農用地の土壌の汚染防止等に関する法律(以下、農用地土壌汚染防止法)およびその施行令において、最も核心となるのが「特定有害物質」の定義とその基準値です。一般的な土壌汚染対策法では、鉛、水銀、シアンなど多岐にわたる物質が規制対象となっていますが、農用地においては、農作物の生育や人の健康に直接的な影響を与える可能性が高い以下の3つの物質に限定されています。これは、農地という特殊な環境において、特にリスク管理が必要な物質が厳選されていることを意味します。
カドミウムは、長期間摂取することで腎臓機能障害や骨軟化症(イタイイタイ病など)を引き起こす恐れがある物質です。農用地においては、単に土壌に含まれている量だけでなく、そこで生産される「米」にどれだけ蓄積されるかが重視されます。これは、日本人の主食である米からの摂取が、カドミウム暴露の主要な経路であるためです。
銅は、人の健康被害というよりも、農作物(特にイネ)の生育阻害を引き起こす物質として指定されています。銅の濃度が高い土壌で稲作を行うと、根の伸長が阻害され、収量が著しく低下したり、枯死したりする被害が発生します。これを「銅害」と呼びます。
ヒ素は、古くから鉱毒問題などで知られる毒性の強い物質です。農作物への吸収による健康被害のリスクと、銅と同様に作物の生育阻害を引き起こす両面のリスクを持っています。
これらの物質には、政令によって具体的な数値基準が設けられています。この数値は、単なる目安ではなく、都道府県知事が「対策地域」を指定するための絶対的なラインとなります。
環境省_農用地の土壌の汚染防止等に関する法律
上記の環境省のページでは、法律の条文や背景、施行令の詳細な数値が確認できます。
農林水産省_お米のカドミウム低減対策
農林水産省によるカドミウム低減対策の特設ページです。基準値の変遷や具体的な対策技術について詳述されています。
特筆すべきは、これらの基準値が科学的知見の蓄積や国際的な食品安全基準の動向に合わせて見直される可能性があるという点です。特にカドミウムについては、食品衛生法における玄米中のカドミウム濃度基準が、国際規格(コーデックス規格)に合わせて1.0ppmから0.4ppmへと厳格化された経緯があり、これに連動して農用地の運用上の基準も実質的に厳しくなっています。農業従事者は、古い知識のままではなく、常に最新の「基準値」を意識する必要があります。
農用地土壌汚染防止法では、汚染が見つかったからといって直ちにすべての農地が規制されるわけではありません。都道府県知事が「農用地土壌汚染対策地域」として指定することで、初めて法的な対策プロセスが動き出します。この指定要件は施行令第2条に極めて具体的に定められており、その数値基準を知っておくことは、自身の農地を守るためにも重要です。
指定要件は、物質ごとに以下のように定められています。
地域内の農用地で生産される米に含まれるカドミウムの量が、米1kgにつき1.0mg(1ppm)以上であると認められる地域。
※ただし、前述の通り食品衛生法の基準改正に伴い、実務上は0.4mg/kgを超える米が生産される可能性がある地域についても、詳細な調査の対象となり、対策地域の指定要件として考慮される運用がなされています。つまり、法律の条文上の数値と、現場での運用基準(食の安全を守るための実質基準)にはタイムラグや解釈の幅があるため、より厳しい0.4ppmという数字を意識する必要があります。
地域内の農用地(田に限る)の土壌に含まれる銅の量が、土壌1kgにつき125mg以上であると認められる地域。
ここで注意すべきは「田に限る」という点です。畑作においては銅による生育阻害のリスクやメカニズムが水田とは異なるため、現行法では水田のみが指定の対象となっています。
地域内の農用地(田に限る)の土壌に含まれるヒ素の量が、土壌1kgにつき15mg以上であると認められる地域。
ヒ素についても、基本は15mgですが、地域の自然的条件(元々の地質的にヒ素が高いなど)がある場合は、都道府県知事が10mg以上20mg以下の範囲で別の値を定めることができるという特例規定があります。
指定の流れとしては、まず都道府県による「常時監視」や「細密調査」が行われます。この調査で基準値を超える、あるいは超える恐れが高いと判断された場合、その範囲が「対策地域」として指定されます。指定されると、都道府県知事は「農用地土壌汚染対策計画」を策定し、汚染除去などの事業を実施することになります。
環境省参考資料_特定有害物質及び基準値
特定有害物質ごとの指定要件となる数値が一覧で整理されており、正確な数値確認に役立ちます。
この「指定」は、風評被害を懸念する地域住民にとっては非常にセンシティブな問題です。しかし、指定を受けないまま汚染米を出荷してしまうリスクの方が、長期的な産地ブランドにとっては致命的です。法に基づく指定は、行政の予算を使って土壌を健全な状態に戻すための「切符」を手に入れることと同義であり、隠すのではなく適切に対処するための制度設計となっています。
対策地域に指定され、対策計画が策定されると、実際に土壌の汚染を除去、または汚染物質の吸収を抑制するための事業が行われます。これらは「公害防除特別土地改良事業」などと呼ばれ、国や自治体の補助を受けて実施されます。施行令や関連規則に基づき、主に行われる対策は以下の3つに大別されます。
これが最も確実かつ一般的な手法です。汚染された表層の土(作土層)を削り取り(排土)、別の場所から持ってきた清浄な土を入れる(客土)方法です。
土壌汚染の原因が、鉱山排水などが混入した農業用水にある場合、土を入れ替えても再び汚染されてしまいます。そのため、汚染源となっている用水路からの取水を止め、別の清浄な水源(河川や地下水など)から水を引くための用水路整備を行います。これは根本的な解決のために不可欠な措置です。
土壌中の重金属濃度そのものを下げるのではなく、作物が根から吸収しにくい化学形態に変える方法です。例えば、土壌のpH(酸性度)を調整するために石灰資材を投入したり、リン酸資材を用いたりします。これにより、重金属が土壌粒子に吸着されやすくなり、作物への移行が低減されます。
農研機構_カドミウム汚染水田の浄化技術
客土以外の物理的・化学的な浄化手法や、そのコスト比較など、技術的な詳細が記載されています。
これらの対策が完了し、土壌中の有害物質濃度が基準値を下回った、あるいは生産される農作物が安全であることが確認されると、ようやく対策地域の「指定解除」が行われます。指定解除はゴールですが、それで終わりではありません。解除後も定期的なモニタリング調査(再汚染防止の監視)が必要とされ、継続的な管理が求められます。特に客土を行った場合、新しい土の性質が元の土と異なるため、地力の回復や水持ちの調整など、営農上の新たな課題が発生することもあり、農業従事者の粘り強い土作りが不可欠となります。
これまで紹介した「客土」などの物理的な対策は、確実性が高い一方で、莫大なコストと環境負荷(土の運搬によるCO2排出や、良質な土の枯渇問題)がかかるという課題がありました。そこで近年、法律の枠組みを超えた新しい技術として注目され、一部で実用化が進んでいるのが「ファイトレメディエーション(植物による環境修復)」です。
これは、重金属を特異的に多く吸収する性質を持つ植物を栽培し、土壌中のカドミウムなどを植物体に吸い上げさせ、その植物を刈り取って搬出することで土壌を浄化する方法です。
農研機構などが開発した画期的な品種です。このイネは、食用のイネに比べてカドミウムを極めて効率よく吸収します。
シダ植物の一種で、カドミウムだけでなく、亜鉛や鉛なども高濃度に蓄積する能力があります。ただし、イネ科植物の方が既存の農業機械(コンバインなど)を使えるため、農地での浄化にはファイレメCD1号のようなイネ科植物の方が実用的とされています。
この技術の導入には、「浄化に使った植物の処理」という課題が伴います。高濃度にカドミウムを含んだ稲わらや籾は、産業廃棄物として適切に焼却・処分しなければなりません。また、食用の米と混ざらないように厳格な管理が求められます。
しかし、農用地土壌汚染防止法の施行令に基づく従来の「客土」一辺倒だった対策に、このような生物機能を利用した選択肢が加わったことは、農業の持続可能性という観点から非常に大きな意味を持ちます。低コストで実施できるため、対策地域の指定要件ギリギリのグレーゾーンの農地や、指定解除後の自主的なリスク管理として取り組む産地も増えてきています。
農研機構_カドミウム汚染土壌浄化用イネ品種「ファイレメCD1号」栽培管理マニュアル
ファイトレメディエーションの具体的な手順、栽培カレンダー、廃棄処理の方法まで網羅された実務マニュアルです。
法律は固定されたものではなく、技術の進歩とともに運用の幅が広がっていきます。施行令の数値基準を守ることはもちろんですが、こうした最新技術の動向を知っておくことで、万が一の際の選択肢を広げ、先祖代々の土地を次世代により良い状態で引き継ぐことができるのです。

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