炭酸水素ナトリウム何性?うどんこ病効果と有機栽培の農薬

炭酸水素ナトリウムは何性でなぜ農薬として効くのか?有機JASで使える特定防除資材としての安全性や、うどんこ病への殺菌メカニズム、意外と知らない土壌への塩害リスクまで、農業利用の全貌を解説します。
記事の要約:炭酸水素ナトリウムの農業利用
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弱アルカリ性の殺菌効果

pH8.2程度の弱アルカリ性がカビの細胞膜を破壊し、うどんこ病などの真菌類を防除します。

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有機JAS適合の安全性

「特定防除資材」として認められており、有機栽培でも使用可能で回数制限もありません。

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土壌への塩害リスク

ナトリウムを含むため、多量散布は土壌硬化や塩基バランスの崩壊を招くため注意が必要です。

炭酸水素ナトリウムは何性

炭酸水素ナトリウム(重曹)は、水に溶かすと「弱アルカリ性」を示す物質です。農業の現場では、この化学的性質を利用して、特定の病害を防ぐ「農薬殺菌剤)」として広く利用されています。

 

一般的に「重曹」と呼ばれるこの白い粉末は、化学式で書くと NaHCO₃ となります。水(H₂O)に溶けると、ナトリウムイオン(Na⁺)と重炭酸イオン(HCO₃⁻)に解離し、加水分解によってわずかに水酸化物イオン(OH⁻)を生じるため、pHは8.2〜8.5程度の弱アルカリ性を示します。この「弱アルカリ性」という性質こそが、農業において非常に重要な役割を果たします。

 

多くの植物病原菌、特にカビ(糸状菌)の仲間は、酸性から中性の環境を好んで繁殖します。ここに弱アルカリ性の炭酸水素ナトリウム水溶液が散布されることで、病原菌の細胞表面のpH環境が急激に変化し、生育が阻害されるのです。しかし、単にpHが変わるだけではありません。炭酸水素ナトリウムが農薬として機能する背景には、より複雑なイオンの作用や細胞膜への物理化学的な攻撃が存在します。

 

農業資材としての炭酸水素ナトリウムは、ホームセンターやドラッグストアで販売されている「掃除用」や「食品用」とは異なり、農林水産省によって「農薬」として登録されている製品を使用することが基本です。これは、不純物の管理や、散布時の溶けやすさ(製剤としての工夫)が農業用に最適化されているためです。しかし、成分そのものは食品添加物としても使われるほど安全性が高く、人体への毒性は極めて低いことが特徴です。

 

AGC化学品カンパニー:ファイン重曹の基本物性とpHなどの詳細データ
(※炭酸水素ナトリウムのpHや分解温度、水への溶解度などの基礎的な化学特性が詳細に記載されています。)

炭酸水素ナトリウムの弱アルカリ性と殺菌の仕組み

 

なぜ「弱アルカリ性」の炭酸水素ナトリウムが、頑固なうどんこ病などの病気に効くのでしょうか。そのメカニズムは、一般的な殺菌剤のように「菌を毒で殺す」というものとは大きく異なります。主に、物理的および化学的な作用によって菌を死滅させるため、薬剤耐性菌(耐性菌)が発生しにくいという大きなメリットがあります。

 

具体的な作用機序は以下の3つのプロセスが複合的に働いていると考えられています。

 

  • 細胞膜の脂質分解と構造破壊

    炭酸水素ナトリウムの弱アルカリ性成分とナトリウムイオンが、病原菌(特にうどんこ病菌などの糸状菌)の細胞膜にある脂質やタンパク質に作用します。アルカリ性の作用により、細胞膜の構造が緩み、物理的な強度が低下します。これにより、菌体内部の成分が漏れ出しやすくなったり、外部からの物質が侵入しやすくなったりします。

     

  • pH変化による代謝阻害

    植物の葉の表面は通常、弱酸性に保たれていることが多いですが、炭酸水素ナトリウムを散布することで表面pHが一時的にアルカリ性に傾きます。うどんこ病菌などの胞子は、発芽や菌糸の伸長に最適なpH範囲が決まっており、急激なアルカリ化によってエネルギー代謝が阻害され、活動が停止します。

     

  • 浸透圧による細胞破壊

    散布された炭酸水素ナトリウム溶液が乾燥する際、葉の表面で濃度が高まります。この時、浸透圧の作用によって菌の細胞内から水分が奪われ、脱水症状を引き起こして死滅に至ります。

     

このように、炭酸水素ナトリウムは菌の「構造」と「環境」を破壊することで効果を発揮します。特に、野菜類や果樹で頻発する「うどんこ病」や「灰色かび病」に対して高い予防・治療効果が認められています。ただし、効果は「接触型」であるため、薬剤が直接かかった菌にしか効きません。葉の裏側や茂みの奥まで丁寧に散布する必要があります。

 

環境省:炭酸水素ナトリウムの殺菌剤としての作用機構と環境影響評価
(※環境省による資料で、殺菌剤としての作用メカニズムや水産動植物への影響がないことが科学的に解説されています。)

炭酸水素ナトリウム農薬の作り方と濃度・界面活性剤

炭酸水素ナトリウムを農業現場で効果的に使用するためには、適切な「濃度」での希釈と、展着性を高める「補助剤」の添加が不可欠です。単に水に溶かしただけでは、葉の表面(特にワックス層の発達したネギやキャベツなど)で弾かれてしまい、十分な殺菌効果が得られないことが多いからです。

 

【基本の希釈濃度:800倍〜1000倍】
一般的に、炭酸水素ナトリウム剤の散布濃度は800倍から1000倍が推奨されています。例えば、100リットルの水に対して、100g〜125gの炭酸水素ナトリウムを溶かす計算になります。

 

  • 高濃度散布のリスク

    「濃い方が効く」と考えて500倍以上の高濃度(例:300倍など)で散布すると、葉の縁が茶色く枯れる「薬害(濃度障害)」が発生するリスクが高まります。特に、高温時や乾燥時には水分が急速に蒸発し、葉上の濃度が急上昇するため注意が必要です。

     

  • 低濃度散布のリスク

    逆に2000倍以上に薄めすぎると、pHの変化が不十分となり、期待する殺菌効果が得られません。

     

【効果を高めるための界面活性剤(展着剤)】
炭酸水素ナトリウム水溶液は表面張力が高く、そのままでは葉の上で水玉になって転がり落ちてしまいます。これを防ぐために、必ず「展着剤」や「界面活性剤」を加えます。

 

  1. 市販の展着剤を使用する場合

    農薬用として登録されている展着剤を規定量(通常1000〜3000倍程度)加えます。

     

  2. 自家製の場合(自己責任での運用)

    家庭菜園や小規模な有機栽培では、無香料・無着色の液体石けん(台所用洗剤など)を数滴垂らして代用するケースも見られます。また、植物油(サラダ油など)を少量乳化させて加えることで、物理的に気門を塞ぐ効果をプラスし、ハダニ類への忌避効果を期待する「重曹オイルスプレイ」という手法もあります。

     

【散布液の作り方手順】

  1. 少量のぬるま湯を用意し、計量した炭酸水素ナトリウムを完全に溶かす(冷水だと溶け残りが生じ、噴霧器のノズル詰まりの原因になります)。
  2. タンクに水を張り、溶かした濃厚液を投入して撹拌する。
  3. 最後に展着剤を加え、泡立ちすぎないように静かに混ぜ合わせる。
  4. 作ったらすぐに散布する(作り置きはpHが変化したり、成分が沈殿したりするため推奨されません)。

農林水産省:土壌pHと肥料要素の溶解・利用度に関する指針
(※pHの変化が作物の養分吸収にどう影響するか、適切な濃度管理の重要性が理解できる資料です。)

炭酸水素ナトリウムの安全性と特定防除資材

有機農業に取り組む生産者にとって、炭酸水素ナトリウムは非常に心強い味方です。なぜなら、炭酸水素ナトリウムは改正農薬取締法に基づき、「特定防除資材(特定農薬)」として指定されているからです。

 

特定防除資材とは、「その原材料に照らし、農作物等、人畜及び水産動植物に害を及ぼすおそれがないことが明らかなもの」として、農林水産大臣及び環境大臣が指定した資材を指します。これには重曹(炭酸水素ナトリウム)、食酢、地場の天敵などが含まれます。

 

【有機JAS規格との関係】
有機JAS規格(日本農林規格)においても、炭酸水素ナトリウムは「有機農産物の日本農林規格」の別表において、使用が認められている農薬・資材の一つです。

 

一般的な化学合成農薬は、使用回数や収穫前使用日数(いつまで使えるか)が厳格に決められていますが、炭酸水素ナトリウムなどの特定防除資材には、基本的に「使用回数の制限」や「使用時期の制限」がありません。

 

  • 収穫前日でも使用可能

    残留毒性が問題とならないため、収穫の前日や当日であっても散布が可能です。出荷直前にうどんこ病が発生してしまった場合の緊急防除策として非常に有用です。

     

  • 作業者の安全性

    散布する人間にとっても安全性が高く、マスクや防護服などの重装備が必須とされる劇薬とは扱いやすさが異なります(ただし、アルカリ性であるため目に入らないよう保護メガネは推奨されます)。

     

  • 環境への負荷

    成分は自然界に存在するものであり、分解も早いため、河川への流出による環境汚染リスクが極めて低いと評価されています。

     

このように、安全性とコンプライアンス(法令遵守)の観点からも、炭酸水素ナトリウムは非常に使い勝手の良い資材と言えます。ただし、「安全だからいくらでも撒いて良い」と考えるのは早計であり、次項で解説する土壌への影響を考慮する必要があります。

 

特定農薬(特定防除資材)の定義と有機農業での利用ガイド
(※特定農薬の法的な定義や、食酢・重曹などが有機農業でどのように位置づけられているかを解説しています。)

炭酸水素ナトリウムの土壌への塩害リスクと注意点

炭酸水素ナトリウムの利用において、多くの記事や指導書が見落としがちですが、実は極めて重要なリスクが存在します。それは「ナトリウムによる土壌構造の破壊と塩害」です。これは、検索上位の一般的な「重曹のメリット」記事にはあまり詳しく書かれていない、しかしプロの農家なら絶対に知っておくべき独自の視点です。

 

「弱アルカリ性だから酸性土壌の中和(石灰の代わり)に使えるのではないか?」と考える方がいますが、これは大きな間違いです。

 

【ナトリウム(Na)とカルシウム(Ca)の決定的な違い】
土壌のpHを調整するために通常使われるのは「石灰(炭酸カルシウム)」や「苦土石灰(炭酸マグネシウム)」です。これらはカルシウムやマグネシウムを供給し、土の粒子同士を結びつけて団粒構造を作る手助けをします。

 

一方、炭酸水素ナトリウムに含まれる「ナトリウム(Na)」は、土壌の団粒構造を破壊し、土を分散させてしまう作用があります。

 

  1. 土壌の分散と硬化

    土壌にナトリウムイオンが過剰に蓄積すると、粘土粒子がバラバラになり(分散)、雨が降った後に土がカチカチに固まりやすくなります。これにより、水はけ(透水性)や通気性が著しく悪化し、根腐れの原因となります。

     

  2. 浸透圧ストレス(塩害)

    ナトリウムは植物にとって微量は必要ですが、多すぎると毒になります。土壌中の塩分濃度が高まると、植物の根は浸透圧の差で水を吸い上げることができなくなります。また、ナトリウムが他の有用なミネラル(カリウムやカルシウムなど)の吸収を阻害する「拮抗作用」も引き起こします。

     

  3. ハウス栽培での蓄積リスク

    雨によって成分が流亡する露地栽培に比べ、雨の当たらないビニールハウス栽培では、散布した炭酸水素ナトリウムが土壌表面に残留・蓄積しやすい傾向があります。

     

【対策:株元ではなく葉面散布に徹する】
炭酸水素ナトリウムを使用する際は、「土壌改良材」としては絶対に使用せず、あくまで「葉面散布」による殺菌剤として使用することに留めるべきです。また、散布液がボタボタと土に滴り落ちるほど過剰にかけることは避け、葉の表面が濡れる程度の適量を守ることが、長期的に畑の健康を守る秘訣です。

 

重曹使用による土壌塩害のリスクとナトリウム蓄積のメカニズム
(※重曹に含まれるナトリウムが土壌に蓄積した場合の具体的な弊害や、塩害が発生するメカニズムについて詳しく警鐘を鳴らしています。)

炭酸水素ナトリウムとカリウム剤の違いと使い分け

炭酸水素ナトリウムと同様に、うどんこ病防除や有機栽培で使用される資材として「炭酸水素カリウム」があります。両者は名前も性質も似ていますが、農業的な視点では明確な使い分けが必要です。

 

【炭酸水素カリウムのメリット】
炭酸水素カリウムの最大の特徴は、成分が「カリウム(K)」であることです。カリウムは植物の三大栄養素(窒素リン酸・カリ)の一つであり、植物に吸収されればそのまま肥料として機能します。

 

前項で解説した「ナトリウムによる土壌への悪影響」が、炭酸水素カリウムにはありません。むしろ、散布液が土に落ちても肥料効果(加里肥料)としてプラスに働く場合が多いのです。

 

【なぜ炭酸水素ナトリウムが使われるのか?】
では、すべてカリウム剤にすれば良いのではないかと思われますが、炭酸水素ナトリウムには以下のメリットがあります。

 

  1. コストパフォーマンス

    炭酸水素ナトリウムは圧倒的に安価です。大量に散布が必要な場合や、コストを抑えたい家庭菜園、小規模農家にとっては経済的な選択肢となります。

     

  2. 入手容易性

    農薬登録された製品だけでなく、特定防除資材としてドラッグストア等でも入手しやすいため、緊急時の対応が容易です。

     

【実践的な使い分け】

  • 炭酸水素ナトリウム(重曹)を選ぶ場面
    • コストを最優先したい場合。
    • 露地栽培で、雨によって土壌成分がリセットされやすい環境。
    • 塩類集積の心配が少ない、保肥力の高い土壌での使用。
  • 炭酸水素カリウムを選ぶ場面
    • ハウス栽培など、土壌への成分残留・集積が懸念される環境。
    • すでに塩類濃度障害(EC値が高い)の傾向がある圃場
    • うどんこ病の防除と同時に、カリウム補給による果実の肥大や品質向上を狙いたい場合。

    両者の特性を理解し、圃場の状況や土壌診断の結果に合わせて使い分けることで、より高度な病害防除が可能になります。単に「何性か」を知るだけでなく、その成分が環境にどう残るかまで考えることが、プロの農業技術者への第一歩となります。

     

    JA全農:土壌の塩基バランスとカリウム・ナトリウムの影響
    (※土壌中の塩基(カリウム、カルシウム、マグネシウム、ナトリウム)のバランスが作物の生育にどう関わるかを解説した技術資料です。)

     

     


    【食品添加物】 健栄製薬 重ソウ(炭酸水素ナトリウム)500g