炭酸水素カリウム(化学式: KHCO₃)は、水に溶かすとpH8.5前後の弱アルカリ性を示す物質です 。この性質が、農業分野、特に病害防除において重要な役割を果たします。うどんこ病菌などの糸状菌(カビ)は、一般的に弱酸性の環境を好んで繁殖します。そこに弱アルカリ性の炭酸水素カリウム水溶液を散布することで、菌の生育環境をアルカリ性に傾け、活動を阻害するのです。
しかし、その効果は単なるpHの変化だけではありません。より直接的な殺菌メカニズムとして、以下の2つの作用が大きく関与しています。
このように、炭酸水素カリウムはpHによる静菌作用と、浸透圧・イオンによる直接的な殺菌作用を併せ持つことで、うどんこ病などに対して高い防除効果を示すのです。
うどんこ病菌の生態や防除法について、より専門的な情報は以下のリンクが参考になります。
炭酸水素カリウムは、その安全性の高さから有機JAS(日本農林規格)において使用が認められている特定農薬の一つです 。これは、環境や人体への負荷が少なく、化学合成農薬に頼らない農業を目指す生産者にとって大きなメリットとなります。
その主な効果は、うどんこ病、さび病、灰色かび病といった糸状菌による病害の防除です 。特にうどんこ病に対しては、発病初期に散布することで劇的な効果が報告されています。ある事例では、罹病葉率が80%だったものが、散布後に12%まで抑制されたという結果も出ています 。
参考)https://www.greenjapan.co.jp/karigrin_s.htm
炭酸水素カリウム製剤(例:カリグリーン)の防除効果を最大限に引き出すためのポイントは以下の通りです。
収穫前日まで使用できる安全性の高さも魅力であり 、予防的な化学農薬と治療的な炭酸水素カリウムを組み合わせるIPM(総合的病害虫管理)体系にも組み込みやすい資材と言えるでしょう。
炭酸水素カリウムの効果を高める上で、展着剤の適切な使用は非常に重要です。展着剤は、散布した薬液が作物の葉の表面で弾かれることなく、濡れ広がり、付着しやすくする役割を担います。これにより、有効成分が病原菌にしっかりと接触し、効果を安定させることができます。
展着剤選びの注意点
展着剤には様々な種類がありますが、炭酸水素カリウムと組み合わせて使用する際には注意が必要です。
効果的な散布回数と間隔
炭酸水素カリウムの散布は、1回で終わらせるのではなく、計画的に行うことが防除成功の鍵です。
基本的には、5〜7日間隔で3回程度の連続散布が推奨されています 。
これは、一度の散布で叩ききれなかった菌や、新たに飛来した胞子からの二次感染を防ぐためです。特にうどんこ病は繁殖が速いため、定期的な散布で菌の密度を常に低いレベルに抑え込むことが重要となります。
炭酸水素カリウムは、農薬としての利用だけでなく、養液栽培におけるpH調整剤としても非常に有用な資材です。これは、他のアルカリ資材と比較して、植物栽培において有利な特性を持っているためです。
養液栽培、特に循環式のシステムでは、植物が肥料成分を吸収する過程で、養液のpHが徐々に上昇(アルカリ化)する傾向があります 。しかし、時には根から放出される酸によってpHが低下することもあり、作物の健全な生育に最適なpH範囲(一般的に5.5〜6.5)を維持するためには、定期的な調整が不可欠です 。
参考)養液栽培やるなら、まず最初に読むやつ【EC/pH・基礎】
多くの場面でpHを下げるための「pHダウン剤(硝酸やリン酸など)」が使われますが 、pHを安全に上げたい場合に炭酸水素カリウムが活躍します。
参考)水耕栽培における最適な環境を整えるためのpHやECについて解…
ただし、養液に投入する際は、他の肥料成分と反応して沈殿物が生じないか、事前に少量でテスト(ビーカー試験)を行うことが重要です。特にカルシウム肥料などとの混用には注意が必要です 。
養液栽培の基本的な管理方法については、以下のウェブサイトで詳しく解説されています。
炭酸水素カリウムの大きな特徴は、その高い安全性にあります。もともと食品添加物(ベーキングパウダーの成分など)としても利用されており 、人体や環境への影響が非常に小さい物質です。このため、収穫間近の作物にも使用できるなど、使用者にとっても消費者にとっても安心感の高い資材と言えます 。
農薬としての安全性
分解後の肥料効果
炭酸水素カリウムを散布した後、その成分は最終的に植物の栄養として利用されます。炭酸水素カリウム(KHCO₃)は、水と二酸化炭素、そしてカリウムイオン(K⁺)に分解されます。このカリウムは、植物にとって不可欠な多量要素の一つであり、以下のような重要な働きをします。
| カリウムの主な役割 🌱 | 具体的な効果 |
|---|---|
| 光合成の促進 | 葉で作られた糖の転流を助け、植物全体のエネルギー効率を高めます。 |
| 果実の品質向上 | 果実の肥大、糖度の上昇、着色促進などに寄与し、作物の商品価値を高めます。 |
| 根の発育促進 | 根の張りを良くし、養分や水分の吸収能力を高めます。 |
| 耐病性・耐環境ストレス性の向上 | 細胞壁を丈夫にし、病害虫への抵抗力を高めるほか、乾燥や低温などのストレスにも強い植物体を作ります。 |
このように、炭酸水素カリウムは病害を防除するだけでなく、作物の生育を助ける「肥料」としての一面も持っています。ただし、過剰なカリウムはマグネシウムやカルシウムの吸収を阻害することがあるため、土壌診断などに基づいて適正な量を施用することが重要です。病害対策と同時に健全な作物育成にも貢献する、非常に合理的な資材と言えるでしょう。

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