粘土質土壌を改良するための最初の一歩であり、かつ最も基本的で強力なアプローチが有機物の投入による「団粒構造化」の促進です。粘土質の土は、微細な粒子が隙間なく詰まっている「単粒構造」になりがちで、これが水はけの悪さや酸欠による根腐れの原因となります。これを解消するには、土の粒子同士を接着させて小さな団子状の塊(団粒)を作り、その団子と団子の間に空気や水の通り道を確保する必要があります。この接着剤の役割を果たすのが、土壌微生物が有機物を分解する際に出す粘液や、カビの菌糸です。
ここで極めて有効な資材が「もみ殻くん炭」と「バーク堆肥」です。もみ殻くん炭は、多孔質(穴だらけ)の構造をしており、投入することで単純に土の物理的な隙間を増やす効果があります。さらに重要なのは、その無数の穴が微生物の住処(マンション)となる点です。粘土質の土は酸素が少なく微生物が定着しにくい環境ですが、くん炭を入れることで微生物の生存率が飛躍的に向上し、団粒化が加速します。また、くん炭はアルカリ性であるため、酸性に傾きがちな日本の土壌のpH調整にも役立ちます。
参考)土壌改良資材(堆肥や石灰など)の種類と選び方
一方、バーク堆肥(樹皮の堆肥)は、繊維質が非常に多く分解されにくいという特徴があります。牛ふんや鶏ふんなどの動物性堆肥は肥料効果が高い反面、分解が早く土壌改良効果(物理性の改善効果)の持続期間は比較的短いです。しかし、バーク堆肥のリグニンを多く含む繊維は土の中で長期間残り、粘土の粒子同士が再び密着してカチカチになるのを物理的に防ぐクッションの役割を果たします。
具体的な施用量としては、重粘土質の畑の場合、初期段階では10アールあたり2トンから3トン程度のバーク堆肥と、200kg〜300kg程度のもみ殻くん炭を投入することが推奨されます。これらを同時に投入することで、「微生物の住処(くん炭)」と「微生物のエサ兼物理的クッション(バーク堆肥)」の両方が供給され、相乗効果で土がフカフカになります。投入時は、トラクターや管理機で深さ15cm〜20cmの作土層全体にムラなく混ぜ込むことが重要です。ただし、未熟な堆肥を使うと土の中で発酵が進み、ガス害が発生したり窒素飢餓を起こしたりするため、必ず完熟したものを使用してください。
資材の投入だけでは改善できない、より深層の「耕盤層(硬盤層)」の問題を解決するために有効なのが、緑肥作物を使った「生物的耕運」です。長年トラクターで同じ深さを耕していると、その直下(深さ20cm〜30cm付近)に、タイヤの重みやロータリーの爪による圧迫でコンクリートのように硬い層ができてしまいます。これが耕盤層です。粘土質土壌ではこの層が特に形成されやすく、一度できると水が下へ抜けなくなり、どれだけ表面の土を改良しても大雨のたびに畑がプール状態になってしまいます。
この硬い層を破壊するために最強のパートナーとなるのが、イネ科の緑肥作物である「ソルゴー(ソルガム)」や「スーダングラス」です。マメ科の緑肥(クロタラリアやヘアリーベッチ)も窒素固定による地力向上には役立ちますが、粘土質の硬い土を突き破る物理的な「根の力」に関しては、イネ科のソルゴーが圧倒的です。
参考)【第3回】土の土台を整える|自然の力を生かす有機栽培|読みも…
ソルゴーの根は、直径が太く、垂直に深く伸びる性質を持っています。その貫通力は非常に強く、機械でも砕くのに苦労するような硬盤層にもドリル(穿孔)のように穴を開けて突き進みます。地上部が2m〜3mに成長する頃には、地下の根は深さ1m近くまで達することもあります。この根が枯れた後、その空洞がそのまま縦方向の排水路(水みち)となり、さらにその空洞に新鮮な空気が供給されることで、深層の土壌微生物が活性化します。
実践的な手順としては、夏場(5月〜8月)の休閑期を利用します。10アールあたり3kg〜5kg程度の種を播き、発芽後は放置して十分に大きく育てます。重要なのは、出穂する直前または草丈が2mを超えたあたりですき込むことです。茎が硬くなりすぎると分解に時間がかかりますが、ある程度硬化していないと物理的な土壌改良効果(有機物としての持続性)が薄れるため、このタイミングの見極めが肝心です。
トラクターですき込む際は、まずハンマーナイフモアなどで地上部を細かく粉砕し、その後に耕運します。大量の有機物が土に入るため、分解過程で一時的に土壌中の窒素が奪われる「窒素飢餓」が発生する可能性があります。これを防ぐため、すき込み時に石灰窒素などを少量散布して分解を促進させるのがプロのテクニックです。この生物的耕運は、サブソイラーなどの重機を使わずに深層の排水性を改善できるため、コストパフォーマンスに優れた方法です。
粘土質土壌の最大の弱点である「排水性」を物理的に解決するには、土の構造を変えるだけでなく、水を逃がすための構造的な工夫が不可欠です。特に、地下水位が高い畑や、雨が降ると数日間水が引かないような重粘土の圃場では、いくら堆肥を入れても水没してしまえば効果は半減してしまいます。そこで導入したいのが「簡易暗渠(あんきょ)」と「高畝(たかうね)栽培」の組み合わせです。
本格的な暗渠排水工事は、重機を使って深さ60cm〜1mの溝を掘り、有孔管(穴の空いたパイプ)と疎水材(砂利や籾殻)を埋設するため、多額の費用と労力がかかります。しかし、農家自身で施工できる「簡易暗渠」でも、粘土質土壌の排水性は劇的に改善できます。例えば、畑の周囲や畝間に深さ30cm〜50cm程度の溝(明渠)を掘るだけでも効果はありますが、さらにその溝の底に竹、剪定枝、笹、あるいは大量の籾殻を埋め込んで埋め戻すことで、簡易的な地下排水路を作ることができます。
参考)排水性と土壌改良の対策と方法!粘土質に資材と団粒構造
特に「もみ殻暗渠」はコストが安く、効果的です。トラクターのアタッチメント(サブソイラーや弾丸暗渠機)がある場合は、深さ40cm〜60cmに弾丸のような空洞を作ることで水みちを確保できますが、これに籾殻を疎水材として充填するタイプのアタッチメントを使えば、数年は効果が持続する強力な排水ラインが完成します。
参考)https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kihyo03/gityo/g_manual/pdf/1_7.pdf
また、地上の対策として「高畝」は必須です。粘土質土壌では、平畝(ひらうね)だと根域が常に湿った状態になりがちです。そこで、畝の高さを通常より高い20cm〜30cm、あるいは「菌ちゃん農法」などで推奨されるような45cm以上の超高畝に設定します。畝を高くすることで、物理的に根の位置を地下水位から遠ざけることができ、畝の側面から酸素が入りやすくなります。
参考)【菌ちゃん農法って?】無限の空中チッソが作物の栄養になる 糸…
水はけの悪い庭や畑を改善!DIYで施工可能な暗渠排水の基礎知識(外部サイト)
このリンク先では、DIYで可能な暗渠の仕組みや、有孔管を使わない簡易的な方法について図解付きで詳しく解説されています。
高畝を作る際は、畝の内部に未分解の有機物(枯れ草や枝など)を芯として入れる方法も有効です。これにより畝の内部に通気層ができ、粘土質の土でも中心部から乾きやすくなります。畝間の通路部分は、雨水が溜まらないように必ず排水口に向かって勾配をつけ、雨水が速やかに畑の外へ流れ出るように管理します。この「地下の逃げ道(暗渠)」と「地上の逃げ道(高畝・勾配)」をセットで行うことで、粘土質土壌でも野菜が育つ環境が整います。
ここからは、一般的な土壌改良解説ではあまり触れられない、しかしプロの農家や海外の農業現場では常識的に使われている「化学的な視点」からのアプローチを紹介します。それが「石膏(せっこう)」、すなわち硫酸カルシウムの活用です。粘土質土壌の改良というと、すぐに「石灰(炭酸カルシウム)」を思い浮かべる方が多いですが、実は粘土の物理性改善には石灰よりも石膏の方が適しているケースが多くあります。
粘土粒子は、マイナスの電気を帯びており、ナトリウムイオンなどが多いと粒子同士が反発し合って分散し、ドロドロの状態(分散化)になりやすくなります。これが乾くとカチカチの板状になります。ここにカルシウムイオンを供給すると、カルシウムが接着剤のような働きをして粘土粒子を集め、「フロック(凝集体)」と呼ばれる小さな塊を作ります(凝集作用)。これにより、土の間に隙間が生まれ、水はけと通気性が改善されます。
参考)土壌を団粒構造に!魔法のような土壌改良剤(EB-a)|農業大…
石灰(苦土石灰や消石灰)もカルシウムを含んでいますが、投入すると土壌pHが急激にアルカリ性に傾きます。日本の作物の多くは弱酸性を好むため、pHがすでに適正値(6.0〜6.5)に近い場合、物理性改善のために石灰を大量投入するとpHが上がりすぎて生育障害(微量要素欠乏など)を引き起こすリスクがあります。一方、石膏(硫酸カルシウム)は中性付近の資材であり、pHをほとんど変動させずに大量のカルシウムを供給できます。
参考)土壌学の見地から解く、石膏(硫酸カルシウム)を主原料とする農…
特に、雨が降った後に表面がドロドロになり、乾くとひび割れができるような粘土質土壌には効果てきめんです。日本では「エコカル」などの商品名で、廃石膏ボードをリサイクルした安全な農業用石膏資材が流通しています。これらは硫黄分も含んでいるため、作物の風味向上やタンパク質合成にも寄与します。施用量は土壌の状態によりますが、10アールあたり100kg〜200kg程度を投入してもpH障害が出にくいため、思い切った改良が可能です。
参考)“日本農業はイオウ欠乏の危機に?“土壌改良材「エコカル」で対…
土壌学の見地から解く、石膏を主原料とする土壌改良資材の可能性(外部サイト)
この記事では、なぜ石灰ではなく石膏が選ばれるのか、その化学的なメカニズムと実際の農業現場での使用事例が専門家の視点で詳述されています。
また、石膏は土壌中の過剰なマグネシウムやナトリウムを押し出す効果もあるため、塩基バランス(Ca/Mg/K比)の調整役としても優秀です。有機物による物理改善と合わせて、この化学的な「凝集剤」としての石膏を利用することで、頑固な粘土質土壌の改良スピードは何倍にも早まります。
最後に、どんなに優れた資材を使っても、これを無視するとすべてが台無しになってしまう極めて重要な「管理技術」について解説します。それは「耕運のタイミング」と「pF値(土壌水分張力)」の管理です。粘土質土壌における最大の失敗は、「土が湿っている時にトラクターを入れてしまうこと」です。これをやってしまうと、ロータリーの爪が粘土を練り込み、まるで陶芸の粘土練りのように土中の空気を追い出してしまいます。これを「練り返し」と言い、乾燥するとレンガのように硬い土塊になってしまいます。
参考)http://www2.tokai.or.jp/shida/FarmAssist/danryuu.htm
この失敗を防ぐためには、土壌の乾き具合を客観的に判断する必要があります。その指標となるのが「pF値」です。pF値とは、植物が根から水を吸い上げるのにどれくらいの力が必要か(土が水を離そうとしない力)を示す数値です。粘土質土壌を耕運するのに最適なpF値は、およそpF 1.5〜2.5の範囲、いわゆる「半乾き」の状態です。
水やりで失敗しない!土壌水分の基礎知識とpF値の目安(外部サイト)
pF値のより詳細な解説と、作物ごとの適正範囲、簡易的な測定方法について解説されている実用的なページです。
プロの農家は、土の色や雑草の萎れ具合でこのpF値を見極めますが、慣れていない場合は実際に畑の土を手で握ってみる「手触りテスト」を行ってください。また、雨上がりから何日後にこの「適期(ホロリと崩れる状態)」になるかを記録しておくことも重要です。粘土質土壌改良においては、「何を混ぜるか」と同じくらい、「いつ混ぜるか」が成果を左右します。焦って湿った土をいじらないこと、これが粘土質土壌と付き合う上での鉄則であり、最もコストのかからない改良技術です。

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