ゴルフ場のコース管理において、常に最大の課題となるのが「芝生の品質維持」と「管理コスト・労力の削減」の両立です。特に近年では、気候変動による想定外の病害発生や、既存の薬剤に耐性を持つ雑草の出現により、グリーンキーパーの負担は増大傾向にあります。こうした中で、世界的な農薬メーカーであるシンジェンタ(Syngenta)は、ゴルフ場や緑地管理に特化した「プロフェッショナルソリューション」部門を展開し、科学的根拠に基づいた高度な管理手法を提案しています。
参考)https://onlinelibrary.wiley.com/doi/pdfdirect/10.1002/ps.6072
シンジェンタの強みは、単に薬剤を販売するだけでなく、抵抗性マネジメントや散布技術の最適化、さらにはデジタルツールを用いた予察情報まで含めたトータルソリューションを提供している点にあります。本記事では、シンジェンタの農薬製品ラインナップを軸に、ゴルフ場の芝生管理を劇的に効率化し、かつ環境にも配慮した持続可能なコース運営を実現するための具体的な戦略について深掘りします。
参考)シンジェンタ SPSライブラリー
近年、ゴルフ場管理者を悩ませている最大の問題の一つが、除草剤抵抗性を持った雑草、特に「スズメノカタビラ(Poa annua)」の制御です。同じ作用機序の除草剤を連用することで、生き残った個体が繁殖し、従来の薬剤が効かなくなる現象が世界中で報告されています。シンジェンタはこの問題に対し、異なる作用機序を持つ除草剤のローテーション散布を強く推奨しており、そのための強力な製品ポートフォリオを有しています。
参考)https://www.mdpi.com/2073-4395/11/11/2148/pdf
シンジェンタ プロフェッショナル ソリューション事業(ゴルフ場用農薬の概要)
特に注目すべきは、土壌処理剤と茎葉処理剤の適切な組み合わせです。例えば、「バリケードフロアブル」は、安定した土壌処理層を形成し、長期間にわたって雑草の発生を抑制する能力に優れています。これにより、雑草が発生してからの「事後対応」ではなく、発生そのものを防ぐ「予防的管理」が可能となり、結果として除草作業の回数を減らすことができます。また、「クサブロック」のような除草剤は、寒地型西洋芝への安全性が高く、ベントグリーン周りでも使用できるため、薬害のリスクを最小限に抑えながら防除を行うことが可能です。
参考)https://www.greencastonline.jp/product/crop-protection/jyosouzai/kusablock
抵抗性対策において重要なのは、以下の3つのポイントを徹底することです。
同じMOAコードの薬剤を連続して使用しないことが鉄則です。シンジェンタの製品ラベルや技術資料には詳細な分類が記載されており、これを基に年間の散布計画を立てる必要があります。
参考)https://www.mdpi.com/2071-1050/14/20/13399/pdf?version=1666065411
抵抗性雑草であっても、発芽直後の幼少期や発芽前であれば防除しやすい傾向があります。バリケードなどの長期残効型薬剤を用いることで、抵抗性個体の出現リスクを低減できます。
参考)https://www.syngentalm.jp/product/crop-protection/jyosouzai/barricade
雑草の生育ステージに合わせた散布が不可欠です。成長しきった雑草は除草剤への耐性が高まるため、早期発見・早期防除がコスト削減と効果の最大化につながります。
参考)https://www.syngentalm.jp/product/crop-protection/jyosouzai/asulastar
さらに、シンジェンタでは「アシュラスター液剤」のように、茎葉処理効果に優れ、幅広い雑草に対応できる製品もラインナップしており、予算や発生状況に応じた柔軟な管理が可能です。これらの薬剤を戦略的に組み合わせることで、単に草を枯らすだけでなく、将来的な抵抗性リスクを管理するという視点を持つことが、現代のグリーンキーパーには求められています。
農薬というと殺菌剤や除草剤が想起されがちですが、ゴルフ場のクオリティを一段階引き上げるために不可欠なのが「植物成長調整剤(PGR)」です。中でもシンジェンタの「プリモマックス液剤(成分:トリネキサパックエチル)」は、世界中のゴルフ場で標準的に使用されている信頼性の高い製品です。
参考)https://www.syngentalm.jp/product/crop-protection/seichouchouseizai/primo-maxx
プリモマックスの主たる効果は、芝生の縦方向の伸長を抑制することですが、そのメリットは単なる「刈り込み頻度の低減」にとどまりません。芝生のエネルギーを葉の伸長ではなく、根の生育や分げつ(横方向への広がり)に振り向けることで、以下のような複合的なメリットが生まれます。
参考)https://www.kga.gr.jp/resources/pdf/green/64green_2.pdf
分げつが促進されることで、裸地が埋まりやすくなり、ボールの転がりがスムーズな高品質なパッティングクオリティを実現します。
根が深く張ることで、乾燥や高温などの環境ストレスに対する抵抗力が高まります。これは、夏の過酷な気象条件下でも芝生を維持するために極めて重要です。
伸長抑制効果により、刈り込み作業の回数や廃棄する芝カス(サッチ)の量を減らすことができます。これは労務費の削減だけでなく、機械の燃料消費や摩耗を抑えることにもつながります。
参考)http://www.rgm.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/data_sales_products01_04.pdf
また、「バウンティフロアブル(成分:パクロブトラゾール)」も同様にジベレリンの生合成を抑制する成長調整剤ですが、こちらは樹木への適用や特定の条件下での使い分けが可能です。ただし、グリーン上での使用には制限がある場合があるため、プリモマックスとの適切な使い分けが必要です。
参考)https://www.syngentalm.jp/product/crop-protection/seichouchouseizai/bounty
プリモマックス液剤 製品詳細(芝生の品質向上と管理コスト削減のメカニズム)
重要なのは、成長調整剤を単なる「伸び止め」としてではなく、「芝生の生理機能をコントロールするツール」として捉えることです。定期的に少量を散布するプログラム(通称:プリモプログラム)を導入することで、年間を通じて安定したコンディションを維持することが可能になります。これにより、トーナメント開催時のような極限の仕上げが求められる場面でも、芝生への負担を最小限に抑えながら最高のパフォーマンスを引き出すことができるのです。
参考)https://japr.or.jp/wp-content/uploads/shokucho-shi/36/shokucho_36-04_07.pdf
ゴルフ場の芝生、特にベントグラスなどの寒地型芝草は、日本の高温多湿な気候下では常に病害のリスクに晒されています。炭疽病、ブラウンパッチ、ピシウム病、ダラースポットなど、季節ごとに発生する病害は多岐にわたり、これらを効果的に防除するためには、殺菌剤の予防散布とローテーションが欠かせません。
参考)https://www.bougiken.com/PDF/NO17_202502.pdf
シンジェンタは、非常に幅広い殺菌剤のラインナップを持っており、これらを組み合わせることで「耐性菌(抵抗性菌)」の発生を防ぎつつ、確実な防除を行うことができます。特に以下の薬剤は、ゴルフ場管理の基盤となる重要な製品です。
参考)https://www.greencastonline.jp/sites/g/files/kgtney621/files/media/document/2020/10/16/medallion.pdf
| 製品名 | 主な対象病害 | 特徴と役割 |
|---|---|---|
| メダリオン水和剤 | 炭疽病、ブラウンパッチ、雪腐病 | 新規系統(フェニルピロール系)で、既存剤に耐性を持つ菌にも高い効果を発揮。夏場のローテーションの要となる。 |
| グラステン水和剤 | ブラウンパッチ、ダラースポット等 |
総合防除剤として長年の実績があり、広範囲の病害をカバーするベース薬剤 |
| セイビアーフロアブル20 | 菌核病、灰色かび病等 |
予防効果と残効性に優れ、発生前からの散布で菌密度を抑制する |
| ヘリテージ | ピシウム、リゾクトニア等 | ストロビルリン系(QoI剤)の代表格。浸透移行性に優れ、根部からの吸収も期待できる(※海外での評価含む、国内適用要確認)。 |
殺菌剤の運用で最も注意すべきは、EBI剤(DMI剤)やストロビルリン系薬剤などの「作用点が単一の薬剤」を連用しないことです。これらは効果が高い反面、耐性菌が出現しやすいリスクがあります。そこで、メダリオンのような異なる作用機序(細胞シグナル伝達阻害など)を持つ薬剤をプログラムに組み込むことが、長期的な病害コントロールを成功させる鍵となります。
また、近年では「展着剤」の活用も進んでいます。シンジェンタの「ミックスパワー」のような機能性展着剤を混用することで、薬剤の付着性や浸透性を高め、散布水量を減らしても十分な効果を得ることが可能になります。これにより、散布作業の効率化と薬剤の環境への流出低減を同時に達成できます。病害が発生してから慌てて治療剤を散布するのではなく、気象予報や過去の発生履歴に基づいた「予防散布」を主軸に据え、複数の作用機序を持つ殺菌剤を戦略的にローテーションさせることが、現代の病害管理のスタンダードです。
ゴルフ場の管理業務は、経験や勘に頼る部分も依然として大きいですが、シンジェンタはここに「データ」と「デジタル技術」を持ち込むことで、管理の精度を飛躍的に高めています。その中核となるのが、シンジェンタが提供する情報プラットフォーム「GreenCast(グリーンキャスト)」です。
参考)https://www.greencastonline.jp
GreenCastは、単なる製品カタログサイトではなく、ゴルフ場管理に特化した天気予報、病害発生予測、土壌温度の推移など、意思決定に必要なデータを包括的に提供するサービスです。例えば、土壌温度や積算温度のデータを参照することで、雑草の発芽時期をピンポイントで予測し、土壌処理剤の散布タイミングを最適化することができます。早すぎる散布は無駄になり、遅すぎれば効果が激減するため、このデータに基づいたタイミング決定はコストパフォーマンスに直結します。
シンジェンタ GreenCast(病害予察情報と管理ツールの活用)
さらに、シンジェンタはドローン技術や散布精度の向上にも力を入れています。GPSを活用した正確な散布や、適切なノズルの選定に関する技術サポートを提供しており、薬剤のドリフト(飛散)防止や、散布ムラによる「薬害」や「効きムラ」のリスクを低減させています。特に、最近の薬剤は少量散布で効果を発揮する高濃度タイプが増えているため、希釈倍率や散布水量の計算、そして均一な散布技術が以前にも増して重要になっています。
参考)https://item.rakuten.co.jp/kaiteki-elife/4580224701991/
また、タンクミックス(混用)の適合性に関する情報提供も、現場にとっては非常に有益です。殺菌剤、殺虫剤、液肥、成長調整剤などを一度に散布できれば、作業時間は大幅に短縮されますが、薬剤同士の化学反応による沈殿や効果の減退が懸念されます。シンジェンタ製品同士、あるいは推奨される組み合わせであれば、こうしたトラブルを回避し、安心して効率化を図ることができます。
プロのグリーンキーパーがシンジェンタを選ぶ理由は、単に「薬が効くから」だけではありません。こうしたバックデータや技術サポート、そして「いつ、何を、どのように撒くべきか」という判断を支援してくれるトータルな技術体系が整っているからこそ、複雑化するコース管理の現場で信頼され続けています。
参考)https://www.syngenta.co.jp/business/sps
最後に、これからのゴルフ場管理において避けて通れないのが「環境への配慮」と「持続可能性(サステナビリティ)」です。ゴルフ場は大量の水や農薬を使用するため、周辺の水源汚染や生態系への影響について厳しい目が向けられています。シンジェンタはこの課題に対し、環境負荷の低い薬剤の開発と、植物自身の力を引き出すバイオスティミュラント(生物刺激資材)の研究で応えています。
参考)EWA
独自の視点として注目すべきは、「農薬による防除」から「植物の健康増進によるストレス回避」へのシフトです。
例えば、近年注目されているバイオスティミュラント製品は、芝生の根圏微生物相を改善したり、高温や乾燥といった非生物的ストレスに対する耐性を高めたりする効果があります。これにより、病害にかかりにくい健康な芝生を作ることで、結果として化学農薬の使用量を減らすことが可能になります。シンジェンタもまた、この分野への投資を加速させており、伝統的な農薬と新しいバイオ技術を融合させた管理体系を構築しようとしています。
参考)https://www.mdpi.com/2223-7747/12/3/539/pdf?version=1674578972
また、水質保全の観点からも、シンジェンタの薬剤は土壌吸着性が高く、地下水への溶脱が少ない成分が採用されています。例えば「クサブロック」は蒸気圧が低く土壌に留まりやすいため、意図しない場所への流出や揮散を防ぐ設計になっています。これは、ゴルフ場周辺の住民や自然環境に対する安全性を担保する上で非常に重要な特性です。
さらに、SDGs(持続可能な開発目標)の観点からは、限られた水資源の有効活用も課題です。適切な展着剤や浸透剤を使用することで、撥水性のある土壌(ドライスポット)を改善し、灌水効率を高めることができます。少ない水で芝生を維持できれば、ポンプの電力消費も抑えられ、CO2排出削減にも貢献できます。
参考)https://akebono-tsusho.jp/pages/72/
これからの「プロ」の管理とは、単に緑の芝生を作るだけでなく、それが「環境的に正しく維持されているか」を説明できることでもあります。シンジェンタのソリューションは、効果的な防除と環境保全という、一見相反する要素を高い次元でバランスさせるための強力な武器となるでしょう。未来のゴルフ場は、化学の力と自然の力を融合させた、よりスマートでエコロジカルな空間へと進化していくはずです。
参考)https://www.affrc.maff.go.jp/docs/innovate/attach/pdf/index-3.pdf