フィトクロムの働きとは?赤色光で花芽形成をコントロール

植物の生育を左右する光のスイッチ、フィトクロム。その働きを理解すれば、開花や発芽を自在に操れる?赤色光と遠赤色光の使い分けで、収量と品質を劇的に変える最新の農業技術とは?

フィトクロムの働き

フィトクロムの働きと農業活用
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光のスイッチ機能

赤色光と遠赤色光でオン・オフが切り替わり、発芽や開花を制御する。

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避陰反応の管理

隣の植物の影を感知して徒長する性質を知り、密植や剪定を最適化する。

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温度との複合作用

光だけでなく高温もフィトクロムの働きに影響。環境制御の精度を高める。

フィトクロムが赤色光と遠赤色光で可逆的に変化する仕組み

 

農業現場において「光」は単なるエネルギー源ではありません。植物にとって光は、季節を知り、競争相手の存在を感知し、自身の形態を変えるための重要な「情報」です。この情報の受け取り手として中心的な役割を果たしているのが、植物体内に存在する色素タンパク質「フィトクロム」です。多くの農業従事者が経験的に行っている電照栽培や被覆資材の選定も、科学的にはこのフィトクロムの働きを制御していることに他なりません。

 

フィトクロムの最大の特徴は、赤色光(Red light: 660nm付近)遠赤色光(Far-red light: 730nm付近)という2つの異なる波長の光に対し、シーソーのように反応する「可逆性」を持っている点です。

 

参考)植物が光を感じる仕組み

具体的には、フィトクロムには以下の2つの型が存在します。

 

  • Pr型(赤色光吸収型): 不活性な状態。赤色光を浴びるとPfr型に変化します。
  • Pfr型(遠赤色光吸収型): 活性な状態(生理作用を引き起こすスイッチONの状態)。遠赤色光を浴びるとPr型に戻ります。また、暗闇の中に長時間置かれることでも、徐々にPr型へと戻っていきます(暗反転)。

この仕組みは、よく「電気のスイッチ」に例えられます。

 

太陽光には赤色光と遠赤色光の両方が含まれていますが、日中の明るい日差しの下では、フィトクロムの多くは活性型のPfr型として存在します。これによって植物は「今は昼である」と認識し、葉を広げたり、茎を太くしたりといった健全な光形態形成を行います。

 

一方で、夕方になり日が沈むと、あるいは植物の影に入ると、光のバランスが変化し、Pfr型は減少していきます。このPfr型の量の変化こそが、植物が昼夜の長さを測ったり(日長反応)、発芽のタイミングを図ったりするための体内時計の針として機能しています。

 

農業においては、この「スイッチ」を人為的に操作することで、作物の生理をコントロールできます。例えば、日没後に赤色光を照射すれば、植物は「まだ昼が続いている」と錯覚します。逆に、遠赤色光を多く含む光環境を作り出せば、植物の伸長成長を促進させるといった調整が可能になります。

 

最新の研究では、このフィトクロムが単に光を感じるだけでなく、細胞核内へ移動し、直接的に遺伝子の発現(転写)を調節していることも分かってきました。つまり、私たちが圃場で照明や資材を選ぶという行為は、植物の遺伝子レベルのスイッチを直接操作しているのと同義なのです。

 

参考)植物フィトクロムAの構造変化を可視化

植物生理学会:フィトクロムが赤色光と遠赤色光で可逆的に変化する詳細なメカニズムについて

フィトクロムで花芽形成と開花をコントロールする技術

多くの農作物、特に花きや果菜類において、収益を左右する最大の要因の一つが「開花時期の調整」です。市場価格が高い時期に出荷するため、あるいは霜の被害を避けるために行われる電照栽培やシェード(暗黒処理)は、まさにフィトクロムの性質を利用した技術です。

 

ここで重要になるのが、植物が「日の長さ(日長)」をどのように測っているかという点です。

 

かつては日の長さそのものが重要だと考えられていましたが、現在では「連続した暗期の長さ(夜の長さ)」が決定的な要因であることが分かっています。

 

参考)園芸作物の光応答反応と農業技術(2) −その他,花・野菜への…

これをフィトクロムの働きで見ると、以下のようになります。

 

  1. 日中: 太陽光(赤色光を含む)を浴びて、フィトクロムは活性型のPfr型になります。
  2. 夜間: 暗闇の中で、Pfr型は徐々に不活性なPr型へと変化(暗反転)するか、分解されて減っていきます。
  3. 計測: 植物は、体内のPfr型が一定レベル以下に下がるまでの時間、あるいはPr型の蓄積量をモニターすることで、夜の長さを測っています。

短日植物(キク、イチゴなど)の場合
夜が一定以上長くなる(=Pfr型が十分に減少する)と花芽形成が始まります。

 

電照栽培(暗期中断)では、夜間に赤色光を含む光を一時的に照射します。すると、減少しかけていたPfr型が再び増加し、植物は「夜が中断された(まだ昼だ)」と認識します。これにより花芽形成が抑制され、開花を遅らせることができます。抑制栽培で茎葉を十分に成長させてから花を咲かせたい場合に用いられます。

 

長日植物(ホウレンソウ、トルコギキョウなど)の場合
逆に、夜が短く、Pfr型がある程度維持される条件で花芽がつきます。

 

冬場などの夜が長い時期に開花を促進させたい場合、電照によって夜を短く感じさせることで、春が来たと勘違いさせて花芽形成を促すことができます。

 

ここで注意が必要なのは、光源の「光の質(スペクトル)」です。

 

従来の白熱電球は赤色光と遠赤色光の両方を多く含んでいましたが、近年普及している蛍光灯や白色LEDの中には、遠赤色光が少ないものがあります。遠赤色光が含まれていると、Pfr型の生成バランスが変わり、開花反応に微妙なズレが生じることがあります。

 

例えば、イチゴの促成栽培においては、単に明るくするだけでなく、電球形蛍光灯やLEDの波長特性が品種ごとのフィトクロムの感度に合っているかを確認する必要があります。最近では、「開花促進用」として遠赤色光(730nm)を強化したLEDや、逆に「開花抑制・矮化用」として赤色光(660nm)に特化したLEDなど、目的に応じた専用光源が登場しています。これらを使い分けることで、電気代を抑えつつ、より精密な開花コントロールが可能になります。

 

参考)街灯で生育不良!? 光の問題を解決する「光」|マイナビ農業

フィトクロムによる避陰反応と茎の伸長を抑える管理

施設園芸や密植栽培において、農家を悩ませる問題の一つに「徒長(とちょう)」があります。苗がひょろひょろと長く伸びてしまい、病気にかかりやすくなったり、品質が低下したりする現象です。実はこの徒長も、植物の生存戦略としての「避陰反応(Shade Avoidance Response)」であり、フィトクロムが深く関わっています。

 

参考)フィトクロム - 光合成事典

植物にとって、他の植物の陰になることは光合成ができなくなる死活問題です。そのため、隣の植物の影を感じると、茎を急激に伸ばして光を求めようとします。

 

では、植物はどうやって「隣に草がいる」と感知するのでしょうか?ここで活躍するのが、赤色光と遠赤色光のバランス(R/FR比)です。

 

葉緑素(クロロフィル)は、光合成のために赤色光を吸収しますが、遠赤色光はほとんど吸収せずに透過または反射します。そのため、生い茂った葉の下や、隣の植物との間隙には、直接の太陽光に比べて「赤色光が少なく、遠赤色光が多い」光が届くことになります。

 

フィトクロムは、このR/FR比の低下(遠赤色光の相対的な増加)を敏感に察知します。Pfr型の割合が低下すると、植物は「近くに競争相手がいる!早く背を伸ばさないと負ける」と判断し、茎の伸長を促進させるホルモン(オーキシンやジベレリンなど)を活性化させます。これが徒長の正体です。

 

参考)夢ナビ講義

このメカニズムを農業に応用すると、以下のような徒長防止・草姿管理が可能になります。

 

  • 育苗時のスペーシング(鉢上げ):

    苗同士が触れ合うほど密植すると、隣の葉からの遠赤色光反射を検知して徒長が始まります。適切な間隔を空けることは、単なる通風確保だけでなく、フィトクロムによる徒長スイッチを入れないために極めて重要です。

     

  • 被覆資材の選定:

    ハウスの被覆フィルムやカーテンには、特定の波長をカットするものがあります。遠赤色光を適度にカットする資材を使用すれば、植物に「周囲は開けている」と誤認させ、節間の詰まったガッチリした苗を作ることができます。逆に、遠赤色光を透過しやすい資材下では、徒長しやすくなるリスクがあります。

     

  • マルチフィルムの影響:

    株元のマルチの色も重要です。緑色のマルチは雑草抑制に効果的ですが、光の透過特性によっては遠赤色光を多く透過・反射し、作物の避陰反応を誘発する可能性があります。光反射率の高い白黒マルチやアルミ蒸着マルチなど、光質を考慮した資材選びが、実は草姿のコントロールに繋がっています。

     

  • 接ぎ木・育苗の光環境:

    接ぎ木養生などの弱光環境下では、わずかな光質の偏りが大きな徒長原因になります。人工照明を用いる場合は、赤色光成分が十分にある(R/FR比が高い)光源を選ぶことで、コンパクトで健苗な育成が可能になります。

     

マイナビ農業:街灯などの夜間照明がフィトクロムに与える影響と光害対策について

フィトクロムの性質を活かしたLEDと農業資材の選び方

近年、植物工場や施設園芸においてLEDの導入が急速に進んでいます。LEDの最大の利点は、特定の波長の光だけを照射できることです。フィトクロムの働きを最大限に活用するためには、目的に合わせて「赤色光(660nm)」と「遠赤色光(730nm)」、そして「青色光(450nm)」をどのように組み合わせるかが重要になります。

 

参考)第2章 豊かなくらしに寄与する光 2 光と植物−植物工場:文…

1. 赤色光LEDの活用:光合成促進と矮化
赤色光は、クロロフィルによる光合成吸収ピークに近いだけでなく、フィトクロムを活性型(Pfr型)に変換します。これにより、葉の展開を促し、徒長を抑えてガッチリとした株を作ることができます。

 

  • 活用例: レタスやハーブ類の植物工場では、赤色LEDを主体にすることで、効率的なバイオマス生産を行っています。育苗期に赤色光比率を高めることで、定植後の活着が良い苗に仕上げることができます。

2. 遠赤色光LEDの活用:開花促進と伸長促進
かつては「光合成に役に立たない」と軽視されていた遠赤色光ですが、フィトクロム制御の観点からは極めて重要です。

 

  • 日長延長効果(EOD反応): 日没直後(End of Day)に短時間、遠赤色光を照射する技術が注目されています。これにより、体内のPfr型を一気にPr型(不活性型)に戻すことができます。短日植物であれば、夜が始まったと即座に認識させ、開花を早める効果が期待できます。逆に、長日植物に対しては、赤色光と組み合わせて日長延長を行うことで、花芽形成を強力に促進できます。

    参考)赤色光と遠赤色光が開花に果たす役割

  • 果実の肥大・着色: 一部の果菜類では、適度な遠赤色光が果実の肥大や着色に関与していることが報告されています。完全に遠赤色光をカットした環境よりも、自然光に近いバランス、あるいは意図的に遠赤色光を加えた方が、収量や糖度が向上するケースがあります。

3. 農業資材(フィルム・ネット)の選び方
LEDのような能動的な制御だけでなく、受動的な資材選びも重要です。

 

  • 遮光ネット 黒色の遮光ネットは全波長を一律にカットしますが、着色されたネット(青色や赤色など)は特定の波長を選択的に透過します。例えば、赤色光を多く通すネットを使用すれば、光量を落としつつもフィトクロムによる光形態形成を維持しやすくなります。
  • 光変換フィルム: 紫外線を赤色光に変換するような高機能フィルムも開発されています。これは、本来有害あるいは不要な波長を、フィトクロムが感知できる有用な波長に変えることで、ハウス内の光環境を劇的に改善します。曇天が多い地域や冬場の栽培において、補助光を使わずに光環境を底上げする手段として有効です。

重要なのは、「明るければ何でも良い」という考えを捨て、作物が今どのステージ(栄養成長生殖成長か)にあり、フィトクロムをどう反応させたいか(伸ばしたいのか、太らせたいのか、花を咲かせたいのか)を明確にして資材を選ぶことです。

 

農電電子工業:植物が光と温度を感じるフィトクロムの最新研究について

フィトクロムと温度環境が相互に作用する意外な関係

最後に、あまり知られていないものの、近年の温暖化に伴い極めて重要になってきている「温度とフィトクロム」の関係について解説します。

 

これまでフィトクロムは「光センサー」としてのみ語られがちでしたが、最新の研究では「温度センサー」としての機能も併せ持っていることが明らかになってきました。

 

参考)https://www.noden.or.jp/asset/00032/Plant_Biotechnology_Laboratory/bio2020_05.pdf

「高温」がフィトクロムを無効化する?
通常、フィトクロムB(PhyB)は赤色光によって活性型(Pfr型)になり、植物の徒長を抑えたり花芽を制御したりします。しかし、気温が高くなると、この活性型Pfr型が不安定になり、光が当たっていても勝手に不活性なPr型に戻ってしまう(暗反転が加速する)現象が確認されています。

 

これは何を意味するのでしょうか?
農業現場でよくある「夏場の高温期に、十分な光を当てているはずなのに徒長してしまう」「日長管理をしているのに開花がずれる」といったトラブル。これらの一部は、高温によってフィトクロムのスイッチ機能が物理的に阻害され、植物が「暗い(あるいは影にいる)」と勘違いしてしまっている可能性があるのです。

 

現場での対策:光と温度の複合制御
この知見は、これからの環境制御において「光」と「温度」を切り離して考えることが危険であることを示唆しています。

 

  • 高温時の強光管理:

    夏場の高温時には、フィトクロムの機能が低下しやすいため、徒長リスクが高まります。これを補うためには、通常よりも強い光、あるいは赤色光比率の高い光が必要になる場合があります。逆に言えば、温度を下げられない環境では、光質管理をより厳格に行わないと品質低下を招きます。

     

  • 夜温と変温管理(DIF):

    昼夜の温度差(DIF)を利用した草丈制御も、フィトクロムの働きと密接に関わっています。特に夜間の温度が高いと呼吸消耗だけでなく、フィトクロムを介した徒長シグナルが出やすくなります。夜温を適切に下げることは、呼吸を抑えるだけでなく、光センサーの誤作動を防ぐという意味でも合理的なのです。

     

  • 品種選定の指標:

    緯度の異なる地域から導入された品種は、光への感度だけでなく、温度に対するフィトクロムの安定性も異なる可能性があります。冷涼地向けの品種を暖地で栽培する場合、予想以上に徒長したり花芽が飛んだりするのは、この温度感受性の違いが原因かもしれません。

     

このように、フィトクロムは単なる光のスイッチではなく、温度環境とも複雑に絡み合いながら作物の成長を指揮しています。農業従事者としては、「光」だけでなく「温度との掛け合わせ」で植物の反応を予測する視点を持つことが、異常気象や温暖化に対応した安定生産への鍵となるでしょう。

 

岡山大学プレスリリース:異なる緯度の植物が持つフィトクロムの温度感受性の違いに関する研究

 

 


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