農業現場において、土壌改良資材としての「パーライト」は非常に一般的ですが、実は「真珠岩(しんじゅがん)」と「黒曜石(こくようせき)」という原料の違いによって、その性質は正反対と言っても過言ではありません 。多くのホームセンターやカタログでは単に「パーライト」と表記されていることが多く、この違いを明確に理解せずに使用しているケースが散見されます。しかし、プロの農家であれば、この2つの物理性の違いをミクロな視点で理解し、作物の根系に合わせて使い分けることが不可欠です。
真珠岩パーライトと黒曜石パーライトの決定的な違いは、焼成発泡させた際の「気泡の構造」にあります。これが、それぞれの保水性と排水性の性能差を生み出す根本原因です。
真珠岩は水分を比較的多く(2〜5%程度)含んでいるため、高温(約1000℃)で一気に焼成すると、水蒸気が爆発的に膨張し、外殻を突き破って発泡します 。その結果、粒子の表面はザラザラとしており、内部の気泡が外部とつながった「複雑な迷路のような構造(連続気泡)」になります 。
参考)パーライトとは|使い方と効果は?水耕栽培に使える?黒曜石と真…
水分はこの微細な孔を通って粒子内部の奥深くまで浸透できるため、自重の3〜4倍もの水を保持することが可能です 。これが「真珠岩は保水性が高い」と言われる科学的な理由です。土壌に混ぜることで、単なる隙間を作るだけでなく、土壌全体の「有効水分域」を広げる効果があります 。
一方、黒曜石は水分含有量が少ない(2%未満)ため、焼成しても外殻が破裂せず、風船のように膨らみます 。結果として、表面はガラス質でツルツルしており、内部の気泡は外部と遮断された「独立気泡」となります 。
水は粒子の表面に付着するだけで、内部には入り込みません 。そのため、土壌に混ぜると「水を通さない空間」が生まれ、強制的に水みちを作ることになります。これが強力な排水性と通気性を生み出します。
この構造の違いを理解すれば、「砂質土壌の保水力アップには真珠岩」、「粘土質土壌の排水改善には黒曜石」という基本原則がより深く納得できるはずです 。逆に、水はけの悪い粘土質の畑に真珠岩パーライトを大量に投入すると、逆に保水力が高まりすぎて、長雨の時期に根腐れを助長するリスクさえあります 。
真珠岩パーライトの特性が最も活かされる現場の一つが、施設園芸における「いちごの高設栽培」や「育苗培地」です。ここでは、単なる土壌改良を超えた、培地としての利用価値があります。
いちご栽培では、かつてロックウールなどが主流でしたが、使用後の廃棄処理が困難という問題がありました。そこで注目されたのが、「ピートモス+真珠岩パーライト」の混合培地です 。
参考)https://www.pref.tochigi.lg.jp/g61/seika/documents/singi05.pdf
ピートモスは保水性が高いものの、単用すると経年劣化で物理性が悪化し、過湿になりがちです。ここに真珠岩パーライトを30%〜50%程度混合することで、保水性を維持しつつ、適度な気相率(根が呼吸するための空気の層)を確保できます 。真珠岩は軽量であるため、吊り下げ式のベンチなど、重量制限のある栽培システムにも最適です。
発根管理が必要な挿し木や播種において、真珠岩パーライトはバーミキュライトや鹿沼土と組み合わせて使われます 。
この配合は、無菌で清潔であり、かつ適度な水分と酸素を供給できるため、発根率を高めます 。真珠岩は無機物であり肥料分を含まないため、肥料焼け(濃度障害)を起こしやすい幼苗期でも安心して使用できます 。
ハンギングバスケットや屋上緑化など、とにかく土を軽くしたい場合、真珠岩パーライトの配合率を高くします。しかし、軽いだけでは植物が安定しないため、「赤玉土」などの重い用土を2割程度混ぜてアンカー役にするのが、プロの現場での微調整テクニックです。
真珠岩パーライトには、その軽量さゆえの致命的な欠点があります。それは、「水やりをすると浮いてきてしまう」という現象です 。特に露地栽培や、勢いよく灌水を行う現場では、これが大きなストレスとなります。
参考)改良用土「パーライト」の使い方や効果、特徴について
真珠岩パーライトの比重は非常に軽く(見掛け比重 0.1〜0.3程度)、水に浮く性質があります 。土壌の表面近くに混ぜ込んだ場合、強い雨やホースでの散水によって土粒の間に水が満ちると、浮力によってパーライトだけが表面に分離・浮上してしまいます。表面が真っ白になり、風で飛ばされることもあります。
黒マルチや敷き藁を使用する畝であれば、浮上しても飛散せず、表面に留まるため実害は少なくなります。
定植する穴の底や、根が張る深さ(地下10cm〜30cm)に重点的に混和し、表層5cm程度はあえてパーライトを含まない少し重めの土(黒土や赤玉土)で「蓋(ふた)」をします。こうすることで、物理的に浮き上がりを抑え込むことができます。
育苗ポットなどで使用する場合、ハス口(はすくち)を使って柔らかい水流で水やりを行うか、底面給水(底面灌水)を採用することで、物理的な分離を防げます。
腐葉土や堆肥など、粒子同士を結びつける有機物と一緒に混ぜ込むことで、パーライト単独での移動をある程度抑制できます。
また、真珠岩パーライトは長期間使用すると、土圧や根の圧力で「粉砕されやすい」という特徴もあります 。黒曜石系に比べて粒子が脆いため、数年で粉状になり、土壌が目詰まりを起こす原因になることもあります。長期利用の果樹などでは、硬質の黒曜石系を選ぶか、定期的な更新が必要であることを覚えておきましょう。
これはあまり知られていない情報ですが、パーライト(特に原石の産地や処理方法による)には、微量のフッ素(Fluoride)が含まれている場合があります 。多くの作物では問題になりませんが、フッ素に対して極端に感受性が高い植物を扱う農家にとっては無視できないリスクです。
参考)https://www.san-esugypsum.co.jp/product/inorganic-materials/perlite/
フッ素は植物の葉の先端や縁に蓄積しやすく、濃度が高まると「葉先枯れ(チップバーン)」や「葉縁の壊死」を引き起こします 。
参考)https://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/hozen_type/h_sehi_kizyun/attach/pdf/fuk01-8.pdf
特に感受性が高いとされるのが、以下の植物です。
もし、これらの植物の培地に真珠岩パーライトを多用する場合、以下の対策が有効です。
フッ素は水溶性であることが多いため、使用前にザルなどでパーライトを水洗いし、微粉じん(ここに成分が濃縮されていることが多い)や表面の付着成分を洗い流すことでリスクを低減できます。
土壌のpHが低い(酸性)と、フッ素の溶解度が高まり、植物に吸収されやすくなります 。石灰などでpHを6.0〜6.5程度の中性に近づけておくことで、フッ素の可給性を抑えることができます。
真珠岩パーライトの活躍の場は、通常の土耕栽培だけではありません。
水耕栽培(養液栽培)や、意外なことに建設分野でもその特性が活かされています。
前述のいちご栽培に加え、トマトやパプリカのバッグ栽培(グローバッグ)においても、ヤシ殻(ココピート)やパーライトが培地として利用されます 。真珠岩パーライトは化学的に不活性(CECが極めて低い、1.5〜7meq/100g程度)であるため 、施肥設計において培地自体が肥料成分を吸着・固定してしまう影響が少なく、与えた培養液の組成がダイレクトに作物に効くというメリットがあります。これは精密な養液管理を行うプロにとって扱いやすい特性です。
参考)http://library.jsce.or.jp/jsce/open/00519/2000/08-0075.pdf
実は真珠岩パーライトは、農業用だけでなく、建築用の「断熱材」や「軽量骨材」としても大量に使用されています 。その多孔質構造の中に空気を溜め込むため、優れた断熱性を発揮します。
参考)http://www.thr.mlit.go.jp/bumon/b00093/k00490/eizen/hozen/chie/w_06ha.html
これを農業に応用すると、「培地の温度変化を緩やかにする」という効果が期待できます。夏場の高温や冬場の低温から根を守るバッファーとしての機能です。屋上緑化やコンテナ栽培など、外気温の影響をダイレクトに受けやすい環境では、この断熱効果が根のストレス軽減に一役買っています。
黒曜石パーライトと真珠岩パーライトの違いと使い分けの詳細解説
クリプトモスとパーライトを用いた環境に優しいイチゴ養液栽培技術(PDF)