
ヨトウムシ(夜盗虫)は、その名の通り夜間に活動して農作物を食い荒らすガの幼虫の総称です。農業現場で特に問題となるのは、「ヨトウガ」「シロイチモジヨトウ」「ハスモンヨトウ」の3種類が代表的です。これらの幼虫は、成長段階や種類によって見た目が異なりますが、共通して非常に食欲が旺盛で、放置すると一晩で苗が消滅するほどの被害をもたらすことがあります。
まず、ヨトウガの幼虫について解説します。若齢期は緑色をしており、集団で葉の裏に生息していますが、成長すると褐色や黒色に変化し、単独行動を始めます。体長は最大で40mm〜50mm程度になります。頭部の後ろに黒い斑点があるのが特徴の一つです。春と秋の二回発生のピークがあり、冷涼な気候を好むため、北海道や東北地方でも多く見られます。
次に、ハスモンヨトウです。こちらの幼虫は頭部の後ろに一対の黒い斑点があり、背中に黄色や白い線が走っているのが特徴です。体色は変異に富んでおり、緑色、褐色、黒色など様々です。名前の通りハスやサトイモなどを好みますが、極めて広食性で、野菜類から花卉類まであらゆる植物を食害します。温暖な気候を好むため、施設栽培や暖地での被害が目立ちます。
最後にシロイチモジヨトウです。成虫の羽に白い一文字の模様があることが名前の由来ですが、幼虫は緑色から褐色で、ハスモンヨトウよりもやや小さい傾向があります。ネギ類を特に好んで食害することで知られており、ネギの筒状の葉の中に入り込んで内側から食い荒らすため、発見が遅れがちになる厄介な害虫です。
これらの幼虫を見分けるポイントは、「頭部の後ろの斑点」や「背中の線の有無」、「発生している作物」を総合的に判断することです。特に老齢幼虫になると体色が土の色と同化しやすくなるため、日中の土壌表面や株元の土の中を掘り返して確認する必要があります。
ヨトウムシの生態に関する詳しい情報は、以下のリンクが参考になります。
ヨトウムシの発生時期は種類によって異なりますが、一般的には4月から11月にかけて長い期間発生します。特に注意が必要なのは、春の5月〜6月と、秋の9月〜10月です。この時期は気候が穏やかで幼虫の生育に適しており、爆発的に増殖することがあります。
春の発生(第1世代):
越冬したサナギから羽化した成虫が卵を産み付け、そこから孵化した幼虫が被害をもたらします。春キャベツやレタスなどの葉物野菜が柔らかく育つ時期と重なるため、商品価値を著しく下げる原因となります。
秋の発生(第2世代以降):
夏場に世代交代を繰り返して密度が高まった状態で秋を迎えるため、春よりも被害が甚大になる傾向があります。ダイコン、ハクサイ、ブロッコリーなどの秋野菜の植え付け時期に重なり、幼苗が根元から食いちぎられる被害が多発します。
被害の進行には明確なパターンがあります。
葉の裏に産み付けられた卵塊から孵化したばかりの幼虫は、集団で葉の裏側から表皮を残して葉肉だけを食べます。そのため、葉が白く透けたように見える「白変」がサインとなります。この段階で発見できれば、その葉を取り除くだけで駆除が完了します。
少し成長すると分散し始め、葉に穴を開ける食害が目立つようになります。まだ昼間も葉の上にいることが多いですが、徐々に夜行性の性質が強くなります。
昼間は土の中に隠れ、夜になると這い出してきて暴食します。葉脈だけ残して葉を食べ尽くしたり、茎を噛み切ったり、結球野菜(キャベツやハクサイ)の中に潜り込んで糞を撒き散らしながら内部を食い荒らしたりします。ここまでくると薬剤も効きにくくなり、手作業での捕殺も困難になります。
特筆すべき意外な情報として、ヨトウムシは「共食い」をすることがあります。高密度で発生した場合や餌が不足した場合、大きい幼虫が小さい幼虫を捕食し、生き残った個体がより強健に育つという生存戦略を持っています。これが、被害の末期に巨大な幼虫が数匹だけ見つかる原因の一つでもあります。
野菜ごとの被害の特徴と対策については、以下のタキイ種苗のページが参考になります。
ヨトウムシの駆除において最も重要なのは、「タイミング」です。幼虫が大きくなればなるほど薬剤への抵抗性が高まり、物理的にも隠れるのが上手くなるため、駆除が難しくなります。したがって、若齢幼虫のうちに対処することが鉄則です。
化学的防除(農薬の使用):
ヨトウムシに登録のある農薬は多数ありますが、種類によって効果のある成長段階が異なります。
有機栽培でも使用可能な生物農薬です。若齢幼虫に対して非常に高い効果を発揮します。幼虫が薬剤が付着した葉を食べることで消化管内で毒素が生成され死に至ります。人畜には無害で安全性が高いのがメリットですが、老齢幼虫には効果が薄いため、発生初期の散布が必須です。
脱皮を阻害する薬剤です。即効性はありませんが、次世代の密度を下げる効果があります。
即効性があり、浸透移行性を持つものも多いため、隠れている幼虫や茎の中に入った幼虫にも効果が期待できます。ただし、ミツバチなどの益虫への影響を考慮し、使用基準を厳守する必要があります。
物理的防除(無農薬・減農薬):
家庭菜園や小規模栽培では、農薬に頼らない方法も有効です。
最も確実な方法です。日中に株元の土を少し掘り返すと、丸まった幼虫が出てくることがあります。また、夜間に懐中電灯を持って見回りをし、食事中の幼虫を捕まえるのも効果的です。
米ぬかなどを炒ったものに殺虫成分を混ぜた毒餌を株元に撒いておくと、夜間に土から出てきた幼虫が食べて死にます。これは老齢幼虫にも一定の効果があります。
意外な駆除テクニック:
あまり知られていませんが、「コーヒーかす」や「ストチュウ(酢・焼酎・木酢液などの混合液)」が忌避効果を持つことがあります。特にコーヒーかすを土に混ぜることで、ヨトウムシがその匂いを嫌がり寄り付かなくなるという報告が一部の自然農法実践者から上がっています。ただし、科学的な殺虫効果が証明されているわけではないため、補助的な手段として捉えるのが賢明です。
農薬の選定や使用方法については、以下の住友化学園芸のガイドが初心者にも分かりやすくおすすめです。
被害が出る前の「予防」こそが、ヨトウムシ対策の最大の防御です。成虫に卵を産ませない環境作りを徹底しましょう。
1. 防虫ネットの設置:
作物の植え付け直後から防虫ネットや寒冷紗をかけることで、成虫の飛来と産卵を物理的に遮断できます。ネットの目合いは1mm以下推奨です。ヨトウガの成虫は意外と体が大きいため、これである程度防げますが、ネットの裾に隙間があるとそこから侵入されるので、裾は土に埋めるかピンで隙間なく固定することが重要です。
2. 除草と残渣処理:
畑の周辺に雑草が生い茂っていると、そこがヨトウムシの発生源や隠れ家になります。特にイネ科やキク科の雑草は好んで産卵場所に選ばれるため、こまめな除草が必要です。また、収穫後の野菜残渣(茎や葉)を畑に放置すると、そこで幼虫が生き残り、次作への感染源となるため、速やかにすき込むか搬出して焼却・堆肥化処理を行いましょう。
3. コンパニオンプランツの活用:
ヨトウムシが嫌う香りの植物を混植する方法です。例えば、キク科のレタスやマリーゴールド、セリ科のニンジンなどをキャベツやハクサイの近くに植えることで、忌避効果が期待できます。完全な防御策ではありませんが、生態系を活用した減農薬栽培の一環として有効です。
4. 耕起(天地返し):
冬場や作付け前に土を深く掘り返す(天地返し)を行うことで、土中で越冬しているサナギを寒風に晒して死滅させたり、鳥に食べさせたりすることができます。これは翌シーズンの発生密度を下げるために非常に重要な作業です。
5. フェロモントラップの利用:
大規模な農場では、合成フェロモンを使ってオス成虫を誘引・捕獲するトラップを利用します。これにより交尾の機会を減らし、次世代の幼虫数を抑制します。また、成虫の発生時期をモニタリングする予察ツールとしても活用されています。
予防策の効果的な組み合わせについては、以下のJAの営農情報などが実践的で参考になります。
ヨトウムシ対策において、検索上位ではあまり深く語られない視点として「天敵(益虫)」の存在があります。自然界にはヨトウムシを捕食、あるいは寄生して殺してくれる昆虫が存在します。これらを味方につけることで、薬剤のみに頼らない持続可能な防除が可能になります。
捕食性益虫:
地面を歩き回るこれらの甲虫は、夜間に活動し、土中に潜むヨトウムシの幼虫を捕食します。畑の周囲に草生帯(バンカープランツ)を設けることで、これらの住処を確保し、畑内への定着を促せます。
肉食性のハチ類は、幼虫を捕まえて肉団子にし、巣に持ち帰ります。人間にとっては危険な場合もありますが、農業的には強力なハンターです。
寄生性益虫:
ヨトウムシの体内に卵を産み付け、孵化した幼虫がヨトウムシの体を内側から食べて殺します。アブラムシ対策で有名な「バンカープランツ」としてムギ類を植えると、そこに発生するアブラムシを餌にする寄生バチが集まり、結果的にヨトウムシへの寄生率も高まるという相乗効果が報告されています。
ハチと同様にヨトウムシに寄生します。
ウイルスによる自然制御:
ヨトウムシには特異的に感染するウイルス(核多角体病ウイルスなど)が存在します。感染した幼虫は体の組織が崩壊して死に、ドロドロになって葉にぶら下がります。これが雨などで飛散すると、他の健康なヨトウムシにも感染が広がり、自然界での大発生を抑制する「エピデミック(流行病)」を引き起こします。これを利用した生物農薬も開発されています。
農薬を散布しすぎると、これらの天敵まで殺してしまい、かえってヨトウムシが増える「リサージェンス(誘導多発)」という現象が起きることがあります。特に、広範囲の虫を殺すピレスロイド系殺虫剤の乱用は天敵を減少させやすいため注意が必要です。「IPM(総合的病害虫・雑草管理)」の観点からも、天敵に影響の少ない選択性殺虫剤を選んだり、天敵が活動しやすい環境を整えたりすることが、長期的なヨトウムシ対策には不可欠です。
IPM(総合的病害虫・雑草管理)の概念については、農林水産省のページで詳しく解説されています。