農業において土づくりの基礎となるのが、土壌診断とその結果に基づく施肥設計です。その中でも特に重要な指標が陽イオン交換容量(CEC)です。CECは土壌がどれだけの養分(肥料成分)を保持できるかを示す「土の胃袋」や「キャパシティ」に例えられます。
参考)CEC(陽イオン交換容量)とは何か - BBYの観葉植物 D…
しかし、土壌分析表に記載されている数値は、mg/100g(重量)であったり、meq/100g(当量)であったりと単位が混在しており、自分で計算しようとすると混乱しやすいポイントです。ここでは、陽イオン交換容量の計算方法を基礎から応用まで詳細に解説し、現場で使える知識として定着させることを目指します。
陽イオン交換容量(CEC)を理解し、計算するためには、まずmeq(ミリ・イクイバレント/ミリグラム当量)という単位を完全に理解する必要があります。最近ではcmol(+)/kg(センチモル・チャージ毎キログラム)という国際単位も使われますが、数値はmeq/100gと同じ(1 meq/100g = 1 cmol(+)/kg)であるため、現場では依然としてなじみ深いmeqが多用されています。
参考)CEC(陽イオン交換容量)とは:塊根・多肉の適正値 - So…
土壌中の肥料成分(陽イオン)は、カルシウム(Ca²⁺)、マグネシウム(Mg²⁺)、カリウム(K⁺)など、それぞれ持っている電気の量(価数)や原子の重さ(原子量)が異なります。
例えば、土壌が「プラスの電気の粒」を100個つかまえられる手を持っているとします。
このように、単純な「重さ」や「個数」ではなく、「電気的な結合の手をどれだけ埋められるか」という基準でそろえた単位がmeq(ミリグラム当量)です。CECの計算においては、すべての成分をこのmeqに換算して初めて、足し算や引き算が可能になります。
参考)イトウさんのちょっとためになる農業情報 第48回 土壌診断#…
土壌分析結果がmg/100g(乾土100g中の成分重量)で出ている場合、以下の計算式でmeq/100gに変換します。
meq/100g=1meqあたりの重量 (mg)成分含有量 (mg/100g)
主要な陽イオンの1meqあたりの重量は以下の通りです。この数値は暗記するか、いつでも見られるようにしておくと便利です。
参考)https://www.zennoh.or.jp/operation/hiryou/pdf/naru_en.pdf
| 陽イオン成分 | 元素記号 | 価数 | 原子量 | 1meqあたりの重量 (mg) | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| カリウム | K | 1 | 39 | 39 | Kとして計算する場合 |
| カルシウム | Ca | 2 | 40 | 20 | 40 ÷ 2 = 20 |
| マグネシウム | Mg | 2 | 24 | 12 | 24 ÷ 2 = 12 |
| ナトリウム | Na | 1 | 23 | 23 | Naとして計算する場合 |
例えば、土壌分析で「交換性カルシウム」が 200 mg/100g 検出された場合、そのmeq値は以下のようになります。
200÷20=10 meq/100g
この計算を経ることで、異なる重さの元素同士を「土壌が保持している電気的な量」という共通の土俵で比較・計算できるようになります。
全農:土壌診断なるほどガイド(CECとmeqの基礎的な解説)
ヤンマー:肥沃な土壌とは(CECと塩基飽和度の関係を図解)
CECの数値が分かれば、次に重要になるのが塩基飽和度の計算です。塩基飽和度とは、CEC(土壌全体の保肥力)のうち、何%が塩基(石灰、苦土、加里)で埋まっているかを示す指標です。
参考)https://www.yanmar.com/jp/agri/agri_plus/soil/articles/05.html
塩基飽和度は以下の式で求められます。
塩基飽和度 (%)=陽イオン交換容量 (CEC) (meq/100g)交換性塩基の合計 (meq/100g)×100
ここでいう「交換性塩基の合計」とは、一般的にカルシウム、マグネシウム、カリウムのmeq値を足したものです(ナトリウムを含める場合もありますが、日本の農地ではナトリウム過剰は稀なため、通常は3要素で計算します)。
参考)https://japan-soil.net/BOOKLET/H22_DS/A4/A4_web.pdf
飽和度だけでなく、各成分の比率(バランス)も重要です。理想的なmeq比は一般的に 石灰:苦土:加里 = 5:2:1 程度と言われています。
参考)https://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/hozen_type/h_sehi_kizyun/pdf/tuti13.pdf
上記の例では、
となり、比率は 12:3:1 です。石灰が突出して多く、苦土とのバランス(Ca/Mg比)が4倍(12÷3)となっています。通常Ca/Mg比は2〜4程度が適正とされるため、この場合は石灰過多による苦土欠乏(拮抗作用)に注意が必要であることが計算から読み取れます。
ここで、多くの農業従事者が陥りやすい「計算の罠」について解説します。それは、土壌分析表や肥料袋の表示が酸化物(Oxide)表記になっている場合です。
一般的に、肥料の成分表示は「石灰(CaO)」「苦土(MgO)」「加里(K₂O)」のように酸化物として記載されています。一方、学術的な土壌分析や一部の精密診断では「Ca」「Mg」「K」という元素単体で表記されることがあります。この二つを混同して計算すると、大きな誤差が生じます。
酸化物表記(CaO, MgO, K₂O)の場合、1meqあたりの重量は元素単体の時とは異なります。酸素原子(O=16)の重さが加わるためです。
| 酸化物表記 | 1meqあたりの重量 (mg) | 計算根拠 (分子量÷価数) |
|---|---|---|
| 石灰 (CaO) | 28 | (40+16) ÷ 2 = 28 |
| 苦土 (MgO) | 20 | (24+16) ÷ 2 = 20 |
| 加里 (K₂O) | 47 | (39×2+16) ÷ 2 = 47 |
先ほどの例で、「交換性石灰 240mg/100g」というデータが、実は「交換性石灰(CaOとして) 240mg/100g」だった場合を考えてみましょう。
240÷20=12.0 meq/100g
CECと現在の塩基飽和度が分かれば、目標とする土壌環境にするために「あと何kgの肥料が必要か」を逆算することができます。これをソイルマネジメント(施肥設計)と呼びます。
目標とする飽和度(例:石灰飽和度60%)にするために必要なmeq数から、現状のmeq数を引きます。
不足meq=(CEC×目標飽和度%)−現状のmeq
30 kg÷0.55≈54.5 kg
つまり、10アールあたり約55kg(20kg袋で約3袋弱)の苦土石灰が必要という計算になります。
CECを決定づけるのは、土壌中の「マイナスの電気」を持つ物質の量です。
参考)https://www.nougeikanri.co.jp/analysis/question/index.html
CECが低い(例:8 meq/100g)砂質の畑に、良質な堆肥を投入してCECを上げたい場合を考えます。
腐植のCECを仮に250 meq/100gとします。土壌のCECを1 meq/100g上げるためには、どれくらいの腐植が必要でしょうか。
単純計算では、土壌全体のCECは各成分の加重平均で決まります。
しかし、現実的にCECを1ポイント上げるには、膨大な量の堆肥が必要です。例えば、腐植含有率が高い堆肥(現物1トンあたり腐植が数%含まれるもの)を数トン単位で数年かけて投入し続けることで、ようやく土壌分析値としてCECが1~2上昇する、というレベルの変化です。
ゼオライト(沸石)はCECが非常に高く(150 meq/100g前後)、物理的な土壌改良資材として即効性があります。砂地などで保肥力を急ぎ補いたい場合に有効です。
粘土鉱物であるベントナイトを混合することで、恒久的にCECを底上げできます。
堆肥そのものよりも濃縮された「腐植酸資材(アズミンなど)」を利用することで、効率的にCECに関与する腐植を供給できます。
CECの計算とコントロールは、一朝一夕にはいきません。しかし、毎年の土壌診断で数値を追跡し、計算に基づく計画的な資材投入を行うことで、数年後には「肥料が効きやすく、抜けにくい」理想的な土壌へと変化させることが可能です。まずはご自身の畑のCECを知り、mgからmeqへの換算をマスターすることから始めてみましょう。
農林水産省:CECの診断と計算濃度(詳細な計算式と吸光度法について)