私たちが普段何気なく呼んでいる葉菜類の野菜ですが、その名前には意外な歴史や、当時の権力者が関わったエピソードが隠されています。特に、小松菜やほうれん草といった食卓の定番野菜には、誰かに話したくなるような面白い由来があります。ここでは、それぞれの野菜がどのように名付けられたのか、そのルーツを深掘りしていきます。
小松菜の名前の由来として最も有名なのが、江戸幕府第8代将軍・徳川吉宗(とくがわよしむね)による命名説です。
参考)もっと知りたい葉物野菜:農林水産省:農林水産省
江戸時代、現在の東京都江戸川区にある「小松川(こまつがわ)」周辺は、将軍家の鷹狩りの場として利用されていました。ある日、鷹狩りに訪れた吉宗公が、地元の香取神社で食事をとった際、すまし汁に入っていた青菜の風味を大変気に入りました。
参考)コマツナ - Wikipedia
吉宗公が「これは何という名の野菜か」と尋ねたところ、当時の神主は「特に名はなく、単なる青菜(冬菜)です」と答えました。そこで吉宗公は、この土地の名前にちなんで「小松菜」と呼ぶように命じたと伝えられています。
参考)葉物野菜の定番「小松菜」 名前の由来は地名?人名? 意外に知…
単なる「菜っ葉」だった野菜が、将軍の一声でブランド野菜へと変貌を遂げた瞬間です。このエピソードは、江戸川区が小松菜発祥の地とされる由縁でもあります。
また、別の説として第5代将軍・徳川綱吉が名付けたという話もありますが、いずれにしても「小松川」という地名が由来であることに変わりはありません。
参考)小松菜の名前は殿様がつけた? - みんなの家庭の医学 WEB…
ほうれん草を漢字で書くと「菠薐草」となりますが、この「菠薐(ホウレン)」という言葉が何を指すかご存じでしょうか。実はこれ、国名を表しています。
参考)「ほうれん草」の名前の由来
ほうれん草の原産地は、現在の中東・イランにあたる「ペルシャ」地方です。かつて中国(唐の時代)では、ペルシャのことを「頗稜(ホリン)国」と呼んでいました。
ペルシャからシルクロードを通って中国に伝わった際、「ペルシャ(頗稜)から来た草」という意味で「頗稜草」や「菠薐草」と呼ばれるようになり、その中国語読みである「ポーリン」や「ホリン」が日本に伝わって「ホウレン」となまったのが名前の由来です。
参考)https://www.kanazawa-market.or.jp/Homepage/mame/seika_horenso.html
日本には江戸時代初期に伝わりましたが、当時はアクが強く、現在のように広く普及したのは、明治以降に西洋種が入ってきてからです。漢字の意味を知ると、遠い砂漠の国から旅をしてきた野菜のロマンを感じることができます。
農林水産省のWebサイトでは、こうした葉物野菜の歴史や特徴について詳しく紹介されています。
近年、日本の食卓に定着した中国野菜ですが、その名前には野菜の見た目や特徴がそのまま漢字に反映されています。名前の漢字を分解して読み解くことで、その野菜がどのような特徴を持っているのかを理解することができます。
チンゲン菜は、漢字で「青梗菜」と書きます。この名前には、明確な視覚的特徴が込められています。
参考)「青梗菜」は何と読む?「あおこうさい」ではありません【脳トレ…
つまり、「茎(軸)まで緑色の野菜」という意味です。
参考)根元のふくらみに注目 今が旬の青梗菜(チンゲンサイ)の美味し…
1970年代の日中国交正常化以降、多くの中国野菜が日本に入ってきましたが、当初は茎が白い「パクチョイ(白菜)」などと混同されがちでした。そこで、軸が青いものを「青梗菜(チンゲンサイ)」、軸が白いものを「パクチョイ(白菜)」と区別して呼ぶようになったのです。
参考)チンゲンサイ(青梗菜) - 食材辞典
ちなみに、中国語の発音では「チンコンツァイ(qīnggěngcài)」に近い音ですが、日本に導入される際に読みやすさを優先して、あるいは聞き間違いから「チンゲンサイ」という読み方が定着したと言われています。
冬の直売所などで見かける、地面に張り付くように葉を広げた「ターサイ」も、漢字で見るとその姿がよくわかります。
ターサイは漢字で「塌菜」と書きます。「塌(ター)」には「つぶれる」「平らになる」という意味があります。冬の寒さに耐えるため、地面にロゼット状に葉を広げてペチャンコになっている姿から名付けられました。
このように、中国由来の葉菜類は、その形状や色がそのまま名前になっていることが多く、漢字の意味を知っているとお客様への説明もしやすくなります。
野菜の名前には、その野菜が最も美味しくなる「旬」や、収穫される季節が色濃く反映されているものが多くあります。特に日本原産の野菜や、古くから日本に定着している葉菜類には、美しい日本の四季を感じさせる名前がつけられています。
鍋料理に欠かせない「春菊(シュンギク)」ですが、旬は冬(11月〜2月頃)です。それなのに、なぜ名前に「春」がつくのでしょうか。
これは、春菊の花が春に咲くことに由来しています。
参考)冬が旬なのになぜ「春菊」と呼ぶ? 関西では「菊菜」とも - …
春菊はキク科の植物で、春になると黄色い可憐な花を咲かせます。欧米ではこの花を観賞用として楽しみますが、東アジアでは独特の香りと苦味を楽しむ食用として発達しました。「春に菊のような花が咲く」ことから春菊と呼ばれています。
また、関西地方では「菊菜(キクナ)」と呼ばれることが一般的です。
参考)STUDY-43 春菊!|緒方湊の誌上セミナー|とうきょうの…
これは、関東と関西で流通している品種や栽培方法の違いも関係しています。
| 地域 | 呼び名 | 特徴 | 品種 |
|---|---|---|---|
| 関東 | 春菊 | 茎が立ち上がり、葉の切れ込みが深い。摘み取り収穫が多い。 | 中葉種(株立ち) |
| 関西 | 菊菜 | 株が横に張り、葉が柔らかく香りが穏やか。根付きで出荷される。 | 中葉種(株張り)・大葉種 |
関西では「菜っ葉」として親しまれているため「菊菜」と呼ばれ、すき焼きなどに入れる際も下茹でせず、生のまま入れることが多いのが特徴です。
「水菜(ミズナ)」も、その栽培方法が名前の由来となっています。
古くから京都で栽培されていたこの野菜は、畑の畝(うね)の間に水を引き込み、肥料を使わずに水と土の力だけで栽培されていたことから「水菜」と名付けられました。
また、発祥の地である京都の壬生(みぶ)寺周辺で多く作られていたことから、別名「壬生菜(ミブナ)」とも呼ばれますが、厳密にはミブナは水菜の変種で、葉に切れ込みがない丸い葉のものを指します。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8167115/
検索上位の記事ではあまり触れられていない、独自視点の面白い名前の由来として、「フダンソウ」や「日本三大漬け菜」の歴史を紹介します。これらは地域色が豊かで、直売所などでの会話のネタとして非常に優秀です。
色とりどりの茎が美しい「スイスチャード」は、和名では「フダンソウ(不断草)」と呼ばれます。
この「不断」とは、「絶え間なく続く」という意味です。フダンソウは暑さにも寒さにも強く、外側の葉をかき取って収穫しても、次々と新しい葉が生えてくるため、「一年中絶え間なく(不断に)収穫できる草」という意味で名付けられました。
参考)ふだんそう
江戸時代の農書『農業全書』にも、「四季絶えずあるゆえに不断草と名付るなるべし」と記されており、古くから農家の救荒作物として重宝されていました。
参考)「フダンソウ」の意味や使い方 わかりやすく解説 Weblio…
ちなみに沖縄では「ンスナバー」と呼ばれ、古くから親しまれています。
日本の地方には、その土地特有の葉菜を使った漬物文化がありますが、「日本三大漬け菜」と呼ばれる野沢菜、広島菜、高菜の由来をご存じでしょうか。
参考)日本三大漬菜「広島菜」
江戸時代、野沢温泉の住職が京都への遊学の際、大阪の「天王寺蕪(てんのうじかぶ)」の種を持ち帰りました。しかし、寒冷な信州の気候や土壌の影響で、蕪(かぶ)が大きくならず、葉や茎ばかりが大きく育ってしまいました。これを漬物にしたところ大変美味だったため、「野沢菜」として定着したという「突然変異」のような由来があります。
こちらも京都がルーツです。約400年前、安芸藩主が参勤交代の帰りに京都の西本願寺へ参拝し、そこから持ち帰った種が起源と言われています。形が白菜に似ていることから、明治時代には「広東白菜」とも呼ばれていました。
平安時代にはすでに中国から伝来していたとされる歴史ある野菜です。「高菜」という名前は、草丈が高く大きく育つ(高い菜)ことに由来するとも言われますが、中国語の名称が変化したとも考えられています。辛味成分が特徴で、九州の風土に合い定着しました。
参考)高菜とは|高菜漬けの歴史
こうして見ると、種が旅をし、その土地の気候風土に合わせて形や名前を変えながら、現在の特産品になったことがわかります。
最後に、そもそもなぜ葉物野菜には「菜」という字が使われるのでしょうか。
「菜」という字は、植物を表す「くさかんむり」に、「採(と)る」の原字である「采(サイ)」を組み合わせたものです。
参考)https://tomonite.com/articles/6511
「采」は、木の実などを手で摘み取る様子を表しており、そこから「人間が野山で摘み取って食べる草」=「菜」という意味になりました。
単なる植物(草)ではなく、「食べるために採るもの」という意味が込められています。私たちが日々育てている野菜が、古来より「食べる恵み」として大切にされてきたことが、漢字一文字からも伝わってきます。