麦作において最も警戒すべき病害である「赤かび病」。この病害の恐ろしい点は、単に麦の収量が減るだけでなく、カビが産生する「カビ毒(マイコトキシン)」によって人や家畜の健康を害する可能性があることです。そのため、生産現場では「絶対に発生させない」という強い意志のもと、徹底した防除体系を組むことが求められます。
最も重要となるのが、薬剤散布の「時期」です。赤かび病菌は、麦の開花期に飛散した胞子が、開花した小穂の葯(やく)や花粉に付着して感染を開始します。つまり、この「開花期」こそが防除の最大の好機であり、ここを逃すと後からの挽回は極めて困難になります。一般的に、小麦であれば出穂から約7〜10日後、大麦であれば出穂から数日後が開花始めとなり、このタイミングでの薬剤散布が必須となります。
薬剤の選択においては、地域の耐性菌の発生状況を考慮する必要があります。かつて特効薬とされていたベンズイミダゾール系薬剤(MBC剤)に対して、耐性を持つ菌(耐性菌)が各地で確認されています。そのため、現在では作用機序の異なる薬剤をローテーションで散布することが推奨されています。
防除回数は、基本的には「開花始期」と「その7〜10日後」の2回散布が標準的ですが、品種の抵抗性の強弱や、その年の気象条件(雨が多い、気温が高いなど)によっては、さらに追加の防除が必要になることもあります。特に、開花期に降雨が続くと予想される場合は、雨の合間を縫ってでも散布を行う執念が、最終的な品質を左右します。
農研機構による麦類のかび毒汚染低減のための生産工程管理マニュアルの解説ページです。
赤かび病対策がこれほどまでに厳格に求められる最大の理由は、カビ毒であるデオキシニバレノール(DON)の存在です。DONは、摂取すると嘔吐や食欲不振、免疫機能の抑制などを引き起こす可能性があり、食品衛生法に基づき厳しい基準値が設けられています。
日本では、2022年(令和4年)4月1日より、小麦に含まれるDONの基準値が従来の「1.1ppm(暫定基準値)」から、国際基準に合わせた「1.0mg/kg(=1.0ppm)」へと変更され、管理がより厳格化されました。この「0.1」の差は数字上は小さく見えますが、生産者にとっては「安全のマージンが減った」ことを意味し、より一層の注意が必要となっています。
また、DON以外にも「ニバレノール(NIV)」という毒素を産生する菌株も存在します。NIVはDONよりも毒性が強いとされていますが、現在の日本の基準値規制の主な対象はDONです。しかし、食品の安全性を担保する上では、これらの毒素を総体的に低減させることが重要です。
リスク管理の観点からは、以下のポイントを把握しておく必要があります。
基準値を超過した麦は、食品として流通させることが一切できません。たった一度の防除ミスや判断の遅れが、一年間の苦労を無にし、廃棄処分という最悪の結果を招く可能性があることを、肝に銘じる必要があります。
農林水産省による麦類のDON・NIV汚染低減対策に関する詳細な解説資料です。
薬剤防除だけに頼るのではなく、遺伝的な「抵抗性」を持つ品種を選定することも、赤かび病対策の柱の一つです。しかし、残念ながら現時点では赤かび病に対して「完全な免疫(免疫性)」を持つ麦の品種は存在しません。あくまで「かかりにくい(抵抗性が強い)」か「かかりやすい(感受性が高い)」かという程度の差になります。
抵抗性のメカニズムには、大きく分けて2つのタイプがあります。
例えば、日本の主力品種である「きたほなみ(小麦)」は中程度の抵抗性を持っていますが、決して油断はできません。一方で、西日本向けの品種として開発された「ふくほのか」などは、比較的強い赤かび病抵抗性を持つと評価されています。また、大麦においては「二条大麦」よりも「六条大麦」の方が、一般的に赤かび病に弱い傾向があるため、六条大麦を栽培する場合はより入念な防除計画が必要です。
品種選びの際は、単に収量や食味だけでなく、ご自身の地域の気象条件(開花期に雨が多いかどうか)や、防除に割ける労力を考慮し、「多少収量が落ちても抵抗性の強い品種を選ぶ」という経営判断も有効です。最近では、農研機構や各県の試験場によって、より強い抵抗性を持つ新品種の育成が進められています。「さとのそら」のように栽培面積の広い品種でも、地域によっては発生リスクが高まる年があるため、品種の特性を過信せず、必ず薬剤防除と組み合わせる「総合的病害虫管理(IPM)」の考え方が不可欠です。
日本植物防疫協会による抵抗性品種を用いた赤かび病防除に関する技術資料です。
意外に見落とされがちですが、収穫後の「乾燥」工程も赤かび病対策のラストワンマイルとして極めて重要です。畑で刈り取ったばかりの麦(生麦)は水分が多く、そのまま放置すると、たとえ収穫時に見かけ上はきれいに見えても、保管中に赤かび病菌が増殖し、毒素(DON)を産生し続けるリスクがあります。
赤かび病菌は、水分が一定以上(一般的には水分含量14〜15%以上)ある環境下では活動を続けます。特に、収穫直後の高水分の麦がコンテナやフレコンバッグの中で蒸れてしまうと、数時間単位でカビが爆発的に増殖することがあります。これを防ぐための鉄則は以下の通りです。
また、調整工程における「比重選別」も、毒素低減の最後の砦です。赤かび病に感染した粒は、内部がスカスカになり比重が軽くなる傾向があります。比重選別機の風量を強めに設定し、軽い粒(被害粒の可能性が高い)を大胆に除去することで、製品(歩留まりは下がりますが)の安全性を確保することができます。
収穫後の乾燥過程における赤かび病菌の増殖リスクと対策についての農林水産省の資料です。
近年、スマート農業の進展により、赤かび病対策にもドローンと人工知能(AI)という新たな武器が登場しています。これまでの防除は、暦に合わせて一律に散布するか、生産者が圃場を歩き回って目で確認するしかありませんでした。しかし、この新しいアプローチは防除の精度と効率を劇的に向上させる可能性を秘めています。
ドローンによる適期防除の実用化:
従来のブームスプレーヤや無人ヘリコプターに代わり、散布用ドローンの利用が急拡大しています。ドローンの最大のメリットは、雨上がりのぬかるんだ圃場でも空中から散布できる「機動性」と、プロペラのダウンウォッシュ(吹き下ろし風)によって薬剤を穂の裏側や株元まで届かせる「付着効率の良さ」です。特に、赤かび病防除はタイミングが命であるため、「明日は雨だが、今の数時間の晴れ間に撒きたい」というピンポイントな要望に応えられるドローンは最強のツールとなりつつあります。
AI画像診断による発病予測と検出:
さらに先進的な取り組みとして、マルチスペクトルカメラを搭載したドローンで圃場を撮影し、その画像をAIが解析することで、赤かび病の発病リスクや初期症状を検出する技術の開発が進んでいます。
例えば、赤かび病に感染した穂は特有の分光反射特性(光の反射の仕方)を示します。人間の目では判別しにくい初期の感染も、AIならば色のわずかな変化や温度変化から「このエリアで感染が始まっている」と特定できる可能性があります。
北海道の一部の先進的な取り組み(山本忠信商店などによる実証実験)では、ドローン画像から小麦の穂数をカウントしたり、異形株(病気や品種混入)を検出してマップ化するシステムが試験されています。これにより、広大な圃場のどこにリスクがあるかを可視化し、必要な場所にだけ重点的に薬剤を追加散布する「可変散布」が可能になれば、コスト削減と環境負荷低減、そして毒素リスクの低減を同時に実現できる未来が見えてきます。
このような技術はまだ発展途上な部分もありますが、異常気象が常態化する中で、経験と勘だけに頼らないデータ駆動型の防除体系への転換は、これからの麦作経営にとって不可欠な視点となるでしょう。
ドローンとAIを活用した小麦の生育解析や異形検出システムの実証試験に関する記事です。

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