
農業や家庭菜園において「徒長(とちょう)」とは、植物の茎が不健全に細長く伸びてしまう現象を指します。一般的に「もやしっ子」のような状態と形容され、節と節の間(節間)が間延びし、茎が太くならずに上へ上へと伸びてしまう状態です。これは単に背が高くなる「生長」とは明確に区別されるべき生理障害の一種であり、植物が何らかの環境ストレスや不適切な管理に対して示したSOSサインでもあります。
健全な苗であれば、茎は太くがっしりとしており、葉の色は濃く、節間は詰まっています。しかし徒長した苗は、茎が白っぽく弱々しくなり、葉の色も薄くなる傾向があります。風や雨などの物理的な刺激に対して極端に弱く、自重を支えきれずに倒伏してしまうことも珍しくありません。この現象は、発芽直後の双葉の段階から、育苗中、さらには定植後の生育初期に至るまで、あらゆる段階で発生する可能性があります。
徒長は決して「成長が早い」わけではありません。植物体内の細胞が縦方向に無理やり引き伸ばされているだけであり、細胞壁は薄く、組織は軟弱になっています。そのため、病原菌が侵入しやすく、アブラムシなどの害虫にも狙われやすくなります。結果として、花つきが悪くなったり、実が小さくなったりと、最終的な収穫量や品質に甚大な悪影響を及ぼします。
徒長を引き起こす原因は一つではなく、光、水、温度、栄養といった複数の環境要因が複合的に絡み合っています。これらが植物の生理バランスを崩したとき、植物は「生存本能」として徒長を選択します。それぞれの要因について、植物生理学的な視点から詳しく掘り下げてみましょう。
徒長(とちょう) | 農業資材の紹介サイト - 農材ドットコム
※上記リンクでは、農業資材の観点から徒長の基本的な定義と、発生しやすい環境条件について簡潔にまとめられています。
「少しくらい背が高くても大丈夫だろう」と徒長を甘く見てはいけません。徒長した苗をそのまま定植して栽培を続けることは、その後の管理労力を増大させ、最終的な成果を損なう多くのデメリットを抱え込むことになります。プロの農家が「苗半作(なえはんさく)」と言って苗作りを重視するのは、徒長苗がもたらす負の連鎖を知り尽くしているからです。
苗が徒長したらどうすればいいの?原因と対策を解説します
※徒長苗が抱える生理的な弱点や、それによって引き起こされる病害虫リスクについて詳細に解説されています。
徒長を防ぎ、がっしりとした「ずんぐり苗」を育てるためには、植物が置かれている環境を徹底的にコントロールする必要があります。基本的な管理から、プロの生産者が実践する高度な技術まで、効果的な対策を紹介します。
まず基本となるのは「水やり」と「日当たり」の管理です。育苗期の水やりは、「夕方には土の表面が乾いている」状態を目指すのが鉄則です。朝にたっぷりと水を与え、日中の光合成で水を消費させ、夜間は土壌水分を低く保つことで、植物の徒長を物理的に抑制できます。また、苗同士の葉が触れ合わないように十分な間隔を空ける「鉢広げ(スペーシング)」も重要です。隣の苗の影を感じさせないことで、競争による伸長を防ぎます。
そして、より専門的で効果の高い技術として「DIF(ディフ)」という温度管理手法があります。DIFとは「Difference(差異)」の略で、昼の温度と夜の温度の差(DIF = 昼温 - 夜温)を利用して草丈をコントロールする技術です。
特に、日の出前後の数時間を夜温よりも低い温度で管理する、あるいは昼間の温度を極力上げないように管理することで、植物の茎の伸長を強力に抑えることができます。家庭菜園の育苗ボックスなどでヒーターを使用している場合、夜間の温度を上げすぎないこと、そして日中は早めに換気をして温度を下げることで、この「負のDIF」に近い環境を作り出し、薬剤を使わずに徒長を抑えることが可能です。
昼夜温度差処理(DIF)による花き苗の生育制御 - 農研機構
※農研機構による研究成果で、DIF(昼夜温度差)を用いた植物の伸長制御に関する科学的データと実証結果が示されています。
万が一、苗が徒長してしまっても諦める必要はありません。野菜の種類や徒長の程度によっては、適切なリカバリー処置を行うことで、通常の苗と同等、あるいはそれ以上に強く育てることができます。
これらの方法は、いずれも植物の再生能力を利用したものです。ただし、極端に弱りきった苗や、茎が腐り始めているような苗では成功率が低くなるため、実施する際は苗の状態をよく観察してから行ってください。
徒長かな?と感じたら。~原因と対策方法まとめ~ | 施設園芸.com
※徒長してしまった後の具体的な対処法や、事前の防止策が実用的な視点でまとめられています。
なぜ植物は、隣に他の植物がいるとそれを察知して徒長するのでしょうか?また、なぜ日陰だと伸びるのでしょうか?この現象をより深く理解するための鍵は、植物が持つ「目」とも言える光受容体タンパク質「フィトクロム」と、光の質(波長)にあります。これは一般的な栽培マニュアルにはあまり書かれていない、植物生理学の深層です。
太陽の光には、「赤色光(Red)」と「遠赤色光(Far-Red)」という波長が含まれています。
植物の葉は、光合成のために「赤色光」を吸収し、光合成に使えない「遠赤色光」はそのまま透過(または反射)させます。つまり、植物の葉が生い茂った木陰や、苗が密集している場所では、赤色光が遮られ、相対的に「遠赤色光の割合が高い(R/FR比が低い)光」が届くことになります。
植物の体内にあるフィトクロムは、この「赤色光」と「遠赤色光」のバランスを敏感に感知しています。
「周りに遠赤色光が多い=近くにライバル植物がいる、または日陰である」と判断すると、フィトクロムは植物ホルモン(ジベレリンなど)に指令を出し、茎を伸ばしてライバルよりも高い位置で光を浴びようとする「避陰反応(ひいんはんのう)」を引き起こします。これが、密植や日照不足で徒長が起こる真のメカニズムです。
この性質を逆手に取った対策も存在します。例えば、遠赤色光をカットする特殊な農業用フィルムを使用したり、反射シートを使って株元に十分な赤色光を当てたりすることで、植物に「ここは競争のない開けた場所だ」と錯覚させ、薬剤を使わずに徒長を抑制し、矮化(わいか・ずんぐりとさせること)させることが可能です。単に「光を当てる」だけでなく、「どのような質の光を当てるか」を意識することは、徒長制御の究極のテクニックと言えるでしょう。
自然光の赤色光/遠赤色光光量子束比を変化させる植物成長制御
※赤色光と遠赤色光の比率(R/FR比)が植物の伸長成長に与える影響について詳述された学術論文です。

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