
植物の貯蔵器官として知られる「塊茎(かいけい)」と「塊根(かいこん)」は、見た目は似ていても、その植物学的な起源と内部構造には決定的な違いがあります。
私たちが普段何気なく口にしているイモ類や、園芸店で見かける球根植物を観察すると、植物が厳しい環境を生き抜くために獲得した「地下茎」と「根」の進化の歴史を垣間見ることができます 。
参考)根茎と塊茎の違い
まず、最も基本的な定義として、塊茎は「地下茎」の一部が肥大化したものであり、塊根は「根」そのものが肥大化したものです 。
参考)イモ類の分類~塊茎?塊根?~ - カコモンズ(旧 Nスタディ…
この違いは、植物の内部構造である維管束(いかんそく)の配列に顕著に表れます。
植物の茎の断面を観察すると、水分を運ぶ木部(もくぶ)と栄養を運ぶ師部(しぶ)がセットになった維管束が、中心から放射状、あるいはリング状に規則正しく並んでいるのが特徴です 。
参考)https://www.ipc.shimane-u.ac.jp/food/kobayasi/experiment%20text_6.pdf
塊茎であるジャガイモの断面にも、この茎特有の構造が見られ、中心部には髄(ずい)と呼ばれる組織が存在します。
一方、根の構造を持つ塊根は、中心に木部が集中しており、その周囲を師部が取り囲む、あるいは木部と師部が交互に並ぶといった、茎とは異なる配置をとっています 。
参考)理科の最強指導法15 −植物編ー 「根・茎のつくり」|塾講師…
この構造的な違いは、植物としての機能にも影響を与えています。
塊茎はあくまで「茎」であるため、表面には葉の痕跡である「節(ふし)」が存在し、そこから規則的に芽を出す能力を持っています 。
参考)用語解説 |「食品衛生の窓」東京都保健医療局
ジャガイモの表面にある「くぼみ」は螺旋状に配置されていますが、これは茎につく葉の並び(葉序)と同じ法則に従っています。
対して塊根は「根」であるため、本来は葉や芽を作る器官ではありません。
サツマイモなどが芽を出す際は、不定芽(ふていが)と呼ばれる、本来の場所ではないところから突発的に作られる芽を利用します 。
参考)https://imoshin.or.jp/wp-content/uploads/sp-encyclopedia-chaper2.pdf
このように、塊茎と塊根は、養分を蓄えるという目的は同じでも、その成り立ちと利用する器官が全く異なっています。
私たちが最も身近に接する塊茎と塊根の代表例といえば、やはりジャガイモとサツマイモでしょう。
これら二つの野菜は、どちらも土の中で育つため混同されがちですが、その肥大のプロセスには大きな違いがあります。
ジャガイモの場合、種芋から伸びた茎の地中部分から、さらに「ストロン(匍匐枝:ほふくし)」と呼ばれる横に這う茎が伸びていきます 。
参考)イモ類の塊根と塊茎の見分け方がわかりません>< - 日に当て…
このストロンの先端部分に養分が蓄積され、風船のように膨らんでできるのが塊茎です。
つまり、ジャガイモは根っこにできているのではなく、土の中に伸びた茎の先に実っているような状態なのです 。
参考)じゃがいもは根っこじゃないってホント?|じゃがいもDiary…
収穫時にジャガイモがポロポロと簡単に取れるのは、細い茎(ストロン)で繋がっているだけだからです。
一方、サツマイモの肥大プロセスはもっと複雑で、根の細胞分裂がカギを握っています。
サツマイモの苗を植え付けると、土に埋まった節から不定根が伸び始めます。
この不定根の中で、特に中心柱の木化(もくか)が遅く、形成層の働きが活発なものが選ばれて塊根へと発達します 。
通常の植物の根は、中心の形成層が細胞分裂をして太くなっていきますが、サツマイモのような塊根では、通常の形成層に加えて、その周囲の組織にも次々と新たな形成層(三次形成層)が作られます。
この特殊な細胞分裂によって、根の内部にデンプンを溜め込む柔組織(じゅうそしき)が爆発的に増え、あの丸々とした形に肥大していくのです 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcs/73/2/73_2_197/_pdf
サツマイモの断面を切ると、年輪のような模様や、不規則な繊維が見えることがありますが、これは次々と作られた形成層と維管束の痕跡です。
このように、ジャガイモは「茎の先端が膨らむ」というシンプルな構造変化であるのに対し、サツマイモは「根の内部組織を作り変える」というダイナミックな細胞レベルの変化を起こしています。
この違いは、栽培時の土寄せの重要性(ジャガイモはストロンを増やすために土寄せが必要)や、植え付け方法(サツマイモは苗を寝かせて不定根を多く出させる)など、実際の農業技術にも直結しています。
植物にとって、塊茎や塊根を作る最大の目的は、厳しい冬や乾季を乗り越えるための「貯蔵」と、次世代を残すための「繁殖」です。
しかし、塊茎と塊根では、その繁殖の戦略、特に「芽」の出し方に大きな違いがあります。
塊茎は茎そのものであるため、最初から次世代のための「芽」が準備されています。
ジャガイモの皮にある「くぼみ」は、植物学的には「節(ノード)」にあたり、そこには休眠した状態の側芽(そくが)が存在しています 。
このため、ジャガイモは収穫してそのまま置いておくだけで、時期が来れば自然と芽が出てきます。
また、一つの塊茎をいくつかに切り分けても、それぞれの破片に「くぼみ(芽)」が含まれていれば、そこから独立した個体として再生することができます。
これは、栄養繁殖(えいようはんしょく)を行う上で非常に効率的なシステムであり、人類がジャガイモを主要な作物として世界中に広めることができた大きな要因の一つです。
対照的に、塊根を持つ植物の多くは、根自体には最初から芽が用意されていません。
サツマイモやダリアの塊根をよく観察しても、ジャガイモのような規則的なくぼみは見当たりません。
塊根から芽を出すには、根の内部組織が分化し直して、新たに「不定芽」を作り出す必要があります 。
参考)https://www.takii.co.jp/tsk/bn/pdf/20040845.pdf
サツマイモの場合、塊根の主に「茎に近い側(頭側)」から芽が出やすいという極性がありますが、これは植物ホルモンの流れによるものです。
また、ダリアなどの園芸植物の場合、塊根そのものには発芽能力がないことが多く、塊根の付け根にある「クラウン(茎の基部)」と呼ばれる部分にしか芽が存在しません 。
参考)【雑談】球根は全部で5種類!肥大化する部分によって呼称が違う…
そのため、ダリアの球根を分ける際には、必ずこのクラウン部分をつけて切り分けないと、いくら立派な塊根を植えても永遠に芽が出ないという悲劇が起こります。
このように、塊茎は「分散して増える」ことに特化した構造をしており、塊根はあくまで「個体の維持とエネルギー供給」を主軸に置きつつ、必要に応じて繁殖にも利用されるという、やや異なる進化の方向性を持っていると言えます。
園芸や家庭菜園を楽しんでいると、正体不明の「球根」に出会うことがあります。
それが塊茎なのか、それとも塊根なのかを見分けることは、その後の管理や植え付け方法を決める上で非常に重要です。
例えば、シクラメンやベゴニア、アネモネなどは塊茎性の植物ですが、ラナンキュラスの一部やダリアは塊根性の植物です 。
参考)なぜ毎年咲く?球根植物の驚くべきメカニズムと生き残り戦略
これらを混同して管理すると、腐らせてしまったり、花が咲かなかったりする原因になります。
最も確実な見分け方は、表面の「質感」と「芽の出方」を観察することです。
塊茎の場合、表面が比較的ツルッとしているか、あるいはコルク質で覆われており、よく見ると同心円状や螺旋状に小さな突起やへこみ(芽の跡)が見つかります。
里芋やこんにゃく芋を想像すると分かりやすいでしょう。これらは親芋の周りに子芋がつくという増え方をしますが、これも茎が枝分かれする性質の表れです 。
一方、塊根の場合は、文字通り「太った根っこ」の形をしています。
一本の太い根から細いヒゲ根が出ている様子や、複数の太い根が束になっている様子(ダリアなど)が見られます。
表面には茎のような規則的な模様はなく、肌質はザラザラとして土を噛んでいることが多いです 。
参考)なんで塊”根”植物っていうの?区別がムズい根と地下茎。ジャガ…
| 特徴 | 塊茎(Tuber) | 塊根(Tuberous Root) |
|---|---|---|
| 表面の様子 | 節(凹みや線)があり、芽が点在する。 | 節はなく、全体的にのっぺりしているか、ヒゲ根がある。 |
| 形 | 丸っこい、または扁平な塊状。 | 長細い紡錘形や、分岐した根の形。 |
| 増やし方 | 芽が含まれるように切り分ける。 | 芽が出る基部(茎との境目)をつけて分ける。 |
| 主な植物 | ジャガイモ、シクラメン、アネモネ、グロキシニア、カラジウム | サツマイモ、ダリア、ラナンキュラス、キャッサバ、トリカブト |
園芸における具体的な注意点として、水やりのタイミングが挙げられます。
塊茎植物の多くは、休眠期に塊茎そのものが乾燥しすぎると干からびてしまいますが、過湿には弱く腐りやすい傾向があります。
特にシクラメンなどの塊茎は、上部のくぼみに水が溜まるとそこから腐敗が進むため、底面給水が推奨されるのです。
一方、塊根植物は、貯水能力が非常に高いため乾燥には強いですが、一度腐り始めると内部の組織がスポンジ状に崩壊しやすい特徴があります。
特に輸入された「コーデックス(塊根植物)」などは、見た目は木のように見えても中身は水分を含んだ塊根や塊茎であるため、日本の多湿な夏や寒すぎる冬に管理を誤ると、一気にジュレ状に溶けてしまうことがあります。
自分の育てている植物が、解剖学的に「茎」なのか「根」なのかを知ることは、その植物の弱点や好む環境を理解する第一歩となるのです。
近年、インテリアプランツとして爆発的な人気を誇る「塊根植物(コーデックス)」の世界では、塊茎と塊根の区別が非常に曖昧で、興味深い現象が起きています。
園芸用語としての「塊根植物」は、根や茎が肥大化して独特のフォルムを持つ植物の総称として使われており、厳密な植物学上の「塊根」だけを指しているわけではありません 。
参考)はじめての塊根植物 - 天気を気にするひとのブロッグ
この曖昧さは、植物の進化における「茎」と「根」の境界線の連続性を示唆しています。
例えば、塊根植物の代名詞とも言える「パキポディウム・グラキリス」。
丸く肥大した愛らしいボディを持っていますが、植物学的に見れば、あの肥大部分は主に「茎」であり、正確には「塊茎」植物、あるいは幹が肥大する「多肉茎(pachycaul)」植物に分類されるべきものです 。
実際に株を抜いてみると、肥大したボディの下から普通の細い根が生えているのが分かります。
しかし、同じパキポディウム属でも「ビスピノーサム」などの種は、地中に巨大なタンクのような器官を持っており、これは正真正銘の「塊根」です。
さらにややこしいことに、多くの塊根植物では、種子から発芽した直後の「胚軸(はいじく)」と呼ばれる部分が肥大します。
胚軸は、茎と根の中間に位置する器官であり、これが肥大したものを茎と呼ぶか根と呼ぶかは、成長後の維管束の配列を見なければ判別できないこともあります 。
参考)https://www.asahi-net.or.jp/~dt4k-ynd/caudex01.htm
なぜ植物たちは、このように茎だか根だか分からないような肥大化を選んだのでしょうか?
それは、乾燥した過酷な環境で生き延びるための究極の生存戦略です。
水分を蓄えるタンクが必要な時、ある植物は茎を太らせ、ある植物は根を太らせ、またある植物は胚軸という中間地点を太らせました。
進化の過程では「生き残れるならどっちでもいい」という実利が優先され、その結果として、私たち人間が分類に頭を悩ませるような多様な形態が生まれたのです 。
参考)https://www.modernliving.jp/green-garden/green/a60313729/caudex-agave-raflum-interview/
塊茎か塊根かという学術的な議論を超えて、そのユニークな姿そのものが、植物のたくましい生命力を物語っています。
もし手元に塊根植物があるなら、その肥大した部分が「土の上にあるか、中にあるか」「トゲや葉の跡があるか」を観察してみてください。
それは、その植物が何万年もかけて選び取ってきた、進化の履歴書なのです。