カンキツトリステザウイルス 症状と樹勢衰弱と台木対策

カンキツトリステザウイルスの症状と発生メカニズム、台木や品種ごとの差、現場で使える対策や意外な管理ポイントを整理するとどうなるでしょうか?

カンキツトリステザウイルス 症状と対策

カンキツトリステザウイルス 症状の全体像
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症状の三つの顔

衰弱(木のしおれ・枯死)、ステムピッティング(幹の溝)、苗木の黄変という三つの代表的な症状の特徴と見分け方を整理する。

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台木・品種で変わるリスク

ダイダイ台スイートオレンジやシトレンジ台など、台木・品種の組合せによって被害の出方がどう変わるのかを解説する。

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現場で使える診断と管理

接ぎ木検定・葉の観察ポイント・弱毒ウイルス利用や施肥管理まで、現場で実践しやすい対策をまとめる。

カンキツトリステザウイルス 症状の基礎と三大症状

カンキツトリステザウイルス(Citrus tristeza virus, CTV)は、+鎖RNAをゲノムに持つクロステロウイルス属のウイルスで、長さ約2000nmの柔軟な桿状粒子として篩部(維管束)に増殖する病原体である。このウイルスは、柑橘類の中でも特にダイダイ、スイートオレンジ、グレープフルーツ、マンダリン、レモン、ユズなど多数の種に感染し、世界的に最も大きな経済被害をもたらす柑橘ウイルスの一つとされている。
CTVの症状は「ウイルス系統(株)」「台木穂木の組合せ」「環境条件」によって大きく異なるが、代表的な症状は①樹勢衰弱・枯死、②ステムピッティング、③苗木の黄変(seedling yellows)の三つに整理されている。同じ園地でも、台木が違う列だけ被害が激しく、隣の樹はほとんど無症状というケースもあり、症状の多様性が「気付きの遅れ」につながりやすい点が実務上の厄介なポイントである。

 

参考)https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/archive/files/naro-se/fruit2_01.pdf

衰弱症状では、ダイダイ台木に接がれたスイートオレンジやグレープフルーツなどで、葉の白化、立ち枯れ、急速な樹勢低下が起こり、発症後数日から数か月、遅い場合は数年かけて枯死に至る。ステムピッティングは幹・枝の形成層付近に縦溝状の陥没(pit)が多数現れ、木全体の生育が抑制され、果実の小玉化や収量減少を招く症状で、特に強毒系統のCTVで顕著になる。

 

参考)http://jppa.or.jp/archive/pdf/68_12_09.pdf

苗木の黄変症状(seedling yellows)は、ダイダイ、ナツダイダイ、レモン、ブンタンなどの幼木で葉が黄化し、生育が著しく抑制されて枯死するタイプの症状であり、日本ではイヨカンの「かいよう虎斑病」と関連した強毒系統が知られている。この系統では果皮にかいよう状の斑点と虎斑模様が生じ、外観品質を大きく損なうため、単に樹勢の問題だけでなく商品価値の低下としても問題となる。

 

参考)カンキツトリステザウイルス

CTVの基本性状と症状分類の整理に関する参考リンク(症状の基礎解説部分)

カンキツトリステザウイルス 症状と台木・品種間差異

CTVの被害の出方は、どの台木・穂木の組合せを使っているかによって大きく変わり、世界的に有名なのはサワーオレンジ(ダイダイ系統)台スイートオレンジ園の壊滅的枯死である。1930年代以降、南米などでサワーオレンジ台のスイートオレンジ園でCTVが蔓延し、大量の樹が急性衰弱から枯死に至ったことが、「トリステザ(悲しみ)」という病名の由来とされている。
日本でも、戦後の広島県ハッサク主産地で「ハッサク萎縮病」と呼ばれた問題がCTVによるものであることが判明し、その後ユズ、ナツミカン、イヨカン、ネーブルオレンジなど多くの品種で被害が報告されている。温州みかんやポンカン、タンカンなどはCTVを保毒していても実害が少ない品種とされるが、周囲に中晩柑類や感受性の高い品種がある場合には「静かな感染源」となり得るため、無症状であっても油断はできない。

 

参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/hrj/23/4/23_311/_pdf

台木としては、サワーオレンジや一部シトレンジ(スイートオレンジ×カラタチ)はCTV感受性が高く、強毒系統が侵入した場合に急激な衰弱・枯死を起こしやすい一方、カラタチはCTVに対して長らく「ほぼ免疫」と考えられてきたが、一部系統では感染例が報告されている。近年の県試験場の成果では、CTV抵抗性を持つシトレンジ台木品種「C32」などを使うことで、極早生ウンシュウ栽培での樹勢維持と長期安定生産に寄与できることが報告されており、台木選定によるリスク低減が現実的な選択肢になってきている。

 

参考)https://www.pref.mie.lg.jp/common/content/000396734.pdf

一方で、同じCTVに感染していても、台木がラフレモンのシトレンジ台か、カラタチ台かによってステムピッティングの発生度や樹勢低下の程度に差が出ることが試験で示されており、台木選びは「感染したときのダメージをどこまで許容できるか」を決める重要な経営判断といえる。実務的には、「CTV感受性が高い台木+高単価中晩柑」の組合せは、短期的な生育の良さが魅力でも、長期リスクを十分に織り込んだ上で採用する必要がある。

 

参考)https://9byochu.sakura.ne.jp/pdf51/51ronbun5.pdf

CTV抵抗性シトレンジ台木「C32」の利用効果をまとめた試験結果(台木・品種差の参考)

カンキツトリステザウイルス 症状と診断・見分け方のコツ

CTVは多くの場合、初期症状がはっきりしないため、園主が「木が疲れている」「肥切れ気味」と判断して対応が遅れることが少なくない。特にステムピッティング型の強毒系統では、外見上は幹の太りが悪く、収量がじわじわ落ちていくだけで、決定的な症状が現れるまでに年数がかかることも多い。
現場での診断の第一歩としては、以下のポイントを意識して樹を観察することが有効である。

 

参考)かんきつ ステムピッティング病(ハッサク萎縮病) …

  • 台木境目付近(接ぎ木部)の膨らみ、くびれ、樹皮下の空洞化の有無
  • 幹・主枝の縦方向の溝(ステムピッティング)や筋状の肥大の有無
  • 成木の割に極端に小さい葉、葉色のむら、枝の先枯れの頻度
  • 品種・台木が同じ列の中で、明らかに生育の悪い樹が点在していないか

より確実な診断方法として古典的に用いられてきたのが、「メキシカンライムへの接木検定」で、CTVに感染した枝をライムに接いだ場合、葉脈のコルク化、葉の白化とカップ状変形、成長阻害など非常に特徴的な症状が現れる。この方法は時間はかかるものの、強毒系統の有無を見極める上で高い信頼性があるため、研究機関や一部の指導現場では現在も活用されている。

 

参考)https://swfrec.ifas.ufl.edu/hlb/database/pdf/00001892.pdf

近年は、RT-PCRなど分子診断によってCTVの存在と遺伝子型を解析する研究も進んでおり、日本産分離株の遺伝子配列解析から、海外で問題となった系統とは異なる系統が多数存在することが明らかになっている。このような情報は、単に「いるかいないか」だけでなく、「どのタイプがどの地域で優占しているか」を把握し、将来の症状リスクを予測する材料として重要である。

 

参考)https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2030682954.pdf

日本産CTV分離株の遺伝子解析と診断技術に関する詳細(診断・系統情報の参考)

カンキツトリステザウイルス 症状と弱毒ウイルス・施肥管理という意外な視点

CTV対策として近年注目されているのが、「弱毒ウイルスの利用(cross protection)」であり、あえて樹に弱毒系統のCTVを感染させることで、後から侵入する強毒系統の増殖を抑えようという考え方である。福岡県農総試などの報告では、弱毒系統を接種した宮内イヨカンやネーブルオレンジで、強毒系統によるステムピッティングや樹勢低下が軽減され、長期的な収量安定に寄与する可能性が示されている。
ただし、弱毒系統自体も完全に無害ではなく、わずかな樹勢低下や果実品質への影響を持つ場合があるため、「どの弱毒系統を、どの品種・台木に組み合わせるか」の選定が重要になる。また、弱毒系統を樹に持たせた状態で、強毒系統が全く入らない保証はないため、媒介虫防除や苗木のウイルスフリー化と組み合わせて「総合的防除」を考える必要がある。

 

参考)キトロロギストXの記録 カンキツのRNAウイルスのトリステザ…

意外なポイントとして、CTVによる被害程度に「窒素施肥量」が影響する可能性が報告されている。宮内イヨカンを対象とした試験では、窒素施肥量を適正範囲に抑えた区で樹勢が安定し、CTV強毒系統による樹勢低下の進行がやや緩やかになったとされ、過剰施肥はかえって症状を助長するリスクがあると示唆されている。樹にストレスをかけすぎないバランスの良い栄養管理が、結果的にCTV症状の顕在化を抑える一因になり得るという点は、現場で意識したい観点である。

さらに、四国の試験報告では、CTVと他のウイルス(例えば温州萎縮ウイルスやリンゴステムグルービングウイルス)との混合感染が、接ぎ木部異常やステムピッティング症状を複雑化させる可能性も指摘されている。CTVだけに目を向けるのではなく、「複数のウイルスが同じ樹に入っていないか」を意識した健全苗木の導入と検定体系が、長期的には最もコストパフォーマンスの良い投資になると言える。

 

参考)https://shikoku-shokubo.org/shikoku-shokubo/images/file/backnumber/56/56_5_tokubetsu.pdf

弱毒CTV利用の経済効果や施肥条件との関係を試算した報告(弱毒利用・施肥管理の参考)

カンキツトリステザウイルス 症状と日本の事例・園地での長期戦略

日本では、ほとんどのカンキツ園にCTVが存在すると言われるほど分布が広がっており、「CTVを完全にゼロにする」のではなく「症状をいかに抑え込むか」が現実的な目標になっている。ハッサク萎縮病(ステムピッティング病)やイヨカンのかいよう虎斑症など、名前の違う病気が実はCTV強毒系統と結び付いているケースも多く、地域ごとの被害史を知ることが、自園のリスク評価に役立つ。
園地レベルの戦略として有効とされるのは、以下のような組み合わせである。

  • CTV抵抗性・耐性台木への世代交代(カラタチ・抵抗性シトレンジ等)
  • 強毒系統が問題になっている地域では、弱毒系統接種樹や抵抗性台木への更新を優先
  • 感染源となり得る古木・衰弱樹の計画的な抜根・改植
  • ウイルスフリー苗木の導入と、苗木段階での検定の徹底

また、CTVはミカンクロアブラムシ(Toxoptera citricidus)などのアブラムシによって容易に伝搬されるため、この媒介虫の発生動向と防除が地域全体のリスクに直結する。暖冬傾向や気候変動によってアブラムシの発生時期・回数が変化する可能性も指摘されており、園地内だけでなく周辺雑草や生け垣の管理まで含めた「景観レベルの防除」が今後ますます重要になると考えられる。

 

参考)https://www.jppn.ne.jp/jpp/s_mokuji/20040801.pdf

CTV問題を長期戦として捉えるなら、「一度にすべてを変える」のではなく、更新時期を迎えたブロックから順に抵抗性台木へ切り替え、同時に弱毒利用や施肥・せん定・樹勢管理を見直す「ローテーション型の戦略」が現実的である。症状を正しく見極め、地域の試験場や指導機関の情報を取り込みながら、自園にあったCTVとの付き合い方を組み立てることが、これからのカンキツ経営には欠かせない。

日本におけるCTV研究の総説と防除戦略の整理(日本の事例・長期戦略の参考)