いもち病菌は菌糸や分生胞子の状態で稲わらや籾などの罹病組織中で越冬します。特に、水田に放置された被害わらや水田近くに堆積された稲わらは菌の越冬に好適な条件となり、翌年の第一次伝染源として重要な役割を果たします。また、保菌種籾も重要な伝染源となるため、種子消毒による防除が推奨されています。
参考)https://www.mc-croplifesolutions.com/suitozai/assets/pdf/oryze/imochi-feature/02_chapter02.pdf
興味深いことに、いもち病菌はイネ以外の植物でも越冬することが知られています。タケやササ類の生葉上で越冬したPyricularia属菌が、イネいもち病の第一次伝染源の一つとなる可能性が指摘されています。これらの植物は水田周辺に自生していることが多く、見過ごされがちな伝染源となっています。
参考)AgriKnowledgeシステム
伝染源を減らすためには、秋耕して細断わらを土中にすき込むことや、集積して堆肥化することが効果的な方法です。イネ科雑草の除草や休閑田の耕起も越冬密度を低く抑えるために有効とされています。
参考)https://www.pref.kumamoto.jp/uploaded/attachment/276600.pdf
いもち病菌の分生胞子は病斑上に多数形成され、発病からおおよそ4〜5日間で胞子が形成されて飛散します。この分生胞子は風雨によって健全なイネに運ばれ、次々に感染を繰り返す第二次伝染源となります。
参考)https://www.jaicaf.or.jp/fileadmin/user_upload/publications/FY2021/okome57_210528.pdf
分生胞子の形成には特定の温湿度条件が必要です。温度が20〜25℃で湿度が高い条件下で分生胞子の形成が促進されます。特に、降雨量よりも長期間に降り続く弱い雨が発生を助長することが知られています。これは弱い雨では分生胞子の形成が促進されますが、強い雨では分生胞子が流亡するためと考えられています。
参考)https://www.pref.gifu.lg.jp/uploaded/attachment/302901.pdf
いもち病菌の増殖過程の図解(農研機構)- 分生子の形成と飛散サイクルについて
分生胞子の発芽には水滴が不可欠で、少なくとも96%以上の空気湿度で水膜が必要です。このため、夜露がおりやすい場所では本病が発生しやすくなります。
参考)https://www.pref.saga.lg.jp/kiji00322054/3_22054_4_imoti20130311.pdf
イネ体に付着した分生胞子は、適した温度(15〜25℃)と水滴の存在下で発芽します。発芽した胞子は発芽管を伸ばし、その先端に付着器と呼ばれる球形の感染期特異的侵入器官を形成します。付着器の形成は12〜33℃で行われますが、26℃以上が最適とされています。
参考)https://www.mc-croplifesolutions.com/suitozai/assets/pdf/oryze/imochi-feature/03_chapter03.pdf
イネいもち病菌の付着器侵入におけるケイ酸の役割(農研機構)- 付着器形成と侵入の詳細な観察結果
付着器は非常に高い膨圧を発生させ、この物理的な力を利用して侵入菌糸をイネの細胞壁を貫通させます。侵入糸は宿主表皮細胞外壁のクチクラ層、ペクチン層を通ってセルロース層に達した後、隔膜を形成してから表皮細胞と原形質膜を貫いて細胞原形質内に侵入します。
参考)https://gakui.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/data/h15data-R/215857/215857a.pdf
興味深いのは、胞子が付着してから一定時間経過後には、強い雨が降っても胞子の流亡が少なくなることです。付着器形成後であれば胞子流亡は少ないため、この段階に達した胞子は高い確率で感染に成功すると考えられています。
いもち病菌の生活環において、温度と湿度は各段階で重要な役割を果たします。分生胞子の発芽は10〜32℃(適温25℃)、侵入は14〜30℃(適温25℃)、菌糸の伸展は10〜32℃(適温25〜28℃)で行われます。
参考)いもち病とは?症状や発生要因、そして防除に必要なことを秋田農…
しかし、実際の発病は基本的には20〜25℃の条件で最も多くなります。これは気温がイネの体質(抵抗力)にも影響を与えるためです。進展性病斑は14〜22℃で最も多く形成され、温度が高くなるにつれて停滞性病斑が増加し、26〜34℃で多くなります。
参考)いもち病とは?症状や、対策・予防方法、おすすめ農薬のご紹介
湿度に関しては、胞子の発芽と侵入に水滴が不可欠です。曇天、少日照、やや低温(25度くらい)、高湿度の条件で感染しやすくなります。感染好適条件とは、10時間以上の葉の濡れと、濡れている間の平均気温が必要温度を満たし、かつ前5日間の平均気温が20〜25℃の場合を指します。
参考)いもち病対策 - やまがたアグリネット:山形県農業情報サイト
| 気象要因 | 最適条件 | 影響 |
|---|---|---|
| 気温 | 20〜25℃ | 発病が最も多い |
| 湿度 | 96%以上 |
胞子発芽に必要な水膜形成 |
| 降雨 | 弱い雨が長期間 | 胞子形成促進、強雨は胞子流亡 |
| 日照 | 少日照 | 発病助長 |
侵入に成功したいもち病菌は、侵入した表皮細胞内で伸長と分岐を続け、しだいに隣の表皮細胞と葉肉柔細胞を侵していきます。感染から病斑の出現までの潜伏期間は約5日間とされています。
参考)https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/202742.pdf
潜伏期間は感染部位によってかなりの差がみられます。葉いもちでは約5日間ですが、穂いもちでは感染部位によって異なり、籾いもちでは5〜8日(日平均気温20.4〜28.4℃の条件)とされています。
病斑が出現した後、4日間で病斑が拡大し分生子を形成します。病斑の型は気温によって異なり、気温が高いと進行型(胞子形成が多く長時間続く)となり、低いと止まり型となります。この分生子が再び飛散して新たな感染を引き起こすことで、いもち病菌は生活環を繰り返していきます。
参考)https://www.tarc-agrimet.affrc.go.jp/reigai/zusetu/byotyu/blast02.html
いもち病の発生サイクルと防除の詳細(クミアイ化学)- 伝染環の全体像と防除のポイント
このサイクルは、第一次伝染源→胞子形成→離脱・飛散→イネ体付着→発芽・付着器形成→侵入→潜伏期間→病斑形成→胞子形成という流れで、温湿度条件が整う限り繰り返されます。そのため、感染好適な気象条件が現れた後は、水田の見回りを広域に行い、早い段階で病斑を見つけて対応防除を行うことが重要です。