
フザリウム属菌(Fusarium)は、野菜や花き、穀物など多岐にわたる作物に深刻な被害をもたらす糸状菌(カビ)の一種です。この病原菌は「萎凋病」「つる割病」「赤かび病」「乾腐病」など、作物ごとに異なる名称の病気を引き起こしますが、基本的な防除戦略として化学農薬(殺菌剤)の適切な選定が不可欠です。
まず、フザリウムに有効な殺菌剤として代表的なのが、ベンズイミダゾール系(MBC剤)です。具体的には「ベンレート水和剤」や「トップジンM水和剤」などが挙げられます。これらは浸透移行性に優れており、植物の体内に薬剤が浸透することで、予防だけでなく初期の治療効果も期待できるのが特徴です。特に種子消毒や定植前の苗への灌注処理において、高い防除効果を発揮します。しかし、長年使用されてきたため、すでに耐性菌が発生している圃場も多く、単用での連用は避けるべきです。
次に、近年注目されているのがSDHI剤(コハク酸脱水素酵素阻害剤)です。例えば「ミラビスフロアブル」などは、フザリウム菌の呼吸系を阻害することで強力な殺菌作用を示します。既存の薬剤に耐性を持つ菌に対しても効果が期待できるため、防除体系の核として組み込む農家が増えています。また、DMI剤(EBI剤)である「トリフミン水和剤」や「スポルタック乳剤」なども、菌の細胞膜成分の生合成を阻害することで感染を阻止します。
殺菌剤を選ぶ際は、以下のポイントを意識してください。
キクフザリウム立枯病に対する総合的な防除(アリスタライフサイエンス):各種殺菌剤の特性と体系防除の重要性が解説されています。
フザリウム菌は土壌伝染性の病原菌であり、一度圃場に定着すると、厚膜胞子という耐久体を作って長期間(数年〜数十年)生存します。そのため、地上部の茎葉散布だけでは根絶が難しく、作付け前の土壌消毒が最も確実な対策となります。特に連作障害が発生している圃場では、土壌くん蒸剤によるリセットが推奨されます。
最も強力な効果を持つのがクロルピクリン剤(クロピクなど)です。これは揮発性の高いガスとなって土壌の隅々まで拡散し、フザリウム菌だけでなく、センチュウや雑草の種子まで死滅させます。使用する際は、被覆ビニールで土壌を密閉し、ガスを一定期間閉じ込める必要があります。劇薬であるため、取り扱いには専用の防護具が必要であり、近隣へのガス漏洩にも十分な配慮が求められます。
扱いやすさを重視する場合は、バスアミド微粒剤やガスタード微粒剤などのダゾメット剤が有効です。これらは土壌に混和して散水することでガスが発生するため、専用の注入機がなくてもトラクターや管理機で処理が可能です。ただし、土壌水分や地温が効果に大きく影響するため、処理時の条件管理(適度な水分と20℃以上の地温)が成功の鍵を握ります。
また、環境負荷を低減したい場合は、太陽熱消毒や還元土壌消毒を選択肢に入れましょう。
土壌消毒を行う際は、消毒後の「菌の空白地帯」に再び病原菌が侵入しないよう、苗の持ち込みや作業器具の洗浄に細心の注意を払ってください。
トルコギキョウの立枯病対策事例集(農研機構):土壌消毒の具体的な手順と効果について詳細なデータが掲載されています。
フザリウム農薬の効果を最大化するためには、散布のタイミングが命です。病気が蔓延してしまってからでは、いくら高性能な殺菌剤を散布しても、枯死した組織を元に戻すことはできません。特にフザリウムによる病害は、導管(水の通り道)が詰まってしまう内部疾患であることが多く、外見に症状が出た時には手遅れというケースが少なくありません。
コムギ・オオムギの赤かび病の場合、最も重要な散布時期は「開花期」です。フザリウム菌は開花した小穂の葯(やく)から侵入するため、開花始期から開花期にかけての薬剤散布が必須です。
この時期に雨が続くと感染リスクが激増するため、天気予報を確認し、降雨の合間を縫って浸透移行性のある薬剤を散布します。赤かび病は収量減だけでなく、カビ毒(マイコトキシン)による汚染リスクがあるため、防除基準を厳守する必要があります。
トマトやキュウリの萎凋病・つる割病の場合、定植直後の根が傷みやすい時期や、着果負担がかかり始める収穫初期が感染のピークとなります。
また、ネギの萎凋病やタマネギの乾腐病では、収穫後の乾燥調整中にも菌が増殖することがあります。収穫前の立毛中に殺菌剤を散布しておくことで、貯蔵中の腐敗を抑制する効果も期待できます。
ムギ類赤かび病の防除対策について(愛知県):赤かび病の感染メカニズムと、開花期における具体的な散布適期が図解されています。
農薬散布において最も警戒すべきリスクの一つが、薬剤耐性菌(抵抗性菌)の出現です。フザリウム菌は遺伝的な変異を起こしやすく、同じ作用機序を持つ殺菌剤を繰り返し使用すると、その薬剤が効かない菌だけが生き残り、圃場全体が耐性菌で埋め尽くされてしまう可能性があります。これを防ぐための鉄則が「ローテーション防除」です。
ローテーション防除とは、異なるFRACコード(作用機構分類)を持つ薬剤を順番に使うことです。商品名が違っても、有効成分の系統が同じであればローテーションにはなりません。
フザリウム防除における主なFRACコード分類:
実践的なローテーション例:
このように、系統の異なる薬剤を組み合わせることで、特定の薬剤に対する耐性を獲得させないようにします。特にMBC剤やQoI剤は「1作で1回まで」といった厳しい使用制限を自らに課すことで、薬剤の寿命を延ばすことができます。地元の防除暦やJAの指導指針を確認し、地域で発生している耐性菌の傾向を把握することも重要です。
近年増加する土壌病害虫〜フザリウム属菌による病害/土壌消毒(AgriWeb):土壌病害の特性と、耐性菌を出さないための薬剤管理について解説されています。
化学農薬だけに頼らない、新しい防除スタイルとして注目されているのが、拮抗微生物資材(生物農薬)の活用です。これは、「毒をもって毒を制す」ではなく、「善玉菌で悪玉菌(フザリウム)を制圧する」というアプローチです。検索上位にはあまり詳しく書かれていない視点ですが、化学農薬との併用(体系防除)において非常に高いシナジー効果を生み出します。
フザリウム対策として有効な微生物には、以下のようなものがあります。
独自視点:農薬との「ハイブリッド防除」のすすめ
一般的に「微生物資材は農薬と混ぜると死んでしまう」と思われがちですが、実は併用可能な殺菌剤が多く存在します。例えば、バチルス菌製剤は、一部の化学殺菌剤(ダコニールや一部のEBI剤など)と混用しても影響を受けにくいことが確認されています。
この特性を活かしたハイブリッド防除の手順は以下の通りです。
この方法は、化学農薬の使用回数を減らしながらも、不安定になりがちな生物防除の効果を安定させる賢い戦略です。ただし、全ての農薬と併用できるわけではないので、必ず資材メーカーの「農薬混用可否表」を確認してください。土壌の腐植(エサ)が少ないと微生物が定着しないため、堆肥などの有機物をしっかり入れておくことも成功の秘訣です。
タフブロック(出光アグリ):バチルス菌を利用した生物農薬の特徴と、化学農薬との体系処理についての情報があります。