
小麦粉の代わりにキャッサバを使ってパンを作る場合、最も一般的で失敗が少ないのは、ブラジルの国民食「ポン・デ・ケージョ(Pão de queijo)」の技法を応用したレシピです。小麦粉で作るパンとは異なり、イースト菌による長時間の発酵を必要とせず、キャッサバ粉特有の性質を利用して膨らませるのが特徴です。ここでは、初心者でも作りやすい基本的なレシピと手順を詳しく解説します。
【基本の材料(直径4cm 約15個分)】

ポルビージョ アゼード 500g キャッサバ 芋 粉 苦味 ポンデケージョ POLVILHO AZEDO
【作り方の手順】
小鍋に牛乳、オリーブオイル、塩を入れ、中火にかけます。ここで重要なのは、沸騰直前までしっかりと温めることです。鍋の縁がフツフツとしてくるまで加熱してください。この熱々の液体を粉に混ぜることで、キャッサバ粉のデンプンを「糊化(こか)」させ、モチモチとした弾力を生み出します。
ボウルにキャッサバ粉を入れ、1で温めた液体を一気に注ぎ入れます。ヘラを使って手早く混ぜ合わせましょう。最初はポロポロとした状態になりますが、熱湯の効果でデンプンが粘り気を帯びてきます。この段階では生地が非常に熱いので、火傷に注意しながら全体に水分を行き渡らせてください。
生地の粗熱が取れて手で触れる温度になったら、溶き卵を2~3回に分けて加え、その都度よく練り込みます。卵が入ることで生地が滑らかになります。続いて粉チーズを加え、全体が均一になるまでしっかりと捏ねます。耳たぶくらいの柔らかさになればベストです。もし生地が硬すぎる場合は牛乳(分量外)を少量足し、逆にベタつきすぎる場合は粉を足して調整してください。
手に薄く油(分量外)を塗り、生地をピンポン玉サイズに丸めます。オーブンシートを敷いた天板に間隔を空けて並べましょう。焼くと一回り大きく膨らむため、隣同士がくっつかないように注意が必要です。
200℃に予熱したオーブンに入れ、約20分~25分焼きます。表面にうっすらと焼き色がつき、ひび割れができたら完成のサインです。
このレシピのポイントは、最初の工程でしっかりと熱を加えることです。小麦粉のグルテンがない分、デンプンの粘りがパンの骨格となります。この工程を丁寧に行うことで、冷めても萎みにくいしっかりとしたパンが焼き上がります。
参考)もちもち食感 基本のポンデケージョ レシピ&作り方|ブラジル…

小麦粉の代わりにキャッサバを使う最大のメリットは、その独特な食感にあります。小麦粉で作るパンがグルテンの網目構造によって「ふわふわ」とした食感を生み出すのに対し、キャッサバ粉(タピオカ粉)はデンプンの保水力によって「モチもち」「ぷるぷる」とした食感を作り出します。この違いを理解し、最大限に活かすためのコツを深掘りします。
1. デンプンの「糊化(こか)」と「老化(ろうか)」を理解する
キャッサバ粉の主成分はデンプンです。デンプンは水と一緒に加熱すると水を吸って膨張し、粘りが出ます。これを「糊化」と呼びます。お米を炊くと柔らかくなるのと同じ原理です。キャッサバパンを作る際、手順の中で「沸騰した牛乳を加える」のは、この糊化を強制的に起こすためです。
一方で、冷めるとデンプンから水分が抜け、硬くなる現象を「老化」と言います。キャッサバパンは小麦粉のパンよりもこの老化が早く進む傾向があります。モチモチ食感を維持するためには、油脂(オイルやチーズの脂肪分)をしっかりと生地に練り込み、水分の蒸発を防ぐことが重要です。
2. 水分量の黄金比を見極める
小麦粉は製品ごとの吸水率の差が比較的少ないですが、キャッサバ粉はメーカーや粒子の細かさによって吸水率が大きく異なります。レシピ通りに作っても「ドロドロになってまとまらない」あるいは「ボソボソして固まらない」ということが頻繁に起こります。
モチモチ食感を出すためのコツは、「少し緩めの生地」を目指すことです。手に少しつくくらいの水分量を保つことで、焼き上がった時に中が空洞にならず、しっとりとしたクラム(中身)になります。水分が少なすぎると、おせんべいのようにガリガリとした食感になってしまいます。
3. 焼き時間の調整
モチモチ感を残すためには、焼きすぎないことも大切です。高温短時間で一気に焼き上げ、表面はカリッとさせつつ、内部の水分を飛ばしすぎないようにします。200℃以上の高温で焼き固めるのが理想的です。低温で長く焼くと、水分が抜けてしまい、ゴムのような硬い食感になってしまうので注意しましょう。
小麦粉にはないこの「強い弾力」は、日本人好みの食感でもあります。特に焼きたての瞬間は、お餅とパンの中間のような不思議な美味しさが楽しめます。グルテンフリーでありながら、これほどの満足感を得られるのはキャッサバ粉ならではの魅力と言えるでしょう。
参考)ポン・デ・ケージョ(ブラジル発)タピオカ粉使用のもちもちチー…

「小麦粉の代わりにキャッサバを使ってパンを焼いたけれど、岩のように硬くなってしまった」「全然膨らまず、ペチャンコになった」。これらはキャッサバパン作りでよくある失敗談です。小麦粉のパンとは膨らむメカニズムが根本的に異なるため、失敗の原因も独特です。ここでは、よくある失敗パターンとその具体的な対策を解説します。
失敗パターン①:カチカチに硬くなる(石のようなパン)
キャッサバ粉の粒子に十分な水分が行き渡らず、加熱によるデンプンの変化が不完全な場合に起こります。また、生地を作ってから焼くまでの時間が空きすぎて乾燥してしまった場合も硬くなります。
失敗パターン②:膨らまない・中身が詰まっている
キャッサバパンが膨らむのは、生地に含まれる水分が蒸発しようとする力と、デンプンの膜がそれを閉じ込めようとする力のバランスによるものです。生地が伸びる力(伸展性)がないと、蒸気の圧力に負けて破裂したり、膨らまずに固まったりします。
失敗パターン③:冷めるとすぐに縮む
外側は焼けていても、内部の水分が多すぎると、オーブンから出した瞬間に蒸気が抜けてしぼんでしまいます。シュークリームの皮がしぼむのと同じ原理です。
小麦粉のパン作りで重要な「グルテン膜の形成」や「イーストの発酵見極め」といった技術が不要な分、キャッサバパンは「温度管理」と「水分調整」が成功のすべてを握っています。この2点さえ押さえれば、実は小麦粉のパンよりも短時間で簡単に作ることができるのです。
参考)グルテンフリーで簡単!ポンデケージョの作り方&お酒との相性を…
「小麦粉の代わりにキャッサバ粉を使う」と言っても、実はブラジルや南米の専門店では、キャッサバ粉(タピオカスターチ)は明確に2種類に使い分けられています。日本の一般的なスーパーで売られている「タピオカ粉」は1種類であることが多いですが、本場の食感を再現するため、また「なぜか膨らまない」という悩みを解決するためには、この「アゼード(Azedo)」と「ドーセ(Doce)」の違いを知ることが決定的に重要です。これは検索上位の記事でもあまり詳しく触れられていない、パン作りの核心部分です。
1. ポルヴィーリョ・ドーセ(Polvilho Doce)=「甘い」粉
2. ポルヴィーリョ・アゼード(Polvilho Azedo)=「酸っぱい」粉
【プロが教える最強のブレンド】
小麦粉の代用として理想的なパンを作るなら、「ドーセ」と「アゼード」をブレンドして使うのが正解です。
この割合で混ぜると、ドーセの「モチモチ感」とアゼードの「膨らみと軽い食感」の両方をいいとこ取りできます。「レシピ通りに作ったのに、店のような軽い食感にならない」「重たい餅のようになってしまう」という方は、ぜひ輸入食品店や通販で「ポルヴィーリョ・アゼード」を入手し、いつものタピオカ粉(ドーセ)に半分混ぜてみてください。劇的な変化に驚くはずです。
小麦粉の世界で「強力粉」と「薄力粉」を使い分けるように、キャッサバの世界でもこの2つを理解することで、パン作りのレベルが格段に上がります。特にアゼードは、グルテンフリーパンの「重たくなる」という欠点を解消してくれる魔法の粉と言えるでしょう。
参考)【ポン・デ・ケージョの本格レシピ】2種のタピオカ粉を使い分け…
小麦粉の代わりにキャッサバを使ったパンは、その淡白な味わいと独特の食感から、様々なアレンジが可能です。また、一度にたくさん作って保存しておくことで、忙しい朝のグルテンフリー朝食としても重宝します。ここでは、チーズ以外のバリエーションと、美味しさを保つ保存テクニックを紹介します。
飽きない美味しさ!おすすめアレンジ
基本のチーズ味以外にも、以下のような具材を練り込むことでバリエーションが広がります。小麦粉の生地よりも具材の風味がダイレクトに感じられるのが特徴です。
生地に黒ゴマをたっぷりと練り込み、角切りにしてレンジで加熱したさつまいもを混ぜ込みます。キャッサバのモチモチ感とさつまいもの甘みがマッチし、和菓子のような優しい味わいのパンになります。
刻んだベーコンと乾燥オレガノを加えると、イタリアン風のおつまみパンに変身します。ビールやワインのお供に最適です。
粉チーズの量を減らし、抹茶パウダーとホワイトチョコチップを加えると、スイーツ系のパンになります。キャッサバの食感は「ポン・デ・リング」のようなドーナツに近い感覚でも楽しめるため、甘いアレンジとも相性抜群です。
美味しさをキープする保存方法
キャッサバパンは冷めると硬くなりやすいため、保存には少しコツがいります。
焼いてから時間が経つと、デンプンの老化が進み、急激に硬くなります。翌日食べる場合でも、常温放置は避けましょう。
焼き上がったパンの粗熱が取れたら、すぐに一つずつラップに包み、ジッパー付き保存袋に入れて冷凍します。これで約2週間~1ヶ月は美味しさを保てます。
さらに便利なのが「焼く前の成形状態で冷凍する」方法です。丸めた生地をバットに並べて凍らせ、凍ったら袋にまとめます。食べたい時に凍ったままオーブンに入れ、焼き時間を数分長めにするだけで、いつでも焼きたてのモチモチ食感が楽しめます。現地のブラジル家庭ではこの方法が一般的です。
復活させる温め方
冷凍した焼き済みパンを食べる際は、電子レンジで20秒~30秒ほど軽く温めた後、トースターで2~3分焼くのがおすすめです。レンジで内部をモチモチに戻し、トースターで表面をカリッとさせる「ダブル加熱」を行うことで、焼きたてに近い食感を再現できます。
小麦粉を使わないパン作りは、アレルギー対策や健康志向だけでなく、新しい食感の発見という楽しみがあります。キャッサバ粉の特性を理解し、上手な保存方法を取り入れることで、毎日の食卓にグルテンフリーの豊かさをプラスしてみてはいかがでしょうか。