
農業現場において「見えない脅威」として恐れられているのが、土壌中に潜む微細な害虫、センチュウ(線虫)です。ひとくちにセンチュウと言ってもその種類は多岐にわたり、作目によって寄生するタイプや被害の現れ方がまったく異なります。適切な防除を行うためには、まず自身の圃場で悪さをしているのがどのタイプなのかを正確に把握することが欠かせません。ここでは農業被害の大部分を占める主要な種類について深掘りします。
まず最も代表的なのがネコブセンチュウ類です。サツマイモネコブセンチュウなどが有名ですが、このタイプの特徴は名前の通り、植物の根に寄生して「コブ(根こぶ)」を作ることです。根がコブだらけになると、水分や養分の吸収が阻害され、地上部の生育不良や黄化を引き起こします。特に根菜類(ニンジン、ダイコン、サツマイモなど)では、可食部そのものが変形したり、肌が荒れたりして商品価値が著しく低下するため、経済的損失は甚大です。彼らは土壌温度が上がると活発になり、一度定着すると爆発的に増殖する傾向があります。
参考)農作物に被害をもたらす「センチュウ」の生態とは
次に厄介なのがネグサレセンチュウ類です。こちらはキタネグサレセンチュウやミナミネグサレセンチュウなどが知られています。ネコブセンチュウとは異なり、根にコブを作ることはありません。その代わり、根の組織内を自由に移動しながら食害し、細胞を破壊して腐敗させます。被害を受けた根は褐色に変色し、細根がなくなって「ゴボウ根」のような状態になってしまいます。地上部には明確な病徴が出にくいケースもあり、「なんとなく生育が悪い」「肥料が効いていない」と勘違いして対策が遅れることが多いのも、このネグサレセンチュウの恐ろしい点です。
参考)https://www.takii.co.jp/tsk/saizensen_web/cultivation/sentyu_2021/
さらに、特定の作物に特化して壊滅的な被害を与えるシストセンチュウ類(ダイズシストセンチュウやジャガイモシストセンチュウなど)も存在します。彼らはメスが体内に卵を抱えたまま死んで硬化し、「シスト」と呼ばれる殻になります。このシストは殻に守られているため薬剤や環境変化に極めて強く、土壌中で数年から10年以上も卵が生存し続けることがあります。これにより、一度発生すると根絶が非常に難しく、長期的な輪作や休耕を余儀なくされることもあります。
参考)センチュウ(線虫)とは?作物への被害の特徴と予防・駆除方法 …
有用な情報:ネコブセンチュウとネグサレセンチュウの被害症状の違いと見分け方(KINCHO園芸)
参考)【病害虫】センチュウ|生育不良の原因は土の中?
これらのセンチュウは、単に根を傷つけるだけでなく、その傷口からフザリウム菌や青枯病菌などの土壌病原菌が侵入する「手引き」をすることも知られています。つまり、センチュウ被害がある圃場では、複合的に他の土壌病害も多発しやすいという悪循環に陥りやすいのです。したがって、センチュウ対策は単なる虫害対策にとどまらず、土壌病害全体の管理という視点で捉える必要があります。
化学農薬のみに依存しない持続可能なセンチュウ対策として、古くからプロの農家の間で活用されているのが「対抗植物(コンパニオンプランツ)」です。対抗植物とは、栽培することで土壌中の有害センチュウの密度を低下させる働きを持つ植物のことです。緑肥として利用されることも多く、土壌改良効果も同時に期待できるため、一石二鳥の技術と言えます。
中でも最も有名で効果が高いのがマリーゴールドです。マリーゴールドの根からは、アルファ・ターチエニルなどの殺センチュウ成分が分泌されています。センチュウがこの成分に触れたり、根に侵入したりすると、生育が阻害され死滅します。特にフレンチ種(品種名:グランドコントロールなど)はキタネグサレセンチュウに対し強い抑制効果を持ち、アフリカン種はサツマイモネコブセンチュウなどに効果があるとされています。ただし、種類によって効くセンチュウが異なるため、圃場のセンチュウの種類に合わせて品種を選定する必要があります。漫然とマリーゴールドを植えるだけでは効果が薄い場合があることは、意外と知られていない注意点です。
参考)https://www.takii.co.jp/tsk/saizensen_web/cultivation/sentyu_2022/
また、クロタラリア(サンヌアサ)も強力な対抗植物の一つです。クロタラリアは、センチュウを根の中に誘引して侵入させますが、センチュウはクロタラリアの根の中では発育・増殖ができずに死滅してしまいます。これは「おとり植物」としての機能であり、いわば「トラップ」のように働きます。さらに、クロタラリアはバイオマス量(植物体の量)が非常に多いため、すき込んだ際の有機物補給効果が高く、土壌の団粒化促進にも役立ちます。ただし、初期生育がゆっくりであることや、硬実種子(発芽しにくい種)が雑草化するリスクがあるため、適切な時期にすき込む管理技術が求められます。
参考)https://www.snowseed.co.jp/wp/wp-content/uploads/grass/grass_200005_02.pdf
その他にも、ギニアグラスやソルガムなどのイネ科緑肥も有効です。これらは根の量が多く、土壌深くまではるため、硬盤層の破砕効果も期待できます。センチュウの密度抑制メカニズムとしては、特定の種類の増殖を抑えるほか、すき込み後の分解過程で発生するアンモニアなどがセンチュウにダメージを与える効果もあると考えられています。
参考)https://www.cacn.jp/technology/dayori_pdf/143_cont01.pdf
有用な情報:緑肥作物ごとの対応センチュウ一覧と利用のポイント(タキイ種苗)
対抗植物を利用する際の最大のポイントは、「栽培期間をしっかり確保すること」です。マリーゴールドであれば、少なくとも2〜3ヶ月以上の栽培期間がないと、十分な殺センチュウ効果が得られないことが多いです。また、栽培後は植物体を細断し、土壌によく混ぜ込んで腐熟させることで、土壌中の微生物相が豊かになり、センチュウの天敵となる微生物が増えやすい環境(抑止土壌)へと変化していきます。短期的な駆除だけでなく、長期的な視点で「センチュウが増えにくい土」を作るための投資として、対抗植物は非常に有効な選択肢です。
夏季の高温期に休耕期間が取れる場合、最も環境負荷が少なく、かつ強力な駆除効果を期待できるのが「太陽熱消毒」です。これは太陽エネルギーを利用して地温を上昇させ、センチュウや土壌病原菌、雑草の種子などを死滅させる物理的な防除法です。センチュウの多くは60℃程度の高温に数分間さらされると死滅するとされており、地中深くの温度をいかに上げるかが成否を分けます。
参考)センチュウ対策【後編】センチュウから農作物を守るためにすべき…
太陽熱消毒の具体的な手順は以下の通りです。
この処理により、地表から20〜30cmの深さまで、センチュウが死滅する温度帯に達することが期待できます。特に施設園芸(ハウス栽培)では、ハウスを閉め切ることでさらに高温を確保できるため、非常に高い効果が得られます(これを「蒸し込み」とも呼びます)。
有用な情報:微生物資材を併用した効果的な太陽熱消毒「養生処理」のマニュアル
参考)太陽熱消毒(養生処理)マニュアル
最近では、この太陽熱消毒に「土壌還元消毒」の要素を組み合わせた方法も注目されています。フスマや米ぬかなどの分解されやすい有機物を大量に投入して水を張り、太陽熱被覆を行うことで、土壌中を一時的に酸欠(還元)状態にします。すると、還元状態で生成される有機酸や金属イオンがセンチュウに対して毒性を示し、熱とのダブルパンチで駆除します。この方法は、比較的低温でも効果が出やすいため、日照時間がやや不足する地域や時期でも安定した効果が期待できます。太陽熱消毒は、薬剤を使わずに土壌環境をリセットできる強力なツールですが、処理後は土壌微生物が一時的に減少するため、作付け前には有用微生物資材を投入して、良い菌叢(フローラ)を再構築してあげることが、リバウンドを防ぐコツです。
参考)【動画あり】近年増加する土壌病害虫〜有害センチ…
物理的防除(太陽熱など)や耕種的防除(対抗植物など)だけではセンチュウ密度を抑えきれない場合や、どうしても作付けスケジュール上、休耕期間が取れない場合には、化学農薬(殺線虫剤)の利用が不可欠となります。しかし、殺線虫剤は正しく選定し、適正に使用しなければ効果が薄いばかりか、薬害や環境汚染のリスクもあります。ここではプロが知っておくべき薬剤選定の視点を解説します。
殺線虫剤は大きく分けて、「燻蒸剤(くんじょうざい)」と「粒剤・液剤(接触剤)」の2タイプがあります。
燻蒸剤(D-D剤、クロルピクリン剤など)は、揮発性のガス成分によって土壌全体を消毒する薬剤です。効果は非常に強力で、即効性があります。土壌の深くまでガスが浸透するため、高密度に発生してしまった圃場のリセットに向いています。ただし、使用時には専用の注入機が必要であったり、ガス抜き期間(被覆除去後にガスを飛ばす期間)が必要だったりと、手間と時間がかかります。また、強烈な刺激臭があるものが多く、近隣住宅への配慮が必要です。近年では、環境負荷を低減した新しいタイプの燻蒸剤や、ガス抜き期間が短縮された製剤も登場しています。
一方、粒剤(ネマトリンエース、ラグビーなど)は、作物の定植前や播種時に土壌に混和して使用します。こちらはセンチュウを殺すというよりは、センチュウの神経に作用して麻痺させ、根への侵入や摂食活動を阻害する「静菌的」な作用を持つものが多いです(例:ホスチアゼート剤など)。燻蒸剤に比べて処理が手軽で、作物の生育期間中にも効果が持続するように設計されているもの(マイクロカプセル製剤など)もあります。
参考)センチュウとはどのような害虫? 生態や防除方法を農家が解説|…
薬剤選びで重要なのは、「ローテーション防除」の徹底です。同じ系統の薬剤(例えば有機リン系ばかり)を連用すると、センチュウが抵抗性を持ったり、その薬剤を分解する土壌菌が増えて効果が落ちたりする現象が起きることがあります。作用機序の異なる薬剤(カーバメート系、有機リン系、ネオニコチノイド系、新規系統など)を組み合わせることで、安定した効果を維持できます。
有用な情報:ネマトリンエースの作用機序とセンチュウの運動阻害実験データ
参考)ネマトリンエース特設サイト
また、最近のトレンドとして「生物農薬」の活用も進んでいます。例えば、センチュウに寄生する細菌(パスツーリア菌)を利用した製剤などです。これらは化学合成農薬に比べて即効性は劣るものの、環境への影響が少なく、特別栽培農産物(特栽)などでも使用カウントに含まれない場合が多いというメリットがあります。化学農薬で初期密度をガツンと下げ、その後は生物農薬や対抗植物で低密度を維持するという「総合的病害虫管理(IPM)」の考え方が、現代のセンチュウ防除のスタンダードになりつつあります。
最後に、少し視点を変えて、センチュウが「増えにくい土」とはどのような状態なのか、土壌微生物学の観点から解説します。実は、健全な自然界の土壌中には、センチュウを餌とする天敵微生物(捕食性真菌や寄生性細菌など)が多数存在しています。農業被害が多発する圃場というのは、往々にして化学肥料や農薬の多用、過度な連作によって微生物の多様性が失われ、特定のセンチュウだけが増殖しやすい「バランスの崩れた状態」にあることが多いのです。
意外と知られていない事実ですが、センチュウには「自活性センチュウ」と呼ばれる無害(むしろ有益)な種類も多く存在します。彼らは有機物を分解したり、細菌を食べたりして物質循環に貢献しています。土壌中の全センチュウのうち、植物に害をなす寄生性センチュウの割合が増えすぎることが問題なのです。したがって、防除の最終目標は「センチュウをゼロにすること」ではなく、「有害センチュウの割合を被害許容水準以下に抑えること」にあります。
このバランスを整える鍵となるのが、良質な有機物の投入とC/N比(炭素率)の管理です。完熟堆肥や緑肥をすき込み、土壌中の腐植を増やすと、それを餌とする多様な微生物が爆発的に増えます。すると、微生物間での競争(拮抗作用)が起こり、特定の有害センチュウだけが独り勝ちする状況を防ぐことができます。例えば、キノコ廃菌床堆肥やカニ殻(キチン質)を含む資材を施用すると、キチン質を好む放線菌などが増殖します。センチュウの卵の殻や体表もキチン質でできているため、これらの菌が増えることでセンチュウの卵が分解されやすくなるという報告もあります。これは「天敵を増やすための餌やり」とも言える高度な技術です。
また、最新の技術では、土壌中のセンチュウ密度をDNA分析で精密に診断するサービスも普及し始めています。従来のベルマン法などの分離法では見落としがちだった種類の特定や、数値に基づいた正確なリスク評価が可能です。「なんとなく怖いから消毒する」のではなく、「密度が〇〇匹だから、今回は対抗植物だけでいこう」「危険水域だから燻蒸しよう」といった、データに基づいた合理的な意思決定が可能になります。
参考)殺線虫剤削減にむけた砂質土壌におけるサツマイモネコブセンチュ…
有用な情報:DNAを用いたサツマイモネコブセンチュウ密度の迅速診断技術(農研機構)
「土壌の健康診断」を行い、微生物の力を借りて「抑止土壌」を育てていく。これこそが、農薬コストを下げ、持続的に高品質な作物を生産するための、最も賢いセンチュウ対策と言えるでしょう。目に見えない地中の世界をイメージし、味方につける土作りを始めてみてはいかがでしょうか。