アブラナ科野菜は、私たちの食生活において最も身近で重要な野菜グループの一つです。
「アブラナ科」という名称は、春に黄色い十字の花を咲かせる「菜の花(アブラナ)」に由来しており、英語では「Cruciferous vegetables(十字架植物)」と呼ばれています 。
参考)https://www.takii.co.jp/tsk/bn/pdf/20120167.pdf
このグループには、キャベツ、ブロッコリー、ダイコン、ハクサイといった食卓の主役級野菜が含まれており、その種類は世界中で数千種にも及ぶと言われています。
アブラナ科野菜の最大の特徴は、特有の辛味成分や香り成分を持っていることです。
これは「イソチオシアネート」と呼ばれる成分で、植物が害虫から身を守るために生成するものですが、人間にとっては強力な抗酸化作用や解毒作用をもたらす健康成分として機能します 。
参考)「アブラナ科野菜」で糖尿病改善 心疾患・脳卒中・がんリスクが…
また、栽培面においては冷涼な気候を好むものが多く、日本の秋冬野菜の主力となっていますが、一方で「連作障害」が出やすいデリケートな側面も持ち合わせています 。
参考)「連作障害」の原因と対策 | JAこうか
この記事では、アブラナ科野菜の網羅的な一覧から、科学的に裏付けられた栄養効果、そして家庭菜園での成功の鍵となる栽培テクニックまでを深掘りして解説します。
アブラナ科野菜は非常にバリエーションが豊富で、食べる部位によって大きく分類することができます。
家庭菜園初心者でも育てやすく、スーパーでも手に入りやすい主要な種類を部位別に整理しました。
参考)アブラナ科と野菜
参考)農業技術事典NAROPEDIA
参考)アブラナ科の野菜一覧
意外と知られていないご当地アブラナ科野菜
日本各地には、その土地特有のアブラナ科野菜が存在します。
例えば、長野県の「野沢菜(ノザワナ)」や福岡・熊本県の「高菜(タカナ)」は漬物用として有名ですが、これらもアブラナ科の一員です 。
また、京都の「壬生菜(ミブナ)」はミズナの変種であり、葉の縁に切れ込みがないのが特徴です 。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8167115/
これらは地域の気候風土に合わせて独自に品種改良されてきたもので、日本の食文化の多様性を象徴しています。
アブラナ科野菜が「台所のドクター」と呼ばれる理由は、その特異な栄養成分にあります 。
ビタミンC、ビタミンK、葉酸、食物繊維が豊富であることはもちろんですが、最も注目すべきは「フィトケミカル」と呼ばれる機能性成分です。
最強の健康成分「スルフォラファン」
ブロッコリーやその新芽(スプラウト)に特に多く含まれる「スルフォラファン」は、イソチオシアネートの一種です。
近年の研究により、スルフォラファンには以下のような驚くべき効果が報告されています。
体内の解毒酵素や抗酸化酵素の生成を活性化し、活性酸素の除去を助けます。この作用は摂取後3日間以上持続すると言われています 。
東北大学の研究などにより、スルフォラファンが肝臓でのグルコース生成を抑制し、高血糖を改善する可能性があることが示唆されています 。
参考)https://www.tohoku.ac.jp/japanese/newimg/pressimg/tohokuuniv_press1107_01web_sfn.pdf
スルフォラファンが脂肪の合成に関わる前駆体SREBPの分解を促進し、脂肪蓄積を抑制する効果があることが動物実験などで明らかになっています 。
胃がんのリスク因子とされるピロリ菌に対し、殺菌作用を持つことが確認されています。
調理のポイント
スルフォラファンなどの有用成分を効率よく摂取するには、調理法に工夫が必要です。
イソチオシアネートは、野菜の細胞が壊れることで酵素「ミロシナーゼ」が働き、生成されます。
そのため、「よく噛んで食べる」「細かく刻む」「大根おろしにする」 といった食べ方が推奨されます 。
参考)アブラナ科野菜のすべて:種類から健康維持への貢献、美味しい食…
また、ミロシナーゼは熱に弱いため、加熱調理をする場合は、加熱時間を短くするか、生の状態で刻んでから加熱する(酵素を反応させてから加熱する)と成分の損失を防げます。
スープや味噌汁にして、溶け出した水溶性ビタミンごと摂取するのも賢い方法です。
家庭菜園でアブラナ科野菜を育てる際に最も注意が必要なのが「連作障害」です。
連作障害とは、同じ科の野菜を同じ場所で続けて栽培することで、土壌中の特定の成分が欠乏したり、特定の病原菌や害虫が増殖したりして、生育が悪くなる現象を指します 。
参考)連作障害になりやすい野菜まとめ。連作障害になる仕組みについて…
アブラナ科野菜の連作休止期間
一般的に、アブラナ科野菜を育てた後の土壌は、1年〜2年 の期間を空けることが推奨されています 。
参考)連作障害とは?連作障害を防いで野菜を育てる方法や予防策を紹介…
主要な野菜の休止期間の目安は以下の通りです。
| 野菜名 | 推奨される休止期間 | 備考 |
|---|---|---|
| キャベツ | 1〜2年 | 根こぶ病のリスクが高い |
| ブロッコリー | 1〜2年 | 比較的連作には強いが注意が必要 |
| ハクサイ | 2〜3年 | 病害虫が発生しやすい |
| ダイコン | 1年 | センチュウ被害に注意 |
| カブ | 1〜2年 | 根の肌がきれいに育たなくなる |
連作障害の対策
畑をいくつかのブロックに分け、「アブラナ科」→「ウリ科」→「ナス科」→「マメ科」のように、異なる科の野菜を順番に育てることで、土壌環境のバランスを保ちます 。
病気に強い台木を使った接ぎ木苗を利用することで、土壌病害のリスクを減らすことが可能です(主にナス科やウリ科で一般的ですが、アブラナ科でも研究されています)。
意外な抜け道?
実は、同じアブラナ科でも「コマツナ」は比較的連作障害が出にくい野菜として知られています。
しかし、アブラナ科特有の害虫(アオムシ、コナガなど)は共通して寄ってくるため、害虫のリスク管理という点ではやはり連作は避けた方が無難です。
アブラナ科野菜は非常に美味であるため、モンシロチョウの幼虫(アオムシ)やアブラムシ、キスジノミハムシなどの害虫に狙われやすいのが難点です。
農薬に頼らずこれらを防ぐ方法として、「コンパニオンプランツ(共栄作物)」の活用が効果的です 。
参考)【コンパニオンプランツ】ハーブと野菜の共生
アブラナ科と相性の良い植物
キク科の独特な香りは、アオムシやコナガを遠ざける効果があります。キャベツやブロッコリーの株間にレタスを混植するのは、プロの農家も実践する代表的な組み合わせです 。
アブラナ科とセリ科は互いの害虫を忌避し合う関係にあります。ニンジンの葉の香りがモンシロチョウを寄せ付けにくくします 。
強い芳香を持つハーブ類は、アブラムシや青虫の飛来を撹乱させる効果があります。ただし、ミントは繁殖力が強すぎるため、鉢植えにして近くに置くのがおすすめです 。
「おとり」を使うトラップ植物(バンカープランツ)
害虫を忌避するのではなく、あえて別の植物に引き寄せて野菜を守るという高度なテクニックもあります。
アブラナ科野菜の近くに植えると、アブラムシやアオムシを強烈に引き寄せます。これにより、本命のキャベツやダイコンへの被害を軽減する「おとり」の役割を果たします 。
雑草として扱われがちですが、コナガなどの害虫を誘引するため、あえて畑の隅に残しておく農法もあります。
これらの植物をうまく組み合わせることで、見た目も美しい「ポタジェガーデン」を作りながら、農薬を使わない健全な栽培が可能になります。
最後に、アブラナ科野菜に関する少しマニアックで知的な話題をご紹介します。
キャベツ、ブロッコリー、カリフラワー、ケール。これらは見た目が全く異なりますが、実は植物学的にはすべて同じ「Brassica oleracea(ブラシカ・オレラセア)」という種に属しています 。
一方、ハクサイ、カブ、コマツナ、チンゲンサイは「Brassica rapa(ブラシカ・ラパ)」という別の種です。
遺伝子のパズル「禹(う)の三角形」
1935年、植物学者の禹長春(ウ・ジャンチュン)博士は、アブラナ属の植物の進化と遺伝的な関係を示す「禹の三角形(Triangle of U)」という理論を提唱しました 。
参考)アブラナ属植物|玉川の教育|(学)玉川学園
この理論は、以下の3つの基本種が自然交雑することで、新しい複合種が生まれたことを説明しています。
これらが交雑して、以下のような作物が誕生しました。
つまり、私たちが普段食べている「ナタネ油」は、実は「ハクサイ」と「キャベツ」の先祖が奇跡的な結婚をして生まれた子供の子孫なのです 。
参考)セイヨウナタネとその近縁種の関係 —禹(ウ)の三角形—|環境…
このように、アブラナ科野菜は長い歴史の中で複雑な交雑と進化を繰り返し、現在のような多様な姿を獲得しました。
スーパーで野菜を選ぶ際、「これはどのゲノムの組み合わせだろう?」と思いを馳せてみるのも、アブラナ科野菜の奥深い楽しみ方の一つかもしれません。