ヘアリーベッチ緑肥を水稲に活用する栽培の効果と窒素

水稲栽培でヘアリーベッチ緑肥を活用するメリットとリスクを徹底解説。窒素固定による減肥効果や抑草メカニズム、すき込み時期の注意点とは?肥料コスト高騰対策として注目の緑肥農法を導入しませんか?

ヘアリーベッチの緑肥を水稲へ

ヘアリーベッチ緑肥活用のポイント
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強力な窒素固定力

10aあたり10kg以上の窒素を供給し、化学肥料の減肥が可能。

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すき込み時期が重要

移植の3週間前が目安。腐熟期間を確保してガス害を防ぐ。

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肥料コスト削減

種子代はかかるが、肥料高騰下ではトータルコストで有利に。

ヘアリーベッチ緑肥の水稲栽培における窒素固定の効果

 

近年、肥料価格の高騰や環境保全型農業への関心の高まりから、ヘアリーベッチ(マメ科の越年草)を緑肥として水稲栽培に導入する農家が増加しています。このセクションでは、ヘアリーベッチがもたらす最大のメリットである「窒素固定」のメカニズムと、具体的な供給量について深掘りします。

 

驚異的な窒素供給能力

ヘアリーベッチは、他のマメ科緑肥(レンゲなど)と比較しても、圧倒的な窒素固定能力を持っています。その秘密は、根に共生する「根粒菌」の働きと、旺盛な地上部の生育量にあります。

 

一般的な生育状況(草丈が十分に確保されている状態)における、10アール(1反)あたりの窒素供給量の目安は以下の通りです。

 

  • 生草重: 2〜3トン / 10a
  • 窒素含有率: 約0.5%(生草ベース)
  • 窒素供給量: 10〜15kg / 10a

この数値は、一般的な水稲栽培(慣行栽培)で必要とされる基肥(元肥)の窒素量のほぼ全量、あるいはそれ以上をカバーできる量です。つまり、ヘアリーベッチを適切に栽培し、土壌に還元することで、化学肥料の窒素成分を大幅に削減、あるいは「ゼロ」にすることが理論上可能となります。

 

窒素の発現パターンと水稲の生育

ヘアリーベッチ由来の窒素は、有機態窒素として土壌に供給され、微生物による分解(無機化)を経て稲に吸収されます。このプロセスは、化学肥料のように即効性があるわけではありませんが、水稲の生育期間を通してじわじわと効き続ける「緩効性」の特徴を持っています。

 

  1. 初期生育: すき込み後、急速に分解が進み、初期の分げつ期に必要な窒素を供給します。
  2. 中期以降: 分解が緩やかになり、幼穂形成期にかけて地力窒素として作用します。
  3. 倒伏リスクへの配慮: ヘアリーベッチの生育が良すぎる場合、窒素過多となりコシヒカリなどの倒伏しやすい品種ではリスクが高まります。そのため、草丈や生草重を測定し、窒素量が多すぎると判断される場合は、すき込み量を調整するか、減肥率を高める必要があります。

滋賀県の研究データによると、ヘアリーベッチすき込み後の水稲収量は、慣行の化学肥料栽培と比較して同等、あるいはやや増収となるケースが多く報告されています。これは、単なる窒素供給だけでなく、土壌の団粒化促進や微生物多様性の向上といった「土づくり効果」が複合的に作用していると考えられます。

 

滋賀県:ヘアリーベッチを活用した水稲栽培の手引き(詳細な窒素計算式や栽培指針が掲載されています)

ヘアリーベッチ緑肥の播種からすき込み時期の栽培手順

ヘアリーベッチの能力を最大限に引き出し、水稲へのスムーズな移行を行うためには、適切な時期管理と栽培手順が不可欠です。ここでは、秋の播種から春のすき込みまでの具体的なスケジュールと作業のポイントを解説します。

 

栽培カレンダーと作業工程

時期 作業内容 ポイント
10月上旬〜11月上旬 播種 稲刈り後、早めに播種します。寒冷地ほど早めが推奨されます。
11月〜2月 生育・越冬 初期生育で地面を被覆させ、越冬します。排水対策が重要です。
3月〜4月 旺盛な生育 気温上昇とともに急激に生長し、窒素を蓄積します。
4月下旬〜5月上旬 すき込み 田植えの約3週間前に行います。開花期がバイオマス量のピークです。
5月中旬〜下旬 入水・分解 土壌中で微生物による分解を促進させます。
5月下旬〜6月上旬 田植え ガス湧きが収まったのを確認して移植します。

1. 播種のポイント(排水対策が命)

ヘアリーベッチは「湿害」に非常に弱い作物です。水稲の裏作として利用する場合、最も失敗しやすいのが「排水不良による発芽不良・生育不良」です。

 

  • 播種量: 10aあたり3〜4kgが標準です。
  • 排水溝の設置: 額縁明渠田んぼの周囲に溝を掘る)や、弾丸暗渠を施工し、表面水がスムーズに抜けるようにします。
  • 播種方法: 部分耕起播種機などがあればベストですが、ブロードキャスターで散布した後に浅くロータリーをかける(覆土)方法でも可能です。稲わらが残っている場合は、鎮圧して種子を土に密着させることが発芽率向上の鍵です。

2. すき込みの技術(ここが最重要)

水稲栽培への切り替え時、大量の有機物を田んぼに入れる「すき込み」作業は、その後の水管理や田植え精度に直結します。

 

  • フレールモアでの細断: 草丈が伸びすぎている場合、そのままロータリーをかけると耕うん爪に絡まり、作業になりません。まずフレールモアなどで細かく粉砕・裁断します。
  • 耕うん深度: 最初は浅くすき込み、酸素供給を促して好気性発酵を進めます。深く埋め込みすぎると嫌気状態になりやすく、腐敗の原因になります。
  • タイミング: ヘアリーベッチの開花期(紫色の花が咲く頃)が、窒素含有量とバイオマス量のバランスが最も良い時期です。これ以上遅れると、茎が硬化(木質化)し、分解が遅れる原因になります。

農研機構:緑肥利用マニュアル(ヘアリーベッチの特性や栽培法が網羅的に解説されています)

ヘアリーベッチ緑肥の水稲利用でのガス湧きと腐熟の注意点

緑肥利用で最も恐れられるトラブルが、未熟有機物の分解に伴う「ガス害(湧き)」と、それに伴う水稲の根腐れです。
腐熟のプロセスを理解し、適切な対策を講じなければ、逆に減収を招くことになります。

 

危険なガスの正体と発生メカニズム

大量の生の植物体(ヘアリーベッチ)を土壌にすき込み、すぐに入水して酸素を遮断すると、土壌微生物が有機物を分解する過程で急激に酸素を消費し、土壌が強い「還元状態」になります。この時、以下のような有害物質が発生します。

 

  1. 硫化水素: 「腐った卵のような臭い」が特徴。稲の根の呼吸阻害を引き起こし、養分吸収を妨げます。
  2. 有機酸(酢酸・酪酸など): 根の細胞を直接傷つけます。
  3. メタンガス: 温室効果ガスであり、土壌中のボイド(空隙)を作り根の活着を悪くします。

必須の対策:待機期間と水管理

これらのガス害を防ぐための鉄則は、「すき込みから田植えまでの期間(腐熟期間)を十分に確保すること」です。

 

  • 推奨期間: すき込み後、最低でも2週間、できれば3週間以上あけてから田植えを行います。
  • 分解促進のテクニック:
    • すき込み直後に一度軽く入水し、土壌を湿らせてから落水することで、微生物の活動を活発化させます。
    • 石灰窒素の併用:石灰窒素を少量散布してすき込むと、アルカリ分と窒素分が微生物の分解活動を助け、腐熟を早める効果があります(「腐熟促進」効果)。

    浮遊物(ウワカス)問題への対処

    ヘアリーベッチは茎が繊維質であるため、分解が不十分だと入水後の代掻き時に、分解しきれなかった茎や葉が水面に浮き上がってきます。これを「ウワカス」と呼びます。

     

    • デメリット: 田植え機が絡まる、苗が押し倒される、浮いた草が風で吹き寄せられて苗を埋没させる。
    • 対策:
      • 前述の通り、フレールモアで徹底的に細断すること。
      • すき込みから入水までの期間を長く取り、好気的な分解を進めておくこと。
      • どうしても浮く場合は、水管理で一度オーバーフローさせて流し出すか、風下の水口で回収する手間が必要になります。

      農林水産省:環境負荷低減に資する栽培技術集(ガス害対策やすき込み時期の目安が記載されています)

      ヘアリーベッチ緑肥導入による肥料コスト削減と減肥の試算

      農業経営において、肥料コストの削減は喫緊の課題です。ヘアリーベッチ緑肥の導入は、種子代という新たなコストが発生するものの、トータルでのコストバランスはどうなるのでしょうか。ここでは、具体的な数字を用いて減肥による経済効果を試算します。

       

      コスト比較シミュレーション(10aあたり)

      ※価格は市場変動しますが、近年の肥料高騰を考慮した概算値です。

       

      項目 慣行栽培(化学肥料のみ) 緑肥栽培(ヘアリーベッチ) 差額・備考
      種子代 0円 約5,000円〜6,000円 播種量3〜4kg想定
      基肥(一発肥料等) 約8,000円〜10,000円 0円 全量代替可能(状況による)
      追肥(穂肥) 約2,000円 約2,000円 生育状況により必要
      播種労賃 0円 (自家労賃) 散布・覆土の手間増
      施肥労賃 (自家労賃) 0円 基肥散布の手間減
      合計(現金支出) 約10,000円〜12,000円 約7,000円〜8,000円 約3,000円〜4,000円の削減

      隠れた経済的メリット

      上記の直接的なコスト比較に加え、以下のような間接的なメリットも経営に寄与します。

       

      1. 省力化(肥料散布作業の削減): 重い肥料袋(20kg)を背負っての散布作業が不要になります。高齢化が進む現場では、この労働負担軽減は金額以上の価値があります。
      2. 地力増進による減肥の持続性: ヘアリーベッチを継続的に導入することで、土壌の腐植含量が増加し、地力窒素が底上げされます。これにより、長期的には追肥の量も減らせる可能性があります。
      3. ブランド価値の向上: 「緑肥栽培米」「化学肥料不使用(または低減)米」として、高付加価値での販売が可能になります。特別栽培米の要件を満たしやすくなるため、販売単価のアップが期待できます。

      注意点:初期投資とリスク

      種子代は前払いの現金コストとなるため、キャッシュフローには注意が必要です。また、湿害などでヘアリーベッチの生育が失敗した場合、急遽化学肥料を購入しなければならず、二重コストになるリスクもあります。「まずは一部の田んぼから試験導入する」のが賢明なアプローチです。

       

      農林水産省関連資料:肥料コスト低減技術マニュアル(緑肥活用による具体的なコスト削減事例が紹介されています)

      ヘアリーベッチ緑肥による水稲栽培の抑草効果とメカニズム

      ヘアリーベッチは「天然の除草剤」とも呼ばれるほど、強力な抑草(雑草抑制)効果を持っています。この効果は、単に地面を覆う物理的な遮光だけでなく、植物が本来持っている化学的な作用(アレロパシー)によるものです。ここでは、そのメカニズムと実際の効果について解説します。

       

      アレロパシー物質「シアナミド」の発見

      ヘアリーベッチが雑草を抑える主要な要因として、「シアナミド」という物質が関与していることが研究により明らかになっています。

       

      • シアナミドとは: 化学肥料の原料や農薬(石灰窒素の主成分)としても知られる物質ですが、ヘアリーベッチはこれを天然に体内で合成・蓄積しています。
      • 作用機序: ヘアリーベッチが生育中や分解過程でシアナミドを放出し、周辺の植物(特に広葉雑草やイネ科雑草)の発芽や根の伸長を阻害します。
      • 安全性: この天然シアナミドは土壌中で比較的速やかに分解され、尿素やアンモニウム態窒素(肥料成分)に変わります。そのため、田植え時期(すき込みから3週間後)には水稲への阻害作用は消失しており、肥料として活用できるという「都合の良い」特性を持っています。

      物理的な被覆効果(マルチング)

      アレロパシーに加え、圧倒的なバイオマスによる物理的な被覆効果も強力です。

       

      ヘアリーベッチがつるを伸ばして地面を密に覆うことで、太陽光が遮断されます。これにより、春先に発生するホトケノザ、ヒメオドリコソウ、スズメノテッポウなどの冬雑草の発芽・生育をほぼ完璧に抑え込むことができます。

       

      抑草効果の限界と注意点

      しかし、万能ではありません。以下の点には注意が必要です。

       

      1. ヒエへの効果: 入水後に発生する「ヒエ」などの水田雑草に対しては、すき込み後の抑草効果は限定的です。あくまで「田植え前までの雑草を抑える」効果と、「初期生育を旺盛にして稲による被覆を早める」ことによる二次的な抑草効果が主です。
      2. クログワイ・オモダカ: 多年生の難防除雑草(塊茎で増えるもの)に対しては、アレロパシー効果は期待できません。
      3. 播種ムラ: 排水不良などでヘアリーベッチが生えていない場所ができると、そこから雑草が侵入します。均一に発芽させることが、抑草効果を最大化するポイントです。

      農研機構:ヘアリーベッチのアレロパシーによる雑草の制御技術(科学的メカニズムについての詳細な研究成果)

       


      ヘアリーベッチ種子 品種名:ナモイ 20kg原袋 養本社