シロイチモジヨトウ(白一文字夜盗)は、ネギやキャベツ、レタス、ダイズなど幅広い作物に甚大な被害をもたらす農業害虫です。特に近年は温暖化の影響もあり、発生時期が長期化し、薬剤抵抗性の問題も深刻化しています。この害虫を効果的に防除するためには、まず「正しく見分けること」が最初の一歩となります。多くの農家がハスモンヨトウやヨトウガ(ヨトウムシ)と混同しがちですが、シロイチモジヨトウには明確な識別ポイントが存在します。ここでは、幼虫の特徴を細部まで観察し、他の類似害虫と区別するための具体的な判断基準を解説します。
シロイチモジヨトウの幼虫を見分ける際、最も重要かつ決定的な特徴となるのが「黒点の有無と位置」です。多くの農業従事者が「背中に黒い点があるかどうか」だけで判断しようとしますが、それだけでは不十分であり、誤診の原因となります。より専門的な視点を持つことで、確実な同定が可能になります。
まず、シロイチモジヨトウの老齢幼虫(終齢幼虫)の体長は約30mm程度で、他のヨトウガ類に比べるとやや小型です。体色は変異に富んでおり、淡緑色、褐色、あるいは黒色に近い個体まで様々ですが、共通しているのは「背中(背面)に目立った大きな黒い斑紋のペアがない」という点です。これは後述するハスモンヨトウとの最大の違いです。
しかし、シロイチモジヨトウに黒点が全くないわけではありません。ここで注目すべきは「気門(きもん)」と呼ばれる呼吸穴の周辺です。シロイチモジヨトウの中齢以降の幼虫には、第4腹節(頭から数えて胸部の3節を除いた4番目の節)の気門のすぐ上に、小さな黒い点(黒斑)が見られます。この黒点は背中の中心ではなく、体の側面に位置しており、ハスモンヨトウの背面の大きな眼状紋とは明らかに異なります。この「気門上の小さな黒点」を確認することが、プロの識別テクニックの一つです。
参考リンク:ヨトウムシ類の見分け方と防除(大阪府) - 幼虫の頭部や体色の特徴、成長段階による変化が詳しく解説されています。
また、体の側面には黄色から白色の縦線(気門線)が走っており、その上縁が黒く縁取られることが多いのも特徴です。頭部は若齢期には黒褐色ですが、成長すると黄褐色に変わります。頭部の網目模様も識別の一助になりますが、野外で動き回る幼虫の頭部模様を確認するのは難しいため、まずは「側面の白線」と「第4腹節気門上の小黒点」を探すのが効率的です。
これらの特徴は、脱皮直後や個体差によって不明瞭な場合もあります。そのため、1匹だけで判断せず、圃場にいる複数の個体を確認し、総合的に判断することが重要です。特に、緑色の個体と褐色の個体が混在している場合でも、側面のラインや気門上の黒点の特徴は共通していることが多いのです。
現場で最も迷うのが、同じヨトウガ亜科に属する「ハスモンヨトウ」や「ヨトウガ」との区別です。これらは食害の仕方も似ていますが、有効な薬剤や生態が微妙に異なるため、区別が必要です。以下の表にそれぞれの特徴を整理しました。
| 特徴 | シロイチモジヨトウ | ハスモンヨトウ | ヨトウガ(ヨトウムシ) |
|---|---|---|---|
| 老齢幼虫の体長 | 約30mm(やや小さい) | 40~50mm(大きい) | 40~50mm(大きい) |
| 背中の黒点 | なし(目立つペアはない) | あり(第4腹節背面に一対の大きな黒斑) | 基本的になし(全体的に褐色~黒色) |
| 気門上の黒点 | 第4腹節の気門上に小黒点 | 第1腹節の気門付近にも黒斑があることが多い | 特徴的な黒点は少ない |
| 頭部の色 | 黄褐色(若齢は黒) | 黒褐色~暗褐色 | 黄褐色~赤褐色 |
| 発生時期 | 夏~秋(高温を好む) | 夏~秋(高温を好む) | 春・秋(冷涼を好む、夏は休眠) |
| 食害の特徴 | ネギ等の内部に潜る傾向が強い | 葉や花蕾を暴食する、集団性が強い | 葉を暴食する、結球内部への侵入 |
参考リンク:幼虫識別に用いる主な部位及び解説(農林水産省) - シロイチモジヨトウと他種の識別点が詳細な図解とともに示されています。
ハスモンヨトウとの決定的な違い
最も分かりやすいのは、ハスモンヨトウの背中にある「一対の黒い斑紋」です。これは非常に目立ち、あたかも「目」のように見えます。シロイチモジヨトウにはこの背面のペアの黒点はありません。もし背中にくっきりとした黒い点が並んでいたら、それはハスモンヨトウである可能性が高いです。また、シロイチモジヨトウの方が一回り体が小さく、細身の印象を受けます。
ヨトウガとの違い
ヨトウガは「春と秋」に発生が多く、真夏には少ないのが特徴です。一方、シロイチモジヨトウは南方系の害虫であり、暑さに強く、真夏から初秋にかけて発生のピークを迎えます。したがって、7月~9月の高温期にネギや葉物野菜で被害が出た場合、ヨトウガよりもシロイチモジヨトウやハスモンヨトウを疑うべきです。ヨトウガの幼虫は「シャクトリムシ」のように歩くことはありませんが、シロイチモジヨトウも同様です。しかし、シロイチモジヨトウの若齢幼虫は、驚くと糸を吐いてぶら下がる習性があります。
シロイチモジヨトウが農家にとって厄介なのは、その「隠れる能力」にあります。特にネギ(長ネギ、小ネギ)栽培においては、この習性が被害の発見を遅らせ、防除を困難にさせます。この「内部侵入」という行動パターンこそが、シロイチモジヨトウを特定する強力な手がかりとなります。
参考リンク:ネギを脅かす害虫、シロイチモジヨトウの特徴と防除方法(環境制御) - ネギにおける具体的な被害状況と対策が解説されています。
ネギの「カスリ状」の白斑
孵化したばかりの若齢幼虫は、集団で葉の表面を食害します。この段階では、葉の表皮を残して葉肉だけを食べるため、被害部は白く透けた「カスリ状(すりガラス状)」になります。このサインを見逃さないことが極めて重要です。この時期であれば、幼虫はまだ葉の表面に群がっており、薬剤もかかりやすく、手で葉ごと除去することも容易です。
内部への潜入行動
中齢以降になると、幼虫は分散し、ネギの筒状の葉に穴を開けて内部に侵入します。これがシロイチモジヨトウの最も恐ろしい特徴です。ハスモンヨトウもネギを食害しますが、彼らは比較的、外側からバリバリと食い破る傾向があります。対してシロイチモジヨトウは、小さな穴から器用に中に入り込み、内側から葉肉を食い荒らします。
外見上は小さな穴が開いているだけに見えても、割ってみると中には大量の幼虫とフンが詰まっているという事態が頻発します。内部に潜られると、散布した薬剤が虫体に直接かかりにくくなり、防除効果が激減します。「葉の表面に虫は見当たらないのに、新しい食害痕が増えている」「ネギの葉先が枯れ込んできた」といった場合は、間違いなく内部にシロイチモジヨトウが潜んでいます。
実物が見えない時の確認法
被害が疑われるネギの葉を光に透かして見てください。内部に幼虫がいる場合、黒い影が動くのが見えたり、内部のフンが透けて見えたりします。また、食入孔の付近には、食べかすやフンが排出されていることがよくあります。これらの痕跡は、シロイチモジヨトウの存在を示唆する「動かぬ証拠」です。
シロイチモジヨトウの防除において、「見分け方」と同じくらい重要なのが「発生の予兆を捉えること」です。成虫(蛾)は、葉の裏側に数百個の卵からなる「卵塊(らんかい)」を産み付けます。この卵塊の特徴を知っているだけで、数百匹の幼虫を一網打尽にできるチャンスが生まれます。
綿毛に覆われた卵塊
シロイチモジヨトウの卵塊は、ただの卵の集まりではありません。成虫の腹部にある微細な鱗毛(りんもう)で覆われており、見た目は「小さな綿毛の塊」や「薄茶色のフェルトの切れ端」のように見えます。大きさは数ミリから1センチ程度で、葉の裏側にへばりついています。これを見つけたら、迷わず葉ごと摘み取って処分してください。指で潰すのも有効ですが、数が多い場合は袋に入れて密封し、踏み潰すのが確実です。この「綿毛」は、卵を天敵や乾燥から守る役割を果たしていますが、人間にとっては格好の目印となります。
参考リンク:病害虫速報(茨城県) - 卵塊の形状や若齢幼虫の集団食害の様子が写真付きで確認できます。
若齢幼虫の「分散前」を狙う
卵から孵化した幼虫は、しばらくの間(1齢~2齢初期)、生まれた場所から離れずに集団で生活します。これを「コロニー」と呼びます。この時期の幼虫は非常に小さく、緑色で頭が黒いのが特徴です。見分けるまでもなく、「葉裏にびっしりと密集している小さな青虫」がいたら、それはヨトウムシ類の初期段階です。
この「分散前」のタイミングこそが、防除のゴールデンタイムです。幼虫が成長して散り散りになると、1匹ずつ探して駆除するのは不可能に近くなります。畑の見回りでは、葉の表だけでなく、意識的に葉をめくって裏側を確認する癖をつけてください。特に、下葉や風通しの悪い場所の葉裏は産卵場所として好まれます。
フェロモントラップによる予察
「いつ産卵されるか分からない」という不安を解消するために、フェロモントラップの活用も推奨されます。これはオスの成虫を誘引して捕獲する装置で、これに入る成虫の数が増えたら、「数日後に産卵が始まり、その1週間後に幼虫が孵化する」という予測が立ちます。このタイミングに合わせて見回りを強化したり、若齢幼虫に効く薬剤を散布したりすることで、効率的な先手必勝の防除が可能になります。
最後に、シロイチモジヨトウを語る上で避けて通れないのが「薬剤抵抗性(やくざいていこうせい)」の問題です。シロイチモジヨトウは、同じ系統の殺虫剤を繰り返し使用すると、驚くべき速さで抵抗性を獲得し、薬が効かなくなることで知られています。このため、ただ漫然と農薬を撒くだけでは、コストがかさむだけで被害は減らないという悪循環に陥ります。
参考リンク:シロイチモジヨトウの防除対策の徹底(佐賀県) - 薬剤感受性の低下とローテーション散布の重要性について記述があります。
IRACコード(作用機構分類)の活用
抵抗性対策の基本は「ローテーション防除」です。これは、異なる作用機序(虫への効き方)を持つ薬剤を順番に使う方法です。農薬のラベルには、有効成分とともに「IRACコード」と呼ばれる番号が記載されていることがあります(例:1B, 28, 15など)。
例えば、ジアミド系(コード28)の薬剤ばかりを使っていると、その系統に強い個体だけが生き残り、次世代から全く効かなくなります。これを防ぐために、次は合成ピレスロイド系(コード3A)、その次はIGR剤(コード15)といった具合に、番号の異なる薬剤を組み合わせて使用します。
薬剤選びのポイント
シロイチモジヨトウに登録のある薬剤は多数ありますが、地域によって「効く薬」と「効かない薬」の傾向が異なります。地元の病害虫防除所やJAが発行する「防除暦」や「発生予察情報」を必ず確認してください。一般的には、以下の系統がローテーションの軸となります。
散布のコツ
薬剤の効果を最大限に引き出すには、散布方法も重要です。シロイチモジヨトウは葉裏やネギの内部、株元に潜んでいます。上からサッと撒くだけでは薬液が届きません。展着剤(薬液を虫や葉にくっつきやすくする添加剤)を必ず加用し、ノズルを下から上に向けたり、水量を多めにして作物の内部まで薬液が滴るように散布したりする工夫が必要です。特にネギの場合は、筒の中に薬液が入るように意識して散布することが求められます。
シロイチモジヨトウとの戦いは、早期発見と賢い薬剤選択にかかっています。特徴的な「気門上の黒点」で見分け、「内部侵入」の前に対処し、「ローテーション防除」で抵抗性を回避する。この3段構えで、大切な作物を守り抜きましょう。

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