農業において最も基本的でありながら、最も奥深いテーマが土壌の物理性改善です。特に「保水性」と「排水性」という、一見矛盾する二つの要素を同時に満たすことが、作物の健全な育成には不可欠です。この矛盾を解決する魔法のような構造が「団粒構造」です。団粒構造とは、微細な土の粒子が有機物や微生物の働きによって結びつき、小さな団子状の塊(団粒)を形成している状態を指します 。
参考)用語集
単粒構造の土壌(サラサラした砂のような土や、ガチガチに固まった粘土)では、土の粒子同士が密着しすぎて隙間がないか、あるいは隙間が大きすぎて水が素通りしてしまいます。一方で団粒構造が発達した土壌では、団粒の内部にある微細な孔隙(毛管孔隙)が水分をしっかりと保持し、団粒と団粒の間の大きな隙間(非毛管孔隙)が過剰な水を速やかに排水し、新鮮な空気(酸素)を根に供給します 。これにより、植物は乾燥ストレスから守られつつ、根腐れを起こすことなく呼吸ができるのです。
この団粒構造を形成するために欠かせないのが「有機物」です。腐葉土や堆肥、緑肥などの有機物は、それ自体がスポンジのように水を蓄える能力を持つだけでなく、土壌中の微生物のエサとなります 。微生物が有機物を分解する過程で放出する粘液物質や、菌糸そのものが接着剤の役割を果たし、土の粒子をくっつけて団粒を作り出します。特に完熟した堆肥や腐葉土は、長期間にわたって土壌の物理性を維持する効果が高く、土作りのベースとして欠かせません。
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また、有機物の投入は「保肥力(CEC:陽イオン交換容量)」の向上にも寄与します。保水性が高い土壌は、水に溶けた肥料成分も一緒に保持できるため、降雨による肥料の流亡を防ぎ、肥料効率を高めることができます 。逆に、有機物が不足した土壌では、いくら高価な肥料を与えても、水と共に成分が地下へ流れ出てしまい、環境汚染の原因になるだけでなく、経営的なロスにもつながります。したがって、土壌改良における有機物の投入は、単に「土を柔らかくする」だけでなく、「水と肥料の銀行」を土の中に作る作業であると言えるでしょう。
参考)農業用語集(土づくり・肥料)
近年では、単に有機物を入れるだけでなく、その分解速度を考慮した投入も重要視されています。例えば、炭素率(C/N比)が高い未熟な有機物(生わらや多量のもみ殻など)を投入すると、微生物が分解のために土壌中の窒素を奪い、「窒素飢餓」を引き起こすリスクがあります 。保水性を高めるために有機物を投入する際は、完熟堆肥を使用するか、あるいは分解を促進するために石灰窒素などを併用するといった工夫が必要です。
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団粒構造の形成メカニズムについて、専門的な視点から解説されています。
土壌改良資材としてホームセンターや農業資材店でよく目にする「バーミキュライト」と「パーライト」。どちらも軽量で保水性や排水性を改善する資材ですが、その特性と使い分けを正確に理解しているケースは意外と少ないものです。これらを適切に使い分けることで、狙った通りの土壌水分環境を作り出すことが可能になります。
バーミキュライトは、ひる石(苦土蛭石)を高温で焼成し、アコーディオン状に膨張させたものです。この多層構造の層間に多量の水分と肥料成分を抱え込むことができるため、極めて高い「保水性」と「保肥力」を持ちます 。また、陽イオン交換容量(CEC)が高く、カリウムやアンモニウムなどの肥料成分を吸着・保持する能力に優れています。pHはほぼ中性です。特に、水切れが致命的となる育苗培土や、乾燥しやすい砂質土壌の改良に最適です。ただし、使いすぎると過湿になりやすいため、全体の10〜20%程度の配合が一般的です。
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一方、パーライトには大きく分けて2種類あり、ここがプロでも混同しやすいポイントです。「真珠岩パーライト」と「黒曜石パーライト」です 。
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| 特徴 | 真珠岩パーライト | 黒曜石パーライト |
|---|---|---|
| 原料 | 真珠岩(パールストーン) | 黒曜石(オブシディアン) |
| 構造 | 内部まで多孔質 | 表面に微細な穴、内部は空洞 |
| 主な効果 | 保水性の向上 | 排水性・通気性の向上 |
| 水持ち | 水を吸って保持する | 水を弾きやすく、通り道を作る |
| 用途 | 乾燥しやすい土の改良 | 粘土質で水はけの悪い土の改良 |
「保水性」を高めたい場合に選ぶべきは真珠岩パーライトです。内部までスポンジのように水を吸い込む性質があるため、土壌の水分保持能力を底上げします。逆に、粘土質で水はけが悪く、根腐れが心配な場合に使うべきは黒曜石パーライトです。こちらは排水性と通気性を確保し、土壌中に酸素を供給する「通気口」のような役割を果たします。商品パッケージには単に「パーライト」としか書かれていないことも多いですが、原料名を確認するか、粒の様子(真珠岩は白っぽく崩れやすい、黒曜石は白〜灰色で硬いガラス質)を見て判断する必要があります。
また、これらの鉱物系資材は有機物と異なり微生物による分解を受けないため、効果が長期間持続するというメリットがあります。腐葉土などの有機物は数年で分解されて土に還ってしまいますが、バーミキュライトやパーライトは土壌中に物理的な構造として残り続けます。そのため、一度しっかりと土作りを行えば、数年にわたって物理性の改善効果を享受できるのです。ただし、これら自体には肥料分は含まれていないため、必ず堆肥や肥料と組み合わせて使用することが基本です。
園芸用土の特性と資材の選び方について、成分や効果の違いが詳しくまとめられています。
近年の猛暑や少雨による干ばつは、農業経営にとって深刻なリスクとなっています。作物が「乾燥ストレス」を受けると、気孔を閉じて光合成を停止してしまい、収量や品質が著しく低下します。このような極端な環境下でも安定した水分を供給するために、伝統的な資材であるピートモスに加え、最新のテクノロジーを活用した高吸水性ポリマーが注目されています。
ピートモスは、寒冷地の湿原でミズゴケなどの植物が堆積し、泥炭化したものを乾燥・粉砕した資材です。自重の10倍〜20倍もの水を蓄えることができ、土壌をふかふかに柔らかくする効果があります 。有機酸を含むため酸性度が高い(pH3.5〜4.5程度)のが特徴で、ブルーベリーなど酸性土壌を好む作物には「無調整ピートモス」を、一般的な野菜には石灰等で中和された「pH調整済みピートモス」を使用します。ピートモスの優れた点は、一度乾燥してしまっても、水を含むと再び高い保水力を発揮する「復元力」にありますが、完全に乾燥させると撥水性(水を弾く性質)を持ってしまうことがあるため、使用前の水馴染ませや、定期的な灌水管理が重要です 。
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そして今、世界的に注目されているのが高吸水性ポリマー(SAP:Superabsorbent Polymer)の農業利用です 。おむつなどに使われる技術を応用したもので、自重の数百倍から数千倍もの水を吸収してゲル状になり、土壌が乾燥してくるとゆっくりと水を放出します。これにより、灌水回数を大幅に減らし、植物の乾燥枯死を防ぐことができます。
参考)https://www.mdpi.com/2073-4360/15/1/161/pdf?version=1672314786
特に環境配慮型の農業において話題となっているのが、EFポリマーのような「天然由来」の吸水性ポリマーです。これはオレンジの皮など、果物の不可食部分(廃棄物)をアップサイクルして作られたもので、完全に生分解性があります 。従来の石油由来の合成ポリマーは土壌中に残留する懸念がありましたが、天然由来ポリマーは約1年ほどで土壌微生物によって完全に分解され、最終的には植物の栄養となります。
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EFポリマーなどの最新資材は、単に水をためるだけでなく、吸水と放出を繰り返すことで土壌を物理的に動かし、隙間を作る効果も期待されています。これにより、疑似的に団粒構造の発達を促し、土壌の物理性を改善する副次的なメリットもあります。乾燥地帯や水利の悪い圃場、あるいは鉢植え栽培において、これらの「水を食べる」資材は、気候変動時代の強力な武器となるでしょう。
乾燥対策としての最新資材EFポリマーの特性と、土壌改良への効果が解説されています。
「保水性」を高めたいからといって、どんな土壌にも同じ対策を行えば良いわけではありません。元の土壌が「砂質土(砂壌土)」なのか「粘土質土(埴壌土)」なのかによって、アプローチは真逆になることすらあります。土壌改良の失敗例としてよくあるのが、粘土質の土に水はけを良くしようとして「砂」を混ぜてしまい、逆にセメントのように固く締まってしまうケースです 。
参考)困った!土壌がカチカチに|粘土質土壌の改良方法 | コラム …
砂質土(水はけが良すぎる土)の改良
砂質土は、粒子が粗く隙間が大きいため、水がすぐに抜けてしまい肥料分も保持できません。夏場は地温が上がりやすく、乾燥害が出やすい土壌です。
粘土質土(水はけが悪く固まりやすい土)の改良
粘土質土は、粒子が極めて細かく、保水力は高いものの、一度乾くとカチカチに固まり、濡れるとドロドロになります。酸素不足による根腐れが最大の問題です。
どちらの土壌タイプにおいても、共通して有効なのが「炭(バイオ炭・くん炭)」の利用です 。炭は多孔質構造を持っており、その無数の穴に微生物が住み着きます。この微生物の働きが団粒化を促進し、砂質土には保水性を、粘土質土には排水性と通気性を与えるという、バッファー(緩衝)の役割を果たします。土壌診断を行い、自分の畑の土性(サンド・シル・クレイの比率)を把握した上で、「足りない機能」を補う資材を選定することが、プロの土壌改良です。
参考)https://www.jst.go.jp/global/kadai/pdf/h2303_final.pdf
粘土質土壌の物理性改善に向けた具体的な資材選びと、失敗しないための注意点が記載されています。
ここまでは「資材」による物理的な改良を中心にお話ししましたが、実は土壌中には、植物自身と微生物が協力して作り出す「天然の最高級土壌改良材」が存在します。それが、アーバスキュラー菌根菌(AM菌)と、その分泌物である「グロマリン(Glomalin)」です。これは、検索上位の一般的なまとめ記事ではあまり触れられない、しかし土壌科学の分野では近年非常に注目されている「独自視点」かつ「核心的」なトピックです 。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC12029919/
菌根菌とは、植物の根に共生し、リン酸や水分を植物に供給する代わりに、光合成産物をもらうカビの一種です。この菌根菌の菌糸は、植物の根が届かない微細な土の隙間まで入り込み、水分を集めてきます。これだけでも保水性の向上に寄与しますが、真に驚くべきは、この菌根菌が死滅したり代謝したりする過程で土壌中に放出するタンパク質、「グロマリン」の働きです 。
参考)https://www.mdpi.com/2571-8789/5/1/4/pdf
グロマリンは「土壌のスーパーグルー(強力接着剤)」とも呼ばれ、極めて強力な粘着性を持ちます。この物質が土壌粒子をコーティングし、強固に結びつけることで、水に濡れても壊れにくい「耐水性団粒」を形成します。
通常の腐植による団粒はある程度の期間で分解されますが、グロマリンは非常に難分解性であり、長期間(数十年単位とも言われます)にわたって土壌中に留まり、団粒構造を維持し続けます 。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10180894/
では、どうすればこの菌根菌とグロマリンを増やせるのでしょうか?
答えは、「不耕起栽培(または最小限の耕起)」と「カバークロップ(被覆作物)」の導入です 。菌根菌のネットワーク(菌糸網)は、激しい耕起によってズタズタに切断されてしまいます。過度なロータリー耕うんを控え、麦類やマメ科などの菌根菌と共生しやすい作物を栽培することで、土中の菌糸ネットワークが発達し、グロマリンが蓄積されていきます。
「資材を買ってきて混ぜる」だけでなく、「土の中の住人に働いてもらう」という視点を持つこと。これこそが、コストを抑えながら持続的に保水性と土壌環境を改善する、究極の農業技術と言えるでしょう。
菌根菌が生成するグロマリンが土壌団粒化に与える影響についての専門的な研究報告です。