コナジラミ類(特にタバココナジラミやオンシツコナジラミ)は、薬剤抵抗性を非常に発達させやすい害虫として知られています。同じ種類の農薬、あるいは同じ作用機作(殺虫メカニズム)を持つ薬剤を連用すると、生き残った個体だけが繁殖し、最終的にその薬剤が全く効かないスーパー害虫を生み出してしまいます。これを防ぐ唯一にして最大の手段が「ローテーション防除」です。
ローテーション防除を実践する上で最も重要な指標となるのが「IRAC(アイラック)コード」です。これは殺虫剤の作用機作分類を表す番号で、農薬のラベルや製品情報に記載されています。
具体的なローテーションの例として、以下のような系統の分散が考えられます。
| 散布順序 | 薬剤系統(例) | IRACコード | 狙いと特徴 |
|---|---|---|---|
| 1回目 | ネオニコチノイド系 | 4A | 定植時や発生初期に。浸透移行性があり残効が期待できる。 |
| 2回目 | ジアミド系 | 28 | 筋肉収縮を阻害。チョウ目など他害虫との同時防除にも有効。 |
| 3回目 | IGR剤(昆虫成長制御剤) | 16など | 幼虫の脱皮阻害など。成虫には効かないが次世代密度を下げる。 |
| 4回目 | 気門封鎖剤・物理防除剤 | - | 抵抗性の心配がない。成虫・幼虫を物理的に窒息させる。 |
IRACコード分類表について詳しく解説しているシンジェンタジャパンのページです。
作用機作分類(IRACコード)の解説と一覧
また、地域によってはすでに特定の系統(例えば合成ピレスロイド系など)に対して強い抵抗性を持っている個体群が存在する場合があります。地元の病害虫防除所が出している「防除指針」や「予察情報」を確認し、地域で効果が落ちている薬剤をリストアップして、ローテーションから外す勇気も必要です。
効果的な体系防除を組むには、単に系統を変えるだけでなく、「いつ、どのステージを叩くか」という戦略が必要です。コナジラミは「卵」「幼虫」「蛹」「成虫」という異なるステージが混在して生息していることが多く、全ステージを一網打尽にできる単一の薬剤は限られています。
この段階では、残効性が長く、植物体内に成分が浸透する「ネオニコチノイド系(4A)」や「ジアミド系(28)」、「コリンエステラーゼ阻害剤」などが有効です。粒剤処理を定植時に行うことで、初期の飛び込み成虫を殺し、産卵を抑制します。初期の密度をいかに抑えるかが、その作付期間全体の勝負を分けます。
成虫も見かけるが、葉裏に幼虫が増えてくる時期です。ここでは「IGR剤(昆虫成長制御剤)」の投入が鍵となります。IGR剤は即効性こそありませんが、幼虫が成虫になるのを阻害したり、成虫が産んだ卵を孵化させなくしたりする効果があります。
収穫期に入ると、使用日数(収穫前何日まで使えるか)の制約が出てきます。ここで活躍するのが「気門封鎖剤(物理的防除剤)」や「微生物農薬」です。
体系防除の一例として、以下のような流れをイメージしてください。
このように、薬剤の「残効性」「速効性」「対象ステージ」をパズルのように組み合わせることが、密度を低く保つコツです。
農研機構によるタバココナジラミ バイオタイプQ(薬剤抵抗性が強いタイプ)に関する研究と対策です。
施設野菜におけるタバココナジラミ バイオタイプQの防除マニュアル
抵抗性管理(IRM: Insecticide Resistance Management)は、もはや「できればやったほうがいい」レベルではなく、農業経営を守るための必須事項です。特にコナジラミ類、アザミウマ類、ハダニ類は「3大抵抗性害虫」と言っても過言ではありません。
抵抗性発達のリスクを最小限にするための具体的な管理テクニックを紹介します。
都道府県の農業試験場や病害虫防除所は、定期的に主要害虫の薬剤感受性検定を行っています。「今年は〇〇剤の効きが悪い」というデータが出たら、即座にその薬剤の使用を中止し、翌年以降まで休ませてください。一度抵抗性がついた個体群も、その薬剤を使わない期間を数年設けることで、再び感受性(効きやすさ)が戻る場合があります(リバージョン現象)。
異なる作用機作の薬剤を混ぜて散布する「混用」は、一度に多様な作用点で攻撃できるため効果的ですが、リスクもあります。もし生き残った個体がいた場合、それは「両方の薬剤に耐性を持つ多剤耐性個体」になる可能性があるからです。
理論的には、圃場内の害虫を100%殺せれば抵抗性は発達しませんが、それは不可能です。中途半端な濃度や散布ムラで「死にかけたけど生き残った」個体が最も危険です。
薬剤のみに頼ると抵抗性リスクが高まります。スワルスキーカブリダニやタバコカスミカメなどの天敵製剤、あるいは土着の天敵(ヒメコバチなど)を活用できる環境を作ることで、化学農薬の散布回数そのものを減らす(=選択圧を下げる)ことができます。これをIPM(総合的病害虫管理)と呼びます。
天敵利用を含めたIPM(総合的病害虫管理)の具体的な実践事例や技術マニュアルです。
「気門封鎖剤」は、従来の神経系に作用する化学農薬とは一線を画す存在として、現代のローテーション防除における「ジョーカー(切り札)」的な役割を果たしています。
気門封鎖剤のメリット:
気門封鎖剤の効果的な使い方(テクニック):
気門封鎖剤は「かかった虫しか死なない」という特性があります。浸透移行性もガス効果もありません。したがって、使い方の巧拙が効果に直結します。
注意点:
汚れや薬害のリスクがあります。特に収穫物に直接かかる場合、白い跡が残ったり、油染みになったりすることがあります。イチゴやトマトなど、果実に直接かかる場合は、汚れが目立たないタイプを選ぶか、収穫直後の散布を心がける等の配慮が必要です。
これは検索上位の記事ではあまり深く触れられていない視点ですが、圃場の外(周辺環境)がローテーション防除の成功率を大きく左右します。どれだけ完璧なローテーションを組んでも、圃場の外から薬剤のかかっていないフレッシュな(あるいは近隣から逃げてきた)コナジラミが次々と侵入してくれば、防除効果は薄れてしまいます。
周辺雑草は「抵抗性リセット」の場所か、「供給源」か?
コナジラミは雑食性で、多くの雑草に寄生します。
周辺環境管理のポイント:
ハウスの際(キワ)1メートル幅だけでも除草シートやコンクリートで覆うことは非常に有効です。雑草があると、そこで増殖したコナジラミが歩行や飛翔で容易に侵入します。
夜行性のヤガ類対策として黄色蛍光灯を導入している場合、コナジラミへの影響はどうでしょうか。コナジラミは昼行性ですが、特定波長の光を嫌う性質を利用した「光反射シート(シルバーマルチなど)」や「紫外線除去フィルム」の方が忌避効果は高いです。黄色粘着板は誘引捕殺に使われますが、照明としての黄色灯はコナジラミ防除の主役ではありません。
近隣で同じ作物を栽培している場合、地域全体でローテーションを意識しないと、隣の畑から抵抗性個体が飛んでくる「もらい事故」が起きます。地域の部会などで「今月はこの系統の使用は控えよう」といった申し合わせができるのが理想的な地域防除です。自分だけが頑張っても限界があるのが、移動性の高いコナジラミ防除の難しいところです。
コナジラミは寒さに弱いですが、施設内やハウス周辺の枯れ草の下などで越冬します。作が終わった後の「蒸し込み処理(ハウスを密閉して高温にする)」や、残渣の完全撤去・埋没処分は、翌シーズンの初期密度をゼロに近づけるための、農薬を使わない最強の防除手段です。これを怠ると、最初から抵抗性を持った越冬成虫との戦いになり、どんなローテーションも効きにくくなります。
ハウス周辺の雑草管理が害虫発生にどう影響するかを解説した技術資料です。