に強い品種や、冷害に耐える品種が開発されたことで、人類はかつてない規模の人口を養うことが可能になりました。特に遺伝子組み換え技術による「除草剤耐性」や「害虫抵抗性」作物は、農家の作業負担を劇的に減らし、大規模農業を効率化させました。また、不耕起栽培(土を耕さない栽培)を可能にすることで、土壌流出を防ぎ、トラクターの燃料消費を抑えてCO2排出量を削減するといった環境面でのメリットも報告されています。さらに、ビタミンAを強化した「ゴールデンライス」のように、栄養価を高めて途上国の栄養不足を解消しようとする人道的なプロジェクトも存在します。

 

参考)よくある質問|遺伝子組み換え作物を栽培することで、環境に対し…

一方で、デメリットやリスクも無視できません。従来の品種改良においては、特定の優れた品種ばかりが普及することで「遺伝的多様性の喪失」が起きるリスクがあります。単一の品種が広大な面積で栽培されると、その品種が弱い新しい病気が流行した際に、壊滅的な被害を受ける可能性があります。これは19世紀のアイルランドにおけるジャガイモ飢饉のような歴史的教訓とも重なります。

 

遺伝子組み換え技術特有の懸念としては、「遺伝子汚染」があります。組み換え作物の花粉が風に乗って飛散し、近縁の野生植物や非組み換え作物と交雑してしまうことで、自然界の生態系を撹乱する恐れです。また、特定の除草剤とセットで販売されることが多いため、その除草剤に耐性を持つ「スーパー雑草」の出現を促してしまういたちごっこの問題も指摘されています。さらに、種子の特許権を巨大企業が独占することで、農家が自家採種(種を採って翌年蒔くこと)を禁じられ、毎年種を買わなければならなくなるという経済的な従属性の問題も、農業経営の視点からは深刻なデメリットとして議論されています。技術そのものの善悪だけでなく、それがどのように運用され、誰の利益になるのかという視点を持つことが重要です。

 

参考)https://www.coop-hokuriku.net/foodsafety/20141021_gene-recombination.pdf

突然変異を利用した放射線育種と遺伝子組み換えの共通点

「遺伝子組み換えは人工的で怖いけれど、従来の品種改良なら自然で安心だ」と考えている消費者は少なくありません。しかし、この認識には大きな誤解が含まれています。実は、私たちが「従来の品種改良」だと思っているものの中には、放射線や化学薬品を使って意図的に遺伝子を傷つけ、強制的に突然変異を起こさせたものが数多く含まれています。

 

「放射線育種」と呼ばれるこの手法は、植物の種子や苗にガンマ線やX線、イオンビームなどの放射線を照射し、DNA鎖を切断して修復ミスを誘発させることで、突然変異を生み出します。これは自然界で数万年に一度起こるかどうかの変異を、人工的に高頻度で発生させる技術です。日本では、茨城県常陸大宮市にかつて「ガンマーフィールド」という世界最大級の放射線照射施設があり(現在は照射業務を終了)、長年にわたり多くの作物の改良が行われてきました。

 

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8725632/

身近な例では、病気に強い梨の「ゴールド二十世紀」や、一部の米の品種、色が鮮やかな花卉類などが、この放射線育種によって生み出されています。これらの作物は、遺伝子を人為的に操作・改変しているという点では、広義には遺伝子組み換えと同じ「DNAへの介入」を行っています。しかし、放射線育種は「(外来遺伝子を入れずに)内部の遺伝子をランダムに壊す」手法であるため、法的には遺伝子組み換え作物としては扱われず、特別な表示義務もありません。

 

参考)放射線を活用したコシヒカリの画期的な育種に反対運動 いまこそ…

ここで興味深いのは、遺伝子組み換え技術の方が、ある意味では「より精密で制御された技術」であるという点です。放射線育種は、DNAのどこに変異が起きるか予測できず、有用な変異と一緒に有害な変異が起きている可能性も否定できません(もちろん、その後の選抜で有害なものは排除されます)。対して遺伝子組み換えは、どの遺伝子をどう変えるかを設計して行います。

このように、従来の育種と遺伝子組み換え技術は、「自然対人工」という単純な二項対立で語れるものではありません。どちらも人間が自然のメカニズムに介入し、食料生産をより良くしようとしてきた技術の連続線上にあります。放射線育種が長年受け入れられてきた実績と、遺伝子組み換えが直面している拒否反応の違いは、科学的なリスクの差というよりは、技術の「見え方」や「心理的な受容度」、そして情報の伝え方の違いに起因する部分が大きいのかもしれません。農業に携わるプロフェッショナルとして、こうした技術の背景にある歴史と事実を正しく理解し、消費者に説明できる知識を持つことは、信頼される食の提供者としての責務と言えるでしょう。

 

参考)放射線育種と「ゲノム編集」の関係 - 食からの情報民主化プロ…

 

 


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