農業経営において、収穫後の「選果・出荷」プロセスは労働時間の多くを占める重労働です。この負担を軽減し、産地としてのブランド力を維持するために存在するのが「共選(共同選果)」というシステムです。ここでは、共選の基本的な定義から、実際に農産物が消費者の元へ届くまでの流れ、そしてなぜ多くの農家がこのシステムを利用するのか、その根本的な仕組みについて解説します。
共選とは、複数の生産者が収穫した農産物を一箇所の施設(選果場)に持ち込み、共同で選別・箱詰めを行って出荷する仕組みのことです 。一般的にはJA(農協)が運営する選果場を利用するケースが多く、地域全体で統一された規格に基づいて出荷されるため、「産地ブランド」としての品質が均一に保たれるという特徴があります。これに対し、農家個々人が自宅の庭先や作業場で選別し、箱詰めまで行う方式を「個選(個撰・個別選果)」と呼びます 。
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共選の最大の特徴は、生産者から「選果・選別・箱詰め」という膨大な単純作業を切り離す点にあります。農家は収穫した作物をコンテナのまま選果場へ運ぶだけで出荷作業が完了するため、空いた時間を栽培管理や規模拡大、あるいは休息に充てることが可能になります 。
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共選を利用する場合、農産物は以下のような流れで処理されます。このプロセスは高度にシステム化されており、個人の手作業では不可能なスピードと精度で処理が行われます。
「共選」とセットで語られることが多いのが「共販」です。これは「共同販売」の略で、JAなどの組織が農家に代わって市場と価格交渉を行い、販売する仕組みです 。共選で規格を統一することで、大量のロット(まとまった数量)を確保できるため、市場に対して強い交渉力を持つことができます。
参考)共選共販(きょうせんきょうはん)
個人の農家がスーパーのバイヤーと直接交渉しても、供給量の不安定さから相手にされないことがありますが、共選・共販体制であれば「毎日10トン安定して供給できる」という強みを活かし、有利な条件を引き出しやすくなります 。つまり、共選は単なる「作業代行」ではなく、「販売戦略」の一部として機能しています。
参考)個選と共選: oyaziのブログ
農家にとって永遠のテーマとも言えるのが「共選か、個選か」という選択です。一見すると手数料のかからない個選の方が儲かるように思えますが、実際には「労力」という見えないコストが大きく関わっています。ここでは、両者の違いを比較し、経営判断の基準となるポイントを整理します。
| 比較項目 | 共選(共同選果) | 個選(個別選果) |
|---|---|---|
| 選果・包装作業 | 不要(選果場にお任せ) | 必要(全て自分で行う) |
| 出荷資材費 | 共選費に含まれる場合が多い(または指定資材を購入) |
自分で手配(ネット詰めなどは安価) |
| 販売手数料 | 高い(選果施設利用料等が加算される) | 低い(市場手数料や直売所手数料のみ) |
| 品質基準(規格) | 非常に厳しい・統一されている | ある程度柔軟(独自の基準も可) |
| 販売価格 | 安定しているが、市場平均に収束しやすい(プール計算) | 自分の努力次第で高単価も可能だが変動も激しい |
| 拘束時間 | 短い(収穫して運ぶだけ) | 長い(夜なべして箱詰めすることも) |
単純な「売上金額」だけを見れば、手数料が引かれない個選の方が高く見えることがよくあります 。しかし、時給換算した際の「実質的な利益」はどうでしょうか。
このように、共選は「時間をお金で買う」システムと言い換えることができます。規模拡大を目指す農家にとっては、物理的な作業時間の限界を突破するために共選が不可欠となるケースが多いのです。
共選と個選の大きな違いの一つに「精算方法」があります。共選では多くの場合、「共計(プール計算)」という方式が採用されています 。これは、一定期間(例:1週間や1ヶ月)に出荷された農産物の売上を合計し、全出荷量で割って平均単価を算出、そこから手数料を引いて農家に支払う仕組みです。
「共選に出すとハネ(規格外)ばかりで金にならない」という嘆きを耳にすることがあります。なぜ共選の規格はこれほどまでに厳しいのでしょうか。その背景には、現代の流通システム特有の事情があります。
共選で出荷された農産物の主な行き先は、大手スーパーマーケットや量販店です。これらの店舗では、商品を棚に並べた際、「見た目が揃っていること」が極めて重要視されます。
このため、味は全く問題がなくても、「少し曲がっている」「色が薄い」「1cm小さい」といった理由だけで、容赦なく「規格外(B品・C品)」として弾かれます 。この厳格な選別こそが、産地の信頼を守るための防波堤となっています。
厳しい規格の結果、収穫量の約10%〜30%が規格外として市場流通から外れると言われています 。共選場では、これら規格外品の一部は加工用(ジュースやカット野菜)として安価で引き取られますが、加工用需要がない場合は、廃棄処分となることも珍しくありません 。
参考)規格外野菜=廃棄するもの、はもう古い!? 今の時代に合った不…
農家にとって、愛情込めて育てた作物が目の前で廃棄、あるいは二束三文で買い叩かれるのは精神的にも経営的にも大きな痛手です。これが「共選は厳しい」「儲からない」と言われる最大の要因の一つです。
しかし、近年はこの構造に変化も起きています。
参考)がんばっています!!横浜の農家
共選を利用する上で避けて通れないのが「手数料」の問題です。「売上の15%も引かれるなんて高すぎる」と感じるかもしれませんが、その内訳を正しく理解することで、経営上の対策が見えてきます。
一般的に「農協の手数料」とひと括りにされますが、実際には複数の費目で構成されています 。
参考)https://www.vill.narusawa.yamanashi.jp/material/files/group/11/shitsumonsyo.pdf
これらを合計すると、品目や地域によっては売上の15%〜20%近くになることもあります 。特に相場が安い時期には、売上に対して手数料の比率が相対的に高くなり、「手取りがほとんど残らない」という現象が起きます。
明細書に載っている手数料以外にも、共選には見えないコストが存在します。
重要なのは、これらのコストを「搾取」と捉えるか、「必要経費(アウトソーシング費)」と捉えるかです。自前で選果場を建設し、パートを雇い、販路を開拓するコストと比較した場合、共選の手数料の方が実は安上がりであるケースも少なくありません 。
参考)https://www.nochuri.co.jp/report/pdf/n1812re1.pdf
最近では、JA側もコスト削減に取り組んでおり、荷受時間の短縮や施設の統廃合によって手数料を引き下げる努力を行っている地域もあります 。農家としては、総会などの場で手数料の使途について透明性を求めると同時に、自分自身の経営において「作業委託料」として見合う金額かどうかをシビアに計算する必要があります。
参考)https://www.maff.go.jp/j/keiei/sosiki/kyosoka/k_kenkyu/attach/pdf/index-119.pdf
ここまではデメリットや厳しさに焦点を当ててきましたが、共選には個人の農家では絶対に得られない、現代ならではの「強み」があります。それが「データ」と「組織力」です。
最新の光センサー選果機やAI選果機は、単に果実を選り分けるだけではありません。一個一個の果実の糖度、酸度、サイズ、色づきなどの詳細なデータを蓄積しています 。
参考)https://www.maff.go.jp/j/seisan/ryutu/fruits/attach/pdf/index-220.pdf
このデータは、実は宝の山です。
といった情報が、共選を利用することでフィードバックされます(営農支援ツールとしての活用)。個選では、自分の舌や感覚に頼るしかありませんが、共選なら客観的な数値データに基づいて、翌年の栽培計画や施肥設計を科学的に改善することができるのです。これは、品質向上を目指す農家にとって、手数料以上の価値がある「コンサルティング機能」と言えます。
農産物の価格は、需要と供給のバランスで決まりますが、そこには「力関係」も働きます。市場の仲卸業者や大手スーパーのバイヤーは、常に「安定供給」を求めています。
「明日100ケース欲しい」と言われたとき、個人の農家では「雨だから無理です」となるかもしれませんが、共選産地なら「在庫調整して出します」と即答できます。この信頼感があるからこそ、共選品は市場で「指定席」を確保でき、暴落時でも買い叩かれにくい(底値が固い)という強みがあります 。
個選の農家が「自分のブランド」で戦うゲリラ戦だとするなら、共選は「組織化された正規軍」として正面から価格交渉に挑んでいます。
共選には多くのメリットがある一方で、あえて共選を利用せず、JAから離脱する「優秀な農家」も増えています 。最後に、彼らがなぜその決断を下したのか、そして共選システムの未来について考えます。
参考)https://www.maff.go.jp/j/study/other/keiei/noukyo_study/pdf/5s5.pdf
最大の理由は「差別化ができない」ことです。どれほどこだわって最高級の肥料を使い、手間暇かけて糖度20度のトマトを作ったとしても、共選に出せば「JA◯◯のトマト」として、他の農家の糖度12度のトマトと一緒にされます(もちろん等級で区別はされますが、産地ブランドの枠は超えられません)。
これからの農業は、二つの方向に分かれていくと考えられます。
参考)https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/kaigi/dai34/shiryou16-12.pdf
共選システム自体も変わろうとしています。従来の「均一化」一辺倒から、生産者ごとのデータを紐付け、品質に応じた適正な配当を行う「個選共販」的なハイブリッド運用を導入する選果場も出てきています 。
「共選」は、善でも悪でもありません。それは一つの「ツール」です。
重要なのは、周りに流されて思考停止で出荷するのではなく、自分の経営目標に照らし合わせて、手数料というコストに見合うリターンが得られているかを常に計算し、判断することです。共選の厳しい規格や手数料の裏側を知った上で、それをどう利用するかが、これからの農業経営者の腕の見せ所となるでしょう。