農業の現場で耳にする「糸状菌(しじょうきん)」とは、一般的に「カビ」と呼ばれる微生物の総称です。キノコや酵母も広い意味ではこの仲間に含まれます。彼らは植物の種子のように「胞子」を飛ばして繁殖し、発芽すると糸のような「菌糸(きんし)」を四方八方に伸ばして有機物を分解・吸収しながら成長します。
土壌の中には無数の微生物が生息していますが、農業において特に重要な「糸状菌」「細菌(バクテリア)」「放線菌」の3つは、それぞれ全く異なる性質を持っています。これらを混同してしまうと、適切な土壌改良や病気対策ができません。それぞれの特徴を整理しましょう。
土壌中の微生物バランスが崩れ、特定の糸状菌だけが爆発的に増えてしまうと、作物の根が侵されたり、茎が腐ったりする深刻な病気が発生します。しかし、すべての糸状菌が悪者というわけではありません。「木材腐朽菌」のように森の倒木を土に還す強力な分解者もいれば、植物の根と共生して養分を渡す「菌根菌(きんこんきん)」のようなパートナーも存在します。農業においては、「悪い糸状菌を抑えつつ、良い働きをする菌の多様性を維持する」という視点が不可欠です。
農研機構の研究レポートには、特定の糸状菌が持つ病害抑制効果についての詳細が記されています。
ダイズ白絹病に対するトリコデルマ属菌(有用な糸状菌)の高い防除効果に関する研究結果(農研機構)
農業生産において、糸状菌はもっとも警戒すべき病原体の一つです。植物の病気の約8割は糸状菌が原因であると言われています。特に、同じ場所で同じ科の野菜を作り続ける「連作」を行うと、特定の植物を好む病原性の糸状菌だけが土壌中で優占してしまい、「連作障害」を引き起こします。
代表的な糸状菌による病気には、以下のようなものがあります。
これらの病気に対する「殺菌」と「対策」は、単に農薬を撒けば良いというものではありません。糸状菌は「菌核(きんかく)」や「厚膜胞子(こうまくほうし)」というシェルターのような硬い殻を作り、土の中で数年から十年以上も休眠状態で生き延びることができるからです。
効果的な対策としては、以下のアプローチを組み合わせる必要があります。
アリスタライフサイエンスの解説では、生物農薬(バイオスティミュラント)としての微生物利用について詳しく触れられています。
トリコデルマ菌などの有用菌を利用した新しい病害対策と植物の成長促進メカニズム
「病気の原因」として忌み嫌われがちな糸状菌ですが、土壌生態系においては「最強の分解者」という、なくてはならない顔を持っています。特に、木質堆肥や硬い植物残渣(ざんさ)を土に入れる場合、糸状菌の働きなしには土に還りません。
細菌(バクテリア)は、糖分やタンパク質などの分解しやすい物質を食べるのは早いですが、植物の細胞壁を構成する「セルロース」や、木を硬くしている成分「リグニン」といった難分解性有機物を分解するのは苦手です。ここで活躍するのが糸状菌です。
この「分解」のプロセスで、糸状菌は土づくりにとって非常に重要な働きをします。それが「団粒構造(だんりゅうこうぞう)」の形成です。
糸状菌が伸ばす菌糸は、土の粒子同士を網目のように絡め取ります。さらに、菌糸が出す粘着物質(グロマリンなど)が接着剤の役割を果たし、微細な土の粒をひとまとまりの「団粒」にします。
団粒構造ができた土は、粒と粒の間に適度な隙間ができるため、以下のようなメリットが生まれます。
つまり、未熟な有機物(落ち葉や剪定枝など)を畑に投入し、それを糸状菌にゆっくり分解させることは、長期的に見て「病気に強い物理性の良い土」を作ることにつながります。「糸状菌=悪」と決めつけず、有機物の分解ステージに合わせて彼らの力を借りる視点が、プロの農家には求められます。
東京大学の基金プロジェクトページでは、糸状菌による土壌構造の再生について触れられています。
分解する糸状菌が菌糸を伸ばして団粒構造を作り直し、土の機能を回復させるメカニズム
病原性の糸状菌を増やさないためには、彼らが好む環境(酸性、過湿、未分解有機物の多投)を避け、彼らが死滅する環境を意図的に作ることが重要です。その中でも、環境負荷が少なく、家庭菜園からプロ農家まで広く実践されている最強の物理的防除法が「太陽熱消毒」です。
太陽熱消毒は、真夏の太陽エネルギーを利用して地温を上昇させ、土の中に潜む病原菌や害虫、雑草の種子を蒸し焼きにする方法です。多くの病原糸状菌は60℃以上の高温に弱いため、条件さえ整えば劇的な殺菌効果が期待できます。
【太陽熱消毒の成功手順】
この処理により、地表付近の温度は50℃~60℃以上に達します。フザリウムや菌核病菌などはこの熱に耐えられず死滅します。一方で、耐熱性のある一部の有用菌(バチルス菌や放線菌の一部)は生き残るため、消毒後の土は「完全な無菌状態」ではなく、「有用菌が優位になりやすいリセットされた状態」になります。
注意点として、消毒後に深く耕しすぎないことが挙げられます。消毒効果が及んでいない深い層の土(病原菌が残っている土)を表層に上げてしまうと、せっかくの消毒が無意味になってしまうからです。
マイナビ農業の記事では、具体的な太陽熱消毒の手順と、対象となる病気(白絹病など)について解説されています。
糸状菌防除に効果的な太陽熱消毒の具体的な手順と期間(透明マルチの活用法)
「糸状菌を殺す」のではなく、「強い糸状菌で、悪い糸状菌を制する」という高度な技術も普及し始めています。これが「拮抗(きっこう)作用」を利用した生物防除です。
その代表格が、「トリコデルマ菌」という緑色のカビです。トリコデルマ菌も糸状菌の一種ですが、植物に対する病原性はほとんどありません(※キノコ栽培にとっては害菌になります)。その代わり、フザリウムやリゾクトニアといった植物病原菌に対して攻撃的な性質を持っています。
【トリコデルマ菌の3つの武器】
また、トリコデルマ菌などの有用糸状菌は、植物の根の表面や内部に定着することで、植物自身の免疫システム(抵抗性)をスイッチ・オンにする働き(誘導抵抗性)があることも分かってきました。つまり、植物が「敵が来た!」と勘違いして防御態勢を強化することで、本物の病原菌が来た時に感染しにくくなるのです。
最近の農業資材では、このトリコデルマ菌を含んだ微生物資材や、土壌改良材が販売されています。化学農薬で土壌を完全に消毒してしまうと、その後の管理次第では病原菌が飛び込んだ時に一気にリバウンドするリスクがありますが、拮抗微生物が生息している土壌は「病気が発生しにくい抑止土壌」となります。
自然界には「毒をもって毒を制す」ようなバランスが存在します。糸状菌という大きな枠組みの中で、どの菌を味方につけるかが、これからの持続可能な農業のカギとなるでしょう。
セロアグリの解説記事では、ハウス栽培における土壌消毒の重要性と、環境配慮型の手法について触れられています。
ハウス栽培における土壌中の有害微生物を死滅させる環境負荷の少ない消毒技術

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