モザイク病という名前が示す通り、最も特徴的な症状は葉に現れる「モザイク模様」です。しかし、実際の現場で写真を撮影して確認しようとすると、その症状は作物や感染したウイルスの種類によって驚くほど多岐にわたることがわかります。初期症状を見逃さないためには、単なる色の変化だけでなく、葉の形状や質感の変化にも目を向ける必要があります。
まず、多くの野菜で見られる典型的な症状として、葉の葉脈周辺が緑色のまま残り、その間が淡い黄色や黄緑色に退色する「緑斑モザイク」があります。これは光合成を行う葉緑素がウイルスによって破壊または阻害されることで発生します。健全な葉と比較すると、まるで水彩絵の具を滲ませたような不規則な濃淡が葉全体に広がります。特にトマトやキュウリなどの果菜類では、成長点付近の新しい葉にこの症状が顕著に現れる傾向があります。
参考)トマトモザイク病
次に注意すべきは「葉の奇形」です。モザイク病が進行すると、葉が正常に展開できず、縮れたり、細長く変形したりします。トマトの場合、「糸葉(いとば)」と呼ばれる症状が出ることがあり、葉が極端に細くなり、シダ植物のような見た目になってしまいます。また、ピーマンやシシトウでは、葉の縁が波打ったり、内側に巻き込んだりする症状がよく見られます。これらは単なる生理障害(肥料不足や水不足)と混同されやすいですが、モザイク病の場合は株全体ではなく、特定の枝や葉に不規則に発生することが多いのが特徴です。
参考)ピーマン・ししとう モザイク病(TMV,PMMoV,TMGM…
さらに、見落としがちなのが「えそ(壊死)症状」です。葉や茎に黒褐色やサビ色の斑点が現れ、組織が死んでしまう現象です。これはウイルスが植物の細胞を破壊している証拠であり、重症化すると株全体が枯死することもあります。写真で記録する際は、葉の裏側も確認してください。葉脈に沿って黒い筋が入っている場合、それは深刻なウイルス感染のサインかもしれません。
参考)島根県:モザイク病(トップ / しごと・産業 / 農林業 …
果実への影響も深刻です。キュウリやピーマンでは、果実の表面にボコボコとした凹凸が生じたり、色がまだらになったりします。これを「奇形果」と呼びますが、味も落ちるため商品価値はほぼ失われてしまいます。写真を撮る際は、葉だけでなく、こうした果実の異変もセットで記録することで、より正確な診断が可能になります。
参考)モザイク病とは?モザイク病が発生する原因と対策について - …
トマトの葉の変色症状について、実際の写真と比較しながら確認できる専門的な資料です。
モザイク病を引き起こす原因の多くはウイルスですが、そのウイルスを畑に持ち込む最大の犯人は「アブラムシ」です。モザイク病の対策を考える上で、アブラムシとウイルスの「共犯関係」を理解することは極めて重要です。
最も代表的な原因ウイルスの一つである「キュウリモザイクウイルス(CMV)」は、主にアブラムシによって媒介されます。この伝染メカニズムは非常に巧妙で、かつ厄介です。アブラムシは口針(こうしん)と呼ばれる針状の口器を植物の組織に突き刺し、汁液を吸います。この時、感染した植物(これは野菜だけでなく、畑の周りの雑草であることも多いです)の汁を吸うと、口針にウイルスが付着します。そして、そのアブラムシが羽を使って飛び立ち、健全な野菜に移動して再び汁を吸おうと針を刺した瞬間、ウイルスが植物体内に注入されてしまうのです。この間、わずか数秒から数分という短時間で感染が成立することもあります。これを「非永続的伝染」と呼びますが、アブラムシが一度ウイルスを獲得しても、体内で増殖するわけではないため、一定時間経過すると感染力は失われます。しかし、アブラムシの繁殖力と移動速度を考えると、その被害拡大のスピードは脅威です。
参考)【モザイク病とは?|アブラムシが植物から植物に運ぶウイルス病
一方で、トマトなどを中心に被害を出す「トマトモザイクウイルス(ToMV)」や「タバコモザイクウイルス(TMV)」などは、アブラムシによる伝染よりも、「接触伝染」や「土壌伝染」が主な原因となります。これは、感染した株の汁液が、農作業を行う人間の手や、ハサミなどの農具、衣服に付着し、それを介して隣の株へと移っていくものです。例えば、感染したトマトの脇芽かきをした指で、そのまま隣の健康なトマトの脇芽をかくと、その傷口からウイルスが侵入します。また、前作で感染した株の根が土中に残っていると、そこから次の作物が感染することもあります。
参考)カブモザイク病 | 病害データベース | 種苗事業部 | 武…
このように、「モザイク病」と一言で言っても、その原因となるウイルスの種類によって感染経路が全く異なります。アブラムシさえ防げば良いわけではなく、栽培する作物がかかりやすいウイルスが何であるかを知り、それに応じた原因対策(アブラムシ防除なのか、消毒徹底なのか)を講じる必要があります。特にアブラムシは春や秋に発生のピークを迎えるため、この時期にモザイク病が多発する傾向にあります。
参考)感染前に予防したい。「モザイク病」の原因と対策
アブラムシがどのようにウイルスを媒介するのか、その生態と防除の基本がわかります。
残念ながら、一度モザイク病に感染してしまった植物を治療する薬剤は、現在のところ存在しません。ウイルスは植物の細胞内に入り込み、植物の遺伝子システムを利用して増殖するため、ウイルスだけを殺して植物細胞を生かすことが技術的に困難だからです。したがって、感染が確認された場合の唯一かつ最善の対策は、「直ちに感染株を除去(抜き取り)し、畑から持ち出す」ことです。
参考)ウイルスによる「モザイク病」とは?予防や再発防止の方法を紹介…
この「除去」作業において最も重要なのは、スピードと徹底さです。「まだ実がついているから」「症状が軽いから」と躊躇して残しておくと、その株が強力な伝染源(感染源)となります。アブラムシがその株に集まり、ウイルスを吸い上げ、周囲の健康な株へと次々に拡散させてしまいます。除去する際は、根を掘り起こし、可能な限り残渣(ざんさ)を畑に残さないようにします。抜き取った株は、畑の隅に放置せず、ビニール袋に入れて密閉し、燃えるゴミとして処分するか、焼却処分が可能であれば焼却します。土中に埋めるだけでは、ウイルスが土壌中で生き残り、次の作付けに影響する可能性があるため避けるべきです。
参考)モザイク病はアブラムシが原因?感染させないための3つの対策
また、除去作業を行った後の「手指と道具の消毒」も忘れてはなりません。先述の通り、ハサミや手袋には高濃度のウイルスが付着している可能性があります。これらを消毒せずに次の作業に移ることは、自らの手でウイルスを塗り広げる行為に等しいのです。第三リン酸ナトリウム液や、スキムミルク水溶液などが消毒に用いられますが、家庭菜園レベルであれば、熱湯消毒や市販のウイルス不活化効果のある手指消毒用アルコールなどを活用するのも一つの手ですが、農具専用の消毒法を確認することをお勧めします。
さらに、土壌対策も重要です。特にTMVなどの土壌伝染性ウイルスの場合、連作(同じ科の植物を同じ場所で作り続けること)はリスクを高めます。前作で発病した場所では、少なくとも2〜3年は同じ科の野菜(ナス科ならナス科、ウリ科ならウリ科)の栽培を避ける「輪作(りんさく)」を行うのが基本です。どうしても連作が必要な場合は、土壌消毒剤を使用したり、夏の高温期に透明マルチを張って太陽熱で土壌を高温にし、ウイルスや病原菌を死滅させる「太陽熱土壌消毒」を行うことが推奨されます。また、土壌中の有機物を増やし、微生物のバランスを整えることで、植物自体の抵抗力を高める土づくりも、遠回りのようで確実な感染対策となります。
感染が疑われる株を見つけた際の具体的な対処法と、再発を防ぐためのポイントが解説されています。
治療法がないモザイク病においては、「予防」こそが最大の防御策です。予防のアプローチは大きく分けて、「ウイルスの侵入を防ぐ(物理的・化学的防除)」と「ウイルスに強い植物を育てる(耕種的防除)」の2つがあります。
まず、アブラムシが媒介するタイプのモザイク病(CMVなど)に対しては、アブラムシを畑に入れない、植物に寄せ付けない工夫が必須です。
参考)モザイク病の特徴と対策
接触伝染するタイプ(ToMVなど)に対しては、道具や手指の管理が中心となります。
また、最近では「抵抗性品種」の開発も進んでいます。種苗メーカーのカタログを見ると、「CMV抵抗性」「ToMV耐病性」といった表記がある品種が多く見られます。特に家庭菜園や、過去にモザイク病が出た畑では、こうした抵抗性品種を積極的に選ぶことが、最も手軽で効果の高い予防法と言えるでしょう。ただし、抵抗性品種といえども完全に感染しないわけではないため、他の予防策と組み合わせることが大切です。
さらに、植物の生理状態を健全に保つことも重要です。窒素過多で軟弱に育った株は、アブラムシがつきやすく、病気に対する抵抗力も弱まります。適切な施肥管理を行い、丈夫な株を育てることも立派な予防策の一つです。
病気に強い品種選びや、具体的な予防資材の活用方法について詳しく知ることができます。
最後に、意外と知られていない視点として、スマートフォンなどを活用した「葉の写真記録(モニタリング)」の重要性について触れておきます。モザイク病の診断は、熟練の農家でも迷うことがあるほど難しいものです。初期の症状は、生理障害や薬害、あるいは単なる老化現象と酷似していることがあるからです。
そこで役立つのが、定期的な「定点撮影」です。
毎日、あるいは2〜3日おきに、懸念される株の「成長点(新芽の部分)」と「中位の葉」を同じアングルで写真に撮り、保存しておきます。人間の記憶は曖昧で、昨日の葉の色と今日の色を正確に比較することは困難です。しかし、写真を並べて見比べることで、「昨日よりも明らかに黄色い斑点が増えている」「新芽の縮れが進行している」といった変化を客観的に把握することができます。
撮影の際のポイントは3つあります。
このようにして蓄積した写真データは、もし判断がつかない場合に、地元の農業普及指導センターやJAの営農指導員、あるいは詳しい知人に相談する際の強力な資料となります。「なんとなくおかしい」と口で伝えるよりも、時系列の変化がわかる写真を見せることで、より的確なアドバイスをもらえる可能性が高まります。また、最近ではAIによる病害虫診断アプリも登場しており、精度の高い写真を撮るスキルは、こうした最新技術を活用する上でも必須のテクニックとなっています。自分の畑の「カルテ」を作るつもりで、葉の写真を撮り溜めていくことをお勧めします。
農家が実践すべき日々の観察と記録の重要性について、診断のプロの視点から学べます。