農業の土壌微生物!古細菌と細菌の違いとメタンの役割

農業の現場でも重要な働きをしている土壌微生物。特に「古細菌(アーキア)」と「細菌(バクテリア)」は別物ですが、その違いを明確に理解していますか?堆肥作りや温室効果ガス対策にも関わる両者の意外な関係とは?

古細菌と細菌の違い

農業の土壌微生物!古細菌と細菌の違いとメタンの役割
🦠
生物学的な分類の壁

細菌と古細菌は「ドメイン」という最上位の分類レベルで異なります。見た目は似ていても、遺伝子の仕組みは古細菌の方が人間に近いです。

🛡️
細胞膜の頑丈さ

古細菌は「エーテル脂質」という特殊な膜を持ち、熱や酸に強い耐性があります。これが堆肥の発酵熱にも耐える理由です。

🌾
メタンと窒素の循環

水田のメタン生成は古細菌の独壇場。一方で、土壌の肥料分(窒素)を植物が吸える形に変える過程でも主役級の働きをしています。

農業の現場において、土作りや堆肥化は基本中の基本ですが、そこで働く微生物たちの正体を詳しく知ることは、より高度な栽培管理につながります。一般的に「バイキン」や「菌」と一括りにされがちな微生物たちですが、実は「細菌(バクテリア)」「古細菌(アーキア)」は、生物学的には植物と動物以上にかけ離れた存在であることはあまり知られていません。

 

参考)https://agrias.shop/blogs/%E3%83%96%E3%83%AD%E3%82%B0/soil-science-2

どちらも核を持たない「原核生物」であり、顕微鏡で見てもその違いを見分けることは困難です。しかし、1970年代以降の遺伝子解析の進歩により、この二つは全く異なる進化の道を歩んできたことが判明しました。農業従事者がこの違いを知っておくべき理由は、単なる生物学的な興味にとどまりません。田んぼで発生するガスや、畑の土壌肥沃度に関わるメカニズムが、実はこの二つの微生物グループによって全く異なるアプローチで制御されているからです。

 

参考)新有機質肥料講座(総論編)ページ55/57

例えば、一般的に使われる抗生物質の中には、細菌の細胞壁をターゲットにするものがありますが、構造が根本的に異なる古細菌には全く効かない場合があります。これは家畜排泄物の堆肥化や、土壌病害の抑制を考える際にも無視できない特性です。ここでは、農業生産に直結する視点から、この二つの微生物の決定的な違いと役割について深掘りしていきます。

 

参考)https://www.ls.toyaku.ac.jp/~lcb-7/keywords/archaea.html

細胞膜の構造とエーテル脂質の強靭さ

 

古細菌と細菌を分ける最大の違いにして、農業現場での環境耐性に関わるのが「細胞膜」の構造です。私たちの体や植物、そして一般的な細菌(バクテリア)の細胞膜は、「エステル脂質」と呼ばれる脂肪酸の二重層で構成されています。これは柔軟性がありますが、極端な熱や酸に対しては化学的に分解されやすいという弱点を持っています。

 

参考)第3回 地球から細胞が生まれた2|分子生物学WEB中継 生物…

一方、古細菌の細胞膜は「エーテル脂質」という特殊な成分でできています。化学に詳しい方ならご存知かもしれませんが、エーテル結合はエステル結合に比べて化学的に非常に安定しており、簡単には切れません。さらに、古細菌の脂質は「イソプレノイド」という分岐した炭化水素鎖を持っており、これが膜の強度をさらに高めています。

 

参考)https://www.ls.toyaku.ac.jp/~lcb-7/keywords/etherlipid.html

  • 細菌(バクテリア): エステル結合の膜。環境変化に柔軟だが、極端な条件下では膜が壊れやすい。
  • 古細菌(アーキア): エーテル結合の膜。熱、酸、アルカリに対して非常に頑丈。

この構造の違いは、農業においてどのような意味を持つのでしょうか?例えば、堆肥を作る際の発酵熱(60℃〜80℃)の中でも、多くの病原性細菌は死滅しますが、一部の好熱性古細菌はこの強靭な細胞膜のおかげで生き残り、有機物の分解を継続することができます。また、強酸性の土壌や、塩類集積が進んでしまった過酷なハウス土壌においても、古細菌はその頑丈な膜構造により生存し続け、土壌生態系のベースラインを維持している可能性があります。

 

参考)土壌微生物の種類を紹介!「良い菌」と「悪い菌」

農研機構などの研究:
極限環境だけでなく、一般的な農耕地土壌にも古細菌が広く分布し、特に環境ストレスがかかる条件下での物質循環に寄与している可能性が示唆されています。

 

PDF 畑土壌における古細菌群の動態と硝化への寄与の可能性 - 農研機構

遺伝子の仕組みと真核生物への近さ

「古細菌」という名前から、「細菌よりも古い、原始的な生き物」というイメージを持たれがちですが、実は進化の系統樹で見ると、古細菌は細菌よりも私たち「真核生物(植物や動物)」に近い存在です。これは農業生産におけるバイオテクノロジーや、資材の選定において意外な盲点となることがあります。

具体的には、DNAから情報を読み取ってタンパク質を作る(転写・翻訳)ための酵素や仕組みが、細菌とは大きく異なり、真核生物と酷似しています。細菌は単純なRNAポリメラーゼという酵素を使いますが、古細菌は真核生物と同じような複雑な構造のRNAポリメラーゼを使っています。

 

参考)古細菌 - Wikipedia

  • 細菌: 独自の転写・翻訳システムを持つ。多くの農業用抗生物質(ストレプトマイシンなど)は、この細菌特有のシステム(リボソームなど)を阻害して殺菌します。
  • 古細菌: 真核生物に近いシステムを持つため、細菌用の抗生物質が効かないことが多いです。​

これが意味するのは、土壌消毒や殺菌剤を使用した際、ターゲットとなる病原菌(多くは細菌や糸状菌)は減少しても、古細菌のコミュニティは生き残りやすいということです。土壌の生物多様性を考える上で、薬剤散布後も土壌中に留まり、生態系のニッチ(隙間)を埋め続ける古細菌の存在は、地力の維持において無視できない要素かもしれません。逆に言えば、特定の菌だけを殺そうとしても、古細菌を含めた土壌微生物叢全体には複雑な影響を与えてしまう可能性があることを、遺伝子の仕組みの違いは示唆しています。

 

農業の現場でのメタン生成菌の働き

水稲栽培を行う農家にとって、古細菌は「メタン生成菌」として非常に身近で、かつ管理が難しい存在です。実は、地球上でメタンガス(CH₄)を生物学的に合成できるのは、細菌でもカビでもなく、古細菌の特定のグループだけに限られます。

 

参考)第46回

水田の土壌は、水を張ることで酸素が遮断され、「嫌気状態(酸素がない状態)」になります。この環境は、酸素を嫌うメタン生成古細菌にとっての楽園です。彼らは、他の土壌細菌(発酵菌など)が有機物を分解して出した水素や酢酸をエサにして、最終産物としてメタンを放出します。

 

参考)https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2030902637.pdf

しかし、ただ水を抜いて乾かせば良いという単純な話ではありません。中干し期間を延長することで酸素を供給し、メタン生成古細菌の活動を抑える技術が推奨されていますが、逆に酸素を好む「好気性菌」による有機物分解が活発になりすぎると、地力窒素の消耗につながるリスクもあります。

 

また、メタンを食べる「メタン酸化細菌(これは真正細菌です)」も水田には生息しており、イネの根圏で古細菌が出したメタンを消費しています。つまり、水田の土壌内では「メタンを作る古細菌」と「メタンを食べる細菌」の綱引きが行われており、このバランスを管理することが、環境に優しい米作りの鍵となります。

 

参考)夢ナビ講義

J-STAGE論文情報:
水田土壌におけるメタン生成古細菌とメタン酸化細菌のバランスや、施肥管理がそれらに与える影響についての詳細な研究報告です。

 

Immunological Identification of Rhizobial Strains. (関連論文)

土壌の窒素循環を支えるアンモニア酸化古細菌

長年、土壌学の教科書では「土壌中のアンモニア(肥料分)を硝酸に変える硝化作用』は、硝化細菌(ニトロソモナスなど)が行っている」と教えられてきました。しかし近年の研究で、この常識が覆されつつあります。実は、多くの農耕地土壌において、細菌よりも「アンモニア酸化古細菌(AOA)」の方が数多く生息し、硝化作用の主役を担っているケースがあることが分かってきたのです。

 

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4663241/

これは、肥料設計において革命的な発見と言えます。なぜなら、細菌と古細菌では「得意な環境」が違うからです。

 

  • アンモニア酸化細菌 (AOB): 肥料を大量に投入した「富栄養」な環境で活発になります。高濃度のアンモニアを好みます。

    参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3131854/

  • アンモニア酸化古細菌 (AOA): 肥料分が少ない「貧栄養」な環境や、酸性土壌でも活発に働きます。非常に低濃度のアンモニアでも利用できる高親和性を持っています。

    参考)https://www.nougaku.jp/award/2017/4tago.pdf

慣行農法で化学肥料を多投する畑では細菌(AOB)が優勢になりやすいですが、有機栽培や低投入型の農業、あるいは自然に近い管理を行っている果樹園などの土壌では、古細菌(AOA)が窒素循環の鍵を握っている可能性が高いです。

 

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC2988605/

特に日本の土壌は酸性になりがちですが、細菌は酸性に弱いのに対し、古細菌は酸性条件でも硝化を行うことができます。つまり、「酸性土壌だから肥料の効きが悪い」と思っている場所でも、実は古細菌が黙々とアンモニアを硝酸に変え、植物が吸える形(あるいは流亡しやすい形)に変換し続けています。土壌診断でpHやEC(電気伝導度)を見る際、その裏で「細菌が働いているのか、古細菌が働いているのか」を想像することは、より精密な施肥管理への第一歩となります。

極限環境だけじゃない?普通の畑にいる古細菌

古細菌というと、深海の熱水噴出孔や塩湖といった「極限環境」にしかいない生物だと思われがちですが、これは大きな誤解です。最新のメタゲノム解析(土壌中のDNAを丸ごと調べる技術)によると、ごく普通の畑や水田、さらには庭の土の中にさえ、莫大な数の古細菌が生息していることが確認されています。

 

参考)https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2030850822.pdf

これらは「中温性古細菌」と呼ばれ、極端な環境でなくても生活できます。特に注目すべきは、彼らが土壌微生物全体のバイオマス(生物量)のかなりの割合を占めている点です。これまで「培養が難しい」ために見過ごされてきただけで、実は私たちの足元は古細菌だらけなのです。

 

  • 安定性の担い手: 細菌の群集構造(種類や数のバランス)は、雨が降ったり肥料をやったりすると激しく変動しますが、古細菌の群集構造は比較的安定しているという報告があります。

    参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jssm/75/2/75_79/_pdf

  • 炭素循環への寄与: メタン生成だけでなく、まだ解明されていない有機物の分解や炭素固定のプロセスに、これらの中温性古細菌が関与している可能性があります。

農業従事者としては、「土壌改良材を入れたから菌が増えただろう」と考える際に、単に市販のバチルス菌(細菌)などのことだけを考えるのではなく、「元々土着している古細菌たちがどう反応するか」という視点を持つことが、これからの土作りには必要になってくるでしょう。未知の機能を持つ彼らを「味方につける」管理手法が、次世代の農業技術として確立される日も近いかもしれません。

 

理化学研究所:
熱水などの極限環境だけでなく、自然環境中に広く潜む古細菌とそのウイルスの多様性についての解説。農業環境への示唆も含んでいます。

 

熱水などの極限環境に潜むバラエティ豊かな古細菌ウイルス

 

 


細胞膜・核内レセプターと脂溶性シグナル分子 (実験医学増刊 Vol.)