アブラムシは数秒吸汁しただけでウイルスを伝染させます。
キュウリモザイクウイルス(CMV)は、アブラムシ類による虫媒伝染が最も重要な感染経路となっています。特にモモアカアブラムシとワタアブラムシが主要な媒介昆虫として知られており、これらのアブラムシがウイルス保毒植物を吸汁した後、健全なキュウリ株を吸汁することでウイルスが伝染します。
CMVの伝染様式は「非永続的伝染」と呼ばれるものです。これは、アブラムシが感染植物を数秒から数分間吸汁するだけでウイルスを口器に獲得し、その直後に健全植物を吸汁することで伝染が成立するという特徴を持っています。ウイルスはアブラムシの口針先端に付着するだけで、体内や唾液腺には侵入しません。そのため、アブラムシの子孫にウイルスが引き継がれることはありませんが、短時間の接触で容易に感染が広がるという点で非常に厄介です。
このメカニズムが厄介な理由は、アブラムシが飛来してすぐに感染が成立する点にあります。アブラムシが圃場に侵入してから薬剤散布を行っても、既に吸汁が完了してウイルスが伝染している可能性が高いのです。つまり、アブラムシを見つけてから対処したのでは遅いということですね。
CMVの宿主範囲は極めて広く、1,000種以上の植物に感染することが確認されています。国内だけでも250種近い植物が宿主となり、ウリ科やナス科はもちろん、アブラナ科、キク科、マメ科など、さまざまな科の植物が感染源となり得ます。この広範な宿主範囲により、圃場周辺の雑草や他の作物からアブラムシが飛来して感染を広げるリスクが常に存在します。
高知県病害虫・生理障害台帳のCMV詳細ページでは、CMVの伝染経路や防除対策について詳しく解説されています。
アブラムシの発生を抑制することがCMV防除の第一歩となります。施設栽培の場合は、開口部に0.4mm目合いの防虫ネットを設置することで、アブラムシの侵入を物理的に防ぐことができます。また、シルバーマルチやシルバーテープの設置も効果的です。アブラムシは銀色の光を嫌う性質があるため、これらの資材を利用することで飛来数を減らせます。
CMVの感染経路として、アブラムシによる虫媒伝染と並んで重要なのが、管理作業による汁液伝染です。芽かき、摘心、誘引、収穫などの日常的な管理作業中に、感染株の汁液が健全株に接触することで二次感染が広がります。
CMVは汁液伝染能力が比較的高く、感染株に触れた手やハサミ、手袋などを介して容易に他の株へ伝染します。特にハサミは、感染株の茎や葉を切断する際にウイルスを含む汁液が刃に付着し、その後健全株を切ることで傷口からウイルスが侵入するという経路が成立します。圃場内で一度CMVが発生すると、管理作業を通じて急速に感染が拡大するケースが多く見られます。
汁液伝染を防ぐためには、作業用具の消毒が不可欠です。第三リン酸ナトリウム10%溶液や次亜塩素酸カルシウム溶液に20~30分間浸漬することで、付着したウイルスを不活化できます。作業中は複数の消毒液容器を用意し、数株ごとにハサミを消毒液に浸す習慣をつけることが推奨されます。
手袋の管理も重要なポイントです。素手での作業は避け、ゴム製やビニール製の手袋を着用しましょう。手袋は作業中にこまめに消毒液で洗浄するか、使い捨て手袋を頻繁に交換することで汁液伝染のリスクを下げられます。布製の手袋は汁液を吸収しやすく、ウイルスが付着したまま保持されやすいため避けるべきです。
農林水産技術会議の脱臭化メチル栽培マニュアルでは、管理作業時の汁液伝染防止策について具体的な手順が示されています。
感染が疑われる株を扱う際は、作業の順番にも配慮が必要です。健全株から作業を始め、発病株や感染の疑いがある株は最後に回すことで、感染拡大のリスクを最小限に抑えられます。発病株を見つけた場合は、すぐに圃場外へ持ち出して焼却または密閉処分することが基本です。
CMVの感染源として見落とされがちなのが、圃場周辺に生育する雑草です。CMVは極めて広い宿主範囲を持ち、多くの雑草種が保毒植物となって圃場への一次伝染源の役割を果たしています。
CMVの宿主となる代表的な雑草としては、ツユクサ、ハコベ、イヌガラシ、ヒルガオ、スベリヒユ、ナズナなどが挙げられます。これらの雑草は圃場周辺や畦畔、休耕地などに普通に生育しており、多くの場合、明確な病徴を示さないままウイルスを保持しています。症状が見えないため、農家は感染源として認識せず、除草を怠りがちです。
雑草に保毒されたCMVは、アブラムシ類が吸汁することで媒介昆虫に獲得され、その後キュウリ圃場へ飛来したアブラムシが作物を吸汁することで一次伝染が成立します。特に春から初夏にかけてアブラムシの発生が増える時期には、雑草からの伝染リスクが高まります。
圃場周辺の除草管理は、CMV防除の基本中の基本です。定植前には圃場から半径50m程度の範囲内にある雑草を徹底的に除草しておくことが推奨されます。特に宿主範囲の広いツユクサやハコベは、見つけ次第除去しましょう。除草作業は定期的に実施し、雑草が開花・結実する前に刈り取ることで、翌年の発生源を減らすことにもつながります。
また、他の作物もCMVの感染源となり得ます。ナス科作物(トマト、ピーマン、ナスなど)やマメ科作物(エンドウ、ソラマメなど)も感受性が高いため、キュウリ圃場の近くでこれらを栽培すると相互に伝染源となるリスクがあります。作付け計画を立てる際には、CMV感受性作物を近接して栽培しないよう配慮することが重要です。
休耕地や圃場周辺の管理も忘れてはいけません。放置された休耕地は雑草の温床となり、CMVの越冬場所や増殖場所として機能します。地域全体で休耕地の除草管理を徹底することで、地域レベルでのCMV発生圧を低減できます。
キュウリで問題となるモザイク病には、CMV(キュウリモザイクウイルス)の他に、KGMMV(キュウリ緑斑モザイクウイルス)やCGMMV(カボチャ緑斑モザイクウイルス)といった別のウイルスも存在します。これらは名前が似ているため混同されがちですが、感染経路や防除方法が大きく異なるため、正確な区別が必要です。
CMVとKGMMV/CGMMVの最も大きな違いは、伝染様式にあります。CMVは土壌伝染も種子伝染もせず、主にアブラムシによる虫媒伝染と管理作業による汁液伝染で広がります。一方、KGMMV/CGMMVは種子伝染と土壌伝染の両方を起こし、アブラムシによる虫媒伝染はしません。つまり、KGMMVとCGMMVは感染株からの汁液伝染力が極めて強い一方で、アブラムシ対策をしても防げないということですね。
KGMMVとCGMMVは、感染株の残渣が土壌中で長期間(数ヶ月から数年間)ウイルス活性を保持します。そのため、前作で発生した圃場では、土壌消毒を行わない限り次作でも発生する可能性が高くなります。種子伝染率は低頻度ですが、大量の種子を扱う場合には無視できないリスクとなります。種子消毒(70℃乾熱処理や10%第三リン酸ナトリウム溶液浸漬)が有効です。
日本植物防疫協会の研究報告では、KGMMVの種子伝染と土壌伝染のメカニズムについて詳しく解説されています。
管理作業による接触伝染の強さも両者で異なります。CMVは汁液伝染能力があるものの、KGMMVやCGMMVほど強力ではありません。KGMMVとCGMMVは、感染株に少し触れただけでも容易に健全株へ伝染するほど接触伝染力が強いため、発病株を見つけた場合は他の株に触れる前に作業を中断し、手袋やハサミを徹底的に消毒する必要があります。
症状の違いも判別のポイントです。CMVによるモザイク病は、葉に退緑小斑点が多数生じ、後に明瞭なモザイク模様となります。果実にもモザイクが出ますが、比較的軽度です。一方、KGMMVやCGMMVは葉に濃緑色と淡緑色の激しいモザイク症状を示し、果実には濃緑斑と著しい瘤が形成され、商品価値がほぼ失われます。
防除対策も異なってきます。CMV対策はアブラムシ防除と圃場周辺の除草管理が中心ですが、KGMMV/CGMMV対策は健全種子の使用、土壌消毒、管理作業時の徹底した消毒が中心となります。両方のウイルスが問題となる地域では、両方の対策を組み合わせる必要があります。
CMV防除の新しい技術として注目されているのが、弱毒ウイルス株を利用したワクチン接種法です。これは人間のワクチン接種と同じ原理で、毒性を弱めたCMV株を苗の段階で意図的に感染させることで、その後に飛来する強毒株からの感染や発病を防ぐ技術です。
弱毒ワクチン株は、自然界から分離されたCMV株の中から、感染しても症状が極めて軽微で収量への影響がほとんどないものを選抜して作られています。この弱毒株を苗に接種すると、植物体内で先に増殖し、後から侵入しようとする強毒株の増殖を抑制する「交差防御」という現象が起こります。結果として、強毒株による激しい症状や収量低下を防ぐことができます。
日本デルモンテのCMV予防接種苗紹介ページでは、弱毒ワクチン技術の詳細と実用化された苗の情報が提供されています。
実用化されているワクチン苗には、単一ウイルス対応型と混合型があります。単一型はCMVのみに対応しますが、混合型ワクチン苗ではCMVに加えて、ZYMV(ズッキーニ黄斑モザイクウイルス)やWMV(カボチャモザイクウイルス)の弱毒株も同時接種されており、複数のウイルス病を同時に防ぐことができます。カボチャ台木を使った接木キュウリで問題となる萎凋症(複数ウイルスの重複感染による激しい枯死症状)も、混合ワクチン苗を使用することで効果的に防げます。
ワクチン苗の使用方法は通常の苗と変わりません。定植後は通常の管理を行うだけで、ワクチン効果が持続します。ただし、弱毒株も一種のウイルスであるため、収穫物からの採種は避けるべきです。また、ワクチン接種苗でもアブラムシ防除や圃場衛生管理を怠ると、他の病害虫や別のウイルス病が発生する可能性があるため、総合的な防除対策は継続する必要があります。
コスト面では、ワクチン苗は通常苗より1株あたり数十円程度高価ですが、CMVによる被害を防ぐことで得られる収量確保や品質維持の効果を考えれば、十分に投資価値があると言えます。特にCMVの発生歴がある圃場や、周辺にアブラムシの発生源が多い地域では、ワクチン苗の導入が強く推奨されます。
近年では、種苗会社や苗生産業者がワクチン接種済み苗を商品化しており、農家は自分でワクチン接種する手間なく、購入してすぐに定植できるようになっています。導入を検討する場合は、地域のJAや種苗店に相談し、適切な品種とワクチンタイプを選択しましょう。