農用地土壌汚染防止法とカドミウム対策:基準と指定地域の解説

農用地土壌汚染防止法におけるカドミウム基準値の0.4mgや対策地域の指定要件について徹底解説します。客土やファイトレメディエーションなどの対策コストも比較。あなたの農地は大丈夫ですか?

農用地土壌汚染防止法とカドミウム規制の全容

この記事の要約
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基準値の厳格化

玄米中のカドミウム基準値は国際規格に合わせ0.4mg/kgに。これを超えると対策地域に指定される可能性があります。

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進化する対策技術

高コストな「客土」に加え、植物で土壌を浄化する「ファイトレメディエーション」が実用化されています。

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現場での管理手法

出穂期前後の湛水管理で土壌を還元状態に保ち、カドミウムの吸収を劇的に抑制することが可能です。

基準 玄米中0.4mgが指定要件となる法的な背景

 

農用地土壌汚染防止法において、最も重要な指標となるのが玄米中のカドミウム濃度です。かつては玄米中1.0mg/kg未満であれば流通が認められていましたが、国際的な食品安全基準の厳格化に伴い、現在は0.4mg/kgが基準線となっています。

 

この「0.4mg/kg」という数値は、単なる食品衛生法上の流通基準であるだけでなく、農用地土壌汚染防止法における「対策地域の指定要件」とも直結しています。具体的には、この基準を超える米が生産される地域、あるいはその恐れが著しい地域が、都道府県知事によって対策地域として指定されます。

 

  • 指定のプロセス: 基準超過の確認 ➔ 知事による対策地域の指定 ➔ 対策計画の策定
  • 解除のプロセス: 客土などの対策実施 ➔ モニタリング調査 ➔ 基準値以下安定 ➔ 指定解除

指定地域になると、法に基づいた土壌汚染対策計画が策定され、公費による対策工事が行われることになりますが、風評被害のリスクも伴います。そのため、未然防止としての自主的な土壌管理が農業経営において極めて重要になっています。

 

令和5年度農用地土壌汚染防止法の施行状況について - 環境省(最新の指定状況と調査結果が確認できます)

対策 コスト差は歴然?客土と吸収抑制技術の比較

カドミウム汚染が確認された場合の物理的な対策として、長年主流だったのが「客土(きゃくど)」です。これは汚染された表土を取り除き、外部から清浄な土を搬入して入れ替える、あるいは上乗せする方法です。

 

客土は汚染除去の確実性が非常に高い反面、莫大なコストと環境負荷がかかります。一般的に、10アール(1反)あたりの対策費用は300万円~600万円にも上ると言われています。公的資金が入るとはいえ、実施までの期間や大規模な土木工事が必要となるため、農地への負担は小さくありません。

 

これに対し、近年注目されているのが「吸収抑制技術」や「土壌浄化技術」です。特に、土壌洗浄法や後述するファイトレメディエーションは、客土に比べて低コストで実施可能です。

 

対策工法 概要 メリット デメリット コスト目安(10a当り)
客土工法 非汚染土を搬入し覆土または入替 確実な効果、即効性 非常に高コスト、良質な土の確保難 300~600万円
反転耕 下層の非汚染土を表層と入れ替える 客土より安価 下層土も汚染されている場合は不可 60~100万円
土壌洗浄 塩化鉄などでカドミウムを洗い出す 現場で処理可能 排水処理が必要、土壌構造の変化 100~200万円

このように、コストと効果のバランスを考慮し、地域の実情に合わせた工法選定が進められています。

 

新技術 植物の力で浄化するファイトレメディエーション

検索上位の記事ではあまり詳しく触れられていないものの、現在、技術的に確立されつつあるのがファイトレメディエーション(植物による環境修復)です。これは、カドミウムを根から強力に吸収する性質を持つ特殊な植物を栽培し、土壌中のカドミウムを吸い上げさせ、その植物を収穫・搬出することで土壌をきれいにする技術です。

 

農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)などが開発した高吸収イネ品種が実用化されています。

 

  • 長香穀(ちょうこうこく): 従来の食用品種に比べ、カドミウム吸収量が極めて高いインディカ米系統の品種。
  • ファイレメCD1号: 長香穀の脱粒しやすい欠点を改良し、機械収穫しやすくした新品種。

これらの品種を2~3作(2~3年)栽培することで、土壌中のカドミウム濃度を20~40%程度低減できることが実証されています。収穫した稲は焼却処分し、灰として適正に処理する必要がありますが、大規模な土木工事を必要としないため、農地の形状を変えずに浄化できる点が最大のメリットです。コストも客土の半額以下に抑えられるケースが多く、環境保全型の農業対策として注目されています。

 

カドミウム汚染土壌浄化用イネ品種「ファイレメCD1号」栽培管理マニュアル(具体的な栽培方法が詳述されています)

現場 酸化還元電位を操る水管理のメカニズム

農家が明日から実践できる最も効果的な対策は、適切な「水管理」です。これは単に水を入れれば良いというものではなく、土壌化学のメカニズムに基づいた科学的なアプローチです。

 

カドミウムは、土壌が酸化状態(乾燥している状態)にあると水に溶け出しやすくなり、イネに吸収されます。逆に、還元状態(湛水して酸素が少ない状態)では、土壌中の硫黄と結合して「硫化カドミウム(CdS)」という水に溶けにくい物質に変化します。

 

つまり、カドミウムの吸収リスクが最も高まる出穂前後(出穂3週間前から出穂後3週間程度)に、水田をしっかりと湛水状態に保つことで、カドミウムを不溶化させ、吸収を劇的に抑えることができます。

 

⚠️ 注意点:

  • 早期落水の厳禁: 収穫作業の効率を考えて早めに水を抜いてしまうと、土壌が急速に酸化し、最後の最後でカドミウムを一気に吸い上げてしまうリスクがあります。
  • 酸化還元電位(Eh): 専門的には、土壌のEhをマイナス100mV以下等の還元状態に維持することが目標となります。

この水管理技術は「カドミウム吸収抑制のための水管理」として確立されており、土壌汚染対策地域以外でも、リスク低減のために推奨されている標準的な栽培管理手法です。

 

法律 土壌汚染対策法と農用地法の決定的な違い

多くの人が混同しやすいのが、一般的な工場跡地などに適用される「土壌汚染対策法」と、農地を守る「農用地土壌汚染防止法」の違いです。この違いを理解しておくことは、農地の資産価値や売買時のリスク管理において非常に重要です。

 

最大の違いは、「守るべきもの」と「対象物質」にあります。

 

  • 農用地土壌汚染防止法
    • 目的: 農畜産物を経由した人の健康被害防止、および農作物の生育阻害の防止。
    • 特定有害物質(3物質のみ): カドミウムヒ素
    • 規制の考え方: そこで作られた「作物」が安全かどうかを重視。
  • 土壌汚染対策法(一般法)
    • 目的: 土壌の直接摂取や地下水経由での健康被害防止。
    • 特定有害物質(26物質): 鉛、水銀、六価クロム、シアン、ベンゼンなど多数。
    • 規制の考え方: 「土地そのもの」の汚染濃度を重視。

    農地であっても、転用して宅地や駐車場にする場合は、一般の「土壌汚染対策法」の規制を受ける可能性があります。しかし、農地として耕作を続ける限りは、農用地法に基づく3物質の管理が主役となります。特にカドミウムは、銅やヒ素に比べて基準超過事例が圧倒的に多いため、実質的には「農用地法=カドミウム対策法」といっても過言ではないほど、カドミウムへの警戒レベルが高いのが特徴です。

     

    農用地の土壌の汚染防止等に関する法律の概要 - 環境省(法律の体系と特定有害物質の定義について)

     

     


    建築基準法関係法令集 2026年版