農業現場において、作業の効率化を図るために複数の農薬をタンク内で混ぜ合わせる「混用」は一般的な手法ですが、トリフミン水和剤(有効成分:トリフルミゾール)を使用する際にも、相性の悪い薬剤や特定の条件下での薬害リスクが存在します。特に、この薬剤は広範囲の病害に高い効果を発揮するEBI剤(エルゴステロール生合成阻害剤)であるため、その化学的特性を理解せずに安易に混用すると、効果が減退したり、作物に深刻なダメージを与えたりする可能性があります。ここでは、プロの農家が押さえておくべき具体的な混用のルールと、意外と知られていない展着剤との相性について深掘りします。
トリフミン水和剤は、基本的には他の殺虫剤や殺菌剤との混用性が比較的高い薬剤とされていますが、すべての組み合わせが安全というわけではありません。まず大前提として、混用を行う際は以下の物理的な適合性を確認する必要があります。
また、殺菌剤同士の混用においては「系統の異なる薬剤」を組み合わせることが重要です。トリフミン水和剤はEBI剤に分類されるため、同じEBI系統の薬剤(例えば、テブコナゾール剤など)と混用しても、相乗効果は期待できず、むしろ耐性菌の出現リスクを高めるだけです。混用相手としては、保護殺菌剤(マンゼブ剤やキャプタン剤など)を選ぶことで、予防効果と治療効果のバランスを取り、耐性菌マネジメントを行うのが賢明な戦略です。
参考:日本曹達株式会社 製品情報 トリフミン水和剤(適用病害虫・使用方法)
(上記リンクには、公式の混用事例や使用上の基本的な注意事項が記載されています。)
トリフミン水和剤を使用する上で、最も注意しなければならない「混ぜてはいけない相手」の筆頭がボルドー液などの強アルカリ性資材です。
多くの農薬メーカーが発行している「混用事例表」においても、トリフミン水和剤とボルドー液の組み合わせは「×(不可)」または「避けるべき」と記載されています。特に、果樹栽培などで定期防除にボルドー液を組み込んでいる場合は、散布間隔を十分に空ける必要があります。ボルドー液散布直後にトリフミンを散布する場合も、作物表面のアルカリ分が残っていると影響を受ける可能性があるため、降雨後や十分な日数を経過してから散布するスケジュール管理が求められます。
石灰硫黄合剤についても同様に、アルカリ性が強いため混用は避けるべきです。どうしても銅剤と併用したい場合は、有機銅剤など、アルカリ性の強くない代替品を検討するか、体系防除の中で完全に分離して使用することを強く推奨します。
「展着剤はとりあえず入れておけば良い」と考えていませんか?実はトリフミン水和剤の場合、対象作物や病害によって展着剤の「要・不要」が明確に分かれるという、非常に興味深い特性があります。
1. 機能性展着剤が推奨されるケース(うどんこ病など)
うどんこ病のような、菌糸が植物の表面を覆うタイプの病害に対しては、シリコーン系などの「機能性展着剤(例:まくぴか等)」を混用することで、効果が劇的に向上することがあります。トリフミン水和剤自体も浸透移行性を持っていますが、機能性展着剤を加えることで、薬剤がクチクラ層(ワックス層)を素早く通過し、植物組織内への浸透が促進されます。これにより、潜伏している病原菌に対しても高い治療効果を発揮します。
2. 展着剤を加用しない方が良いケース(カンキツ類の黒点病など)
一方で、カンキツ類に使用する場合など、一部の作物・病害においては「展着剤を加用しない方が効果が高い」とされる場合があります。
参考:農薬販売通販サイト おてんとさん(トリフミン水和剤の特性について)
(上記リンクでは、みかん・かんきつ類への使用時に展着剤を加用しない方が効果的である旨が解説されています。)
これは、過度な濡れ性によって薬剤が流れ落ちてしまう(ランオフ)現象を防ぎ、十分な付着量を確保するためと考えられます。また、果実の汚れを気にする場合も、展着剤の種類によっては薬液乾燥後の跡(汚れ)が目立つことがあるため、選択には慎重さが求められます。一律に混ぜるのではなく、ターゲットとする病害と作物の表面性状に合わせて使い分けるのが、プロの技術です。
梨(ナシ)栽培においてトリフミン水和剤は、黒星病や赤星病に対する特効薬として重宝されていますが、ここには致命的な落とし穴があります。それは、有機リン系殺虫剤であるMEP剤(スミチオンなど)との混用です。
梨の防除暦を作成する際は、殺虫剤と殺菌剤を同時に散布するケースが多いですが、トリフミン水和剤を選択する回には、必ずMEP剤以外の殺虫剤(例えばネオニコチノイド系や合成ピレスロイド系など、混用事例表で「●(可)」となっているもの)を組み合わせる必要があります。
「以前は大丈夫だったから」という経験則は危険です。気象条件(特に散布後の高温や多湿)が重なると、突発的に薬害が出ることもあります。梨農家にとっては、収量に直結する重要なポイントですので、タンクに入れる前のラベル確認を徹底してください。
トリフミン水和剤の最大の強みの一つは、難防除病害である「うどんこ病」に対する優れた効果です。しかし、うどんこ病菌は薬剤耐性を獲得しやすいカビとしても知られています。単剤での連用は避け、混用やローテーション防除で効果を持続させることが重要です。
混用による耐性菌対策
前述の通り、EBI剤であるトリフミン水和剤は、作用点の異なる薬剤との混用が推奨されます。
例えば、野菜類においては、カリグリーン(炭酸水素カリウム水溶剤)のような、物理的・化学的作用で菌を死滅させる治療剤との混用や体系防除が検討されることがあります(※カリグリーンのアルカリ性には注意が必要ですが、多くのEBI剤とは混用可能です。ただし必ず直前の混用可否確認を行ってください)。
また、保護殺菌剤であるダコニールやオーソサイドなどと組み合わせることで、葉の表面での感染阻止(保護)と、侵入した菌の殺菌(治療)を同時に行い、取りこぼしを防ぐことができます。
効果的な散布タイミング
混用した薬剤の効果を最大限に引き出すには、「発病初期」の散布が鉄則です。トリフミン水和剤は治療効果も持っていますが、菌糸が蔓延して真っ白になってからでは、どんなに強力な混用液を散布しても完全に抑え込むのは困難です。
「葉にうっすらと白い粉が見えた瞬間」あるいは「発生予察情報が出た直後」に、適切な展着剤と、相性の良い保護殺菌剤を混用して散布することで、うどんこ病の拡大をほぼ確実に阻止できます。
このように、トリフミン水和剤は非常に優秀な薬剤ですが、「何と混ぜるか」「いつ撒くか」によって、そのパフォーマンスは0にも100にもなります。ラベルの「使用上の注意」は単なる免責事項ではなく、農作物を守るための攻略本です。必ず熟読し、安全で効果的な防除を行ってください。