ストリゴラクトン作用と農業活用!根と菌根菌で収量促進

ストリゴラクトンの作用は枝分かれ抑制だけではありません。菌根菌との共生や根寄生雑草への影響、そして最新の研究で判明した環境ストレス耐性まで、農業収量を左右する驚きのメカニズムをご存知ですか?
ストリゴラクトンの多様な作用
🌱
枝分かれの抑制

無駄なエネルギー消費を抑え、栄養不足時に成長を調整する「省エネモード」スイッチ

🍄
菌根菌との共生

土壌中の有用菌に信号を送り、リン酸などの栄養吸収効率を劇的に高める

🛡️
環境ストレス耐性

乾燥や塩害時に気孔を閉じるなど、過酷な環境下での生存率を向上させる

ストリゴラクトンの作用

近年、農業現場や植物科学の世界で急速に注目を集めている「ストリゴラクトン」。かつては単なる根寄生雑草の発芽刺激物質として知られていましたが、2008年に植物ホルモンとして認定されて以来、その多機能性が次々と明らかになっています。農業従事者にとって、このホルモンの作用を理解することは、作物の収量アップや肥料コストの削減、さらには環境変動に強い作物作りにおいて極めて重要な意味を持ちます。ストリゴラクトンは、植物自身の成長を制御する内因性のシグナルであると同時に、根から土壌中へ放出されることで、根圏の微生物や他の植物とコミュニケーションを取るための「共通言語」としても機能しています。

 

具体的には、植物体内で作られたストリゴラクトンは、栄養環境が悪いときに枝分かれ(分げつ)を抑制してエネルギーの浪費を防ぐ役割を果たします。それと同時に、根から土壌へ分泌され、植物の成長を助けるアーバスキュラー菌根菌(AM菌)を呼び寄せるシグナルとなります。しかし、このシグナルは諸刃の剣でもあり、作物の養分を奪う恐ろしい根寄生雑草「ストライガ」などに探知され、発芽のきっかけを与えてしまうという側面も持っています。このように、ストリゴラクトンの作用は「植物自身の成長調整」「有用菌との共生」「寄生植物への影響」という三つの主要な柱で成り立っています。

 

さらに近年の研究では、乾燥や塩害といった「環境ストレス」に対する耐性を高める機能も発見されており、気候変動が進む現代農業において、その重要性は増すばかりです。このセクションでは、ストリゴラクトンが持つこれらの作用が、実際の植物生理においてどのように働き、農業生産にどのようなインパクトを与えるのかを深掘りしていきます。

 

ストリゴラクトンの生合成や機能の解明に関する詳細な研究については、以下のリンクが参考になります。

 

理化学研究所:植物の環境ストレスに対抗する新しいアプローチ(ストリゴラクトンが乾燥・塩ストレス耐性を制御することを解明)

ストリゴラクトン作用による枝分かれ抑制の仕組み

ストリゴラクトンの最も基本的な生理作用の一つが、地上部の枝分かれ(側枝の成長)やイネの分げつを抑制することです。なぜ植物は自らの成長を抑制するホルモンを分泌するのでしょうか?その答えは「生存戦略」にあります。植物は土壌中の栄養、特にリン酸や窒素が不足すると、限られたエネルギーを効率的に使うために「省エネモード」に切り替える必要があります。ストリゴラクトンはこのスイッチの役割を果たしており、栄養不足を感知すると合成量が増加し、わき芽の成長を止めて、主要な茎や根の成長にリソースを集中させます。

 

このメカニズムは農業生産に直結します。例えば、肥料が十分にある環境ではストリゴラクトンの生成が抑えられ、作物は枝分かれを増やして光合成面積を広げ、収量を最大化しようとします。逆に、痩せた土地ではストリゴラクトンが働き、無駄な枝葉を作らずに生き延びようとします。品種改良の歴史の中で、私たちが育てている作物の多くは、このホルモンのバランスが調整されていますが、過剰な枝分かれを剪定する労力(整枝作業)は農家にとって大きな負担です。ストリゴラクトンの作用を制御できれば、例えば「剪定不要なトマト」や「適切な分げつ数で止まるイネ」など、省力化と多収を両立する栽培体系が可能になるかもしれません。

 

さらに、この抑制メカニズムは非常に精巧で、オーキシンやサイトカイニンといった他の主要な植物ホルモンとも密接に連携しています。ストリゴラクトン受容体である「D14タンパク質」がホルモンを感知すると、枝分かれを促進するタンパク質を分解へと導くシグナル伝達が行われます。この分子レベルの制御機構を理解することで、単に肥料を与えるだけでなく、植物ホルモンの働きを考慮した「スマートな施肥管理」が見えてきます。

 

枝分かれ抑制メカニズムの分子レベルでの解説は、以下の資料が参考になります。

 

東京大学大学院農学生命科学研究科:植物ホルモン「ストリゴラクトン」が機能する仕組み

ストリゴラクトン作用とアーバスキュラー菌根菌の共生

農業において「土作り」が重要であることは言うまでもありませんが、その核心にあるのが根圏微生物との相互作用です。ストリゴラクトンは、陸上植物の約80%と共生関係にあるとされる「アーバスキュラー菌根菌(AM菌)」を活性化させるための必須シグナル物質です。植物は土壌中のリン酸が不足すると、根からストリゴラクトンを分泌します。この化学物質を感知したAM菌は、胞子の発芽や菌糸の分岐を活発化させ、植物の根に到達して共生を開始します。

 

AM菌と共生した植物は、菌糸という「延長された根」を通じて、植物自身の根が届かない微細な土壌の隙間からリン酸や水分を集めることができるようになります。見返りとして植物は光合成で作った糖類をAM菌に提供します。この「ギブ・アンド・テイク」の関係は、化学肥料がなかった時代から植物が生き残るための生命線でした。現代農業においても、リン酸肥料の価格高騰や、土壌への過剰蓄積による環境汚染が問題となる中、この共生システムを最大限に活用することはコスト削減の切り札となります。

 

ストリゴラクトンを人為的に活用することで、この共生を促進できる可能性があります。例えば、播種時や育苗期にストリゴラクトン様物質(人工合成した類似物質)を処理することで、初期生育段階からAM菌との共生を確立させ、少ない肥料で丈夫な苗を育てることが研究されています。これは、肥料の利用効率を高めるだけでなく、根の張りを良くし、作物の基礎体力を底上げすることにもつながります。いわば、ストリゴラクトンは植物と土壌微生物をつなぐ「招待状」のような役割を果たしています。

 

AM菌との共生におけるストリゴラクトンの役割については、以下の研究成果が詳しいです。

 

JST(科学技術振興機構):植物に共生する菌根菌でリン肥料を減らす(PDF)

ストリゴラクトン作用が招く根寄生雑草の発芽

ストリゴラクトンには「植物界のジキルとハイド」とも呼べる二面性があります。AM菌という強力な味方を呼ぶためのシグナルが、同時に最悪の敵である「根寄生雑草」を呼び寄せてしまうのです。アフリカや地中海沿岸、そして近年では世界各地で問題となっている「ストライガ(魔女の雑草)」や「オロバンキ(ハマウツボ)」は、作物の根から分泌されるストリゴラクトンを感知して発芽し、作物の根に寄生して養水分を収奪します。その被害額は世界で年間1兆円規模とも言われ、農業生産における深刻な脅威となっています。

 

これらの寄生雑草の種子は、宿主となる作物が近くにいない状態では何十年も土の中で休眠し続けます。そして、作物が放出したストリゴラクトンを感知した瞬間にのみ発芽します。これは、寄生相手が確実に近くにいるときだけ動き出すという、極めて狡猾な生存戦略です。しかし、この性質を逆手に取った防除法が研究されています。それが「自殺発芽(Suicidal Germination)」と呼ばれる手法です。作物を植える前に、畑に人工的なストリゴラクトンを散布し、寄生雑草の種子を一斉に発芽させます。寄生相手がいないため、発芽した雑草はそのまま枯死します。これを繰り返すことで、土壌中の雑草種子密度(シードバンク)を劇的に減らすことが可能です。

 

日本国内においても、外来種の侵入リスクや、特定の野菜に寄生する雑草(ヤセウツボなど)の問題は対岸の火事ではありません。ストリゴラクトンの作用メカニズムを理解し、それを制御する技術は、除草剤に頼らない新しい雑草防除の道を開きます。研究レベルでは、AM菌には作用するが寄生雑草には感知されにくい、あるいはその逆の特性を持つ新しいストリゴラクトン誘導体の開発も進んでおり、将来的な実用化が期待されています。

 

根寄生雑草とストリゴラクトンの攻防、および防除技術については以下が参考になります。

 

日本農学賞受賞研究概要:根寄生雑草ストライガ防除に向けたストリゴラクトン受容体の研究(PDF)

ストリゴラクトン作用で向上する環境ストレス耐性

これまで紹介した「枝分かれ」「共生」「寄生」は比較的よく知られた作用ですが、ここ数年の研究で明らかになった、農業にとって非常に希望の持てる「意外な作用」があります。それが「環境ストレス耐性の向上」です。干ばつや塩害といった過酷な環境下において、ストリゴラクトンは植物を守るための重要なディフェンス機能を担っていることが分かってきました。

 

具体的には、乾燥ストレスがかかると植物体内のストリゴラクトン生合成遺伝子が活性化されます。これによって作られたストリゴラクトンは、葉の気孔を閉じるように働きかけ、植物体からの水分の蒸散を防ぎます。これまで気孔の開閉制御といえばアブシジン酸(ABA)というホルモンが主役だと考えられていましたが、ストリゴラクトンもまた、独自の経路、あるいはABAと協調する形で気孔の閉鎖に関与していることが判明しました。

 

さらに、塩害ストレスに対しても効果を発揮します。塩分濃度の高い土壌では植物の根の成長が阻害されますが、ストリゴラクトンは根の細胞分裂や伸長を調整し、ストレスによるダメージを軽減する作用があることが示唆されています。例えば、シロイヌナズナの実験では、ストリゴラクトンを作れない変異体は乾燥や塩に弱く、逆に外部からストリゴラクトンを与えると耐性が回復するという結果が出ています。

 

この知見は、異常気象による干ばつや、施設栽培における塩類集積といった農業課題に対する直接的な解決策になり得ます。将来的には、乾燥注意報が出た際に予防的にストリゴラクトン系資材を散布することで作物のしおれを防いだり、塩害地域でも栽培可能な品種を育成したりするためのキーファクターとして活用されるでしょう。これは単なる収量維持だけでなく、灌漑用水の節約という観点からも、持続可能な農業に大きく貢献する機能です。

 

環境ストレス耐性とストリゴラクトンの関係についての画期的な研究成果は以下です。

 

Strigolactone: An Emerging Growth Regulator for Developing Resilience in Plants(植物の回復力を高める成長調整剤としてのストリゴラクトン ※英語論文の解説記事)
理化学研究所:ストリゴラクトンが乾燥・塩ストレス耐性を制御

ストリゴラクトン作用を農業で活用する施肥効率化

最後に、これらの作用を統合して、明日の農業現場でどのように「施肥効率化」につなげるかを考えます。日本の農業において肥料コスト、特に原料を輸入に頼るリン酸肥料の価格変動は経営を圧迫する大きな要因です。ストリゴラクトンの「リン酸欠乏シグナル」としての性質を理解することは、適正施肥の精度の向上に役立ちます。

 

植物はリン酸が足りないとストリゴラクトンを出して根を広げ、菌根菌を呼びます。逆にリン酸が過剰だとストリゴラクトンを止めます。つまり、土壌診断に基づかない過剰な施肥は、植物本来が持っている「菌根菌を活用して栄養を集める能力」を眠らせてしまうことになります。いわゆる「肥料喰い」の作物にしてしまっています。減肥栽培において、単に肥料を減らすだけでは収量が落ちますが、ここでストリゴラクトンの作用を意識した「バイオスティミュラント(生物刺激資材)」としての活用が視野に入ります。

 

現在、実用化に向けた研究が進んでいるのは、低濃度の肥料条件下でも植物のポテンシャルを最大限に引き出すためのストリゴラクトン関連資材です。これを活用すれば、従来の施肥量を減らしつつ、菌根菌との共生を最大限にブーストし、根の吸肥力を高めることで同等の収量を確保できる可能性があります。また、施設園芸においては、日照不足や温度ストレスなどの生育阻害要因に対して、ストリゴラクトン剤を使用することで生理障害を軽減し、秀品率(A品率)を向上させる効果も期待されています。

 

「作用」を理解することは、作物の「声」を聞くことです。今、作物は枝分かれをしたいのか、根を伸ばしたいのか、それともストレスに耐えているのか。ストリゴラクトンという視点を持つことで、漫然とした施肥や管理から脱却し、作物の生理機能に基づいた、低コストで高収益な次世代の農業(スマート・アグリ)へと進化させることができるのです。

 

バイオスティミュラントとしての活用や肥料削減の可能性については、以下の業界動向も参考になります。

 

植物科学は農業生産へいかに貢献するか(日本育種学会)