「土壌汚染対策」と聞くと、大規模な工場や建設現場の話だと思われがちですが、実は個人の土地所有者、特に農地を持つ個人にとっても無関係ではありません。「土壌汚染対策法」は、人の健康被害を防ぐことを目的としており、特定の条件下では個人にも調査や報告の「義務」が発生します。しかし、農地の場合は少し事情が異なります。農地には「農用地の土壌の汚染防止等に関する法律(農用地土壌汚染防止法)」という別の法律が深く関わってくるからです。
参考)https://www.japaneselawtranslation.go.jp/ja/laws/download/2602/04/s45Aa001390207ja10.0_h23A105.pdf
まず、一般的な土壌汚染対策法において、個人に調査義務が発生する主なケースは以下の3つです。
個人の農家であっても、過去に農薬保管庫などで特定有害物質を使用していた場合や、農地を宅地に転用して売却する際などに、この法律の適用を受ける可能性があります。特に、農地転用で3,000㎡以上の造成を行う場合は、必ず事前の届出が必要となり、その際に汚染の恐れがあると判断されれば、命令による調査義務が生じます。
参考)土壌汚染対策法の施行について
一方、「農用地土壌汚染防止法」は、農畜産物が汚染されたり、農作物の生育が阻害されたりすることを防ぐための法律です。ここでは、カドミウム、銅、ヒ素の3物質が特定有害物質として指定されています。この法律に基づき、都道府県知事が「対策地域」を指定し、対策計画を策定します。つまり、農地に関しては、個人の責任というよりも、行政主導で地域全体として対策を行う側面が強いのが特徴です。しかし、対策地域に指定されれば、作付け制限などの強制力のある措置が取られることもあり、土地所有者としての協力義務は避けられません。
参考)https://www.env.go.jp/water/dojo/guide/pdf/ref03.pdf
重要なのは、自分の土地がどちらの法律の対象になるか、あるいは両方のリスクを抱えているかを把握することです。単なる資産としての土地ならば土壌汚染対策法が、営農を続けるならば農用地土壌汚染防止法が、それぞれのルールであなたの土地を縛ることになります。
環境省:土壌汚染対策法について(法令・政令・省令・通知) - 法的義務の詳細な確認に
環境省:農用地土壌汚染防止法について - 農地特有の規制情報の確認に
農用地における土壌汚染リスクは、工場跡地とは異なる特徴を持っています。工場であれば特定の区画に高濃度の化学物質が残留する「点」の汚染が多いですが、農地の場合は水路や客土(他から持ち込んだ土)を通じて、広範囲に薄く広がる「面」の汚染が一般的です。リスクの要因として最も多いのは、過去に使用された農薬、周辺の鉱山からの排水、あるいは不法投棄された廃棄物です。
参考)土壌汚染とは?原因・影響と身近な例や国・企業・個人でできる対…
個人の農家が「自分の土地は大丈夫か?」と不安に思った場合、いきなりボーリング調査を行うのは現実的ではありません。まずは「地歴調査」から始めるのが定石です。これは、登記簿謄本や過去の航空写真、古い地図などを用いて、その土地が過去にどのように使われていたかを調べるものです。例えば、自分の農地がかつてメッキ工場の跡地であったり、クリーニング店が隣接していたりした場合、汚染リスクは跳ね上がります。
参考)土壌汚染対策の費用は誰が負担するのか?基本は土地所有者
もし地歴調査でリスクありと判断された場合、実際の土壌採取を行う「概況調査」へと進みます。農地の場合、表層土壌(深さ50cm程度まで)に汚染が留まっていることが多いため、簡易的な調査で済むこともあります。しかし、地下水まで汚染されている疑いがある場合は、本格的なボーリング調査が必要となります。
ここで注意すべきは、調査を依頼する先です。法的な効力を持つ調査結果を得るためには、環境省が指定した「指定調査機関」に依頼しなければなりません。指定調査機関以外の業者による簡易キットでの検査結果は、あくまで参考値に過ぎず、土地の売買や行政への報告には使えないことが多いので注意が必要です。
参考)指定調査機関について|株式会社セロリ
また、農地特有のリスクとして、「自然由来」の汚染も無視できません。もともとその地域の地質にヒ素や鉛が多く含まれている場合、人為的な汚染でなくても基準値を超過することがあります。この場合でも、法律上の規制対象となることがあるため、近隣の土地の調査結果(行政が公開していることが多い)を確認することも有効なリスクヘッジとなります。
環境省:土壌汚染対策法に基づく指定調査機関 - 信頼できる調査会社の検索に
個人が土壌汚染対策を行う上で、最も大きなハードルとなるのが「費用」です。土壌汚染調査や対策工事の費用は、土地の広さや汚染の種類、深さによって大きく変動しますが、一般的な相場を知っておくことは重要です。業者からの見積もりが適正かどうかを判断する材料になるからです。
以下に、個人が負担する可能性のある調査・対策費用の目安をまとめました。これはあくまで概算であり、指定調査機関によって料金設定は異なります。
| 調査・対策の段階 | 内容 | 費用の目安(100㎡〜数百㎡想定) | 備考 |
|---|---|---|---|
| フェーズ1:地歴調査 | 資料収集、聴取によるリスク診断 | 10万〜30万円 | 現場での土壌採取は行わない |
| フェーズ2:概況調査 | 表層土壌の採取・分析 | 20万〜50万円 | 採取地点数(区画数)により変動 |
| フェーズ3:詳細調査 | ボーリングによる深度方向の調査 | 50万〜数百万円 | 汚染範囲の確定に必須 |
| 対策工事 | 掘削除去、封じ込め、浄化 | 数百万円〜数千万円 | 汚染土の量と処理方法に依存 |
特に注意が必要なのは、指定調査機関による調査でないと、公的な証明として認められない点です。安価な未指定の業者に依頼して「異常なし」という結果が出ても、土地売却時の重要事項説明でトラブルになったり、行政命令の解除に使えなかったりします。「安物買いの銭失い」にならないよう、最初から環境省の指定を受けた機関を選ぶことが鉄則です。
参考)土壌汚染対策法に基づく指定調査機関
また、費用負担の原則は「汚染原因者負担」ですが、原因者が不明の場合や、すでに倒産している場合、現在の土地所有者が費用を負担しなければならないケースが多々あります(所有者責任)。特に、相続した土地に汚染が見つかった場合、相続人がその浄化費用を負うことになります。
ただし、自治体によっては、個人の住宅用地や小規模な事業用地に対して、調査費用の一部を助成する制度を設けている場合があります。調査を依頼する前に、必ず地元の役所の環境対策課などに問い合わせてみましょう。数万円から数十万円の補助が出るだけで、個人の負担感は大きく変わります。
参考:土壌汚染対策の費用は誰が負担するのか? - 費用負担の原則とトラブル回避
土地を売買する際、土壌汚染の有無は資産価値を左右する決定的な要因となります。もし、売却後に土壌汚染が発覚した場合、売主は買主に対して「契約不適合責任(旧:瑕疵担保責任)」を問われる可能性があります。これは、契約の内容と適合しないものを引き渡したとして、損害賠償請求や契約解除、代金減額請求を受けるリスクがあるということです。
参考)土地売買時に土壌調査の義務はある?土壌汚染の疑いがある土地を…
個人間の売買であっても、この責任は免除されません(特約で免責とすることは可能ですが、買主が承諾しないケースが増えています)。特に、以下のようなケースではトラブルになりやすいため、事前の対策が必須です。
契約書においては、「土壌汚染対策費用の負担区分」を明確に記載しておくことがトラブル防止の鍵です。「万が一汚染が見つかった場合は、売主が〇〇万円を上限に負担する」「現状有姿での引き渡しとし、契約不適合責任は免責とする(その分価格を下げる)」といった具体的な条項を盛り込むことで、将来の訴訟リスクを低減できます。
逆に、土地を購入する側(個人)としても、この知識は武器になります。購入予定地に少しでも懸念がある場合は、契約前に「売主の費用負担での調査」を条件にしたり、汚染発覚時の契約解除特約を入れるよう交渉したりすることができます。不動産業者は仲介のプロですが、土壌汚染の専門家ではありません。自分自身でリスクを見極め、指定調査機関のレポートを要求する姿勢が、あなたの大切な資産を守ることにつながります。
ここまでは一般的な対策や法律の話をしてきましたが、ここでは検索上位の記事にはあまり書かれていない、農家だからこそできる「低コストで実践的な独自対策」について深掘りします。もしあなたの農地でカドミウムなどの基準値超えが懸念される場合、必ずしも莫大な費用をかけて土を入れ替える(客土)だけが解決策ではありません。
1. 水管理によるカドミウム吸収抑制(湛水管理)
稲作農家にとって最も強力かつ現実的な対策は「水管理」です。イネは、土壌が酸化状態(乾いた状態)にあるとカドミウムを吸収しやすくなり、還元状態(水に浸かった状態)では吸収しにくくなる性質があります。
参考)農産物中の汚染物質低減のための指針:農林水産省
具体的には、出穂期の前後(出穂前3週間〜出穂後3週間程度)に水田を湛水状態(水を張ったまま)に保つことで、土壌を還元状態にし、カドミウムが水に溶け出しにくい形(硫化カドミウムなど)に固定化させます。これにより、玄米中のカドミウム濃度を大幅に低減できることが実証されています。
この方法は、大規模な工事を必要とせず、毎日の水管理の工夫だけで実施できるため、個人農家にとって非常に有効です。ただし、湛水状態を続けると今度はヒ素が溶け出しやすくなるトレードオフがあるため、地域の土壌特性に合わせた調整が必要です(カドミウム優先かヒ素優先かなど、普及指導員の助言を仰いでください)。
2. 吸収抑制植物(ファイトレメディエーション)の活用
もう一つのアプローチは、植物の力を借りて土を浄化する「ファイトレメディエーション」です。特定の植物は、土壌中の重金属を根から強力に吸い上げる性質を持っています。
この方法は即効性はありませんが、数年かけてじっくりと土を「治療」していく方法として、環境負荷が低く、景観も損なわないため、個人の農地維持に適しています。
3. 資材による不溶化
土壌改良資材(ゼオライトや特定の吸着剤)を畑に混ぜ込むことで、重金属を植物が吸収できない形に固定する「不溶化」も個人で実施可能です。これは汚染物質そのものを除去するわけではありませんが、作物への移行を防ぐ「対症療法」として、安全な作物を生産し続けるために有効な手段です。
これらの技術は、すべてを業者任せにする「工事」とは異なり、農家自身が日々の営農活動の中で取り組める「対策」です。自分の土地の特徴を知り、適切な管理を行うことで、汚染リスクと共存しながら安全な農産物を作り続ける道もあります。
農林水産省:農産物中の汚染物質低減のための指針 - 水管理技術の詳細
三重県:監視指導・有害物質対策(カドミウム) - 具体的な湛水管理の実践例