農業現場で使用される阻害剤は、標的とする生物の生命活動を特定の作用点で妨げることで効果を発揮する農薬です。阻害剤は用途別に殺虫剤、殺菌剤、除草剤の3つに大別され、それぞれが異なる生理機能を標的としています。殺虫剤系阻害剤はアセチルコリンエステラーゼ阻害剤やGABA作動性塩化物イオンチャネルブロッカーなど神経系に作用するタイプが中心で、害虫の神経伝達を遮断して効果を示します。殺菌剤系阻害剤はステロール生合成阻害剤や呼吸阻害剤など、病原菌の細胞膜形成や代謝機能を標的とします。除草剤系阻害剤にはACCase阻害剤やALS阻害剤など、植物の脂肪酸合成やアミノ酸合成を妨げるタイプがあります。
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殺虫剤系阻害剤は作用機構によってIRAC(殺虫剤抵抗性行動委員会)により体系的に分類されており、主要グループには神経作用型と成長調節型があります。神経作用型の代表例として、有機リン系やカーバメート系のアセチルコリンエステラーゼ阻害剤があり、神経伝達物質の分解を妨げることで害虫を麻痺させます。ネオニコチノイド系はニコチン性アセチルコリン受容体に作用し、持続的な神経興奮を引き起こします。ピレスロイド系は神経細胞のナトリウムチャネルを標的とし、速効性がある反面、残効期間は短めという特徴があります。成長調節型にはキチン生合成阻害剤(タイプ0・タイプ1)や脱皮阻害剤があり、幼虫の正常な発育を妨げることで殺虫効果を示します。
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特に注目すべき点として、近年ではテトロン酸やテトラミン酸誘導体など脂質合成を阻害するタイプも開発されており、既存剤への感受性が低下した害虫に対する新たな選択肢となっています。
殺菌剤系阻害剤はFRAC(殺菌剤抵抗性行動委員会)により代謝経路別に分類され、A(核酸合成)からP、さらにマルチサイト阻害剤(M)まで細分化されています。ステロール生合成阻害剤は病原菌の細胞膜を構成するエルゴステロールの合成を妨げるもので、オキスポコナゾールやプロクロラズなど多数の有効成分が含まれます。bc1複合体を標的とする呼吸阻害剤(ストロビルリン系)は、ナティーボやアフェットなどの製品名で知られ、広範囲の病害に有効です。メラニン生合成阻害剤にはMBI-R(トリシクラゾール、フサライド)とMBI-D(カルプロパミド、ジクロシメット)の2タイプがあり、病原菌の感染器官形成を阻害します。
参考)https://www.greenjapan.co.jp/noyak_ketobunrui.htm
殺菌剤の中には病原菌を直接攻撃せず、作物側の抵抗性を誘導するタイプも存在します。プロベナゾールやチアジニルは植物の全身誘導抵抗性を活性化させ、予防的な病害防除を可能にします。
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殺菌剤の詳細な作用機構分類については、FRAC公式分類表が参考になります。各殺菌剤グループの生化学的作用点と交差耐性パターンが網羅的に掲載されています。
除草剤系阻害剤はHRAC(除草剤抵抗性行動委員会)により作用機構別に分類されており、大きく光合成阻害型と生合成阻害型に分けられます。光合成阻害剤にはトリアジン系(アトラジン、シメトリン)や尿素系(DCMU)があり、光化学系IIを阻害して活性酸素を生じさせることで雑草を枯死させます。ALS(アセト乳酸合成酵素)阻害剤は分岐鎖アミノ酸の合成を妨げる除草剤で、イマゾスルフロンやベンスルフロンメチルなどが該当します。ACCase(アセチルCoAカルボキシラーゼ)阻害剤は脂肪酸合成を阻害するもので、セトキシジムやフルアジホップブチルが代表例です。
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超長鎖脂肪酸阻害剤であるジリウム系(カフェンストロール、インダノファンなど)は、細胞膜形成に必要な脂肪酸の生成を妨げます。また、セルロース合成阻害剤(ジクロベニル、イソキサベン)は植物細胞壁の形成を阻害し、微小管重合阻害剤(トリフルラリン、ペンディメタリン)は細胞分裂を妨げることで除草効果を発揮します。
効果的な阻害剤選択には、標的生物の種類だけでなく作用機構の理解が不可欠です。同一系統の阻害剤を連続使用すると薬剤抵抗性が発達しやすくなるため、作用機構の異なる複数の薬剤をローテーション散布することが推奨されます。例えばイチゴのハダニ類は世代交代が短く抵抗性が発達しやすいため、系統の異なる農薬を最低3種類ローテーションで使用すべきです。
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薬剤選択の具体的基準として以下の点を考慮します。
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さらに、病原菌や害虫の感受性段階に応じた薬剤選択も重要で、耐性菌が既に出現している場合は作用点が全く異なる系統への切り替えが必要です。
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ローテーション散布の実践方法については、KINCHO園芸のサイトで殺菌剤の作用系統別分類表と具体的な輪番散布スケジュールが解説されています。
薬剤抵抗性は同一阻害剤の連続使用により、標的生物の遺伝子変異個体が選抜され増加することで発生します。抵抗性回避の最も効果的な方法は、作用機構の異なる阻害剤を計画的にローテーション散布することです。具体的なローテーション計画では、散布間隔と各薬剤の効果期間を考慮したスケジュールを立てます。
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実践的なローテーション例として以下の表を参考にしてください。
| 散布時期 | 使用阻害剤タイプ | 作用機構コード |
|---|---|---|
| 1週目 | 神経作用型殺虫剤(ネオニコチノイド系) | IRAC 4A |
| 3週目 | 成長調節型殺虫剤(キチン合成阻害剤) | IRAC 15 |
| 5週目 | 呼吸阻害型殺虫剤 | IRAC 21A |
| 7週目 | 神経作用型殺虫剤(ピレスロイド系) | IRAC 3A |
このローテーション方式により、各薬剤の効果を最大限に活用しながら、同時に抵抗性の発生を防ぐことができます。農研機構の実証実験では、複数剤を順番に施用することで抵抗性発達を大幅に遅延させる効果が確認されています。
また、ローテーション散布時には以下の点に注意が必要です。
特に連作障害が懸念される圃場では、土壌病原菌に対する殺菌剤のローテーションと併せて、生育阻害物質を分解する微生物資材の活用も効果的です。バイオ炭の吸着能力により連作障害の原因物質を除去しつつ、作用機構の異なる阻害剤をローテーションすることで、総合的な病害虫管理が実現できます。
参考)バイオ炭による連作障害対策 - コーンコブミラクル
ローテーション防除の詳細な実践方法と、散布間隔の具体的な調整方法については、こちらの記事で農薬の効果期間に基づいた週別スケジュール例が紹介されています。