
近年、アザミウマ類の防除において画期的な進展が見られています。従来のアザミウマ防除では、ネオニコチノイド系や合成ピレスロイド系薬剤への感受性が低下し、薬剤抵抗性の発達が深刻な問題となっていました。しかし、ここ数年で全く新しい作用機作を持つ「新薬」が相次いで登録され、防除体系の要として注目を集めています。
特に注目すべきは、日産化学が開発した「グレーシア乳剤」です。この薬剤は、イソオキサゾリン系に属する新規化合物フルキサメタミドを有効成分としています。
グレーシア乳剤の最大の特徴は、そのユニークな作用点です。神経系に作用しますが、従来のジアミド系(IRAC 28)やスピノシン系(IRAC 5)とは異なる部位に結合するため、これら薬剤と交差抵抗性を示しません。これにより、抵抗性が発達してしまった難防除個体群に対しても「リセット」するような形で効果を発揮することが可能です。
また、日本化薬の「ファインセーブフロアブル」も重要な選択肢です。
これらの新薬を導入する際は、単に「新しいから効く」と考えるのではなく、「既存の薬剤体系の中に、異なる作用機作の駒が増えた」と捉えることが重要です。例えば、育苗期後半から定植初期の最も重要な時期にこれら新薬を配置することで、初期密度を徹底的に抑え込む戦略が有効です。
日産化学の公式サイトでは、グレーシア乳剤の詳しい適用作物や希釈倍数が確認できます。
さらに、これらの薬剤は「食毒」だけでなく「接触毒」としての効果も併せ持つものが多いですが、アザミウマは花の中や新芽の隙間など、薬液がかかりにくい場所に潜んでいます。新薬のポテンシャルを最大限に引き出すためには、展着剤の加用や十分な散布水量の確保など、丁寧な散布作業が不可欠であることは言うまでもありません。
アザミウマ類、特にミナミキイロアザミウマやネギアザミウマは、薬剤抵抗性を獲得するスピードが極めて速い害虫として知られています。その背景には、彼らの世代交代の速さと、単為生殖を行うという生態的特性があります。一度抵抗性遺伝子を持った個体が出現すると、短期間で圃場全体の個体群が抵抗性を持つものに置き換わってしまいます。
この問題に対抗する唯一にして最大の手段が「IRACコード(アイラックコード)」に基づいたローテーション防除です。IRACコードとは、殺虫剤をその作用機作(殺虫メカニズム)によって分類した番号のことです。
具体的なローテーションの例を考えてみましょう。
| 散布順序 | 薬剤例 | IRACコード | 狙い |
|---|---|---|---|
| 1回目 | グレーシア乳剤 | 30 | 初期の徹底防除(神経系:GABA) |
| 2回目 | ベネビアOD | 28 | 浸透移行性を活かす(神経系:RyR) |
| 3回目 | ファインセーブ | 34 | 異なる系統への切り替え(代謝系) |
| 4回目 | マッチ乳剤 | 15 | 脱皮阻害による密度抑制(成長調整) |
このように、連続して同じ系統を使わないことが鉄則です。特に、スピノシン系(IRAC 5)やジアミド系(IRAC 28)は効果が高く使いやすいため連用されがちですが、抵抗性発達のリスクが高いため、1作型での使用回数を厳守し、必ず他の系統を挟むようにしてください。
FMCの解説ページでは、IRACコードの詳細な分類表や抵抗性管理のガイドラインが公開されています。
また、地域によっては特定の薬剤に対してすでに強い抵抗性が確認されている場合があります。例えば、「この地域ではもうピレスロイド(2A)は効かない」といった情報です。こうした情報は、各都道府県の病害虫防除所が発行する「予察情報」や「防除指針」に掲載されています。新薬を投入する前に、地元の指導機関が発信している抵抗性の現状を確認することが、無駄な散布を防ぐ第一歩となります。
化学農薬だけに頼る防除には限界があります。抵抗性リスクを低減し、持続可能な農業を実現するためには、物理的にアザミウマを「入れない」「増やさない」対策を組み合わせるIPM(総合的病害虫管理)の考え方が必須です。ここで近年、劇的な効果が実証され注目されているのが「赤色防虫ネット」です。
京都府農林水産技術センターの研究では、赤色ネットがネギアザミウマの侵入を大幅に抑制することが報告されています。
従来、防虫ネットといえば白や黒、青色が主流でした。しかし、最新の研究により、アザミウマは「赤色」を認識しにくい、あるいは赤色の領域には誘引されにくいという視覚特性を持つことが分かってきました。
さらに、光を利用した対策として「光乱反射シート(マルチ)」の利用も有効です。アザミウマは上下の感覚を光の方向で認識しているため、足元(マルチ面)から強い光が反射してくると、平衡感覚を失い、作物への定着が阻害されます。定植時にシルバーマルチや高反射率の白色マルチを使用するだけで、初期の飛び込み数を有意に減らすことができます。
粘着板(トラップ)の設置も重要ですが、これも色選びがポイントです。
発生しているアザミウマの種類によって色を使い分ける、あるいは両方を設置してモニタリング(発生予察)を行うことが重要です。「今、何匹飛んでいるか」を数字で把握することで、漫然とした定期散布ではなく、発生のピークに合わせた的確な農薬散布(適期防除)が可能になります。これは結果として農薬代の削減にもつながります。
検索上位の情報には少ない、独自視点の防除策として「天敵利用」と「植物の免疫活性化」について深掘りします。農薬で「叩く」だけでなく、生態系と植物自身の力を「利用する」アプローチです。
まず天敵利用ですが、アザミウマ類の捕食者として以下の生物農薬が登録されています。
これらの天敵を導入する場合、前述の「化学農薬」との兼ね合いが最重要課題となります。グレーシアやファインセーブなどの新薬は、比較的これら天敵への影響が少ない(または影響期間が短い)とされていますが、使用するタイミングには細心の注意が必要です。例えば、スワルスキーカブリダニを放飼する前後2週間は、有機リン系やピレスロイド系など影響の強い薬剤の散布を避ける必要があります。
そして、近年注目されているのが「バイオスティミュラント(生物刺激資材)」によるアザミウマ被害の軽減です。これは直接虫を殺すのではなく、植物のストレス耐性や自己防衛機能を高めるものです。
アザミウマの被害は、単なる吸汁痕だけでなく、トマト黄化えそウイルス(TSWV)などのウイルス病を媒介することで壊滅的な打撃を与えます。ここで植物の「免疫」が重要になります。
岐阜県などの試験研究では、バイオスティミュラントを活用した病害抑制技術の開発が進められています。
具体的には、以下のようなメカニズムが期待されています。
これらは農薬のような劇的な即効性はありませんが、防除体系の「ベース」として組み込むことで、化学農薬の効果を補完し、全体の被害レベルを押し下げる効果があります。「農薬でゼロにする」ことが難しい現代において、「被害が出ても収量に影響させない」ための植物作りは、次世代の農業技術として欠かせない視点となるでしょう。
新薬による「攻め」、物理的対策による「守り」、そしてバイオスティミュラントによる「体質改善」。これらを組み合わせた総合的な防除体系こそが、抵抗性アザミウマに打ち勝つ唯一の道です。