薬剤耐性菌と農薬の対策!発生の仕組みとローテーション管理

農薬が効かなくなる薬剤耐性菌に悩んでいませんか?この記事では、耐性菌が発生する仕組みやリスク、意外な原因となる除草剤の話、そしてRACコードを活用したローテーション防除の管理方法を徹底解説します。今すぐ実践できる対策とは?

薬剤耐性菌と農薬

記事のポイント
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耐性菌発生のメカニズム

同一系統の連用がリスクを高める!遺伝子変異と淘汰圧の仕組みを解説

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RACコードでローテーション

商品名ではなく「系統」を変える!RACコードを活用した具体的な管理法

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除草剤と耐性菌の意外な関係

グリホサートが土壌細菌の薬剤耐性を促進?最新の研究から見るリスク

 

薬剤耐性菌の発生の仕組みと殺菌剤のリスク

 

農業現場で深刻な問題となっている「薬剤耐性菌」は、これまで効果があったはずの農薬(殺菌剤)が効かなくなる現象を引き起こします。この発生には、細菌や糸状菌(カビ)が持つ驚くべき生存戦略と、私たちが使用する化学農薬による「選択圧(淘汰圧)」が深く関わっています。

 

参考)耐性化のメカニズム

まず、耐性菌が発生する基本的なメカニズムについて理解しましょう。自然界に存在する病原菌の集団の中には、突然変異によって生まれつき特定の薬剤に対する抵抗力(耐性)を持った個体がごくわずかな確率で存在しています。通常、これらの耐性菌は生存競争において特別有利ではないため、その数は非常に少数に留まっています。しかし、ひとたび農薬が散布されると状況は一変します。

 

薬剤感受性のある(薬が効く)通常の菌は死滅しますが、耐性を持った菌だけが生き残ります。これを「選択」と呼びます。もし、同じ作用機構を持つ殺菌剤を繰り返し使用し続けるとどうなるでしょうか。薬剤散布のたびに感受性菌が排除され、生き残った耐性菌だけが自由に増殖できる環境(競合相手がいない状態)が提供されることになります。結果として、圃場(ほじょう)全体が耐性菌で占められるようになり、防除効果が失われてしまうのです。

 

参考)【農業技術・経営情報】病害虫:水稲の薬剤耐性菌発生防止の考え…

具体的な耐性の獲得方法として、菌は以下のような高度な戦略を進化させています。

 

 

     

  • 作用点の変異:薬剤が結合するターゲット(酵素やタンパク質)の形状を遺伝子レベルで変化させ、薬剤がくっつかないようにする。
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  • 分解・解毒:薬剤を無毒化する酵素を大量に作り出し、菌体内で分解してしまう。
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  • 排出ポンプの強化:菌の中に入ってきた薬剤を、ポンプのような機能を使って即座に外へ汲み出してしまう。
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特にリスクが高いのが、作用点が単一(ピンポイント)である「浸透移行性殺菌剤」です。例えば、ストロビルリン系(QoI剤)やベンズイミダゾール系(MBC剤)などは、菌の特定の代謝系を阻害するため効果が高い反面、菌側もたった一つの遺伝子変異で耐性を獲得しやすいため、耐性菌発生のリスクが高いとされています。一方で、銅剤や硫黄剤のように、複数の作用点に同時に働く薬剤は耐性がつきにくい傾向にあります。

 

参考)耐性菌はなぜ発生するのか? ~耐性菌出現を防ぐために~|論文…

また、一度発生した薬剤耐性菌は、同じ系統の他の薬剤に対しても耐性を示すことが多く、これを「交差耐性」と呼びます。このため、単に商品名を変えるだけでは対策にならず、根本的な作用機構(モード・オブ・アクション)を理解した上での防除が必要不可欠となります。

 

参考)https://www.pref.nara.jp/secure/42654/8-1_chemical_control.pdf

農林水産省:耐性菌対策ガイドライン等について(耐性菌の発生回避のための基本的な考え方がまとめられています)

 

薬剤耐性菌の対策とローテーション防除の基本

薬剤耐性菌の発生を防ぐ、あるいは発生してしまった耐性菌を管理するための最も確実で基本的な対策が「ローテーション防除」です。これは、作用機構の異なる殺菌剤を交互、あるいは順番に使用することで、特定の薬剤に対する耐性菌が優占化するのを防ぐ手法です。

 

参考)ローテーション防除とは?農薬の抵抗性回避と安全な食材づくりの…

ローテーション防除の核心は、「生き残りを許さない」ことではなく、「特定の耐性菌だけが有利になる環境を作らない」ことにあります。例えば、系統Aの薬剤を使って系統A耐性菌が生き残ったとしても、次は系統Bの薬剤を使うことで、系統A耐性菌(系統Bには弱い)を叩くことができます。このように常に異なる「淘汰圧」をかけることで、特定の耐性菌が増殖し続けるサイクルを断ち切るのです。

 

効果的なローテーション防除を行うためのポイントは以下の通りです。

 

 

     

  • 同一系統の連用回避:最も重要なルールです。同じ系統の薬剤を連続して使用することは避けましょう。防除暦を作成する際は、必ず異なる系統が隣り合うように配置します。
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  • ブロックローテーションの採用:世代時間が短い病害虫の場合、単純な交互散布だけでなく、一定期間(1世代分など)は同じ系統を使い、次の世代には別の系統に切り替える「ブロックローテーション」も有効な場合がありますが、基本は散布ごとの切り替えが推奨されます。
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  • 治療剤と予防剤の使い分け:発病後の「治療剤」として使われる浸透移行性剤は耐性リスクが高いため、発病前の「予防剤」(保護殺菌剤)を主体に組み立てることで、耐性菌発生のリスクを下げることができます。
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実際にローテーションを組む際には、単に「違う名前の農薬」を選ぶだけでは不十分です。全く違う商品名でも、有効成分が同じであったり、同系統(同じ作用機構)であるケースが非常に多いからです。例えば、「トップジンM」と「ベンレート」は商品名は異なりますが、どちらもベンズイミダゾール系に属し、同じ耐性菌が発生するリスクがあります。

 

そこで重要になるのが、農薬のラベルやパンフレットに記載されている「系統」や分類コードの確認です。これらを正しく読み解く能力が、現代の農業従事者には求められています。また、地域ですでに発生している耐性菌の情報を入手することも重要です。都道府県の病害虫防除所が出す予察情報や指導指針には、地域特有の耐性菌発生状況(例:QoI剤耐性いもち病菌の確認など)が記載されているため、必ずチェックしましょう。

 

参考)https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/files/carc_man_QoI_1.pdf

さらに、耐性菌対策は「減農薬」とは必ずしもイコールではありません。必要な時期に十分な効果のある薬剤を規定量しっかり使う(総使用回数は守りつつ)ことも、中途半端な生き残り(低濃度曝露による耐性化)を防ぐためには重要です。

 

クロップライフジャパン:耐性菌リスク低減対策(ローテーション防除の具体的な図解や混合剤の活用について解説されています)

 

薬剤耐性菌と遺伝子の関係!除草剤が及ぼす影響

ここでは、多くの農業従事者が見落としがちな、少し意外な「独自視点」のリスクについて解説します。それは、殺菌剤ではなく「除草剤」が、土壌中の細菌の薬剤耐性(抗生物質耐性)を促進させている可能性があるという事実です。

 

近年の研究において、グリホサート(商品名:ラウンドアップなど)やグルホシネート、ジカンバといった一般的な除草剤が、土壌細菌の抗生物質耐性遺伝子(ARG)や可動性遺伝因子(MGE)を増加させるという報告がなされています。通常、除草剤は植物を枯らすために使われますが、微生物にとっても無害ではありません。土壌中の細菌が除草剤に曝露されると、そのストレスに対抗するために、薬剤を排出するポンプ機能を強化したり、遺伝子レベルでの防御機構を活性化させたりします。

 

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8136491/

驚くべきことに、この防御機構は、医療や家畜治療で使われる「抗生物質」に対する耐性メカニズムと共通している部分が多いのです。

 

 

     

  • 共選抜(Co-selection):除草剤への耐性を獲得する過程で、同時に抗生物質への耐性も獲得してしまう現象です。
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  • 水平伝播の促進:除草剤のストレスにより、細菌同士がプラスミドと呼ばれるDNAの断片をやり取りする「水平伝播」が活発になり、耐性遺伝子が種を超えて広がりやすくなる可能性が示唆されています。
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ある研究では、除草剤が存在する環境下では、通常よりもはるかに低い濃度の抗生物質でも耐性菌が発生しやすくなる(最大10万倍のスピードで発生するという報告も)ことが確認されています。これは、直接的に殺菌剤を使用していなくても、除草剤の散布が間接的に土壌中の細菌叢(マイクロバイオーム)を変化させ、薬剤耐性菌の温床を作ってしまっている可能性を示唆しています。

 

参考)抗生物質が効かない耐性菌の氾濫 食と健康を脅かす遺伝子組み換…

農業現場において、この知見は「殺菌剤のローテーションだけでは防ぎきれないリスク」があることを教えてくれます。特に、除草剤耐性遺伝子組み換え作物とセットで使用される除草剤の大規模散布は、土壌環境における薬剤耐性遺伝子の蓄積を招く恐れがあり、これが巡り巡って植物病原菌の難防除化や、家畜・ヒトへの健康リスク(ワンヘルスアプローチの観点)につながる可能性も懸念されています。

 

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10482381/

したがって、薬剤耐性菌対策を考える上では、単に殺菌剤の管理だけでなく、圃場全体の化学物質投入量や、土壌微生物の多様性を維持すること(堆肥の投入や緑肥の活用など)が、長期的な視点での「遺伝子レベルの耐性管理」につながると言えるでしょう。

 

日本曹達:植物病原細菌と薬剤感受性(細菌の薬剤感受性低下と耐性の違いについて専門的な解説があります)

 

薬剤耐性菌の管理とRACコードの具体的な使用法

前述のローテーション防除を確実かつ簡単に行うための最強のツールが「RACコード(ラックコード)」です。これは、国際的な組織(FRAC:殺菌剤耐性菌対策委員会など)が定めた、農薬の作用機構による分類コードです。日本でも近年の農薬ラベルには、このRACコードが記載されるようになっています。

 

参考)農薬が効かない?農薬の種類が分かるRACコードと抵抗性

殺菌剤の場合は「FRACコード」、殺虫剤は「IRACコード」、除草剤は「HRACコード」と呼ばれます。耐性菌管理においては、このFRACコードの「数字」や「記号」を見ることが全てと言っても過言ではありません。

 

RACコードを活用した管理の手順:

 

     

  1. 手持ちの農薬のコードを確認する:
    農薬ボトルのラベル上部や、製品ウェブサイトでRACコード(例:「1」「3」「11」などの数字)を確認します。同じ数字は「同じ作用機構」を意味します。
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  3. 防除暦(防除日誌)にコードを記入する:
    薬剤名だけでなく、必ずこのコード番号も記入します。こうすることで、「トップジンM(1)」→「ベンレート(1)」のような、名前は違うが中身は同じという「無意識の連用」を一目で発見できます。
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  5. ローテーションを組む:
    次に散布する薬剤は、直前に使った薬剤とは「異なる数字」のものを選びます。

    例:アミスター(11) ⇒ ダコニール(M5) ⇒ トリフミン(3)
    このように数字をバラバラにすることで、菌に対する攻撃パターンを変え、耐性化を防ぎます。
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特に注意が必要なのは、混合剤(複数の有効成分が入った農薬)です。混合剤には「1+3」のように複数のコードが含まれています。この場合、次回の散布では「1」も「3」も避けるのが理想的です。あるいは、混合されている成分の片方が耐性リスクの低い「保護殺菌剤(コードMなど)」である場合は、耐性菌対策として有効に機能することもあります。

 

参考)耐性菌リスク低減対策|主な活動|クロップライフジャパン

主なRACコードとリスクの例:

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

RACコード 代表的な系統 商品名の例 耐性菌リスク
1 ベンズイミダゾール系 トップジンM、ベンレート 高(すでに多くの耐性菌が存在)
3 DMI剤(EBI剤) トリフミン、スコア 中(感受性低下が徐々に進む)
11 QoI剤(ストロビルリン系) アミスター、ストロビー 高(突然変異で急激に効かなくなる)
M 多作用点接触活性 ダコニール、ボルドー、硫黄 低(ローテーションの基軸に最適)

このように、リスクの高い「1」や「11」などの薬剤は、ここぞという時の切り札として温存し、普段はリスクの低い「M」剤などを挟むといった戦略的な管理が可能になります。RACコードはまさに、見えない耐性菌と戦うための「地図」のような存在です。

 

参考)【抵抗性を付けさせない】RACコードでローテーション防除20…

農薬工業会:農薬の作用機構分類(RACコード)(最新のRACコード分類表がダウンロードできます)

 

薬剤耐性菌を減少させるIPM(総合的病害虫管理)

最後に、化学農薬だけに頼らず、環境全体で薬剤耐性菌を減少させる「IPM(総合的病害虫管理)」のアプローチについて解説します。IPMとは、利用可能なすべての防除技術(化学的、耕種的、物理的、生物的)を組み合わせ、経済的な被害レベル以下に病害虫を抑える管理手法です。

 

参考)農薬が効かなくなる?害虫や病原菌の薬剤抵抗性について解説 |…

薬剤耐性菌対策においてIPMが極めて有効な理由は、「農薬の使用回数そのものを減らせる」点と、「化学農薬とは全く異なるストレスを菌に与えられる」点にあります。

 

具体的なIPMの実践例:

 

     

  • 耕種的防除(環境を変える):
    耐病性品種の導入は最も強力な対策の一つです。病気にかかりにくい品種を使えば、そもそも殺菌剤を撒く必要がなくなります。また、排水対策(高畝化や明渠)を行って湿度を下げたり、密植を避けて風通しを良くすることで、菌が増殖しにくい物理環境を作ります。発病しやすい環境をなくすことが、結果として耐性菌の増殖も抑えます。
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  • 物理的防除(物理的に遮断する):
    雨除け栽培やマルチングによって泥はねを防ぐことで、土壌中の病原菌が植物に付着するのを防ぎます。また、太陽熱消毒や土壌還元消毒を行うことで、土壌中の耐性菌を含む病原菌密度をリセットすることも可能です。熱や窒息といった物理的な攻撃に対しては、菌は耐性を獲得することがほぼ不可能です。
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  • 生物的防除(天敵や拮抗微生物を使う):
    有用微生物(バチルス菌トリコデルマ菌など)を含む生物農薬を使用します。これらの微生物は、病原菌と競合したり、病原菌を直接攻撃したりします。化学農薬とは全く違うメカニズムで働くため、すでに化学農薬に耐性を持ってしまった菌に対しても効果を発揮することが期待できます。
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  • 抵抗性誘導(植物自身の力を高める):
    プラントアクティベーター(植物防御機構活性化剤)などを使用し、植物が本来持っている免疫システム(全身獲得抵抗性など)をスイッチオンにします。これも直接菌を殺すわけではないため、耐性菌が発生しにくい防除法の一つです。
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これらを組み合わせることで、例えば「まずは耕種的防除で菌の密度を下げ、生物農薬で予防し、どうしても発生が増えた時だけ特効薬的な化学農薬(RACコードを考慮して)を使う」といった体系が組めます。これにより、化学農薬への依存度が下がり、選択圧が弱まるため、薬剤耐性菌が発生・定着しにくい健全な農業生態系を維持することができるのです。

 

参考)病害虫防除の基本技術と実践方法【完全ガイド2025年版】 -…

薬剤耐性菌との戦いは、いたちごっこではありません。RACコードという知識と、IPMという知恵を武器に、賢く管理していくことが、持続可能な農業への近道となります。

 

農林水産省:総合的病害虫・雑草管理(IPM)実践指針(各作物ごとの具体的なIPM実践マニュアルが参照できます)

 

 


インフェクションコントロール 2024年9月号〈特集〉薬剤耐性菌対策のピットフォール集(第33巻9号)