有機栽培のデメリット:病害虫と雑草、経営のリスクとコスト

有機栽培の現場で直面する厳しい現実とは?収量の不安定さや病害虫リスク、意外な土壌トラブルまで、きれいごと抜きのデメリットを徹底解説します。あなたの就農計画にこれらのリスクは織り込み済みですか?

有機栽培のデメリット

有機栽培 3つの「壁」
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収量の壁

慣行栽培に比べ平均20〜30%減収。全滅リスクも常にある。

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労力の壁

除草と防除は手作業が中心。労働時間は慣行の数倍に及ぶことも。

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コストの壁

有機JAS認証の取得・維持費や、高単価な有機肥料が経営を圧迫。

病害虫と雑草の対策にかかる手間

 

有機栽培において、多くの生産者が最初に直面し、そして離農の最大の原因となり得るのが「除草と病害虫防除の手間」です。化学合成農薬除草剤を使用できないため、これらの管理は物理的な手法(手作業や機械除草)や生物的な手法に依存することになります。

 

  • 除草作業の圧倒的な負担: 慣行栽培では除草剤を散布すれば数日で完了する作業が、有機栽培では草刈り機や手作業での草むしりとなり、夏場は毎週のように追われます。特に初期成育期の雑草管理に失敗すると、作物が草に負けて収量が激減するため、一瞬の遅れも許されません。
  • 特効薬のない病害虫防除: アブラムシヨトウムシなどの害虫が発生した場合、即効性のある化学農薬が使えないため、被害が拡大する前に「手で捕殺する」か「防虫ネットで物理的に遮断する」等の対策が必要です。発生してからの対処は難しく、予防的な管理に膨大な神経を使います。

    参考)有機農業はなぜ日本で広がらないのか

  • 労働時間の増加: 農林水産省のデータや意識調査でも、有機農業に取り組む際の最大の課題として「人手が足りない」「栽培管理の手間がかかる」ことが挙げられており、約45%の農家がこれを理由に挙げています。

    参考)有機農業(有機栽培)とは?メリット・デメリットや利用できる補…

単に「忙しい」だけでなく、猛暑の中での長時間の除草作業は体力を激しく消耗し、農業経営者の健康リスクすら招きかねません。きれいなイメージとは裏腹に、現場は「草と虫との泥臭い戦い」であることを覚悟する必要があります。

 

対策の有用性や有機JASで使える農薬について解説しています
農林水産省:有機農業をめぐる事情(PDF)

慣行栽培と比較した収量の不安定さ

有機栽培のもう一つの大きなデメリットは、収穫量の不安定さと絶対量の低さです。化学肥料を使えば作物の生育ステージに合わせてピンポイントで栄養を供給できますが、有機肥料は微生物による分解プロセスを経るため肥効(肥料の効き目)のコントロールが難しく、天候や地温に大きく左右されます。

 

  • 平均収量は2〜3割減: 多くの比較研究において、有機栽培の単位面積あたりの収量は、慣行栽培の約80%(2割減)程度に留まると報告されています。特に果樹や一部の野菜では、病害虫被害により収穫皆無(全滅)となるリスクもゼロではありません。

    参考)有機農業と慣行農業 収穫量を比較する – FOO…

  • 気象条件への脆弱性: 冷夏や長雨などの悪条件が続くと、有機肥料の分解が進まず「肥料切れ」を起こしたり、逆に急激に分解が進んで「窒素過多」になったりと、生育が不安定になりがちです。
  • 品質のバラつき: 収量が確保できたとしても、虫食いの跡があったり、形が不揃いであったりと、市場流通の規格(A品)を満たす割合(歩留まり)が低くなる傾向があります。

    参考)有機農業の欠点について。デメリットを理解して、最適な農業を …

「収量が減っても単価を高くすれば良い」と考えるかもしれませんが、2割の減収をカバーするには単価を2.5割以上上げる必要があり、さらに手間が増えていることを考慮すると、実際の利益率はシビアな計算になります。安定供給が難しいことは、飲食店やスーパーとの契約栽培において大きなハンディキャップとなります。

 

有機と慣行の収量差に関する詳細なメタ分析データです
ルーラル電子図書館:有機と慣行農業による収量差をもたらしている要因

有機JAS認証の取得コストと書類作成

「有機野菜」「オーガニック」として農産物を販売するためには、国が定めた「有機JAS認証」を取得する必要があります。これには単なる栽培技術以上の、事務的・金銭的な負担が重くのしかかります。

 

  1. 金銭的コスト: 認証の取得には、申請手数料、検査員の旅費、審査料などが必要で、初年度で10万〜15万円程度の費用がかかるのが一般的です。さらに、この認証は一度取れば終わりではなく、毎年更新する必要があり、その都度数万円〜のコストが発生します。小規模農家にとって、この固定費は決して軽くありません。

    参考)【有機JAS認証のギモン】JAS認証を取得するのって、お金が…

  2. 膨大な書類作成: 認証取得のためには、過去数年間の栽培記録、資材の購入証明、ほ場の地図、生産行程管理記録など、膨大な書類を整備・保管する義務が発生します。「いつ、どこで、何を、どれだけ使ったか」をすべて証明できなければなりません。
  3. 講習会の受講: 認証事業者になるためには、指定の講習会を受講する必要があり、これにも受講料や時間がかかります。

日中の農作業で疲弊した後に、夜な夜な詳細な記録簿をつける作業は精神的な負担となります。この「事務作業の煩雑さ」に嫌気が差し、実質的には有機栽培を行っていても、あえて認証を取らずに「無農薬・無化学肥料栽培」として販売する農家も少なくありません。

 

有機JAS認証取得にかかる具体的な費用内訳と流れが分かります
農業ビジネス:JAS認証を取得するのって、お金がけっこうかかるんでしょ?

土壌バランスの崩壊と肥料過多のリスク

一般的に「有機栽培は土に優しい」と思われがちですが、知識のない有機施肥は、むしろ深刻な土壌汚染やバランス崩壊を招くという、あまり知られていない重大なデメリットがあります。

 

  • リン酸・カリウムの過剰蓄積: 有機栽培で主に使用される「家畜ふん堆肥(牛ふん、鶏ふんなど)」は、窒素に対してリン酸やカリウムの比率が高い傾向にあります。窒素レベルに合わせてこれらを投入し続けると、土壌中にリン酸やカリウムが過剰に蓄積され、他の微量要素(マグネシウムやカルシウムなど)の吸収を阻害する「拮抗作用」を引き起こします。

    参考)有機肥料とは?効果的な使い方とプロ農家向けおすすめ肥料を紹介

  • 硝酸態窒素の蓄積: 「有機肥料ならいくらやっても安全」というのは間違いです。有機肥料であっても、過剰に投入されれば土壌中で「硝酸態窒素」となり、地下水を汚染したり、葉物野菜の中に高濃度の硝酸態窒素が蓄積されたりする原因となります。これは人体にとっても好ましくありません。
  • 未熟堆肥によるガス害: 完熟していない堆肥を施用すると、土の中で分解ガスが発生し、作物の根を傷める「ガス害」や、酸素欠乏を引き起こすことがあります。

    参考)https://www.takii.co.jp/tsk/saizensen_web/yuukisaibainosusume/vol03.html

「化学肥料=悪、有機肥料=善」という単純な図式で捉え、土壌診断を行わずに盲目的に有機資材を投入することは、慣行栽培以上に土壌環境を悪化させるリスクを孕んでいます。科学的な土づくりがおろそかになれば、作物は病気になりやすくなり、結果として収量はさらに低下します。

 

有機肥料の正しい使い方と過剰施肥の弊害について解説されています
タキイ種苗:有機栽培のすすめ-土づくりと施肥

販路開拓と価格設定の難しさ

苦労して有機野菜を作っても、それが「高く売れる」とは限りません。市場出荷JAなどへの出荷)では、有機も慣行も区別されず、見た目の規格だけで判断されることが多いため、有機農家は独自に販路を開拓する必要があります。

 

  • 「見た目」のハンデ: スーパーに並んだ時、隣に「安くて、虫食いがなく、形がきれいな慣行野菜」があれば、消費者の多くはそちらを手に取ります。「安全」という見えない価値に、1.5倍〜2倍の価格を払ってくれる顧客を見つけるのは容易ではありません。

    参考)https://www.maff.go.jp/j/shokusan/export/e_zikkou_plan/process_food/pdf/21misoall.pdf

  • 説明責任の負担: 独自の販路(直売所、ネット販売、契約販売)を持つということは、自ら営業活動を行い、商品の魅力を伝え、クレーム対応も自分で行うことを意味します。「虫が入っていた」というクレームに対し、「有機だから仕方ない」は通用しません。
  • 物流コスト: 小規模な個人配送が増えれば、送料や梱包の手間が利益を圧迫します。

「作れば売れる」時代は終わり、「どう売るか」まで考え抜かなければ、有機農業での経営継続は困難です。経営者としてのマーケティング能力が、慣行農家以上に厳しく問われることになります。

 

 


稲の病害虫と雑草 (防除ハンドブック)