農業現場において、長年にわたり信頼されている「ストロン」という名称は、主に「2,4-D(2,4-ジクロロフェノキシ酢酸)」を含む除草剤、特に「2,4-D『石原』アミン塩」などを指す通称として定着しています。この除草剤の最大の特徴は、「ホルモン型除草剤」であるという点にあります。
多くの除草剤が光合成を阻害したり、アミノ酸合成を止めたりして植物を枯らすのに対し、ストロン(2,4-D)は植物の生長ホルモンである「オーキシン」の作用を過剰に模倣・撹乱します。これにより、散布された雑草は細胞分裂が異常に促進され、茎や葉がねじれたり(ねじれ現象)、奇形化したりしながら、最終的に植物体全体の代謝機能が崩壊して枯死に至ります。このプロセスは「エピナスティ(屈曲反応)」と呼ばれ、散布翌日には茎が曲がり始めるなど、目に見える効果が比較的早く現れるのが特徴です。
さらに、ストロンは「吸収移行型」の除草剤です。葉や茎から吸収された成分が、維管束を通って根まで移行するため、地上部だけでなく地下部までダメージを与えることができます。これにより、再生力の強い多年生雑草に対しても高い効果を発揮します。
特筆すべきは、その鮮やかな「選択性」です。イネ科植物(水稲、トウモロコシ、芝など)は、この成分を速やかに無毒化する代謝機能を持っていたり、維管束の構造の違いにより成分が殺草作用を示す部位まで到達しにくかったりするため、ほとんど影響を受けません。一方で、広葉雑草(オオバコ、クローバー、タンポポ、アザミなど)は、この成分に対して非常に敏感であり、低濃度でも確実に枯れます。この「イネ科は守り、広葉だけを枯らす」という特性こそが、水稲栽培や芝生管理でストロンが重宝される最大の理由です。
メーカー公式の製品情報ページです。2,4-D「石原」アミン塩の登録内容や特徴が詳細に記載されています。
ストロン(2,4-Dアミン塩)を安全かつ効果的に使用するためには、散布時期と希釈倍率の厳守が不可欠です。特に水稲(稲作)と芝生(ターフ管理)では、使用のタイミングを誤ると作物自体に薬害が出るリスクがあります。
水稲栽培における使い方
水稲に使用する場合、散布のタイミングは極めて限定的です。一般的には「有効分けつ終止期」から「幼穂形成期前」までの間が適期とされています。
また、散布時は田んぼの水を落とす「落水散布」が基本です。雑草の茎葉に直接薬剤を付着させる必要があるため、水があると薬剤が薄まったり、雑草が水没して付着しなかったりするからです。散布後は1〜2日間そのまま放置し、成分を吸収させてから入水します。
芝生(日本芝)における使い方
高麗芝や野芝などの日本芝に対しては非常に安全性が高いですが、西洋芝(ベントグラスやブルーグラスなど)には激しい薬害が出るため絶対に使用してはいけません。
気温との関係
ストロンの効果は気温に大きく左右されます。気温が高いほど(25℃以上)吸収と移行が活発になり、効果が高まります。
逆に、低温時(20℃以下)では効果が出るまでに時間がかかったり、効き目が甘くなったりすることがあります。春先よりも、初夏から夏場にかけての散布が最も効率的です。ただし、真夏の高温時に高濃度で散布すると、日本芝であっても一時的な黄変(薬害)が出ることがあるため、規定の倍率を守ることが重要です。
農林水産省の農薬登録情報に基づく詳細な使用基準です。作物ごとの使用量や時期が確認できます。
ストロンを使用する上で、農業従事者が最も恐れるのが「ドリフト(飛散)による薬害」です。この除草剤は広葉植物に対して極めて微量でも作用するため、周辺の作物に少しでも霧がかかると、壊滅的な被害をもたらす可能性があります。
特に注意が必要な作物
以下の作物は2,4-Dに対する感受性が極めて高く、数百メートル離れていても風に乗って微粒子が届けば被害が出ることがあります。
ドリフト対策の鉄則
「揮発」による見えないドリフト
2,4-Dには「エステル剤」と「アミン塩」がありますが、ストロン(アミン塩)は比較的揮発性が低いタイプです。しかし、かつて多用されたエステル剤は、散布後に成分がガス化して揮発し、周囲の作物を枯らす「蒸気ドリフト」が問題となりました。現在はアミン塩が主流ですが、それでも閉鎖されたハウス内や極端な高温時には、散布面からの揮発成分が影響を与える可能性があるため、ハウス周辺での使用には細心の注意が必要です。
噴霧器の洗浄(重要)
ストロンを使用した後の噴霧器は、「ストロン専用」にするのが理想です。タンクやホースの内側に残留した微量の成分は、水洗い程度では完全に落ちないことがあります。その噴霧器で後に殺虫剤や殺菌剤をトマトや大豆に散布すると、残留成分による薬害が発生します。もし共用せざるを得ない場合は、アルカリ性の洗浄剤や専用のタンククリーナーを使って、何度も念入りに洗浄する必要があります。
除草剤のドリフト問題と対策について詳しく解説されている技術資料です。
多くの除草剤解説ではあまり深く触れられませんが、ストロンの効果を最大化し、かつ環境への負荷を最小限にするためには、「土壌移動性」と「温度依存性」という独自の視点を理解しておく必要があります。
土壌中での移動と残留期間
ストロン(2,4-D)は、土壌吸着性が比較的低く、水に溶けやすい性質を持っています。これは、雨が降ると土壌の下層へ移動しやすいことを意味します。
また、土壌中の微生物による分解が速いのも特徴の一つです。好気的な条件(空気が十分にある畑など)では速やかに分解されますが、嫌気的な条件(水田の還元層など)では分解が遅れる傾向があります。次作に広葉作物を植える場合は、散布から十分な期間(最低でも1ヶ月以上)を空け、土壌混和を行って分解を促進させるなどの配慮が必要です。
温度係数(Q10)の高さ
前述の通り、ストロンは「高温でよく効く」除草剤ですが、これは植物の生理代謝速度に依存しているためです。
難防除雑草へのアプローチ
スギナやギシギシなどの難防除雑草に対しては、単用では根まで枯らしきれないことがあります。この場合、葉からの吸収を助けるために、尿素を少量混入したり、あるいは移行性を高めるために展着剤の濃度を少し上げたりといった工夫が現場では行われています(ただし、登録範囲内の使用に限ります)。
土壌中での農薬の挙動や分解に関する科学的なデータが参照できます。
「ストロン(2,4-D)」と同じく、広葉雑草に効果があるホルモン型除草剤としてよく比較されるのが「ザイトロン(トリクロピル)」です。現場ではどちらを使うべきか迷うことも多いため、その違いを明確に理解しておく必要があります。
成分と作用の強さ
使い分けのポイント
オオバコやタンポポ、アザミなどが主体の場合は、経済的なストロンで十分な効果が得られます。水稲の場面ではストロン(2,4-D)が基本です。
芝生の中にクローバーが蔓延している場合や、ストロンでは枯れきらない雑草が多い場合は、ザイトロンを選択します。ただし、ザイトロンは価格が比較的高めです。
ゴルフ場のターフ管理などでは、両剤を混用(あるいはMCPPを加えた3種混用)することで、殺草スペクトルを広げ、相乗効果を狙うこともあります。しかし、薬害のリスクも高まるため、専門的な知識と事前の試験散布が必要です。
安全性と臭気
ストロン(特に古い製剤やエステル剤)は特有のフェノール臭(薬品臭)が強いものがありましたが、最近のアミン塩製剤は比較的低臭化されています。一方、ザイトロンも臭気はありますが、種類が異なります。住宅地周辺での散布では、効果だけでなく「臭いによる近隣トラブル」も考慮し、散布直後の換気や周知を行うことが、現代の農業従事者には求められるマナーと言えるでしょう。
ザイトロンアミン液剤の特徴や、2,4-Dとの使い分けに関する情報が含まれています。