被子植物では、おしべの先端にある「やく」で花粉がつくられ、成熟すると外に放出されます。
放出された花粉が、同じ種のめしべ先端の柱頭に付着した状態が「受粉」で、その後に花粉管が伸びて胚珠に到達し、精細胞と卵細胞が出会う段階が「受精」です。
柱頭は粘液や突起構造を持ち、乾いた花粉をしっかり捉えて水分を供給し、花粉管の発芽を助けます。
参考)受粉 - Wikipedia
花粉管は植物界でもトップクラスに速く伸びる細胞で、内部の呼吸や糖代謝が非常に活発であることが、古くからの研究と最近の分子生物学的解析で示されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3169925/
めしべ内部では、1つの胚珠に基本的に1本の花粉管だけが入り込む「一対一のガイド機構」が知られており、複数の花粉管が殺到して胚珠を壊さないよう、化学シグナルで制御されていることが最近のイメージング研究で明らかになっています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11169409/
この緻密なガイド機構があるおかげで、限られた数の胚珠から最大限の種子を確実に得られるようになっており、結果的に収量の安定にもつながっています。
同じ個体(あるいは同じ花)の花粉で受粉するのが自家受粉、別個体から来た花粉で受粉するのが他家受粉です。
イネやムギなどの多くの穀類は自家受粉が中心である一方、ナシ・リンゴ・多くの果樹やアブラナ科野菜などは他家受粉性が強く、品種間の花粉のやり取りが前提になっています。
| 受粉タイプ | 仕組み | 主なメリット | 主なデメリット | 例となる作物 |
|---|---|---|---|---|
| 自家受粉 | 同じ花・同じ株の花粉が柱頭につく。 | 受粉成功率が高く、受粉環境が悪くても結実しやすい。 | 遺伝的多様性が低く、病害や環境変化に弱くなりやすい。 | イネ、ムギ、多くのダイズ品種など。 |
| 他家受粉 | 別個体の花粉が柱頭につく。 | 遺伝的多様性が高まり、環境変化への適応力が増す。 | 花粉媒介者や風など外部要因に依存するため、受粉失敗のリスクが高い。 | ナシ、リンゴ、カキ、多くのアブラナ科野菜、トウモロコシなど。 |
植物の中には、自家受粉を避けるために「自家不和合性」や「雌雄異熟」「異形花柱性」などの仕組みを持つものがあり、同じ株の花粉では花粉管が途中で止まったり、受精後に胚がうまく育たなかったりします。
これらの仕組みは近親交配による弱勢化を防ぐ目的があり、他家受粉を促して子孫の体力や病害抵抗性を維持する役割を果たしています。
参考)きびと月の畑
自家受粉性作物でも、実際の圃場では風や昆虫による花粉移動で、隣の株から花粉が混じっていることが多く、完全なクローンではない微妙な遺伝的差が地域個体群内に生まれていると報告されています。
参考)多様な受粉仕方とその種類
この「ゆるい他家受粉」は、品種更新をしなくても、ある程度の環境変化へついていく余地を残しているという点で、現場にとっては見えにくいが重要な保険といえます。
受粉の仕組みを大きく分けると、風を利用する「風媒」と、昆虫などの動物を利用する「動物媒(その中で昆虫を使うのが虫媒)」があります。
種子植物全体で見ると、被子植物の約9割は昆虫や鳥など動物による受粉に依存していると推定されており、風媒は少数派ながら主要穀物を担う重要なグループです。
風媒花は、花が小さく地味で蜜も少なく、代わりに花粉を非常に大量に生産し、柱頭やおしべを外に突き出して風をつかまえやすい形に適応しています。
これに対して虫媒花では、色や香り、蜜の量など「昆虫が好むデザイン」に特化し、紫外線パターンを利用してハチの目にだけ見えるガイドラインを出している花もあることが、花生態学の研究から知られています。
農業的には、風媒作物では「風通し」を意識した畝立てや防風林の配置が、虫媒作物では「昆虫の活動性」を左右する気温・日照・農薬散布のタイミングなどが、受粉の多寡を決める重要な要因になります。
参考)【トマト】開花するが着果しない原因と対策を教えてください。
同じ作物でも、露地かハウスか、周囲に花資源があるかどうかで受粉効率が大きく変わるため、自分の圃場環境に合った受粉戦略を意識することが収量安定の近道です。
参考)ぶどうが実をつけない・落ちる原因と対策:家庭栽培での解決法 …
トマトでは、花が咲いているのに実がつかない主な原因として、開花期の気温が低すぎる(おおむね15℃未満)または高すぎる(30℃超)ことで花粉の活性が落ち、受粉不良を起こすケースが代表的です。
さらにハウス栽培では風が当たりにくく、花粉が落ちにくいことや、窒素過多による落花も着果不良の一因になります。
とうもろこしでは、開花期の高温(35℃を超える日が続く)や乾燥、雷雨などで雄穂の花粉が飛びにくくなったり、雌穂の絹糸に十分届かず、先端に実が入らない「先端不稔」がよく問題になります。
参考)なぜ実が入らない?とうもろこし栽培のよくある失敗と解決法 -…
ブドウでも開花期の長雨や低温が続くと、花粉が湿って柱頭まで届きにくくなり、結実率が低下したり、粒の大きさや着房数にバラつきが出ることが報告されています。
あまり知られていないポイントとして、「花粉の質」は見た目の花数以上に重要で、高温や乾燥による花粉内デンプン・糖代謝の乱れが、花粉管を伸ばすためのエネルギー不足を招き、結果的に受粉不良につながることが分子レベルの研究から示されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9695277/
このため、開花期に無理な節水や極端な高温環境が続くような管理は、たとえ花が多く咲いていても中身の詰まった果実になりにくいというリスクがあります。
参考)トマトの高温障害とは?栽培を成功させるための予防策と対策 │…
近年注目されている「ポリネーターガーデン」は、ミツバチやマルハナバチ、チョウなど送粉者(ポリネーター)を呼び寄せるために花蜜・花粉資源を意識的に配置した庭や植栽帯で、農地周辺にも応用できる取り組みです。
人が食べる植物性食品のうち、おおよそ3口に1口程度がこうした花粉媒介者に依存しているとされ、ポリネーターの減少は長期的に収量だけでなく食料安全保障にも影響すると指摘されています。
ポリネーターガーデンの考え方を圃場レベルに取り入れると、「その年の受粉」だけでなく、地域全体の送粉ネットワークを育てることになり、周囲の農家とも一体となった受粉環境づくりが可能になります。
単年度の施肥や温度管理だけでなく、圃場周辺の生物多様性を中長期的な「受粉インフラ」として整えていく発想が、これからの農業経営にとってじわじわ効いてくる投資といえます。
受粉の基本的な定義や分類、専門用語の整理に詳しい解説
受粉 - Wikipedia(受粉の定義と様式の整理に便利)
トマトの着果不良と温度・施肥・受粉管理について、実務的な対策がまとまっている園芸メーカーの技術情報
【トマト】開花するが着果しない原因と対策 - サカタのタネ