南米やアフリカ、東南アジアの国々を旅すると、市場や食卓でよく出る食材が「キャッサバ」。
日本ではタピオカミルクティーの原料として知られていますが、原産地の南米や、主要な生産地であるアフリカ諸国では、主食として愛されています。
朝食には茹でてシンプルな塩味やバターで、昼食には肉料理の付け合わせとして揚げたものを、そして夕食には粉末状に加工したものを練り上げた伝統料理として登場します。その食感は調理法によって変幻自在。ジャガイモのようなホクホク感から、餅のような強烈な粘り気まで、非常に幅広いテクスチャーを持っています。
その反面「シアン化合物」という天然の毒素が含まれていることを忘れてはいけません。現地の人々は、長年の知恵と技術によって、安全に除去する「毒抜き」のプロセスを確立。この毒抜きが、キャッサバを安全に美味しく食べるための最初にして最大の関門であり、現地の食文化を理解する上で欠かせない要素となっています。
日本ではまだ馴染みの薄い「現地のリアルなキャッサバの食べ方」に焦点を当て、その下処理の方法から、家庭でも再現可能なレシピ、そして現地の生活に根付いた意外な活用法までを徹底的に解説していきます。
キャッサバを食べる上で絶対に避けて通れないのが「毒抜き」の工程です。キャッサバにはリナマリンやロタウストラリンといったシアン配糖体が含まれており、これらが体内で分解されると有毒な青酸(シアン化水素)を発生させます。現地では、品種の違いによって処理方法を厳格に使い分けています。

まず、キャッサバには大きく分けて「甘味種(Sweet Cassava)」と「苦味種(Bitter Cassava)」の2種類が存在します。
甘味種の下処理は、家庭のキッチンでも十分に行えます。現地の人々が行う基本的な手順は以下の通りです。
農林水産省の資料によると、キャッサバに含まれるシアン化合物は適切な処理を行わない場合、めまい、嘔吐、最悪の場合は呼吸困難を引き起こす可能性があります。
キャッサバのシアン化合物について(食品安全委員会)
https://www.fsc.go.jp/sonota/factsheets/cassava.pdf
苦味種に関しては、より複雑な工程が必要です。すりおろして絞り袋に入れ、重石をして数日間発酵させながら毒素を含む水分を完全に絞り出す方法や、天日で数日間乾燥させて毒素を揮発させる方法などがとられます。これは「ガリ(Garri)」などの加工食品を作る際の伝統的な手法であり、一般家庭で生芋から行うにはリスクが高いため推奨されません。私たちが手に入れる際は、すでに毒抜き処理が済んでいる冷凍品や加工品を選ぶのが賢明でしょう。

世界中のキャッサバ消費地で、最も親しまれ、かつ観光客にも人気が高い食べ方が「キャッサバフライ(Fried Cassava / Yuca Frita)」です。ブラジルやペルーなどの南米諸国では、バーやレストランの定番おつまみとして、フライドポテト以上の人気を誇ります。
現地のキャッサバフライがなぜこれほどまでに愛されるのか、その理由は独特の食感にあります。外側はカリカリとクリスピーでありながら、内側は繊維質がホクホクとしており、同時にタピオカ特有のモチモチ感も併せ持っています。「カリッ、ホクッ、モチッ」の三重奏は、ジャガイモでは再現できないキャッサバだけの特権です。
現地の本格的な揚げ物レシピ(マンジオッカ・フリッタ風)
現地では、これに特製のソースを添えるのが一般的です。例えば、ペルーでは「ワンカイナソース(黄色い唐辛子とチーズのクリーミーなソース)」をつけたり、ブラジルではシンプルにニンニクのみじん切りを一緒に揚げて香りをつけたりします。
意外なアレンジとして、「キャッサバチップス」もポピュラーです。こちらは茹でずに、生のキャッサバをスライサーで極薄にスライスし、水にさらしてデンプンを落としてから低温でじっくり揚げます。日本の堅あげポテトチップスよりもさらにハードな食感で、噛めば噛むほど芋の甘みが広がります。おやつとしてだけでなく、砕いてサラダのトッピングにするなど、料理のアクセントとしても活用されています。

揚げ物が「動」の料理だとすれば、茹で料理はキャッサバの素材そのものの優しさを味わう「静」の料理と言えるでしょう。特にアフリカ諸国やフィリピンなどの東南アジアの一部では、主食としてシンプルに茹でたキャッサバが好まれます。
茹でたキャッサバの味は、サツマイモとジャガイモの中間のような、ほのかな甘みを持っています。栗のような香ばしい風味を感じることもあります。食感は品種や茹で時間によりますが、ねっとりとした里芋に近い部分と、繊維がほぐれるジャガイモのような部分が混在しています。
現地の茹でキャッサバ料理のバリエーション
フィリピンやタイなどで見られるデザート兼軽食です。一口大に切ったキャッサバをココナッツミルクと砂糖で柔らかくなるまで煮込みます。とろみが出たココナッツソースがキャッサバの繊維に絡みつき、温かくても冷やしても美味しい一品です。現地では、さらにタピオカパールやジャックフルーツを加えることもあります。
西アフリカの食卓に欠かせない「フフ」は、茹でたキャッサバとプランテン(調理用バナナ)やヤムイモを臼に入れ、杵で餅のようになるまで搗(つ)いて作ります。日本の餅よりも柔らかく、滑らかな弾力があります。これ自体には味付けをせず、オクラのスープやピーナッツスープ、辛味の効いたトマトシチューなどに浸し、手でちぎって飲み込むようにして食べます。フフを作る作業は重労働ですが、家族の絆を深める大切な時間でもあります。
ブラジル北東部では、茹でたキャッサバ(現地ではマカシェイラと呼びます)にたっぷりのバターや「ボトルバター(Manteiga de garrafa)」と呼ばれる液状の精製バターをかけて朝食にします。熱々のキャッサバに濃厚なバターが染み込み、シンプルながらも腹持ちの良い、エネルギーチャージに最適なメニューです。干し肉(シャルケ)と一緒に煮込むこともあります。
意外な情報として、茹でたキャッサバは「冷めると硬くなる」という性質があります。これはデンプン(アミロペクチン)の特性によるもので、一度冷めるとゴムのように硬くなってしまいます。そのため、現地では必ず「出来立て熱々」を提供することが鉄則です。もし冷めてしまった場合は、電子レンジで温め直すか、リメイクとして揚げ物に転用するのが現地の知恵です。
また、茹で汁には微量の毒素や雑味が溶け出しているため、スープベースとして再利用することは避けるのが一般的です。常に新しい水やブイヨンを使って味付けを行うことが、美味しく安全に食べるポイントです。

キャッサバというと芋(塊根)の部分ばかりに注目が集まりますが、現地、特にアフリカやインドネシアなどの一部地域では、「キャッサバの葉(Cassava Leaves)」も立派な野菜として食べられています。これは日本ではほとんど知られていない独自視点の情報です。
キャッサバの葉は、栄養価が非常に高いことで知られています。芋部分が炭水化物の塊であるのに対し、葉には豊富なタンパク質、ビタミンA、ビタミンC、鉄分が含まれており、現地の栄養バランスを支える重要な緑黄色野菜としての役割を果たしています。見た目はモロヘイヤやほうれん草に似ていますが、繊維がしっかりとしています。
葉にも必要な毒抜き処理
芋と同様に、葉にもシアン化合物が含まれているため、生食は厳禁です。現地では以下のような入念な下処理が行われます。
代表的な料理:サカサカ(Saka-Saka)やポンドゥ(Pondu)
コンゴや中央アフリカ周辺で愛されている「サカサカ(別名ポンドゥ)」は、キャッサバの葉を使った代表的なシチューです。すり潰したキャッサバの葉を、パーム油、玉ねぎ、ナス、干し魚、ピーナッツペーストなどと一緒に長時間煮込みます。見た目は濃い緑色のペースト状で、一見すると泥のようにも見えますが、味は非常に奥深いです。パーム油のコクと魚の出汁、そしてキャッサバの葉特有のほろ苦さと旨味が混ざり合い、ご飯やフフが止まらなくなる「ご飯泥棒」な料理です。
インドネシアのパダン料理では、キャッサバの葉を茹でてココナッツミルクで煮たカレー風味の料理(グライ・ダウン・シンコン)が定番です。こちらは葉の形を残したまま調理されることが多く、シャキシャキとした歯ごたえを楽しむことができます。
日本では生のキャッサバの葉を入手することは検疫の関係で不可能に近いですが、一部の輸入食材店やエスニックショップでは、乾燥させた葉や、冷凍のペースト状になった「ポンドゥ」が販売されています。もし見かけることがあれば、芋とは全く違う「もう一つのキャッサバの味」に挑戦してみてはいかがでしょうか。

食事としてだけでなく、キャッサバはスイーツとしても現地の人々を魅了しています。タピオカ粉を使ったスイーツは日本でも有名ですが、ここでは「芋そのもの」を使った現地の伝統的なお菓子を紹介します。
フィリピンの「キャッサバケーキ(Cassava Cake)」
フィリピンの家庭やお祝い事で必ずと言っていいほど登場するのがキャッサバケーキです。これは、すりおろした生のキャッサバ(または冷凍のすりおろし)に、ココナッツミルク、コンデンスミルク、卵、バター、砂糖を混ぜてオーブンで焼き上げたものです。
タイの「チュ・アム(Chuam)」
タイの屋台スイーツとして見かけるのが、キャッサバのシロップ煮です。一口大に切ったキャッサバを、砂糖水で透き通るような飴色になるまでじっくりと煮詰めます。仕上げに少し塩気の効いたココナッツクリームをとろりとかけて食べます。
シンプルですが、キャッサバの繊維の間にシロップが染み込み、ねっとりとした食感が際立ちます。ココナッツクリームの塩気が甘さを引き立て、暑いタイの気候でもペロリと食べられる一品です。
ブラジルの「ボーロ・デ・アイピン(Bolo de Aipim)」
ブラジルでもキャッサバ(アイピン)を使ったケーキはポピュラーです。フィリピンのものと似ていますが、ブラジルではすりおろしたココナッツ(ココ・ララード)をたっぷりと生地に練り込むのが特徴です。コーヒー文化が根付くブラジルでは、濃いめのカフェジーニョ(エスプレッソのようなコーヒー)のお供として、午後のおやつタイムに愛されています。
これらのスイーツに共通するのは、小麦粉(グルテン)をほとんど使わないため、自然と「グルテンフリー」になっている点です。現代の健康志向の高まりとともに、現地の伝統的なキャッサバ・スイーツが、アレルギーを持つ人々や健康意識の高い層から再評価されています。キャッサバ自体は炭水化物量が多いですが、腹持ちが非常に良いため、少量でも満足感が得られるのもスイーツとしての利点と言えるでしょう。