土壌病害やセンチュウ、さらには雑草の抑制にも効果を発揮するダゾメット剤(バスアミド、ガスタードなど)は、多くの農業従事者にとって頼れる土壌消毒剤です。しかし、その効果を十分に引き出し、かつ作物の薬害(生育不良や枯死)を防ぐためには、単に「撒いて混ぜる」だけではない、科学的なメカニズムの理解と緻密な管理が求められます。特に「ガス化」と「ガス抜き」のプロセスは、成功と失敗を分ける最大の分水嶺です。本記事では、ダゾメット剤のポテンシャルを最大化し、安全に作付けを行うためのプロフェッショナルな技術を深掘りします。
参考)https://www.greenjapan.co.jp/syuka_dojo.htm
参考:臭化メチル代替技術としてのダゾメット剤の位置づけ(グリーンジャパン)
ダゾメット剤がなぜ強力な土壌消毒効果を持つのか、そのメカニズムを正確に理解しているでしょうか。ダゾメット自体は微粒剤であり、そのままでは殺菌効果を持ちません。土壌に混和され、土壌中の水分と反応して加水分解することで、初めて有効成分であるMITC(メチルイソチオシアネート)ガスを発生させます。このMITCガスが土壌の空隙を拡散し、病原菌の細胞やセンチュウ、雑草種子の呼吸酵素系を阻害することで死滅させるのです。
参考)https://www.nippon-soda.co.jp/nougyo/wp-content/uploads/2023/03/Q_BASAMID_MG.pdf
特筆すべきは、クロルピクリン剤などと比較して刺激臭が少なく扱いやすい点です。粉立ちが少ない微粒剤であるため、防除衣や専用マスクは必須ですが、近隣への臭気漏れリスクは相対的に低く、住宅地に近い圃場でも採用しやすいという特徴があります。ただし、「臭いが少ない=安全」ではないため、ガスそのものの毒性は強く認識しておく必要があります。
参考)手軽にできる土壌消毒のやり方
参考:バスアミド微粒剤の詳しい適用病害虫と特徴(アグロカネショウ)
「ダゾメット剤を撒いたけれど効果がいまいちだった」という失敗事例の多くは、土壌水分不足か混和の不均一に起因します。前述の通り、ダゾメットは水と反応してガス化するため、土壌が乾燥していると分解が進まず、ガスが発生しないまま薬剤が残留してしまいます。
参考)https://www.zennoh.or.jp/cb/producer/einou/base/pdf/22-2009.pdf
参考)https://www.zennoh.or.jp/cb/producer/einou/base/pdf/22-2009_r3.pdf
参考)https://www.zennoh.or.jp/ib/contents/make/einou/2757.pdf
参考)https://www.otentosan.com/goods/image/nouyaku_sakkin/basamid.pdf
参考:日本曹達によるQ&A(温度と分解日数の相関グラフあり)
ダゾメット剤による消毒工程の中で、最も神経を使うべきフェーズがガス抜きです。土壌中に充満したMITCガスは、病害虫にとっては毒ですが、これから植える作物にとっても猛毒です。ガスが完全に抜けていない状態で定植や播種を行うと、根が焼けて活着不良を起こしたり、最悪の場合は全滅したりする深刻な薬害が発生します。
参考)https://www.maff.go.jp/j/seisan/gizyutu/hukyu/h_zirei/brand/attach/pdf/201023_5-16.pdf
参考)https://www.city.kanoya.lg.jp/documents/1581/dojousyoudokutebiki_r1.pdf
「なんとなく期間が過ぎたから」「臭いを嗅いでもしなかったから」という感覚での判断は非常に危険です。人間の嗅覚は環境に慣れやすく、また低濃度のガスは無臭に感じても植物には致命的である場合があります。プロの農業現場で必ず実施すべきなのが、簡易的な発芽テスト(生物検定)です。
参考)2000年10月号『一般』収穫後の土壌消毒剤|農薬通信200…
参考)https://www.pref.tokushima.lg.jp/file/attachment/432458.pdf
このテストで異常が見られた場合は、絶対に定植してはいけません。再度耕起を行い、数日後に再テストをして安全を確認してください。この数日間の手間を惜しむことで、作付全滅のリスクを回避できるのですから、コストパフォーマンスは絶大です。
土壌消毒は、病原菌だけでなく、作物の生育を助ける有用な微生物(放線菌やトリコデルマ菌など)まで一掃してしまいます。消毒直後の土壌は、いわば「微生物の空白地帯(真空地帯)」です。この状態で万が一、外部から病原菌が侵入すると、競合する相手がいないため爆発的に増殖してしまう「リバウンド現象」が起こりやすくなります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8197695/
そこで、検索上位の情報にはあまり載っていない、一歩進んだプロのテクニックとして推奨したいのが、ガス抜き完了直後の「有用微生物資材」の投入です。
「消毒して終わり」ではなく、「消毒してからが土作りのリスタート」と捉える視点を持つことが、持続可能な農業生産においては極めて重要です。ダゾメット剤という強力なリセットボタンを使いこなし、その後のスタートダッシュを有用菌と共に切ることで、次作の成功率は飛躍的に高まるでしょう。
参考:ダゾメット燻蒸後の微生物有機肥料施用による根圏微生物叢の回復(学術論文)