コーデックスMRL(Codex MRL)は、FAO/WHOの合同国際食品規格委員会(Codex委員会)が各国に勧告する、食品中の農薬の最大残留基準(MRL)です。
数値はmg/kgで示され、農薬ごと・作物ごと(または類似作物のグループ)に設定されます。
農業現場の感覚だと、MRLは「検出されたらアウトの線引き」のように見えがちですが、実務上の意味はもう少し立体的です。MRLは、適正な使用(ラベル遵守)を前提に得られる残留データや、国・地域の食習慣(摂取量)を踏まえた暴露評価の上で、健康影響がない範囲として提案・整理されます。
参考)https://www.mhlw.go.jp/shingi/2003/06/s0627-22b.html
つまり「農薬を使う/使わない」の二択ではなく、「使うならこの条件で、結果としてこの範囲に収める」という管理目標として機能します。
一方で、コーデックスMRLは“国際基準”ではありますが、各国がそのまま採用する義務はありません。実際に、日本の残留農薬基準の考え方では、暫定基準の設定などで参照するものとして「国際基準であるコーデックス基準」や「JMPRの評価資料に基づく諸外国の基準」が挙げられています。
このため、輸出先が複数ある作目ほど、「日本で適法」でも「輸出先では不足(または過剰)な証明」になり得る、というズレが起きます。
コーデックスMRLの理解で外せないのが、ADI(許容一日摂取量)とARfD(急性参照用量)です。
コーデックスMRLは、設定した場合の1日当たり摂取量がADIやARfDを超えないように調整される、と説明されています。
ADIは、動物試験(慢性毒性、発がん性、生殖・発生毒性、遺伝毒性など)の結果から無毒性量を求め、通常は安全係数(例:100=種差10×個人差10)を用いて人へ外挿して設定する、という枠組みで示されています。
ここが重要で、現場の「検出=危険」ではなく、「摂取量(暴露)×毒性の指標で健康影響を見積もる」という発想に立っている点が、MRLの“理屈”です。
また、基準値の原案作成と暴露評価では、作物残留量などのデータからMRL案を作り、食品摂取量と組み合わせた摂取量推計がADIを超えないことを確認する流れが示されています。
農業従事者の実務に落とすなら、残留を減らす工夫(適用作物の遵守、希釈倍率、散布回数、収穫前日数など)を「基準の数字」だけでなく、「摂取量と安全域の設計」に寄せて理解すると、説明や記録の筋が通りやすくなります。
JMPR(FAO/WHO合同残留農薬専門家会議)は、農薬の毒性評価や残留評価など、コーデックスの残留基準設定に関係する科学的評価を担う枠組みとして位置づけられています。
日本の暫定基準の考え方でも、参照する基準の一つとしてJMPR(毒性試験結果などのデータに基づく評価)が明記されています。
現場目線でのポイントは、「コーデックスMRL=政治的に決まる数値」ではなく、「評価に使われるデータの質と量」が根幹にあることです。
言い換えると、同じ有効成分でも、対象作物や使用体系(散布方法、回数、PHIなど)によって残留データの姿が変われば、基準に至る議論も変わります。
輸出を考える生産者や産地は、作物残留試験や評価に必要なデータの整備が、単なる“規制対応コスト”ではなく、「使える農薬の選択肢を広げるための土台」になり得ます。
この論点を理解しておくと、輸出先から「その農薬は基準がない/説明できない」と言われたとき、対策が「使用中止」だけに狭まらず、必要データの確認・準備という方向に展開しやすくなります。
日本の残留農薬基準の設計では、暫定基準を設定する際に参照するものとして、国際基準(コーデックス)、国内の登録保留基準、JMPRで評価に必要とされるデータに基づき基準が設定されている諸外国の基準を用いる、という考え方が示されています。
また、参照し得る諸外国の基準について、米国、EU、豪州、NZ、カナダが挙げられている点も、国際整合性の取り方を考える上で示唆があります。
ここで「あまり知られていない現場の落とし穴」を一つ挙げるなら、MRLの議論は“農薬の危険性そのもの”よりも、“基準を超える可能性がある運用”のほうが問題になりやすいことです。例えば、同じ成分でも作物残留の出方が違う、収穫時期が詰まってPHIが取りにくい、混用や散布計画で回数が増える、といった事情が重なると、基準の数字の大小より先に「遵守の設計」が破綻します。
その結果として、出荷前検査・ロット管理・記録の精度が要求され、産地全体の信用(取引条件)に影響することがあります。
対策を“現場の手順”に落とすと、次のような整理が実務的です。
(残留基準の考え方:参照基準、ADI、安全係数、MRL案作成と暴露評価の枠組みがまとまっている)
https://www.mhlw.go.jp/shingi/2003/06/s0627-22b.html