つる割病は、ウリ科野菜(キュウリ、メロン、スイカ)やサツマイモなどに壊滅的な被害をもたらす土壌伝染性の病害です。この病気の恐ろしい点は、収穫間際になって突然、株全体が枯れてしまう「青枯れ」症状を引き起こすことにあります。初期段階での発見は非常に困難ですが、注意深く観察することで特有のサインを見逃さないことが重要です。
最も特徴的な初期症状は、「日中だけ萎れ、夕方や夜間には回復する」という現象の繰り返しです。これは、病原菌が植物の水分を運ぶパイプラインである「導管」に侵入し、繁殖することで水の吸い上げを阻害するために起こります。晴天の日中、蒸散活動が活発になると水分の供給が追いつかずに萎れますが、夜間は蒸散が収まるため一時的にシャキッと戻ったように見えるのです。この段階で「単なる水不足かな?」と誤認して水やりを増やしてしまうと、湿潤環境を好む病原菌の活動をさらに助長してしまうことになります。
参考)つる割病|症状の見分け方・発生原因と防除方法
症状が進行すると、地際(じぎわ)の茎に変化が現れます。茎の縦方向に亀裂が入り、そこからヤニ(琥珀色のゴム状物質)が滲み出してきます。さらに症状が進むと、茎の裂け目に白いカビ(胞子の塊)や、場合によっては鮭肉色(薄いピンク色)のカビが発生することもあります。最終的には株全体が黄化し、完全に枯死してしまいます。
参考)【第10回】茎がしおれた、茎の色が変わり枯れてしまった|こん…
現場で判断に迷うのが、症状が酷似している「青枯病(あおがれびょう)」との判別です。両者は以下の方法で簡易的に見分けることができます。
また、サツマイモのつる割病においては、茎が裂ける症状に加えて、茎の維管束が暗褐色に変色するのが特徴です。抵抗性品種(例:紅はるか、コガネタイガンなど)と感受性品種(例:ベニアズマ)によっても発病のリスクは大きく異なります。自分の育てている品種の特性を把握し、わずかな異変も見逃さない観察眼を持つことが、被害拡大を防ぐ第一歩となります。
参考)(研究成果)多収でサツマイモ基腐病など複数の土壌病害虫に対す…
つる割病を引き起こす犯人は、「フザリウム・オキシスポラム(Fusarium oxysporum)」という糸状菌(カビの一種)です。この菌は非常に多くの種類(分化型)に分かれており、例えば「キュウリつる割病菌」はキュウリだけを、「メロンつる割病菌」はメロンだけを攻撃するという強い「寄主特異性」を持っています。つまり、隣の畑のトマトが萎凋病(同じフザリウム菌による病気)にかかっていても、それが直接キュウリに感染するわけではありません。しかし、同じウリ科作物間では共通して感染する場合もあるため、注意が必要です。
フザリウム菌の生態で最も特筆すべきは、その驚異的な生存能力です。多くの病原菌は、寄主となる植物がいなくなると数年で死滅しますが、フザリウム菌は不利な環境になると「厚膜胞子(こうまくほうし)」という耐久体を作り出します。この厚膜胞子は、殻が厚く、乾燥や低温、薬剤に対して極めて強い耐性を持っており、土壌中で10年以上も生存できると言われています。これが「一度発生すると、畑を変えない限り毎年発生する」と言われる所以であり、連作障害の主たる原因となっています。
参考)つる割病|KINCHO園芸
感染のメカニズムは以下の通りです。
参考)https://tuat.repo.nii.ac.jp/record/2000108/files/202403ChenSarina_F.pdf
さらに、この菌は酸性土壌(pHが低い状態)や、砂質土壌、そしてチッ素過多の環境を好みます。特に未熟な有機物(完熟していない堆肥など)を施用すると、土中でガスが発生して根を傷めたり、腐生的なフザリウム菌が増殖しやすい環境を作ったりしてしまいます。土壌のpHバランスが崩れ、根が健全に育っていない環境こそが、つる割病菌にとっての最高の住処となるのです。
農業現場でしばしば見落とされがちなのが、土壌中の害虫「ネコブセンチュウ」とつる割病の「複合感染(複合病害)」です。これらは単独でも被害をもたらしますが、同時に発生することで被害が劇的に悪化する「相乗効果」を引き起こします。
参考)https://www.takii.co.jp/tsk/saizensen_web/cultivation/sentyu_2021/
ネコブセンチュウは、植物の根に寄生してコブを作り、栄養を収奪する微小な害虫です。しかし、つる割病との関係でより深刻なのは、センチュウが根に侵入する際に作る「傷」です。前述の通り、つる割病菌(フザリウム菌)は自力で健全な根の表皮を突き破って侵入する力はそれほど強くありません。主に傷口からの侵入を狙っています。
ここにネコブセンチュウが存在すると、以下のような悪循環(デス・スパイラル)が発生します。
研究や現場の報告では、センチュウと菌が同時感染した場合、それぞれの単独被害の合計よりもはるかに激しい被害が出ることが確認されています。したがって、つる割病対策を考える際は、単に殺菌剤を撒くだけでは不十分なケースが多々あります。土壌検査を行い、もしセンチュウ密度が高いようであれば、殺菌と同時に殺線虫剤(例:ネマトリンエースやDD剤など)の使用や、対抗植物(クロタラリアやマリーゴールド)の導入を検討しなければなりません。
参考)連作障害はなぜ起こる?その原因と対策方法について解説
「つる割病の薬を撒いているのに効かない」という場合は、背後にセンチュウが潜んでいる可能性を強く疑うべきです。
一度土壌に定着したフザリウム菌を根絶するのは容易ではありませんが、物理的防除と化学的防除を組み合わせることで、被害を実用レベルまで抑え込むことは可能です。その中でも、環境負荷が少なく効果が高い方法として「太陽熱土壌消毒」が推奨されます。
参考)https://www.takii.co.jp/tsk/bugs/acu/disease/turuware/
太陽熱消毒は、夏の高温期(7月~8月)を利用して、地温を上昇させ、熱に弱い病原菌やセンチュウ、雑草の種子を死滅させる技術です。成功の鍵は「水分」「密閉」「期間」の3点です。
参考)太陽熱消毒(養生処理)マニュアル
参考)https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/files/yonetsu_plus_jissen_manual.pdf
化学的防除(薬剤)においては、予防と初期治療が重要です。
参考)https://www.nipponkayaku.co.jp/media/pdf/agro/pc/products/pdf/42_doublestopper_leaflet.pdf
ここまでは一般的な防除法を紹介しましたが、検索上位の記事ではあまり深く触れられていない、しかし効果的な「生物学的アプローチ」を紹介します。それは、「カニ殻(キチン質)」を活用した土壌改良です。
参考)434放線菌は糸状菌をやっつける
なぜカニ殻がつる割病に効くのでしょうか?その秘密は、病原菌であるフザリウム菌の細胞壁の構造にあります。フザリウム菌などの糸状菌の細胞壁は、主に「キチン質」で構成されています。一方、カニやエビの殻も豊富なキチン質を含んでいます。
畑にカニ殻粉末などのキチン質肥料を施用すると、土壌中でこのキチンをエサとする微生物が大繁殖します。その代表格が「放線菌(ほうせんきん)」です。放線菌はキチンを分解するために「キチナーゼ」という酵素を分泌します。
つまり、カニ殻をまくことは、フザリウム菌の「天敵」である放線菌を養殖し、彼らに病原菌を攻撃させるという、非常に理にかなった生物農薬的な戦略なのです。
参考)カニガラ肥料の驚きの効果!使用量の目安?ペレットがおすすめ!…
導入のポイント。
また、カニ殻に含まれるキチン質は、植物自身の防御機能(キチン受容体)を刺激し、病気に対する免疫力を高める「エリシター効果」も期待できます。化学農薬だけに頼りたくない、あるいは連作障害で土が疲弊していると感じている農家にとって、この「海の恵み」を利用した土作りは、試す価値のある強力な一手となるはずです。
つる割病は、一度発生すると厄介な病気ですが、「菌の寿命」「侵入ルート」「天敵微生物」という3つの視点を持つことで、多角的な対策が可能になります。太陽熱でリセットし、接ぎ木で守り、カニ殻で攻める。これらを組み合わせた総合防除(IPM)こそが、収穫の喜びを守る最強の盾となるでしょう。