毎年丁寧に石灰を撒いているのに、その作業こそがマンガン欠乏症を引き起こして作物の収量を最大20%も下げている可能性があります。
マンガン(Mn)は、窒素やリン酸のような主要三要素とは違い、植物が必要とする量はごくわずかです。しかし「微量要素」だからといって軽視できる存在ではありません。
植物体内において、マンガンの約半分は葉緑体に集中しています。光合成の過程で水分子を電気分解して酸素を発生させる反応に、マンガンは欠かせない役割を果たしています。また、葉緑素(クロロフィル)の生成にも深く関与しており、マンガンが不足するとまず葉の緑色が失われていきます。
つまり光合成が核心です。マンガンが十分に供給されていないと、植物は太陽の光を十分なエネルギーに変換できなくなり、生育全体がじわじわと損なわれていきます。さらに見落とされがちな側面として、マンガンはビタミンCや脂質(αリノレン酸など)の合成にも関与しており、これらが十分に生成されることで病害虫に対する抵抗力も維持されます。マンガンが不足した作物は、センチュウをはじめとする病害虫の被害を受けやすくなることが報告されています。
マンガンは酵素の構成成分にはなりませんが、炭水化物・有機酸・チッ素の代謝に関わる酵素反応を促進する「賦活剤」として働きます。微量ながらも、その働きは植物の生命維持に直結しているということです。
BASFジャパン「minorasu」:マンガン欠乏症の症状・原因・対策を詳しく解説(農業者向け参考記事)
マンガン欠乏症の最大の特徴は「葉脈間クロロシス」です。葉の中央を走る太い葉脈(主脈)や細かな葉脈部分は緑色が保たれたまま、葉脈と葉脈の間だけが黄色や薄緑色に抜けていきます。広葉植物では斑点状・網目状に黄化し、イネ科植物(麦類など)では新しい葉が縞状に薄くなっていくのが典型的な姿です。
症状が現れる場所にも重要な特徴があります。野菜類では主に「上位葉から中位葉」にかけて発生します。これはマンガンが植物体内でほとんど移動しない性質を持つためです。すでに取り込まれたマンガンが他の葉へ再配分されにくく、新たに展開する葉ほど不足の影響を受けやすくなります。症状が進行すると、葉全体が淡色化し、最終的には茶褐色の壊死(ネクロシス)が起こります。
症状悪化を防ぐことが原則です。放置していると、光合成の低下から果実の肥大不良・糖度不足・着色不良が連鎖して発生し、商品価値が大きく下がります。ブドウの場合、同一の果房内で着色した粒と着色できない粒が混在する「ゴマシオ症」が発症し、収量だけでなく外観品質も著しく落ちます。
| 作物の種類 | 症状の特徴 | 主な発生部位 |
|---|---|---|
| 広葉野菜(ほうれん草・トマト等) | 葉脈間が網目状・斑点状に黄化 | 上位葉~中位葉 |
| イネ科作物(麦・陸稲等) | 新葉が縞状に白化・淡色化 | 新葉(下位葉にも) |
| ブドウ | ゴマシオ症(着色不良粒の混在) | 果実・葉全体 |
| 梨・桃・柑橘類 | 実の小型化・糖度低下 | 葉・果実 |
マンガン欠乏症の大きな落とし穴の一つが「似たような症状を持つ他の欠乏症との混同」です。原因を見誤ると施肥が的外れになり、症状が悪化するケースがあります。
最も混同されやすいのが苦土(マグネシウム)欠乏です。どちらも葉脈間が黄化するという点で見た目がよく似ています。
ただし、決定的な違いがあります。
マンガン欠乏は「上位葉から中位葉」に発生するのに対し、苦土欠乏は「下位葉から中位葉」に発生します。苦土は植物体内での移動性が高く、欠乏すると下位葉の苦土が上位葉へ転流するため、先に下葉が黄化するのです。
発生部位の違いが重要です。
また、鉄欠乏と間違えるケースも少なくありません。鉄欠乏では、葉脈を鮮明な緑色で残しながら葉脈間が黄白化する「網目状クロロシス」が典型症状です。マンガン欠乏はここまで葉脈の対比が鮮明ではなく、全体的にぼんやりと淡くなる傾向があります。また、マンガンが欠乏しても葉の縁は比較的緑色が保たれやすいですが、鉄欠乏では葉全体(縁も含む)が均一に黄化します。
診断に迷ったときは、0.2〜0.5%の硫酸マンガン液を葉面散布し、数日後に新展開葉が正常な色に戻れば「マンガン欠乏」と判断できます。これはリアルな診断テストとしても活用されています。
TOMATEC農業研究:マンガン欠乏と苦土欠乏の可視的症状の違いを写真付きで比較解説
マンガンは実は地球上に豊富に存在する元素のひとつです。地球の表面を構成する岩石・土壌中には、十分な量のマンガンが含まれています。それなのになぜ欠乏症が起こるのか——その答えは「土壌中のマンガンが植物に吸収されない形に変化している」からです。
最大の要因はpHの上昇です。土壌pHが6.5を超えてアルカリ性に傾くと、マンガンは酸化されて不溶性の形態に変わり、植物の根が吸収できない状態になります。pHが高ければ高いほど、利用できるマンガンは急激に減少します。マンガンは弱酸性(pH5.5〜6.5)の範囲で最も吸収されやすい元素です。
砂質土壌や水田からの転換畑も要注意です。砂質で水の浸透量が多い土壌では、鉄やマンガンが雨水とともに下層に流れ去り(溶脱)、有効態マンガンが著しく少なくなります。かつて水田だった圃場を畑転換した場合も、長年の水田状態でマンガンが溶脱しているケースが多く、転換初年度から欠乏症が出やすいことが知られています。
そして見落とされがちなのが、過乾燥による根の機能低下です。土壌が乾燥しすぎると根が傷み、水分・養分の吸収が全体的に低下します。
適正な土壌水分の管理が条件です。
「有機物をたっぷり入れているから土は良いはずだ」と考えている農業者ほど、この事実は意外に映るかもしれません。
堆肥などの有機物を連用している圃場では、マンガン欠乏症が発生することがあります。なぜかというと、有機物を大量に施用すると土壌中の微生物(特に「マンガン酸化菌」)が活性化し、植物が吸収できる二価マンガン(Mn²⁺)を不溶性の四価マンガン(Mn⁴⁺)に酸化・固定してしまうからです。
堆肥の中には実際にマンガンが含まれています。しかし投入したマンガンの多くがマンガン酸化菌の働きで不溶化されてしまうため、作物側の吸収量は逆に減ってしまう現象が起こります。これはタキイ種苗のデータベースでも「2004年に明らかになった、まだほとんど一般に知られていない事実」として記載されている比較的新しい知見です。
同様の現象は亜鉛や銅などの微量要素にも起こります。微量要素は堆肥量に反して、過剰な有機物施用では吸収量が逆に減ってしまう傾向があります。つまり有機物投入量だけが解決策ではないということです。
有機農業や堆肥多用の圃場でマンガン欠乏が疑われる場合は、圃場の生土(乾燥させていない状態の土)で水抽出または酢酸アンモンによる置換性分析を行うと判断しやすくなります。なお、土を乾燥させてから分析するとマンガン酸化菌が死滅し、固定されていたマンガンが可溶化してしまうため、風乾土での分析では正確な判断ができません。
注意が必要な点です。
サンビオティック公式ブログ:植物とマンガンの関係を深く解説(堆肥・有機物との関係を含む)
マンガン欠乏症は、葉が黄色くなるという見た目の問題にとどまりません。植物の「免疫力」に直結する要素でもある、という視点は多くの農業者に見落とされています。
マンガンが十分に供給されていると、植物はビタミンCやαリノレン酸などの脂質を盛んに合成します。αリノレン酸は病害虫が侵入したときに植物ホルモンの一種「ジャスモン酸」に分解され、植物全体に「病害虫に備えよ」というシグナルを送る役割を持っています。つまり、マンガンが足りないとこの防衛シグナルの連鎖が弱くなります。
またマンガン不足によって光合成が低下すると、根に含まれるリグニン(細胞壁を硬くする成分)の含有量が大きく減少します。リグニンは根の強度と病害虫への物理的な防壁の役割を担っており、これが減ると根がセンチュウなどに侵されやすくなります。センチュウ被害が多い圃場では土壌の可給態マンガン含量を確認することが推奨されています。
これは使える情報です。病害虫被害の根本的な一因がマンガン管理にある可能性があるため、農薬に頼る前に土壌診断でマンガンの状態を確認することが先決かもしれません。イネでも、いもち病菌の胞子が存在していてもマンガンと銅が足りていれば発病しないという実証データもあります。
圃場でマンガン欠乏症の症状を発見したとき、最初に取るべき行動は葉面散布です。土壌改良には時間がかかりますが、葉面散布は比較的素早い効果が期待できます。
標準的な方法は「0.2〜0.5%の硫酸マンガン水溶液を、数日おきに2〜3回散布する」というものです。100倍希釈(0.2%溶液)を週1回のペースで2〜3回行うと、約1ヵ月後には新葉が回復してくることが多いとされています。ただし、すでに黄化・白化してしまった葉そのものは回復しません。葉面散布で回復するのは新たに展開してくる葉であることを覚えておきましょう。
散布のタイミングも重要です。気温の高い日中は葉面からの蒸散が激しく、薬液の濃縮や薬害の原因になります。早朝か夕方に散布することが原則で、葉の表と裏にまんべんなくかかるよう丁寧に行います。
なお、硫酸マンガン液は石灰と反応すると黒色沈殿が生じます。
石灰系の資材との混用は避けてください。
また市販のキレートマンガン製剤(EDTA-Mn等)は硫酸マンガンより吸収されやすく、より少量で効果を発揮することもあります。どの資材を選ぶか検討するときは、資材メーカーや農業試験場の情報を参照するとよいでしょう。
島根県農業技術センター:マンガン欠乏症(生理障害データベース)・分析値と対策を解説
応急の葉面散布で症状を抑えたとしても、根本的な解決には土壌側の改善が必要です。マンガン欠乏症の大半はマンガンの絶対的な不足ではなく、pHの問題が本質です。
まず行うべきは土壌pHの測定です。市販のpH測定キットや土壌pH計で手軽に調べることができます。pH6.5を超えているならば、まず石灰質資材(苦土石灰・消石灰など)の施用を一時中止します。その後、硫安(硫酸アンモニウム)や硫加(硫酸カリウム)などの酸性肥料を使ってpHを徐々に下げていきます。
目標はpH6.0〜6.5です。
土壌中のマンガンそのものが不足している場合(特に転換畑・砂質土壌)は、マンガン肥料を土壌施用します。BMようりんやFTE(微量要素複合肥料)であれば成分量(MnO)で10a当たり2〜4kg、硫酸マンガン単体なら10a当たり20kg程度が目安とされています。ただし、マンガンは過剰症も起きやすい微量要素です。施用量を超えた場合、逆に葉脈が赤紫色に着色したり落葉したりする「マンガン過剰症」に転じるリスクがあります。
施用量の厳守が条件です。
水田転換畑は特に注意が必要です。過去に水田だった圃場では、長年の湛水によってマンガンが溶脱し、有効態マンガンが著しく少なくなっています。転換初年度から予防的にマンガン補給を検討することが重要です。
| 施用資材 | 目安施用量(10a当たり) | 特徴・注意点 |
|---|---|---|
| 硫酸マンガン(土壌施用) | 約20kg | 即効性あり・過剰に注意 |
| BMようりん・FTE | MnO換算2〜4kg | 複数の微量要素を同時補給できる |
| 硫酸マンガン(葉面散布) | 0.2〜0.5%液を数回 | 応急処置向け・新葉に有効 |
マンガンはその「利用できる量の適正範囲が非常に狭い」微量要素です。欠乏しても過剰になっても作物に悪影響を及ぼします。
両方向に気を配ることが必要です。
マンガン過剰症は主にpHが低い酸性土壌で発生します。土壌のpHが5.0を下回ると、固定されていたマンガンが急激に溶け出し、植物が過剰に吸収してしまいます。症状は主に下位葉に現れ、葉脈に沿って赤紫色やチョコレート色の斑点が生じます。ミカン園では特にpH4.5以下でこの症状が多く見られます。
また「太陽熱消毒後」や「熱水土壌消毒後」も注意が必要です。消毒によってマンガン酸化菌が死滅すると、それまで不溶化されていたマンガンが大量に溶け出し、次の作付けでマンガン過剰症が出ることが珍しくありません。夏に作付けを休んでいたほ場も同様のメカニズムで起こりやすいとされています。
もう一点、農薬にも注意が必要です。マンゼブ水和剤やマンネブ水和剤などはマンガン系の殺菌剤であり、多用すると土壌中のマンガンが積み上がりすぎて過剰症を引き起こすケースが各地で報告されています。農薬の選択と使用回数の管理も土壌マンガン管理の一部です。
サンビオティック公式ブログ:マンガン過剰の害と対策・ケイ素による軽減効果についての解説
欠乏症が起きてから対処するより、発生させない管理が収量を守ります。ここでは農業現場で実践しやすいポイントを整理します。
まず最優先は「定期的なpH測定」です。
pH管理が基本です。
毎作前、または年1回のペースで圃場の土壌pHを測定し、pH6.0〜6.5の範囲に収まっているかを確認します。「良かれと思って石灰を毎年撒き続ける」という行為が知らない間にpHを7以上に引き上げてしまい、マンガン欠乏を招いている圃場は少なくありません。石灰は「pH測定をしたうえで必要量だけ施用する」が正しい使い方です。
水田転換畑は転換初年度から予防施肥を検討しましょう。BMようりんやFTE、あるいは硫酸マンガンの基肥施用を行うことで、転換後の欠乏リスクを大幅に下げられます。
土壌が過乾燥にならないよう、かん水管理も丁寧に行います。根が乾燥ストレスを受けると養分の吸収全体が低下し、マンガンのような吸収可能範囲の狭い要素は早期に欠乏が表れます。
マンガン欠乏症はほとんどの作物で発生しうる生理障害ですが、特に被害を受けやすい作物があります。自分の圃場で栽培しているものが含まれていないか確認してみましょう。
ほうれん草・小松菜・春菊などの葉菜類は感受性が高く、葉の黄化・白化が直接的に商品価値の低下につながります。比較的早期に葉面散布で緑色を回復できる作物でもあるため、異変に気づいたら素早く対応することが損失を最小化するポイントです。
果樹(梨・桃・柿・柑橘類・ブドウなど)では症状が目立ちにくいまま果実品質に影響が出るケースがあります。ブドウのゴマシオ症は見た目で一目瞭然ですが、梨の「実の小型化・糖度低下」は収穫するまで分かりにくい問題です。果樹農家は葉の色だけでなく、定期的な土壌診断と葉柄・葉身分析での確認が推奨されます。
麦類(小麦・大麦)や陸稲は下位葉から縞状の白化症状が現れます。症状が出るのは比較的早い時期なので、生育初期に葉をよく観察することが早期発見に直結します。
トマト・きゅうり・ナス・メロン・スイカなどの果菜類でも症例が多く報告されています。施設栽培では土壌のpH変動に気づかないまま作付けを重ねるうちに欠乏が蓄積するパターンに注意が必要です。
ICL Growing Solutions:農業におけるマンガンの重要性と世界的な欠乏症のデータを解説(英語版に日本語翻訳ページあり)
現場では、葉が黄化・白化するという症状だけでは生理障害の原因を断定できないことが多くあります。誤った判断で施肥を行うと症状が悪化することもあります。
まず視覚的な確認を行います。発生部位(上位葉か下位葉か)、黄化のパターン(網目状か・縞状か・均一か)、葉脈の色(葉脈が鮮明に緑で残っているかどうか)の3点を確認することが最初の判断材料です。
次に土壌pHを測定します。pHが6.5以上であればマンガン欠乏の可能性が高くなります。pH5.0未満であればマンガン過剰の可能性もあります。どちらか断定しにくいときは、農業試験場や農業改良普及センターへ土壌分析の依頼をすることが確実です。
簡易的な診断方法として「硫酸マンガン溶液の葉面散布テスト」があります。0.2〜0.5%の硫酸マンガン液を試験的に散布し、その後に展開した新葉の色が改善されれば、マンガン欠乏症と確認できます。
健全葉のマンガン濃度は50〜800ppm程度が正常とされ、20ppm以下になると欠乏の恐れが大きくなります。土壌については易還元性マンガンが50ppm・交換性マンガンが2ppm以下の場合、欠乏が起きやすい状態といえます。
これが目安の数値です。
なお、土壌サンプルを分析に出すときは「生土(風乾させていない土)」を使用することが重要です。土を乾燥させるとマンガン酸化菌が死滅し、本来は不溶性になっていたマンガンが溶け出してしまい、実際より多くのマンガンがある土壌と誤判定されてしまいます。
マンガン欠乏症の対策に使える資材はいくつかの選択肢があります。状況や目的に応じて使い分けることが大切です。
葉面散布向けの資材として広く使われているのが「硫酸マンガン」(MnSO₄)です。価格が比較的安く、入手しやすいのが特徴です。園芸店や農業資材店で購入でき、必要なときに即座に使えます。
近年注目されているのがキレートマンガン(EDTA-Mn)です。マンガンをキレート化合物でコーティングしており、植物への吸収効率が硫酸マンガンより高いとされています。少量でも効果が出やすく、葉面散布の回数を減らせる可能性があります。
ただしコストは硫酸マンガンより高めです。
土壌施用向けには「BMようりん」や「FTE(微量要素複合肥料)」が実用的です。マンガン単体の補給だけでなく、ホウ素・鉄・亜鉛など他の微量要素も同時に補えるため、微量要素全般が不足しがちな転換畑や砂質土壌での活用に適しています。
使用前の確認が必要です。どの資材を使用するにしても、必ず現在の土壌状態(pH・可給態マンガン量)を把握した上で使用量を決定してください。
マンガンは過剰症に転じやすい要素です。
施用量を守ることが、次のシーズンの過剰症トラブルを防ぐことに直結します。